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第四話「ないしょの手紙」42

 ヒカリが海外のサーバーに不正に侵入し、サイトにある画像の削除をおこなったと出頭してきて、犯罪捜査には百戦錬磨の吉川巡査部長も戸惑わざるをえない。

「それは被害を訴えられてはじめて犯罪として形になるもので、こちらにはまだ何も海外からの問い合わせがありません。今朝の今朝なのですから、来るわけがありません。被害の報告がくるまで、今までどおりにしていてください」

「どのくらいでくるものなのでしょうか」

「わかりません。あちらが侵入にいつ気づくか、それ次第です。すぐに気づいたら、現地の検証を経て、まあ半月くらいでしょうか。被害報告とともに、現地の警察から日本の警察庁に、捜査協力の要請がくるはずです」

「はあ」

 ヒカリはなんだか肩透かしを食った気がして、覚悟を決めたのにしぼんでいく心持ちだ。

「そもそも、海外からの捜査がくるのかもわかりませんよ。向こうは児童ポルノを載せたのでしょう? ヒカリさんはそれを消したのです。ビジネスの情報を盗んだのとはわけが違います。当局の処分を恐れて、被害を訴えないのではないですか」

「はあ」

「それに、向こうが侵入に気づかない、ということも考えられます」

「はあ」

 はあ、としか言葉が出ないヒカリである。吉川巡査部長は、島田巡査長を呼んで、例の画像が海外にまで行ったぞ、と声をかけ、

「念のために、ヒカリさんが今までおこなってきた児童ポルノ削除の記録をまとめておけ」

 と指示する。そのときがきたら、情状酌量のために海外の捜査機関に提出するつもりなのだろう。

「なにか問い合わせを受けましたらお知らせしますから、どうぞ、今までどおりにしていてください」

「はあ」

 今までどおりといわれても、あんなに涙にくれて別れてきたのだ。今さら、ただいま、と帰るのはなんともばつが悪いではないか。



「ただいま」

 やはりそう言って戻るほかないヒカリなのである。

 ヒカリとはもう会えない気になっていたあかりと澄花は、わずか一時間で戻ってきたヒカリに、目を丸くするばかりだ。

「どのくらい時間があるのかわからないけど、瑠璃さんが学校に戻れるために、打てる手を打たないと」

 ヒカリはまず美歌に会って、美歌の母がどのように手を打ってくれるのかを確認しようと考える。

 同時に、浜田巡査部長から学校の教職員へ、瑠璃に対してどのような言動をとれば警察介入の事案になるかの説明をしてもらう。

 学校に関係する何者かが瑠璃の家に貼り紙をしたのだから、浜田巡査部長も強権的に言えるだろう。

「美歌さんには私が会ってくるわ。あかりは浜田さんのほうをお願いね」

「ええ? まあ、いいけど」

 なんだか気のない返事のあかりだ。水商売や風俗界に身を置いていたので警察とはあまり関わりたくない気持ちはわかるが、優美ヶ丘女子高等学校に潜入したときも、一応は警察署でちゃんとやってくれたのだから、ヒカリはさほど気にしていない。

 優美ヶ丘の生徒が、何らかの事件に関わったのかを調べてもらったとき、あかりが浜田巡査部長を見下すような態度をとっていたことを知らないヒカリである。

 あかりと浜田巡査部長には、ヒカリの知らない因縁があったのだ。



 美歌と外でおちあったヒカリは、さっそくことの進捗を尋ねてみる。

「生徒に対して、瑠璃さんが傷つくようなことをしないよう、強制させることはできないそうです。なので、ビデオで感化教育をするつもりなのです」

「お母さまはこれまでいくつものいじめ事案を解決されてきたそうですね。教育で感化といえば、相手の身になり考えることをいう意味あいもあります。その手法で結果を出されてきたのでしょう」

 だがヒカリは不安は拭えない。

 学校におけるいじめ事案とは、実際に発生を確認できたものをさす。だから対処策は具体性を持ったものを立案できるのだ。

 瑠璃の場合は、これから起こりうるものとして想定するのだ。マッチする確率は低くならざるをえないのではないか。

 もうひとつ。

 瑠璃のケースは学校内のいじめよりは、大人社会の村八分に近いものになりそうだとヒカリは予想している。家に貼られた画像の印刷物を見れば、なおさらそう思う。

 だからこそ、浜田巡査部長からの警察としての指導が必要に思うのだ。

 美歌の母と浜田巡査部長、このふたりの組み合わせで足りるのだろうか。

 もっと強力な一手がほしい。


「瑠璃さんの画像、全部消すことができたんですってね」

 ヒカリは、自分が海外のサーバーに不正に入って削除したことは話していない。

 そうと知らない瑠璃からは、嬉しそうにメールがきたという。

 このふたりは互いに他人ごとには思えなくなっているのだ。家に戻ってからも連絡を取り合っているらしい。

「ええ。今はもうアップロードできません。デバイス保存されたものを新たにトリミングされたら、またででくるでしょうけど、今度、画像を学習して一部だけのトリミングでも抽出できるプログラムができるそうです。それが導入されれば、もう私たちの監視も必要がなくなります」

「そんなプログラムを新規に作らせるってことは、瑠璃さんの件で、行政が動いたんですね」



「ヒカリさんは若いのに結婚して、幸せですか?」

 美歌には圭吾の事件を話していなかったことに、改めてきづくのだ。

 かいつまんで話すと、

「お部屋に泊めてもらったときに、旦那さんがいないので、変だとは思っていたんです。旦那さんは父の部下だったのですか……。八矢圭吾さん……」

 美歌の顔は、その名に覚えがあるといっている。

「正直にいいます。父は、旦那さんが死んでしまったことには無関係でも、その理由には関係していると思います」

「それは、どうして?」

「ヒカリさんの所轄に工藤という女性巡査がいるのですが、ご存じですか?」

「捜査一課に外渉として、警視庁から出向している人です」

「彼女は警視庁の総務部にいた人で、父が在職中には、総務部長の使いとして、うちにたびたびきていました。歳も近いので、世間話もしました。お茶を出すときに、警視庁の話も小耳にはさみます」

 所轄の捜査一課に出向した理由は、ヒカリの両親の殺害事件を担当している刑事たちが、どこまで捜査を進めているのかを知るためだろう。

 そして、ヒカリが捜査一課に出入りするようになってからは、占術士としてのちからで真相にたどりつくかもしれないことを恐れた人間が、ヒカリの動向を報告させる役割も与えた。

 工藤巡査のことは、この線で間違えはないとヒカリは考える。

「総務部長は、公安から人を貸してくれと、工藤巡査を通して頼んでいました。それも名前を指定してです。それが八矢圭吾さん、ヒカリさんの旦那さんです」

 横溝捜査官から聞かされた極秘任務とはそれをさすのではないか。ヒカリはそう思い当たるのである。

「工藤巡査とは会えば話せる仲です。私が聞き出してみます。八矢圭吾さんの総務部依頼の任務とは何なのか」


 美歌が工藤巡査と面識はあったとしても、話ができるほどの知人だとは、ヒカリもそこまでは思っていなかった。

 そして、美歌は驚くべき話をしてくるのである。

「実は工藤巡査から頼まれて、一緒に変な仕事をしたことがあるんです」

「変な仕事ですか」

「はい。新宿の東原公園にあるプレハブ小屋の壁を壊すという、私には意味がわからないものでした。力仕事で工藤巡査ひとりでは大変だということで手伝ったんです」

 ヒカリは思いがけない展開に息をのんでしまう。

 あのプレハブ、薄いモルタルとはいっても、大穴を開けるには女性ひとりではかなり難儀な作業だと思い、工藤巡査を実行者の想定からはずしていたのだ。それがふたりがかりとなればできないことはない。

 当初はヒカリを東原公園の監理事務所に行かざるをえなくするための誰かの策とみたが、押野勇気がそこに忍んでいたのだから、その線は消えていた。

 では、なぜプレハブの壁を壊したのか。

 ヒカリからだと偽って、親友の栞と七海を東原公園に呼び出したのは工藤巡査だ。結果、ヒカリはあかりを手放さなければならなくなった。

 だがプレハブという密室では、ほかに誰がいるのか見ることができない。プレハブを使えなくしたということは、ヒカリにはまだほかに仲間がいるとみていたはずだ。

 ヒカリ側の人間が誰で、総勢何人なのかを把握するためのことだろうと思われる。

 そしてこれは、東原公園での覚醒剤配布事件に便乗して、ヒカリが両親と圭吾の殺害事件をどこまで追っているのか、そしてその協力者をつかむためのものだったのではないか。

 東原公園では、実際にはあかりしか動員しなかったが、ヒカリの変装であるユカリ、そして謎の少年の姿があり、人数がいるように見せかけていた。

 ヒカリの動向を探るものとしては、あかり以外の仲間がいるように見えただろう。

 そして、ヒカリを探るものとは何者なのか。

 東原公園の差配として、公安の横溝捜査官が潜入していた事実。

 壁壊しを元公安部長の娘の美歌に協力を頼んだのだから、工藤巡査も公安が関与しているとは考えなかったのだろう。

 公安ではない。ならば、警視庁総務部。主導したのはそこだ。

 ヒカリがふたつの殺害事件の真相を知ることを恐れているのは、総務部なのだ。


「工藤さんは、おそらく部長クラスが直接会うのをはばかられる場合に、連絡役を務めていたと思います。お父さまは警視庁を退かれてからも、工藤さんと外で会われているのです。在職中の案件が継続しているとみます」

「ヒカリさんの両親が殺された四年前の三月といえば、警視総監が交代する少し前です。当時の部長たちは、次の総監には自分の後ろ楯をつけようと、権力争いがあって、父は助力を頼まれたのです」

「神林さんも部長職でしたが、権力争いの外にいられたのですか」

「父は他の部長よりも七、八年としが上で、あと数年で定年でしたから、中立の立場で通していました。誰が総監になっても変わらないようにと考えたのだと思います」

「私も当時を覚えています。何人かの管理職の人が私の教会に鑑定にきまして、先生の鑑定を受けました。私もおひとり、本間刑事部長を鑑定しました。警視総監になったのは、当時警察庁の五味さんですが、五味さんの派とそうでない派はわかりますか」

「それは父に聞かないことには……。ですが、私は別のことを考えています」

 さすが公安部長を務めたものの娘だけあり、内情がわかっているのだ。

「五味さんのあとの警視総監に誰がなるのか、です。警察庁からの招聘の次ですから、今の部長職の誰かの昇進でしょう。私ははじめから、次の次の警視総監争いが念頭にあったのではと」

「総務部長の富樫さん、次の総監を狙っているのですね」

 碧泉院流親占教会は、古くから警視庁総務部とは業務上の関わりがある。富樫総務部長が将来の総監の座を射止めるために、業務以外の関係を築こうとした。あるいは教会、すなわち総本山の誰かが富樫総務部長を抱き込み、将来にわたって便宜を図ってもらおうとしていた。その構図は今もつづいている。

 そのような推測が成り立つが、どちらにしても、ヒカリの両親の命を奪わなければならない理由に結びつかない。

 やはり圭吾がなぜ殺されたのかを突き止めなければ、先に進めないのだ。

 ヒカリは左手の結婚指輪に目をやって、呟くのだ。

「教えて、圭吾くん。私には仲間がいるんだから、きっと大丈夫だよ」

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