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襲撃

本作品は歴史物語ですが、度々横文字が使われています。物語自体も歴史にそぐわないものではありますが、語感やストーリーを優先させてそのようにしました。予めご了承ください。

  遠くから騒がしい音が聞こえた。

 天間佐吉は音のする方に顔を向けた。

 今度は何が起こった?

 その時、佐吉は朝からぬくぬくと起き出して、家の玄関先で考え込んでいた。

 というのも、園田桜の父親が殺され、黒田栄がこの事件に関わっている可能性が高いとわかった。これだけでも貴重な収穫である。犯人は今まで姿を見せたことはなかった。けれども、とうとう動きを見せたのだ。奴らにどういう意図があって姿を現したのかはわからない。が、通常と違う行動をとるということは、奴らの方に何かが起こったということだ(仕掛けた作戦が成功した結果であるなら幸いなのだが)。事態が動いた今、次にどういう一手をうつかを考えているのである。慎重かつ素早く行動しなければならない。相手は凶悪な殺人鬼だ。下手をすれば殺されてしまう。

 音は近づくとともに、どんどん大きくなってゆく。まるで地響きのようだ。しばらくすると、本当に地面が揺れ始めた。佐吉が山の方を見てみると、大量の人影がこちらに向かっている。更に目を凝らすと、その人影というのはガラの悪い男たちだった。

 盗賊である。

 背筋をざわざわと悪寒が走った。

 通常、これほど大勢の盗賊たちが村まで降りてくることはまずない。盗賊とはいえ、礼儀はある。襲う必要のない人々を巻き込むことはない。しかし、それが実際に起こっているということは、理由があるのだ。

 もしかすると、奴らは長谷川勇介の居場所を知ったのかもしれない。

 そして、かなり確信に近い形で突き止めたのだ。

 何故居場所がわかったのか?

 きっと、誰かが盗賊たちに告げ口をしたのだ。そして、それはおそらくこの事件の犯人だろうと思われる。盗賊たちに朝香村を荒らさせ、佐吉たちに脅しを仕掛けてきたのだ。犯人は佐吉たちのことを知っているだけでなく、きっちりと調べ上げてきたのである。なんとまあ、大胆で手間のかかることだろうか。しかし、しっかりと計算されている。余計なことで自分の手を汚さない狡猾さ。犯人の人物像を表しているようだ。そして、それは佐吉が考えていた、極めて最悪なパターンだった。だが、それを犯人が思いつかなったはずがなく、これこそが奴らのうった一手であった。

 佐吉は唇を噛んだ。

 建物に戻ると、勇介は顔色を変えて塀から外を見ていた。事態にはもう気づいているはずである。


「どうするつもりだ?」


 勇介が振り返った。何か言葉を発するよりも前にどたどたと音がして、西田照が転がり込むように駆け込んできた。


「だ、だ、大丈夫!?」


 照は少しだけ息が上がっていた。

 佐吉は極めて冷静を装っていた。本当は冷静どころではなかったのだが、慌てるくらいなら、この場をやり過ごす方法を考えなければ。急かす気持ちを、佐吉の理性という堤が抑えた。


「皆んなは?」

「皆んなもう気づいてるよ」


 急かすように照は言った。待ってられないという風にその場で足踏みしている。

 時間はもうそこまで迫って来ている。


「とにかく、今は勇介だけを外に逃して……」

「ちょっと待って!」


 照が両手を突き出して言った。思わずその勢いに蹴落とされ、黙った。


「こんなこともあろうかと、いいもの用意してあったのよ!」


 慌ててはいるが、わずかに得意気である。

 照に連れられたのは、十畳ほどの畳の部屋だった。ここはほとんど物置きのようになっていて、物が乱雑している。部屋には既に千葉薫子、園田桜、赤井川虎丸の三人がいた。全員焦燥と苛立ちを露わにしている。虎丸なんて、今にも逃げ出そうとしているかのようにうろうろしているし、その他の二人も逃げ腰だ。どうやら彼らも、佐吉と同様に何も知らないらしい。

 一方、照は部屋の真ん中にある畳をせっせとどかしていた。そうして現れた床に、どこからか持ってきていたらしい包丁を突き刺し、自分の手を置いて、てこ《・・》のようにして包丁の柄を引くと、床が動いた。

 その場にいた全員が目を剥いた。

 地面が掘ってあった。地下室である。


「これ、前におっさんに頼んでおいたのよ。 何かあった時のために作っておいてくださいってね」

「だからってこれは……」


 桜が呆れたように口を開けている。きっと、照以外の人間は――佐吉でさえも――脳内に驚きと安堵が入り混じって、整理がついていないであろう。

 確かに、確かにこれは素晴らしい設計だ。だが、あまりにも都合が良過ぎて――

 だが、照は気にする風もなかった。

「みんな早く中に入ってね」

 

 * * *



「とんだ荒らされようね」


 桜が苦々しく言う。

 物という物が床に散らばり、中には見事に粉砕されている物もある。

 地下室があることが発覚してから、天間佐吉のみその場に残り、その他の人たちは地下に隠れた。というのも、誰かは盗賊たちの様子を伺う必要があったのだ。普通に考えれば、それは佐吉の役割である。

 それからすぐに、予想していた通りに盗賊どもが大勢で乗り込んできた。

 その時、佐吉はちょうど懐に短剣を忍ばせていた時だった。念の為である。短剣であるのは、刀だとすぐに奪われてしまうからだ。ちょうど盗賊が部屋に押し入って来る時で、際どいところだったが、武器には気づかれなかった。しかし、結局最後まで短剣の出番はなかった。

 盗賊が押し入ってきた後、両腕を縛られて膝立ちにさせられた。無論、戦おうと思えば戦えるのだが、この状況で下手に動くことは得策ではない――例え好き勝手に荒らされようとも――と考えたのだ。しかし、様子を見ていても何も特別なものは見られなかった。それよりも、物が壊れていく過程を何も出来ずに眺めることは、なかなかに苦しいものだった。

 乗り込んできた盗賊たちはどいつも似たり寄ったりだったが、一人だけ様子が違う者がいた。後からやって来たのだが、途端に緊張感がぴりりと走ったのである。見てみると、やはり他の奴らに比べて格好が小綺麗で、威厳を醸し出している。顎が尖っていて、いかにも疑い深そうな顔つきだった。

 これが勇介を裏切ったという重臣だろう。名は岩峰といったか。

 岩峰はテキパキと無駄のない指示をしている。言葉もわかりやすく要領を得ていた。これが盗賊でなければ、感嘆して拍手を送るところだろう。さすが、反乱を起こして頭領になっただけある。しかし、佐吉にはある違和感があった。この男が必ずしも賢いとは限らない――漠然とそう感じた。何故だろうか。この男を見ている限り、頭領には最適な人間に思える。しかし、どうしても違和感が拭えない。

 その男は地下室が隠されている床の上の畳をどけた。出来るだけそこは見ないようにしていたのだが、内心ひやひやしていた。地下室があるということは、床下に空間ができるということでもある。つまり、そこだけ足音が変わるのではないか。更に、これだけの大人数で押し寄せれば、より音の変化は顕著になるはずだ。もしかしたら、足の踏み心地も変わるかもしれない。

 しかし、盗賊たちは何も疑う様子はなかった。ただ一人、岩峰だけは地下室がある場所を見た。しゃがんで手をつき、袂から短剣を取り出す。そして、それを床に振りかぶった。が、その時


「頭領、こっちを見てください」


 と声がかかった。岩峰は声の主を一瞥すると、何もせずにその場を去った。

 その時、佐吉が感じていた違和感の正体が明らかになった。

 おかしいのだ。

 何故、わざわざこんな大勢で村に降りてきた?勇介を捕えたいなら、影のように身を潜めて確実に探し出し、不意を狙って捕まえる方が良いのではないか。無論、大勢での突撃方式にもメリットはある。突然盗賊がどっと村に降りてくれば、勇介は何も手を打てずに捕らえられる可能性は大いにある。しかし、効果は長く続かない。もし、最初の段階で捕まえられなければ、当然相手は警戒する。そうすれば、勇介を捕えることはより困難になるだろう。よくよく考えてみれば、この男が反乱を起こしたという話にも違和感がある。そんなに頭領になりたければ、こんなに大事(おおごと)にせずとも、他に方法があったはずだ。例えば、毒薬を仕込むとか、暗殺するとか。しかし、仲間を集めて大勢で追いかけっこした挙句、逃げられた。第一、何者かに勇介に居場所を告げ口をされたとして、それが真実である根拠はどこにある?それなのに、こんな大胆なことをするのはいささかリスクが高すぎやしないか。

 これがこの男の正体だ。確かに、頭が切れる人物であることに間違いはない。しかし、自分を信じて疑わず、その上に穴だらけの作戦を抱えてくる。短慮な男なのだ。岩峰は決して――人の上に立つべき人間ではない。


 * * *


 その後も、盗賊どもは村を荒らし続けた。奴らの凶暴さも日に日に増し、村人に対する暴行や殺人も相次いだ。治安は最悪である。それでも城主が対応を何もしないので、非難の声が相次いだ。そうしてやっと命令が下され、役人が出番を見せるも、時既に遅しであった。そう簡単に抑えられないほど、盗賊の横暴は凶悪化していたのである。

 そんな時である。

 勇介がいない。どこを探してもいない。佐吉が目覚めた時には既に姿はなかった。他の四人にも協力を仰ぎ、朝香村の隅から隅まで探したが勇介は見つからなかった。

 いつかこうなるだろうとは思っていた。荒らされる村を眺めながら舌打ちしそうなのを懸命に堪えた。勇介は盗賊に見つかったのではない。

 逃げやがったんだ。

 

 * * *


 佐吉は役所に乗り込んだ。

 相手の役人は、佐吉の姿を見ただけでも嫌悪を示した。

 この役人は旭川あさひかわという。この男は、人を見下すことを生きがいとしているような人間で、エベレストよりもプライドが高い。佐吉が事件に関して正式に調査することを依頼した時も、この男だった。最初は散々渋っていたのだが、結局認めざるを得なかったのだから、気分を害されたことだろう。それなのに、旭川は最初から佐吉をバカにしていて、佐吉と話すときは必ず顎が上がっている。どうにも馬が合わない。


「役人さんたちの働きでも、盗賊を抑えきれないようですね」


 思いが素直に言葉に出て、自然と皮肉を帯びてしまう。旭川は明らかにむっとしたようだった。


「あなたなら征伐できるというわけですかねえ」

「ええ、そうですよ。 ですから僕に任せてください」


 これだけで話は通じるはずである。あとはこちらで始末するから、余計な手は出すなという意味だ。

 役人は鼻を鳴らした。


「征侑士ってのは色々出しゃばるものなんですねえ」


 くそっ、忌々しい。


「僕なら止められますよ」

「犯人も捕まえられないのに?」


 盛大に舌打ちしそうなのを堪えた。


「これも犯人のしわざですよ」

「ほう?」


 旭川は大袈裟には驚く。


「犯人は朝香村を混乱させようとしているんですよ」

「それは何のためなんですか?」

「そんなの捕まえてみればわかります」


 役人は薄目で佐吉を見る。


「あなたが盗賊の悪事を始末し、犯人も捕まえるというんですか?」

「それは分かりませんが、僕にならできる可能性がある」

「我々にはできないと」

「そうです」


 役人はまたもや鼻をふん、と鳴らした。


「しかしねえ、お兄さん。 我々だってあんまり勝手なことはできないわけですよ。 あなた方が捜査を手伝ってくれるのはありがたいんですがね。 余計なことをすると村民も混乱するだけでしょう。 村民のためなんです」


 確かにそういう一面もあるのだろう。旭川が言っていることは一理ある。だが、間違っても村民のためではない。この男は面倒なことに巻き込まれたくないだけだ。

 何が村民のためだ。


「今でも十分混乱してますよ。 そんなに村民のためを思うのなら、もっと早く対処しているはずでしょう」

「我々も城主様の命令がなければ動けないんですよ。 城主様は我々の雇い主ですからね」


 自分に落ち度は一切ないという物言いが、いちいち癇に障る。もちろん、これをやむを得ない事情と捉えることもできるだろう。しかし、佐吉が見る限り、単に面倒臭がって対処を先延ばしにしたようにしたようにしか思えない。


「城主が言ったことしかできないのなら、制限なしに自由に動ける僕を利用していただきたいですね。 村民のために」


佐吉の侮蔑のニュアンスを察したのだろうか。旭川は少々拗ねた物言いになった。


「私たちだってなにもしなかったわけじゃない。 だけど、こんなにあちこちで暴れ回られちゃ、こっちだって対処しきれないじゃないですか」

「ですから、僕がお手伝いさせていただきたいんですよ。 多少手荒な真似をするかもしれませんが、役人の皆さんが職業柄できない部分を僕が補うんです」


 旭川は逃げるように言った。


「私はもう知りませんよ」


 言い訳の次は投げやりか。


「あなたがなにをしようが私は知りません。 あなたがここに来たことも知りません。 あなたが一人でやったことです。 私は本当に無関係ですよ。 その代わり、もし奴らの暴挙を抑えられなかったらあなたの責任になりますからね」

「そんなこともう承知しています」


 旭川は意地悪く笑った。どうせ出来ないと思っているし、責任を佐吉になすりつけてさっさと消えてもらおうとでも考えているのだろう。しかし、ここは旭川なりの好意と受け取っておこう。もとより、旭川のことは眼中にない。


「では、構いませんよ」


 お手並み拝見、という顔だった。


「我々にとってはメリットもないが害もありませんしね」


 これ以上ここに留まる理由はない。去り際に役人が思いっきり佐吉を睨んでいるのがわかった。

 知ったことか。


 * * *

 

 朝香村は相変わらず荒らされていた。

 役所を出ると、佐吉は朝香村に来た時とは遠くかけ離れたこの村の風景を見た。

 これは賭けだ。成功するかは分からない。一か八かである。だが、どう転んだとしても、下手をしなければ、きっと、死にはしない。

 佐吉は朝香村を歩き、盗賊を探した。案の定すぐに見つかった。奴らは道端に座り込んで食べ物を食い散らかしている。佐吉は刀を抜いた。まだ奴らは佐吉に気づいていない。近づいていき、盗賊の一人を斬った。優しいことに、殺すのとは違う。刀の斬れない側なので気絶させただけだ。不意打ちだったので気絶させるのは簡単だった。仲間たちが咄嗟に立ち上がったのだが、奴らが武器を取り出す前に首を跳ね上げた。そうしてやっと異変に気づいたのだろう。周りにいた盗賊たちが怒鳴り込んできた。しかし、この手の奴らなら本気を出さなくてもよい。歩き方を見ていれば分かる。体軸が全くなっていないのだ。これくらいならいとも簡単に倒せる。

 それから、佐吉は湧き出るようにやって来る盗賊たちを、どんどん斬っていった。やがて、盗賊の集団は大きく膨らみ佐吉を迎えた。

 本番はここからだ。

 腰を限界まで低くし、刀を構えた。呼吸と一秒のズレもないタイミングで集団に飛び込んだ。

 

 * * *


 勇介は朝香村を上から眺めていた。盗賊というものは土地勘に優れているものだ。笹身山の崖から朝香村を一望できることを知っていた。

 何やら朝香村は大混乱に陥っているではないか。もはや戦争である。中でもとりわけ目立っているのは、とある男だ。可憐な刀捌きで、芸術にさえ見えてくる。まるで踊っているようにも見えるが、刀の刃は的確に相手の急所を打ち、鋭い動きで油断も隙もない。彼こそが――天間佐吉である。

 またごちゃごちゃやってやがる。

 一人で盗賊の集団に立ち向かうなんて馬鹿じゃないのか。何の目的があってそうするんだよ。

 不思議と血祭りにならないのは、佐吉が刀を反対側で斬っているからだ。

 佐吉は戦っている。盗賊の奴らは暴れている。村人は恐怖を身に纏って逃げる。他の四人の姿は見えないが、史上最悪の光景だ。ただ単に争いだからというわけではない。これは自分が引き起こしたことなのだ。自分のせいでこんなことになっている。

 気分が悪くなった。さっさと去ろう。混乱の災禍にいる連中には申し訳ないが、こういう時は逃げるに限る。

 振り返って歩き始めたところで立ち止まった。

 これでいいんだろうか。

 ここで逃げるのは、俺の生き方に反しているのではないか。この行動を俺自身が許すだろうか。今後、誇りが持てるだろうか。

 一旦引き返した。

 そこにある光景は変わらない。

 しばらくじっと見つめていて、頭を振った。

 馬鹿らしい。へんな罪悪感に苛まれて一度決めたことをやめるなど、愚行の極みだ。ただの気の迷いだ。

 もう一度、頭を振って引き返した。

 本当に、本当にこれでいいんだろうか。

 確認のため、もう一度引き返した。

 やはり景色は変わらない。

 駄目だ。この罪悪感を振り切って行かなければ、俺は殺されるのだ。これは試練なんだ。

 もう一度引き返そうとした。しかし、足は動かなかった。心は逃げたくないと言っている。でも、逃げ出したいとも言っている。どちらの選択も取れるのならそうしたい。この光景が消えるのならそれほど望むことはない。

 どうすればいい?どうするのが正しい?

 神様でも仏様でもいい。答えを教えてくれ。

 誰も何も答えない。答えなどない。景色も変わらない。

 何で俺がこんな目に遭わなきゃなんねえんだよ。

 思わず泣きそうになった時、ふと佐吉が上を見上げた。その瞬間、一瞬だけ目が合った気がした。心臓がどきりとした。

 そんなはずない。こんな大乱闘の最中、目が合うはずなどない。

 心臓が左右にステップする。勇介は歯を食いしばった。

 そして、一歩踏み出した。

 

 * * *



「おーい! てめえらが探している奴はここにいるぞお!」


 佐吉は上を見上げる余裕なんてなかった。が、この声の正体はすぐに分かった。そして、何が起こったのかを理解した。思わず笑ってしまった。

 馬鹿か。

 でも、これでいい。これこそが佐吉が予測していた最良の展開だった。長谷川勇介という男は情に熱く真っ直ぐな人間である。きっと朝香村にとって良いように動いてくれると、信じていた。これで村から盗賊が消えたのなら更に御の字である。

 佐吉は刀を握りしめた。

 

 * * *


 照は木の影に潜んでいた。薫子と桜と虎丸もいる。盗賊達がわらわらと走っていくものだから、その後を追いかけて行ったのだ。その盗賊たちは、今は立ち止まっている。彼らが刀を向けている先には勇介がいた。勇介は青い顔をして立っている。見ている限り、立っているだけでも精一杯のようだ。

 見守っているだけの照でさえ心臓が鳴っている。

 何故照たちがここにいるのかというと、これは佐吉の命令であった。佐吉が何をしようとしているのかは事前に聞いていた。勿論必死で止めたのだが、他にどうするべきか照たちにはさっぱりわからないのである。それに、あの時の佐吉の勢いは誰にも止められなさそうだった。

 佐吉の命令は、きっかけは自分が作るから、もし盗賊たちが何かしらの動きを見せたら、後を追いかけろというものだった。失敗すれば自分が死ぬだけだと言っていたが、大きな不安を胸に、四人揃ってぶるぶると団体行動していたのである。

 盗賊たちの後ろから馬が走り込んできた。先頭まで行って勇介の真正面で止まる。


「お久しぶりです」


 大柄だが、賢く、疑い深そうな光を目に宿している。恰好からして、この人が勇介を裏切ったという重臣だろうか。確か、岩峰とかいう名だったはずだ。ただ、少々照のイメージとは違った。ぱっと見は優しく、穏やかなおじさんである。


「私はあなたに会うことをずっと願っていました」


 勇介は黙って男を見ている。


「次会うのはあなたの首だけだと思っていましたが……よくここまで生きられましたね」


 勇介は口を思いっきりへの字に曲げた。


「今日はどうしましたか。 わざわざ無鉄砲なことをする必要はないのに。 死に来たんですか」


 初めて勇介が口を開いた。


「結果的には死ぬかもな。 だが、死に来たんじゃねえ」


 岩峰はフフフと笑った。


「では、朝香村を救いに来たのですか」


 フンと鼻を鳴らした。


「長話は好きじゃありません。 後はお好きにどうぞ」


 そう言って後ろに下がっていった。それと同時に、盗賊どもがわっと勇介に襲いかかった。勇介は身軽に盗賊を避けていく。不意に懐から短剣を取り出して、襲い掛かる盗賊の刀を弾いた。

 見事な技ではあるが、見ていて優劣は明らかである。盗賊は数え切れない程いるし、勇介は奴らを殺している訳ではないから、いずれ疲弊し手に負えなくなるだろう。その圧倒的な差は如何ともし難い。

 そうするうちに誰かが勇介の脇腹を裂いた。血が辺りに飛び散った。勇介は一瞬のけぞって、動きが止まる。すぐに後ろに下がり、敵と間合いをとった。脇腹を抑えて唇を噛みながら相手を睨む。先に向こうが飛びかかってきた。勇介はサッと避けて敵の集団に飛び込んで行く。勇介の脇腹を抑えている手から血が流れ、かなり出血していることがわかる。傷は深くはなさそうだが、明らかに動きが鈍った。危うい瞬間が何度も起こり、誰かが勇介の服の肩の部分を切った。息もだいぶ上がっている。

 脇腹の傷が一瞬の隙を生んだ。

 一人の盗賊が勇介の頭に刀を振り下ろした。それは間一髪避けたのだが、その拍子にたたらを踏んだ。よろめいた隙に、新たな攻撃が仕掛けられていた。盗賊の一人が、勇介の真正面から角材を横殴りし、勇介の右の頬に一撃が炸裂した。勇介は頭から血を流している。さらにその上から左足に角材が振り下ろされ、袋叩き状態だ。


「ど、どうする?」


 虎丸が薫子の手にしがみついた。


「どうするも何も……」


 薫子は困ったように言う。

 すると、ずっと黙ったままだった桜が頭を抱えて言った。


「ああ、もう見てらんない」


 桜の歯軋りの音が聞こえた。


「後ろに下がるな!」


 そう怒鳴った。

 この声は確かに勇介に届いた。その証拠に、勇介が渾身の力を振り絞って腰を上げ、敵と間合いを取りながらこう呟いたのだ。


「畜生……」


 歯の奥歯を噛み締めて言う。


「俺は逃げてたのか……」


 勇介は脇腹から手を離した。

 敵に突進していくと、盗賊たちを踏み台にして空中に飛び上がった。落ちて着地するのと同時に、盗賊の一人の胸に短剣を突き立てた。抜くと血が辺りに飛散した。勇介の顔にも返り血が飛んだ。さすがに敵は一瞬慄いた。その瞬間に、勇介は盗賊を一人捕まえると短剣で首を斬った。

 夜叉の目だ。

 次々に敵を切り裂いていく。敵の刃を一気に跳ね飛ばした。攻撃を避けて、出来る限り体力の消耗を減らしている。しかし、敵を確かに減らしているのだ。刀を振りかぶる盗賊には、短剣の柄で鳩尾に一撃を与えた。飛び掛かってくる盗賊の喉元を切り裂き、角材を振り回す盗賊の腹に短剣を刺す。だが不幸なことに、勇介の体力がなくなる方が早かった。

 一瞬の隙に、誰かが勇介の左足に拳を振るった。先ほどダメージを受けた箇所なので、痛みは半端ではないだろう。照たちの場所からでも、肉と骨の砕ける音が届くようだった。

 これで勇介の左足は完全に消滅した。実際、真っ赤な血がぽたぽた雫を落としている。疲労も見るからに溜まっていた。とうとう勇介が顔を歪めて、手を地面につけてしまった瞬間である。

 誰かがその場で舞った。盗賊たちが跳ね飛ばされた。

 正体は佐吉だった。

 どんどん敵を切り倒していく。まさしく、ヒーローの登場である。全く、さっきまで村で戦っていたとは到底考えられない動きだ。疲労さえ感じさせない身軽さである。勇介も呆れたように眺めていた。

 お前はいつも良いところを持って行くんだな。

 勇介がなんとか立ちあがろうとしている時である。

 どぉん!

 爆発音が鳴った。音源は虎丸だった。銃を撃ったのだ。照たちが盗賊に見つからないようちゃんと移動している。全く気づかなかった。虎丸の弾丸は次々に敵を的確に撃っていく。百発百中だ。しかも、どの敵でも必ず心臓を撃ち抜いている。

 そうだ。おっさん曰く、虎丸は弓矢や銃が得意だった。

 虎丸が銃を連射したことによって、敵の数は減るとともに、盗賊たちは大混乱に陥った。虎丸は草むらに隠れて撃っているので、盗賊たちは敵の居場所が分からずますます混乱する。

 勇介はそれを見て、刹那、泣きそうに顔を歪めた。しかし、もう既に立ち上がれなくなっているようだ。


「もういいっ!」


 誰かが叫んだ。岩峰である。


「あなたはその姿でまだ戦う気ですか」


 岩峰は馬から降りて尋ねた。事実、勇介は血まみれである。斬られた脇腹の傷がどんどん広がっているのだろう。勇介はまだ立ち上がれていない。


「俺が死ぬかお前が死ぬかまで戦うんだ」

「この状況であなたが私を殺せるとお思いですか」


 岩峰は勇介を見下ろした。


「何故あなたは戦うのです? そこまでして死にたくないのですか」

「違う!」


 勇介は息も途切れ途切れ話す。


「俺は、俺はただ……」


 一瞬、声が震えた。


「普通に生きたかっただけだ……!」


 勇介は男を睨む。


「普通でよかったんだ」

「馬鹿馬鹿しい」


 岩峰は嘲笑した。


「私はあなたの御父上に御恩があります。 あなたとも長い時間をともにしてきました。 せっかくですから、あなたをこの場で即死させてあげましょう」


 岩峰は銃を勇介の頭に向けた。

 殺されてしまう!

 そう思って飛び出そうとした腕を桜に掴まれた。


「駄目だ」

「でも……!」

「大丈夫だから」


 桜の横顔が圧倒されるほど頼もしかった。だから、それ以上反発はしなかった。

 すると、またもやどぉんと銃の音が鳴った。佐吉が虎丸から銃を奪って、空に向かって撃ったのだ。銃を投げ捨て、刀を構えた。


「ああ、そうか……あなたたちもいましたね」


 岩峰は向き直った。


「まずはあなたから始末しましょう」


 今度は佐吉に銃口を向けた。相手は銃である。刀で対抗出来るわけがない。

 時が止まったかのような緊迫の瞬間。男は銃に手をかけた――

 その時、勇介が立ち上がった。後ろから短剣を男の首にかけ、一直線に真横に引いた。血飛沫が舞った。瞬時に男は振り返って勇介に向かって銃を撃った。弾は勇介の右腕を掠った。勇介がよっぽど深く切り込んだのか、男は倒れてすぐ動かなくなった。

 照はその全てがスローモーションに見えた。その場が静寂に包まれた。直後、怒涛の大騒ぎになった。残された盗賊どもはどうするつもりなのか。

 佐吉は勇介に駆け寄った。


「大丈夫?」


 勇介は既に動けなくなっていた。最後に立ち上がったのは残った力を振り絞ったのだ。そして、勇介が立ち上がることをわかっていて、佐吉は岩峰を気を引いたのだろう。それが勇介の限界だった。

 佐吉が岩峰を見て苦々しく言った。

「いくら相手が弱ってるからって、背を向けるのは言語道断だよ」

 

 * * *


 やってくれた。期待以上だった。

 黒田栄は盛大に、思う存分笑った。

 盗賊どもに長谷川勇介の居場所を告げ口して、行先を見ていたのだが、まさか、あんな大逆転劇を見せるとは。

 栄は大いに笑い、大いに楽しみ、大いに満足した。

 あの大乱闘を栄は間近で見ていた。盗賊が思ったよりも朝香村を荒らしていたので、どうするものかと思っていたのだが、全くの予想外の展開であった。こういう風に勝負に出てくるとは。

 栄の見る目は間違ってなかった。栄は正しかった。

 非常に面白い。

 このあと、奴らをどうやって扱ってやろうか。

 


本作品はフィクションであり、登場人物や作中で起こる出来事は全て創作です。

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