謎の少年
本作品は歴史物語ですが、度々横文字が使われています。物語の内容自体も歴史にそぐわないものではありますが、語感やストーリーを優先させてそのようにしました。あらかじめご了承ください。
山埜瀬名は朝香村の商店街のとある八百屋に向かった。
「おや、あんたまた来たね」
おばさんは嬉々として瀬名に声をかけた。この様子だと、何か話したくてたまらないことがあるに違いない。
「あの事件のことなんだけどね」
城に目玉と舌がくり抜かれた死体が送られた事件のことである。ここ最近、その話ばかりしているので言われずとも見当はつくのだ。
「急展開なんだよ!」
おばさんは内緒話をするように身を乗り出して、喜色満面で言った。
この八百屋のおばさんは村で一番のお喋りである。トピックがあったとなればあちこちに触れ回り、延々と同じ話を繰り返す。基本的に噂話が大好きで、そんな確たる証拠もないもので人が傷つくとかは考えないのだ。ちなみに、このおばさんは生まれも育ちも朝香村らしく、それを自慢にしている。それの何が誇らしいのか、瀬名には全くわからない。一方で、彼女は広い情報網を持っている。村の中で彼女の知らないことはない。というのも、彼女の主人が資産家なのである。情報通なわけだ。そして今、その情報を頼りにして瀬名はここに来ている。
彼女が言う急展開とは何のことか。あれからまだ何もしてないはずだが。
「犯人が現れたんだよ!」
何だって?
「女が城に早朝に現れてさ」
門番に小袋と手紙を渡したそうである。
「野坂清奈様に渡してくださいって」
野坂清奈とは現在の城主である野坂道残の従兄妹である。
ちなみに、早朝に現れたその女は、清菜様に渡す前に絶対に中身を見るなと言い残して去ったそうである。
「でも、結局門番は怪しんで中身を見たのよ。 そしたら」
小袋には、殺された片方の町人の御守りが入っていたそうである。手紙にはこう書いてあった。
――これを届けた人が犯人――
門番は慌てて女を追いかけるが、既に見失ってしまった、と。
町人の御守りは奥さんが作ったものだそうで、だから同じものは二つとないらしい。
つまり、それがあるといことは犯人の証明も同然ということなのだ。
確かに、奴らを籠に詰めた時に余計なものは全部捕った記憶がある。そして、地面の中に埋めた。現物を持ってるはいいが、犯人の証拠となっては困るからだ。しかし、盗まれるはずはない。後で確認する必要があるが、瀬名に隠れて土を掘り返して奪うなんて不可能だ。そのような隙など、ない。
さて、その人騒がせな犯人モドキを見つけなければならなくなった。
瀬名は無言で何も買わずに店を去った。
* * *
村の端っこにある田んぼに瀬名は来ていた。早速犯人モドキ探しの旅に出たのだ。
田んぼに来たというのは、殺した町人の家に行くためである。本物の御守りはこちらが持っているので、犯人モドキが世界にたった二つの(殺した町人とその妻の分)の御守りの片方を持っているということは、偽造したということだ。偽造するためには本物を見なければならない。そのために、犯人モドキは事前に、殺した町人の家になんらかの理由をつけて尋ねたのではないかと考えたのである。
「ごめんください」
瀬名は小さな家に顔を覗かせた。すると、か細い返事が聞こえて奥から女が出てきた。殺した町人の妻である。
「何用でしょうか?」
「こちらは、旦那さんがお亡くなりになられた事件のご自宅でしょうか」
女は戸惑っているようだ。
「そうですが……何か?」
「お参りをさせて欲しいんです」
旦那さんと知り合いだった云々の作り話をそれらしく話すと、はあ、どうぞと中に通された。
奥の方に小さな仏殿が置いてあった。
線香をあげると、
「実は前にも同じような方たちが来られたんです」
と女が言った。
そら来たと思いながら、瀬名は女と向き合った。
「どういう方だったんですか」
「貴方様と同じ理由で来られまして、おじいさんと若いお姉さんでした。 夫が世話になっている取引先の方とそのお嬢さんだとか」
瀬名は思考をめぐらした。なるほど。おじいさんには見当がつく。若い女の方は知らないが、まあ、ヤツに聞いてみればわかることだ。
「御守りを持っていらっしゃると聞いたんですが」
実際に現物を見せてもらおう。
女が持ってきたのは、赤と青の糸で編んだ紐に小さな赤色の巾着袋が付いているものだった。
この程度なら、素人でさえ真似出来そうだ。ただ、殺した男とこの女からすればこれには随分と金をかけたのだろう。赤や青などといった明るくて目立つ色の紐及び布は高価なのだ。
「この中身は何でしょう」
「結婚した日に親戚から小判を一枚貰いまして」
女は幸せなことを思い出すように目を細めた。
「私どもからしたら、小判なんて大層なものなのですが、これから二人で頑張るのだからと、夫が二つに斬ってくれたんです。 それがこの中に入っています」
たった一枚とはいえ、小判だって使いようによっては上手くいくものを。何故わざわざ捨てるのだろうか。
そして、この女はまだ知らない。夫がそれほど信じられる人間ではないということを。
* * *
瀬名は村の裏路地の、ある建物を目の前にしていた。
ここは一見普通の問屋に見えるが、実は詐欺師の事務所である。役人に見つからないために問屋を隠れ蓑にしているというわけだ。だから、必然的に関係深い瀬名もお馴染みになる。
この詐欺師はいわゆる「騙す」専門ではない。詐欺のために必要な小物を作ったり、本物そっくりを偽造したりするのだ。小道具屋というわけだ。特殊技術者とでもいえば――カッコよく整理がつけられる。
中に入ると案の定、髪が薄くなっている詐欺爺さんがいた。この建物は一間しかなく、爺さんは瀬名の真っ正面に座っていた。問屋という設定だから室内は物でごった返している。
向こうが何か言葉を発する前に爺さんの胸ぐらを掴んだ。
「最近、死体が城に送られた事件で御守りを作っただろう」
爺さんは、目をしばしばさせた。
「な、何の話しかな?」
「とぼけるな」
瀬名は爺さんを足蹴りにした。
「あんた、最近そういう依頼を受けただろうが」
爺さんは怯えたような目で瀬名を見上げた。
「誰に依頼されたのか言え」
「そ、それは絶対、い、言えない」
瀬名は短剣を抜き出し爺さんの首に当てた。刃が爺さんの首に食い込む。爺さんの首からうっすらと血が滲み出てきた。
「あんたどうなってもいいんだな」
爺さんは顔を歪めた。
「わしは依頼人の詳しいことは知らないんだ」
もう少し首に切り込みを入れてやろうと思ったら、
「ほ、本当に知らないんだ!」
と叫んだ。
瀬名は大金を袂から取り出してじいさんの顔面に投げつけた。
「これでも言わないか」
爺さんの目が揺れる。
「あんたいつも犯罪者相手にしてるんだから、何も知らないで依頼を引き受けるわけがない。 顧客名簿はどこだ」
爺さんは震えた手で瀬名から見て左側を指差した。大きな棚があって資料でぎっしり埋められている。
「一番下の段の一番右だ」
依頼順に置かれているのだろう。瀬名は爺さんを突き放し資料を手に取った。爺さんはどてんと転がった。
「名前は新田喜多郎っていうのか」
爺さんの顔も見ずに聞いた。
「そ、そうだ」
年齢二十四歳、男、職業油売り。その他諸々の情報が書いており、瀬名は全て記憶した。しかし、注意すべきはこの情報が正しいとは限らないことだ。テキは嘘の情報を爺さんに与えているかもしれない。とりあえずここに書いてある住所にあたってみる他ないだろう。
瀬名はふと爺さんを振り返った。
「殺された町人の家に行ったときに一緒にいた女は誰だ」
爺さんは相変わらず床に転がったまま言った。
「その、そいつに言われたんだ。この女も一緒に連れて行けってな」
そいつとは新田喜太郎のことだ。
瀬名はもう一度顧客名簿を見てから、きっちりともとの場所に戻し、何も言わずに歩いて出て行った。
* * *
「で、ここに来たのは誰なんだよ?」
長谷川勇介はとある爺さんと向き合っていた。この爺さんは犯罪のその手の小道具屋だ。勇介はそれを知っていたのである。だてに元盗賊の頭領ではない。
何故、勇介がこのようなところに来ているのかというと、これも商人のおっさんから言いつかった犯人探しをしているからである。勇介たちはこの爺さんに依頼し、殺された町人が持っていたという御守りを偽造した。そしてとある手紙と共に城へ持って行ったのである。
――これを渡した人が犯人――
この目的は犯人を誘き寄せることだ。犯人はわざわざ変死体を城に送りつけた。隠そうともせずにそうするのは、なんらかのアピールをしているのだ。それが何を意味しているかは知らないが、とにかく、相手は何かの目的を持ってそういった行動をとるわけである。
しかし、それが奪われたらどうだろうか?
突然知らない誰かが自分ではない犯人を名乗り、自分の作戦を壊そうとしている。本物の犯人はそれを許さないだろう。何としてでも見つけ出そうとする。そこを捉えようという作戦なのだ。そのために、犯人が勇介たちを見つけ出しやすくするようわざと足跡を残しておいた。その分リスクをともなうが、それは相手も同じだ。
それで、この爺さんに協力してもらったのだ。さらに、この爺さんには偽造した顧客名簿を作ってもらい、わざと勇介たちの居場所を教えるように告げた。
そして、今勇介が爺さんを目の前にしているのは、勇介たちを訪ねた本物の犯人が誰であったかを聞くためである。犯人は必ずここに来たはずなのだ。
ちなみに、この作戦を考えたのは天間佐吉である。また、遺族の家に向かったのはこの爺さんと西田照だ。爺さんはともかく何故照まで行く必要があるのか。爺さんを監視する目的だったのだが、それが照だった理由は彼女が一番普通の人だからだ。(良い意味で)記憶に残りにくい。また、城に御守りと手紙を持って行ったのは千葉薫子である。大体照と同じ理由だ。
勇介がここに二度目に、つまり、今日訪ねた時に爺さんは首に包帯を巻いていた。刃物で切られたのだ。顧客名簿を見るのに脅されたそうである。
なるほど。さすが変死体を城に送りつける凶暴な犯人である。
「で、ここに来たのは誰なんだよ」
というわけだ。
爺さんは言う。
「あんたらは昨今、朝香村を騒がせている犯人を探そうとしているらしいが……。 それはいいんだが、あの男には関わらない方がいい」
勇介は爺さんの顔を覗き込んだ。しかし、爺さんは頑として目を合わせようとしない。
「爺さん、その犯人のこと知ってるんだな?」
青白い顔をして、爺さんはますます背中を丸める。
「ああ、知っているよ。 知っているから忠告しているんだ。 早く手を引いた方がいい」
勇介は焦ったくなった。
「だから、そいつは誰なんだ。 なんで関わっちゃだめなんだよ」
「あいつは殺し屋だ。 ただ、普通の殺し屋じゃない。 あれは本当に恐ろしい。 人間じゃない」
勇介は苛立った。
こんなに恐れられてる奴って何者だよ?
「じゃあ、そいつが二人の町人を殺した主犯ってことだな?」
押しても同じことを繰り返すだけなので、一旦引いて様子を見ることにした。
「いや……、あいつは独断でそんなことはしない。 きっと誰かに依頼されたんだろう」
「じゃあ殺しただけなのか?」
「さあな。 なにせあいつは狂ったような殺し方をするからな……」
その後は身のある情報は聞き出せなかった。爺さんは犯人の名前すらも頑として言わない。恐ろしいからやめとけと言われるばかりだ。舌打ちをしたい気分をなんとか抑えて事務所を出た。
これじゃ、わざわざ爺さんを利用した意味がないじゃないか。
ここは路地裏である。角を曲がろうとした瞬間にどすんと誰かとぶつかった。
勇介はなんとか持ち堪えたが、勢いよくぶつかったせいで相手は尻餅をついて転んでしまった。
「すんません。 大丈夫ですか」
反射的にそう言って手を差し伸べたが、相手は勇介を一瞥するとすぐに立ち上がって黙ったまま去ってしまった。勇介は相手を振り返った。
少年だ。比較的小柄な勇介と比べても、かなり体格に差がある。背が小さいのだ。そのせいか、女に見えなくもない。髪は短かったが、笠を深被りしており顔がよく見えなかった。
相手は早足で、先程勇介が曲がったところで曲がって行った。勇介はしばらくそこに突っ立って少年の残像を見ていた。
* * *
小道具屋の爺さん――当間義昭はぼんやりしていた。
十五歳から建築士をしていて、二十四歳の時に酒と女で破産し、転職して今の仕事に就いている。建築の仕事は先代からのもので、そのしたきり通りに建築を学んだ訳だが、母親が早くに亡くなったために父親も後を追うようにしていなくなった。妻があの世に行くとと夫もすぐにダメになって亡くなるという噂は本当だったらしい。鎖から解放された義昭は女遊びと博打をし始めた。最初は遊びと思っていたが、次第にその沼から抜けられなくなり、結局父親が残してくれた財産も全てつぎ込んで破産した。金がないと分かれば、あれだけ媚びを売っていた女も、白熱した勝負を繰り広げていた連中も離れていった。そうなれば、結局は闇の世界に足を踏み入れるしか生きる方法はない。最初は自分の建築技術を売りにして、その手の奴らに声をかけるというところから始まった。そうすると、意外と犯罪関係の物作りは需要があったらしく、義昭の評判はみるみる良くなっていった。そうなれば勝ち組である。前のように遊び尽くせる金はないが、それなりの暮らしが出来る程度にはなった。
犯罪関係であるが故、その手の顔は広い。義昭は長谷川勇介とかいう若造――逃亡中である元盗賊の頭領――の事を知っていた。以前勇介の一派であった盗賊がやって来て、雑談をしている最中にその名が飛び出したのである。どうやら親の七光りで盗賊の頭領になったはいいものの、家臣に裏切られたポンコツらしい。
それを知っていたから、今回の依頼を引き受けたのである。相手は元頭領であることををなんらかのアドバンテージとでも思っているようだが、本当は違う。奴の正体を盗賊どもに打ち明けて一儲けしようという魂胆である。そうすれば、しばらく暮らせるほどの金は入ってくるだろう。
しかし、それにあの殺し屋が関わっていたとは。お陰で酷い目に遭った。
ああ、あいつは本当に恐ろしい。噂や評判は聞いたことはあったが、誰もそれを語りたがらない。というより、その恐ろしさを知るのは殺された者だけなのだ。しかも、あいつの姿を知るのはごく僅かだ。同じ犯罪者でもあいつを知る者は少ない。だが、義昭はそれを知っている。あいつには何回か依頼を受けたことがあるからだ。そして、ついにその恐ろしさを目の当たりにした。
可哀想だが、あの勇介とかいう若造はどう転んでも殺される運命らしい。
すると、誰かが事務所に入ってきた。
――おい、若造忘れ物でもしたか
若造ではなかった。若い女である。笠を被っていて顔がよく見えない。
何のいたずらをしにきたのだろうか。
「おい、お嬢ちゃん、ここは女が来るところじゃないぜ」
若い女はゆっくり義昭に近づいた。顔が見えた。大人しそうな娘である。到底悪事をするとは思えない。しかし、こういう娘に限って裏の顔があるというものだ。闇の社会ではそうである。一見普通の優しそうな人こそ本当に危険な奴だったりする。
さっさと追い出そうとした時、めきめきという音がした。
その瞬間、義昭の背筋が凍った。
若い女が恐ろしい化け物の姿に変わっていた。
* * *
山埜瀬名は顧客名簿から新田喜多郎の素性を探り始めた。油売りと名簿に書いてあったから、それが真実なら、あの八百屋のお喋りおばさんが知らないはずがない。
瀬名がじいさんを訪ねた時、じいさんは仕事を依頼されたことを知らぬ存ぜぬで突き通そうとした。ちょっと脅しただけでそんなものすぐに粉砕されたが、それはつまり、依頼人から口止めをされているということだ。それが何に対して口止めされているかはわからない。いずれにしても爺さんの口から何か聞いたとて、到底根拠のあるものではないだろう。まずは事の真偽を確かめなければ。
瀬名は八百屋のおばさんのところに行った。
「おばさん、新田喜多郎っていう油売りを知ってるかい?」
即答だった。
「知ってるよ。 最近来たっていう新参者だろう?」
まあ、生まれた時から朝香村にいるのでは、そういう言い方にもなる。
「何でそんなこと聞くんだい?」
おばさんは興味津々という感じで聞いてくる。目を輝かせて身を乗り出してきた。
「ちょっと用事があるんだ」
「何だ、知り合いだったの?」
うん、まあそんなところだと曖昧に答えたが、おばさんはそんなことは気にしない。
「だったら私が声かけてあげるわよ。 その方が話が早いでしょ」
まずい展開になった。おばさんは好意で(あるいは好奇心で)言っているのだろうが、こういう流れになると後処理が面倒くさい。
一刻も早く立ち去るのが得策だが、他にも聞きたいことがある。
「そいつはどこに住んでいるんだ?」
「笹身山の麓だって言ってたけど……」
おばさんは瀬名の全身を改めて眺め回した。
「何でそんなこと聞くの? どういうご関係?」
こうなると言い訳は苦しい。
こっちの話だと誤魔化すとおばさんの目が尖った。
そうよね、あなたの話よねと皮肉めいて言うと、しばらく瀬名の顔を見てはっとしたように聞いた。
「もしかしてあんた、悪い奴らの手下でもやってるの? 喜多郎さんが闇金して、だから探してるんでしょう」
あながち間違ってはいないが、そうですと認めるわけがない。
「仕事がある」
そう言って立ち去ると
「そんなことしてたら天国に行かれないよ。 やめた方がいいよ」
と後ろから大声で言われた。
どうやって新田喜多郎を探し出そうか。笹身山の麓に住んでるとは言っていたが、そもそもそれすらがデマだったらどうしようもない。若い男なんてどこにでもいるし、嘘を流していた場合、油売りの格好をしているかさえわからない。だからお喋りおばさんに身のある情報を聞き出そうかと思ったのに、大した情報もなかった。
どうやって探す?どうやって奴を見つける?
その時、瀬名にある考えが浮かんだ。
何で気づかなかったのだろう。おばさんなんかに頼るよりもこっちらの方がずっと確実ではないか。
* * *
瀬名は小道具屋のじいさんの事務所の建物の裏で待ち構えていた。隣には一人の若い女がいる。女が大あくびをした拍子に口から鋭い牙がのぞいた。
もし、犯人モドキがもしただのイタズラだとすれば瀬名たちに害はない。その程度のイタズラをする奴らなら、すぐに村の役人が捕まえてくれるだろう。瀬名たちにとっての優先度も低い。
しかし、奴らが小道具屋の爺さんに嘘を流しているとすれば、犯人モドキにはれっきとした意図があるに違いない。
例えば、本物の犯人を捕まえようとしているとか。
だとしたら、必ずこの小道具屋の爺さんのところに来るはずだ。ここに来たのは誰かと尋ねるはずである。仮に来なければただのイタズラとして処理すればよい。
この事務所は木の壁で本来なら盗聴はできないのだが、この建物には裏口がある。そこがベニヤ板で塞がれていて、そこだけ壁が薄くなっているので中の声はよく聞こえる。
何日も張っていて、一週間後に目的の人間がようやく来た。確かに若い男で、ここに来た人物を尋ね、爺さんと散々押し問答をした挙句、なんの収穫もないまま帰っていった。
しかし、やはり爺さんは瀬名にデマを流したのだ。バレないと思ってしたことだろうが、嘘というのはいつか自分に返ってくる。いつどこで誰が聞いているかなんてわかったものではない。
いい機会だから、この爺さんには死んでもらおう。
瀬名は女に爺さんを始末するよう頼んだ。
歩いて行くと、曲がり角でちょうど例の若い男とぶつかった。そして、その男の顔を脳裏に刻んだ。
曲がり角で曲がり、男と十分な距離をとってから後を追いかけた。
本作品はフィクションであり、登場人物や作中で起こる出来事は全て創作です。