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既視感

本作品は歴史物語ですが、度々横文字が使われています。予めご了承ください。

 朝から嫌な予感はしていた。これは、いわゆる「後説」ではない。そろそろこういうことが起こりそうだと思っていた。そして、本当にそうなったら逃げられないだろうとも思っていた。

 野坂清菜から招集がかかったので、西田照を含めた六人は大広間に向かった。長谷川勇介が襖を開けると、照がこの世で一番会いたくなかった人間がそこにいた。

 忍者道場の師匠――多妻風月たづまかづきである。


「こちらの風月さんが、あなたたちに話したいことがあるそうなんです」


 清菜は風月を手で示すと、さっさと黙ってしまった。その様子を見て、風月は口を開く。


「皆さん、本日はお時間を作っていただきありがとうございます」


 一礼をして、風月は謝辞から始めた。それぞれ軽く礼を返す。その横で、照だけは身体が固まり、身動きがとれずにいた。


「あなたたちは、朝香村を荒らす連中を捜索しているのですよね」


 園田桜がはい、とも、はあとも聞こえる声を出した。

 照以外の五人はまだピンときていないのだろう。不審げに眉をひそめている。

 そして、と風月は照を見た。


「久しぶりだな、西田照」


 一同が一斉に照を見た。照は逃げるように俯いた。はい、と返事した声が、情け無いほど小さかった。

 五人の様子を見ると、風月は照に言った。


「お前は彼らに何も話してないのか」


 はい、とまた掠れた声で言った。決して囁いているわけではなく、声の出力が落ちている。風月はしばらくじっと照の顔を見た。


「照は私の弟子なんです。 修行中に逃げ出したんですよ」


 ああ、やっぱり照は風月が恐ろしい。忍者道場を逃げ出した今も、風月に物申す覚悟さえない。今だって、決して怒鳴られてるわけではないのに、身がすくんでしまって動けないのだ。


「ところで、お前は犯人を捕まえるために何をした」


 その言葉の意味を理解するまで時間がかかった。頭が空回りする音が聞こえてきそうだ。何か言おうとしても、続かない。

 考えてみれば確かに、照は何か役に立っていたのだろうか。今まで、皆んなの後ろについてきただけではないか。本当は何もしていないのに、私も立派なことをしていますという顔をしていなかったか。

 項垂れていると、風月は更に追い打ちをかけてきた。


「何の役にも立っていないのにここにいるのか」

「あのう」


 控えめな声で割り込んできたのは、千葉薫子だ。


「照は役に立ってくれていますよ。 皆んなのこと助けてくれるし、励ましてくれるし……」

「それだけか」


 薫子は、え?と、空気の抜けたような声を出した。

 風月の言っていることは間違っていない。本当は呪術を使えるのだから、敵と戦うことも出来たかもしれない。だが、照はそうしなかった。皆んなに、スパルタの忍者道場から逃げ出した弱い人間だと思われたくないばかりに、隠し続けてきた。

 臆病なのだ。


「今日はお前を破門しにきた。 道場を逃げただけではなく、何の役にも立たずのうのうとしているとはな」


 そして、最後にこう言った。


「二度と私の前に現れるな」

 

 * * *


 風月が帰っても、誰もその場から動かなかった。照以外の五人は、皆んな同じ顔をしている。バツが悪いような、不安そうな。照は今にも息が詰まりそうだった。まさか、こんな形で忍者の弟子であることが暴露されるとは。だったら、最初から正直に話しておくべきだった。今、皆んなは照をどう思って見ているだろうか。逃げることしかできない弱虫に見えているだろうか。


「まあ、そういう時もあるよ」


 最初に口を開いたのは勇介だった。


「俺はお前が何か隠してるってずっと疑ってたから、別に衝撃は受けない。 忍者だったってのはびっくりしたけどな」

「僕も……」


 そう言いかけたのは天間佐吉だ。

 何だよ、と勇介が促すと


「僕たちは大丈夫だけど、照はこのままでいいの?」


 と聞いた。

 何か言葉を返すべきなのだが、何も出てこなかった。

 忍者道場を抜け出して、犯人探しをすることになり、物語の主人公のように高揚していたかつての自分が哀れだ。実際は何もしていないじゃないか。

 頭を動かすんだ。この状況を少しでも良くしたい。少しでも自分の立場を改善したい。考えろ、考えろ。どうすればいいのか、どうするべきか。何か、何かあるはずだ。

 そのうち、照の思考に一条の光が差し込んだ。

 

 * * *


 照は、清菜に風月の居場所を聞いた。二日ほど朝香村に滞在していて、今日がちょうど帰る日らしい。

 照は笹身山の前で風月を待ち構えていた。いつ来るかわからないので、早朝からずっと張っていた。

 日が上り、周りがうっすらと見えるようになった頃、風月がやってきた。風月は照に気づいているはずなのに、無表情を貫いてこちらに向かって来る。

 照は風月に近づいた。


「あの、私」


 すると、風月は出し抜けに照の髪を鷲掴みにし、ぐいと後ろに引っ張った。不意打ちだったので、照は思い切りつんのめった。


「何しに来た。 二度と私の前に現れるなと言ったはずだ」


 風月は、更に髪を引っ張って照を引きずる。全力で抵抗していると、今度は襟首をつかまれた。身を捩って風月の手を逃れようとすると、いきなり投げ飛ばされた。照は尻から地面に落ちる。

 したたか腰を打ち、声も出ない。

 照は怒りで頬が震えるのを感じた。


「痛えなあああ!」


 自分でも何をしているのか分からないうちに、気がついたら照は風月めがけて突進していた。照はしゃにむに風月に掴み掛かった。


「何かっていうとすぐ暴力ふりやがって!」


 風月はかわしたり、避けたりしなかった。風月は照の襟首を取ってねじあげる。


「逃げてるんじゃねえ。 お前が逃げ出した後も他の弟子たちは修行を続けてたんだ。 だがお前は何をしてた? どうやら、ぬくぬくと守られて生きていたらしいじゃないか。 お前は全てから逃げ続けていたんだ」


 言葉が出てこなかった。

 その通りだ。自分の嫌なことから全て逃げていた。自分に都合のいいことしかしてこなかった。

 照は泣き出してしまい、そのうち組みつくのもやめ、ずるずる地面に座り込んだ。


「――じゃあ……どうすればいいんですか」

「考えろ」


頭上で風月の声がした。


「お前が出来ることは何だ。 仲間のサポートか? 仲間を励ますことか?」


 照は彼を仰ぎ見た。風月は真っ直ぐに立ち、照に向き合っていた。


「今度こそ俺の前に現れるな。 お前は忍術が上手くて期待していたのに裏切りやがって。 せめてその能力を活かして何かしろ。 お前はお前のやるべき事をやるんだ」


 その間に風月はさっさと行ってしまった。

 

 * * *


 以前にも言ったことがあるが、忍術とは幻覚である。決して相手を攻撃するためのものではない。例えば火の術。これは、本物の火がそこにあるように見せられるし、熱気も感じられる。だが、火の中に飛び込んだとしても焼け死ぬことはない。要は、忍術とは相手を一瞬怯ませたり、行動を遅らせるためにある。――山埜瀬名なら、本物の火であっても飛び込んできそうなものだが。

 となると、小手先の忍術よりも、効果が高い忍術を使うべきだ。しかし、効果が高いということは相当体力を消耗する。一回使うだけで気絶してしまうくらい、集中力が必要なのだ。つまり、失敗が一度たりとも許されない。

 そして、相手に大打撃が与えられる忍術――だが、考えても思い浮かばない。

 ただ一つ、打撃を与えられるわけではないが、もしかしたら一連の解決の糸口になる忍術はある。

 奴らがこの忍術にかかってくれるかはわからない。かかったとしても、何にもならないかもしれない。失敗するか成功するかの賭けだ。だが、やるしかない。もう、周りについて行くだけの風見鶏にはなりたくない。

 問題は、どうやって奴らを誘き寄せるかだ。敵の方だって、都合よく現れてくれるものではない。

 どうするか。探すしかないだろう。


 * * *

 

 木を隠すなら森の中という。今回はまさにそれだった。天間佐吉は、路地裏で瀬名と向き合っていた。


「黒田栄はどこにいる?」

「知らない」


 こうして敵を目の前にしても、逃げたり闘ったりしようとしない肝っ玉だけは褒めてやる。


「彼女の居場所の心当たりは?」

「知らない。 どうでもいい」


 と瀬名は言い捨てた。


「こっちは金で雇われてるだけ。 依頼された以外のことは知らない」

「君は何に対して金を貰ってるのかを考えろ。 彼女の居場所を言わないことは、依頼の内には含まれていないだろう」


 瀬名は顔をぴくりとも動かさない。


「それでも嫌なら、たまたま君が他の人と彼女の居場所を話していて、たまたまそれを僕が聞いた。 それならどうだ?」


 瀬名は鼻から息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。


「フヨウって奴の墓の近く」


 佐吉は身を翻して、去った。

 

 * * *


 照は池谷芙蓉を埋めた場所に来た。

 瞬きしても、目の前の光景は変わらない。つまり、これは照の幻覚ではない。

 芙蓉の墓の前に、黒田栄が座り込んでいた。妙に小さくなった背中をこちらに向けて、項垂れている。今にも消え入りそうなほど薄っぺらかった。そのあまりの弱々しさに、照は一瞬だけ、栄を捕まえるのはひどく簡単なことなのではないかと思ったほどだ。

 が、栄が後ろを振り返った途端、そんな浅はかな考えは一瞬で吹き飛んだ。

 目が赤く光っていた。目は腫れ上がり、涙の筋がさほど近くない距離からでも見える。

 照を見ると、栄の顔から血の気が引くのがはっきり見えた。その血が、栄の頭に昇ってゆく音が聞こえた。

 栄はゆっくりと刀を抜くと、照に向かって来た。

 側から見るとそうでもないのに、いざ刀が自分に向けられていると、ひどく禍々しいものに感じる。

 やっぱ無理だ。絶対に無理だ。

 照は回れ右をして全力で逃げた。

 ただ無我夢中で走った。自分がどこに向かってるのかも分からず、ひたすら駆けていった。走って、走って、耳は風の音でいっぱいだった。その間、照は一度も振り向かなかった。

 照はまた、逃げ出した。

 

本作品はフィクションであり、作中で起こる出来事や登場人物は全て創作です。

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