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MY DEAR AZALEA

作者: 穂邑雪奈

改行多用です。

さようならはお互い言わなかった。




--------------------

人でざわめく処刑場。断頭台は用意済み。数分もすれば罪人も来る。

人目につかないよう物陰で息を潜め、僕は外套の下で、隠した剣を強く握り締めた。



こいつらは。

こいつらはアザレアを罪無き罪で死に追いやり、あまつさえ、その死を公衆に曝して汚すつもりなのだ。


許せない。


胸の中でどろどろの感情が煮え繰り返って行き場を求めている。吐きそうだ。

アザレア。


愛しい愛しいアザレア。


優しい優しいアザレア。


一国の王子――王位を継ぐことは、まあまず無いだろうが――である僕の護衛を長年勤めていた彼女は、先日僕への刺客の接近を許したかどで厳刑に処せられた。職務怠慢だと。

笑わせるな。職務怠慢ならまず、刺客を城に入れた間抜けな番兵どもを、片端から殺してからぬかせ。あれはただの失敗、何年かに一度の不手際に過ぎない。職務怠慢だなんて。アザレアほど僕を愛し、この身を案じてくれるものなど、いないというのに。実の父母ですら、かなわないだろう。


愛しい愛しいアザレア。


厳刑はいつのまにか死刑に変わっていた。僕の減刑の嘆願は無視された。

それほどにアザレアが邪魔か。兄王子を玉座に据えたいがために、僕を消すために。


ああ愛しいアザレア。優しいアザレア。


実の父母さえ目もくれなかったこの僕を、愛してくれた唯一の存在。生きるためのすべてを教えてくれた。


『かわいいクレア』


僕を抱きしめ、誰も呼ぶことの無かった僕の愛称を唯一呼んでくれた人。

『私の小さなクレア』


双子の兄と外見で違う所など無いと言っていいくらいだったし、規定で二人とも常に同じ装いをしていた。それなのに、一度だって僕らを取り違えることなく、必ず僕に微笑みかけてくれた。

もうずっと傍にいるけれど、その間僕の命を狙う輩は絶えなかったけれど、ついあの日までは一度だって僕に近づけることは無かった。あの時は、本当に不手際だっただけだ。


『愛しています、クレア』


刺客が来ても、自分で撃退できるようにと武術を教えてくれた。先日役に立った。


アザレア。


『ああクレア、どこにいらっしゃったのですか!?』


青褪めて泣きそうな顔で飛びついてきたこともあったっけ。勉強が嫌で隠れていたときだ。

『何かあったのではないかと……心配で気が狂いそうでした』


震える腕で僕を抱きしめた。

『あなたなしで私は生きられません、クレア、どうか心配させないで』


アザレア。



寂しがり屋のアザレア。

そんなおまえを僕は一人で逝かせたりはしない。




そっと窺えば、処刑場が一番良く見える特等席に、アザレアの死刑を命じた裁判官。自分が命じた死刑には、立ち会う必要があるからだ。上機嫌で誰かと話している。


アザレア。


決しておまえを一人で逝かせたりはしない。

けれど、おまえが僕に約束させたから。


『私の大切なクレア。たとえ私が死んでも』


僕は今まで、おまえとの約束を破ったことは無いから。これからもずっと。

『どうか、あなたは力の限り生きてくださいね』


僕はおまえとともには逝けない。

ならば。


あの裁判官、死刑執行人、そしておまえの死を見物にきた野次馬ども。

力の限り殺してやろう。



おまえを殺した罪で、おまえを汚した咎で地獄へ行く奴らを嘲笑いながらおまえは天国へ行け。



大丈夫。僕に敵うやつは、そうはいない。おまえが育てた僕を止められるものは、そうはいない。だから、僕の暴走を誰かが止める前に、おまえは道連れだらけになる。数え切れないほど。




ああ、アザレアがやってきた。

罪人に唯一許された粗末な衣服でも、おまえの威厳は隠せない。おまえの高潔さは奪えない。

背筋を伸ばして、まっすぐ前を見据えて。


ああアザレア。僕の愛したおまえがそこにいる。


そして、

アザレアはふい、とこちらに目を向けた。僕を見つけた。

驚いたように目が見開かれ、視線が揺れる。いや、供はいない。僕は命じられていた謹慎から、抜け出してきたのだから。

泣き出すかのように顔をくしゃりと歪めたアザレア。そして口を動かす。




ありがとう

みおくり



僕も微笑み返したけれど、ちゃんと笑顔になっていただろうか。



ありがとう



礼を言うのは僕の方。おまえがいなければ、僕を愛してくれなければ、僕は今ここにいない。

役人に急き立てられ断頭台へ近づくアザレア。

剣の柄を握りなおす。

アザレアの首が落ちたら、惨劇の開始の合図。




ずっと。


ずっとずっとアザレアだけを見つめていた。だから気づいてしまった。

アザレアはもう僕を見ていなかった。けれどそれは多分僕に注意を引かないためで。

猿轡を噛まされるその直前に。



クレア



そうアザレアの唇が動いたのが見えて。

ふいに涙が滲んで。

おかげでアザレアの死の瞬間を見逃した。





けれども。


湧き上がる歓声が十分合図の役目を果たしてくれた。




ああアザレアアザレア。


愛しい


優しい


     アザレア。


さようならはお互い言わなかったね。

ああアザレア。




愛する僕の育て親。

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