悪徳主従と呼ばれて光栄です
思ったよりも長くなったけど、一話にまとめる内容だよね。レオのイメージは黒執事のセバスと破妖の剣のラエスリール。
ノワールのイメージは声石田彰で(笑)
「ノワール・トルカ!! マリアンを解放しろ!!」
どこぞの正義の味方である貴族がノワール様の目の前に立ち塞がって指差して叫ぶ。
「奴隷などと酷い境遇にマリアンを追いやるなんてなんて非道!! マリアンはお前のおもちゃじゃないんだぞ!!」
そんなことを喚いている貴族男性にノワール様はまるで虫が目の前に横切って鬱陶しいとばかりに、
「ならば、お前がマリアンを買い取ればよかろう」
「この悪徳貴族がっ!!」
正義の味方気取りの貴族が殴り掛かろうとしたので今まで後ろに控えていた私が、前に出て懐に忍ばせていたナイフを正義の味方気取りの貴族の目の前に突き付ける。
「ノワール様に危害を加えようとする時点で正当防衛は発動しますね」
と淡々と無表情に告げると正義の味方気取りの貴族が人形みたいに無表情な私を見て怯えて後退る。
そのタイミングを見計らって警備兵がようやく動き出してその正義の味方気取りの貴族を捕らえて連れ去っていく。
「悪徳貴族めっ!! お前のような輩は勇者に抹殺されるんだぁぁぁぁ!!」
連れていかれる正義気取りの貴族がまだ喚いているが気にする必要はない。
「相変わらず警備兵は仕事しませんね」
「仕方ないだろう。僕を殺したい輩がうようよ居過ぎて、かの貴族が僕を殺すのを見届けろと金を握らせていただろうしね。現に彼が不利になったら慌てて助けに入るからきちんと責務を全うできないのも哀れだよ」
周りで高みの見物していた人々に聞かせるかのように声を張り上げている訳ではなく響く声で告げると何人かが誤魔化すように視線を明後日の方に向けたり、扇で顔を隠したりと様々な反応を行う。
そんな輩に興味ないとばかりに先ほどは歩くのを妨害されたが、今度は妨害されずに足を進めて、馬車乗り場に無事に辿り着き、馬車に乗り込む。
「マリアンと彼はどんな接点があったんだ。レオ」
乗り込んですぐに尋ねてくるノワール様に、
「マリアンと幼馴染です。もともとマリアンに片思いしていましたが、マリアンに婚約の話が出た時に疎遠になったようです。その後借金のかたにマリアンが婚約を解消して奴隷になったとマリアンの両親から聞かされて突撃したのでしょう」
「ああ、なるほど。よくある流れだ」
馬車は、トルカ伯爵邸に辿り着く。
「「「おかえりなさいませ」」」
そこにはメイドの格好をしているが皆首輪をつけている奴隷の証明がはっきりと見て取れる。もちろん私にも首輪が目立つように着けられている。
「マリアン」
ノワール様がメイドの一人であるマリアンを呼ぶ。マリアンはノワール様の持っていた鞄を恭しく受け取りに来る。
「お前の幼馴染」
「ドルゴール男爵子息。アドリアン様ですね」
「そのアドリアンという正義の味方気取りがお前を解放しろと怒鳴り込んできたぞ」
名前を知らなかったノワール様の代わりに名前を告げると先ほどあったことをノワール様がマリアンに教える。
「はぁぁぁぁぁっ⁉ 何考えているのあのクズはっ!!」
「マリアン。ノワール様の前です。言葉に気を付けなさい」
マリアンに注意するとマリアンは慌てて口を閉じ、
「――申し訳ありません。幼馴染が失礼なことを」
と綺麗に頭を下げて詫びる。
「特別な関係ではなかったのか?」
「そんなわけありません。あの男……アドリアンはわたくしが婚約が決まった時に相手が女癖の悪いサディストだと知っていたのに相手の身分が上だと判断して関わりたくないとわたくしの手を振り払いました」
その時の絶望が胸に過ぎっているのだろう表情が強張っている。
「あの男の本性に今まで気づかなかったわたくしが愚かでしたが、わたくしが家族と折り合いがつかない状態で苦しんでいるのを見てそれを慰める自分に酔っていただけです。そして、ノワール様に対しては奴隷にされた幼馴染を助ける正義の味方な自分は格好いいと馬鹿みたいなことを思いついたんでしょうね」
マリアンの憶測だが、おそらくそれが正しいだろう。
「そうか。お前の幼馴染がお前に真摯でいたら身請けさせたのにな」
「やめてください。ノワール様の元でしっかり借金を返してから堂々と出ていきますよ」
余計なことをしないでくださいと奴隷でありながら主君に言い返すことに何の恐怖心も抱いていないマリアンをノワール様が悪人のような悪い表情で、
「酔狂だな」
と告げてさっさと自室に入っていく。
「犬のように尻尾を振って笑えるな」
「悪態着くのは構いませんが、奴隷と言いながらも好き放題言える環境を作ったのはノワール様ですので」
当然の結果だと淡々と告げる。
「奴隷のくせに生意気だ」
「ならば言葉を封じる契約になさればいいのです。――この首輪も貴方様の所有物だという証で皆を守っているだけなのですから」
首輪の感触を確かめつつ告げる。
その反論が気に入らなかったのかそっぽ向いてその話題を終えたいので机の上に置かれている書類に目を通す。と、そこに一通の手紙が混ざっている。
「手紙……? ダノンの字だなこれは」
裏返して送り主を確認してやはりかと呟いて、封筒から手紙を取り出す。
「浅ましい奴だ」
手紙を読み終えるとそれを渡してくる。
「……ダノンは結婚したんですね」
かつて奴隷だったが借金を返し終えて、屋敷を出て行った青年からの手紙には結婚して妻に子供が出来たという報告の内容だった。
「貧乏人には消耗品が手に入らなくて不自由しているだろう。最近商品化された使い捨てのおむつとあと適当に子どものおもちゃを贈っておけ」
「結婚祝いですね。了承しました」
おもちゃのカタログを取り出して、子供の性別も分からないのでどちらが生まれても大丈夫な品を吟味する。
そんな私を気にせずに黙々とノワール様は書類仕事をこなしていく。
「レオ」
「はい」
カタログを見る手を止めてノワール様の元に向かい控える。
「ハルシオン家が噂の勇者に攫われた子供を取り戻してくれと依頼したと報告があったぞ」
報告書を手にして呆れたように告げてくる。
「――ハルシオン家はノワール様に騙されて借金生活になって子供を奪われたと勇者に涙ながらに話をして、勇者がそれを聞いて子供を助け出すと約束をした。どうやら、嫡男の教育が上手くいっていないのか嫡男の出来が良くても贅沢を尽くすことが生きがいになっている方々がいて黒字よりも赤字が多いのか」
どこか客観的に意見を言おうとして感情が抜け落ちたような声になってしまう。
「とりあえず、警戒をしておけ。100年に一度災いが起こると召喚される勇者が災いを倒す前に世界の悪を討伐していくと聞いたが実際に来るとはな。まあ、上等だ。どこからでもかかってこい」
「――了解しました。ですが、挑発するのはほどほどにしておいてください。迷惑をこうむるのは奴隷たちですから」
「そうだな。奴隷の質を落として売れなくなったら困るからな」
またそんな言い方をしてと溜息を吐く。
(それにしても、今更連れ戻したいなんて、愚かな事を)
ハルシオン家の話を聞いてぐちゃぐちゃな感情が沸き上がり、最終的にはノワール様のご迷惑を考えないのかと自分を捨てた家族に対して冷たい感情しか湧かない。
「備えておくか」
燕尾服の隠しポケットに大量の暗器を仕込んで、何があっても動けるように準備をする。
そんな話をして数日後。
「お前奴隷だろう。奴隷の分際で俺に逆らうつもりか」
ノワール様に頼まれて仕事の資料用の本を買いに外に出ると教育中の奴隷が貴族に絡まれている声に気付いた。
そういえば、香辛料を買いに行かせて戻ってきていないと料理長が言っていたな。教育中の奴隷を外に出すのは許していないのでノワール様に報告して厳罰を与えたが。
貴族のボンボンで確か公爵家のはみ出し者として有名な三男だったなと思いつつそのボンボンが奴隷に殴り掛かる。
「はあぁ~~!! なんだこれはっ⁉」
殴ろうとした拳が透明の壁に塞がれるように届いていない。
「グリンダ。無事だね」
「レオ様!!」
奴隷――グリンダが涙目になって、こっちに駆け寄ってくる。
「何をするっ!! 奴隷を庇うつもりか」
「貴方様の奴隷なら庇うつもりはありませんでしたが、この子は私の主であるノワール様の所有物です。主の物を盗もうとする輩なら容赦する必要はありません」
上着のポケットに入れてあったナイフを取り出してグリンダを守るように構える。
「はあぁっ⁉ ノワールだとっ!! あの悪徳奴隷商人の手持ちかよ。あいつには借りがあるんだ!!」
ボンボンが攻撃してくるが、正直攻撃というには素人の動きなのでナイフを使う必要なかったなと攻撃を躱して手首を掴み身体を捻って投げ落とす。
「借りというのは奴隷を売れと脅したのに売らなかったという内容でしょう。ノワール様は顧客を選ぶ方なので貴方は売る価値無いと判断しただけですよ」
こんなボンボンに売ったら奴隷が不幸になるだけだ。
「奴隷のくせに生意……んっ? 黒い髪に青紫……少し黄色が混じっていて黄色が差し色のように入っている……お前!!」
唾を飛ばして、土で汚れた顔をこちらに向けて、
「……へ、へぇ~。珍しい目だな。どうだお前。この僕の元に来ないか。悪徳貴族よりも可愛がってやるぞ」
何かほざいているようだが、無駄な時間を取っていてはノワール様の元に戻るのが遅くなるのでグリンダの手を取ってさっさと屋敷に戻ることにする。
「おいっ!! 聞いているのかっ!!」
まだ何か喚いているが、無視して足を進めていく。
「ねっ、ね、ちょっと……」
誰かが近づいてくる気配を感じるが、相手をする義理もないのでそのまま去ろうとしていたら、
「ねえ、君って……」
危害を加える存在は一切触れられないという首輪の効果をものともせずに、一人の少年が肩を掴んできたのだ。
「っ!!」
その不快感からその肩を触れていた手を払い除ける。
「あっ、ごめん。ごめん。聞きたい事があるんだけど」
「お断りします」
なぜ無駄な時間を使わないといけないのか。ノワール様に頼まれた資料の本も探しに行けなくったのに。
「可哀そうにそんな命令されているんだね」
「はぁ」
何言っているんだこいつ。そう思っても仕方ないだろう。
「君はレオノーラ・ハルシオンだよね!! ハルシオン伯爵から頼まれたんだ。悪徳貴族に連れ攫われた娘を取り戻してほしいと」
「…………」
理解できないことを言われると人間は思考が停止するというのはまさにこのことなのだろう。
「人違いですね」
相手にするのも馬鹿馬鹿しいのでグリンダを連れて今度こそ去って行く。また、変な輩に捕まるのはごめんだと思ったので早足になるのは仕方ないだろう。
屋敷に戻る頃にはもともと身体を鍛えている私は息一つ乱れていないが、グリンダは苦しそうに倒れてしまった事は申し訳なく思う。だが、もとをただせばまだ教育中のグリンダが外に出てしまったことが原因だと思ったので医務室に運ばせるだけで謝罪はしない。
「面倒だが報告しないとな」
報連相をしっかり行わないと大惨事になるのは目に見えるので今回の騒動のこととそれで資料を探せなかったことは伝えに向かう。
「――と言うことがありまして」
「おそらくそいつ勇者だろう。勇者はその手の術式を無効化できるちいと? というのをもらっているからな」
「勇者。ですか」
ハルシオンの名前を言っていたから先日ノワール様から聞いた話が嘘だと疑ってはいなかったが、それがより身近に感じて気持ち悪く思える。
「お前のことが無くてもいずれ来ただろうな。勇者は100年に一度現れるが、その倒すべき悪に中ボスとか経験値稼ぎという名目で奴隷商人などが滅ぼされているからな。悪徳貴族を討伐に来るのは当然だろう」
「………100年ごとに滅ぼされているのに奴隷が復活していることが不思議なんですが」
なんと言っていいのか分からないので差しさわりの無い言葉を告げると、
「人は学ばないと言うことだな」
歴史は繰り返す。とどこか面白げに告げてくる。
「そう言えば、新しい情報だ。マリアンの幼馴染とどこかの公爵家の三男が勇者に僕が所有している奴隷を助けてほしいとハルシオン家に便乗して言い出したそうだぞ」
「くだらないですね」
「ああ。おそらく今晩あたりに勇者の救出作戦とやらが行われるだろうな」
「救出作戦という名の不法侵入と窃盗ですか。奴隷たちを安全な場所に隔離しておきます」
すぐさまメイドや警備隊――彼女、彼らも奴隷なのだが――に指示をして、安全な場所に向かわせる。
「レオ。お前はどうする」
「お客様の対応を行うのがノワール様の右腕の役目です」
誰にも譲るつもりはないと宣言して通常の勤務に戻る。
夜になって静かな邸内を一人歩く。
奴隷をすべて安全な場所に隔離したので屋敷に居るのは私とノワール様だけだ。
(逃げ遅れはいない)
確認を終了すると玄関に向かい、客人が現れるのを待つ。
しばらくすると、深夜なのにひっそりとかこっそりということが出来ないのか話声と足音を響かせて数人が扉の前に立つ気配を感じる。
「ようこそいらっしゃいました」
扉を相手が開ける前に開いて招き入れる。いくら呼んでもいない客だとしても客人には変わりない。事前に連絡の無かった客人はノワール様が直々に相手するよりも私が相手をした方がいいだろう。
「トルカ邸にようこそ。私はノワール・トルカの右腕でありますレオと申します。ご要件は何でしょうか」
優雅に指先まできちんと伸ばしていくら相手が礼儀知らずであっても礼儀知らずと同じ目線に合わせる必要はない。
「レオノーラ嬢!! 俺と君は戦う必要なんてない!! 君を助け出してくれとご家族から頼まれたんだ!!」
昼に会った勇者があいさつも自己紹介もなしに理解不能の言葉を話してくる。それに同意するかのように勇者の仲間たちも頷いている。
「私の家族はこの屋敷の方々だけです」
「奴隷の首輪には洗脳の効果もあるのか」
「なら、さっさと破壊しましょう!!」
正直に答えただけなのにそんな結論に達して攻撃をしてくる。首輪の効果で危害を加えようとする者は触れられないようになっているが、首輪にはどうやら自分たちが首輪をつけている人を助けたいと思い込んでいる人の接近は防げないようだ。
(まさか、悪意のあるなしで反応するしないがあるとは……こんなところで改良点が見つかるとは思いませんでした)
ナイフで攻撃を防ぐが、魔法使いが放つ術は避ける事しか出来ない。魔法を避けると今度は勇者が攻撃をしてきて防ごうとするが一歩遅れて怪我を負う。
「ご、ごめんっ!!」
そこで謝ってくる勇者の言葉を甘い人だと思いつつ、怪我が浅いのでポケットチーフで止血する。
「もうやめようよ!! 君を操って奴隷にしている男のためにそこまでぼろぼろになってまで戦うなんて!!」
「意味が分かりません」
誰が操られているのだ。そもそも、
(レオノーラとは誰のことだ)
勇者のちいととやらはよほど強力なのか首輪に触れたと思ったら首輪が勇者の力に耐えられずに罅が入る。
(駄目だ。切れてしまう)
とっさに首輪を守ろうとするが遅く、勇者が力任せに破壊する。
首輪の壊れた音が大きく聞こえた気がした。
「これで君の洗脳状態が解けるよ。気分はどう?」
ほっとしたように笑う勇者。戦っていた勇者の仲間たちもこちらの攻撃を止めて嬉しそうに笑っている。
………どこがおめでたいのだ。
「――私の家族が作った借金は二年前には返済は完了していましたよ」
「そうだったのか。それでも君を奴隷にしていたなんてひどい奴だ!!」
「私がっ!!」
怒りのあまり普段は抑えていた感情がボロボロと溢れてくる。
「私が、傍に居たかったんです。ノワール様の傍に!!」
ノワール様の右腕。所有物。奴隷。どの言葉でもいい。秘書でも執事でも何でも構わない。役に立てるのなら。
「第一、レオノーラとはどなたですか?」
「えっ、君のことだけど」
「私の名前はレオナルド・ハルシオンです!! 生まれてから15年その名前で育ってきました!!」
そうだ。レオノーラなんて知らない。私は15歳までレオナルドと呼ばれて育った。
「でも、君は女の子だよ」
「戸籍上はそうみたいですね。ですが、それがどうしましたか」
苛立った声で理解できないと告げる。
「――昔、狼に育てられた子供が見つかって人間だと教えられて育て直された話があります。だけど、その子供は狼だと思って育ってきたので人間だと教育されたことがストレスで亡くなったという話があります」
実話かどうか分からないが、そんな話があちらこちらにある。
「貴方方が行った正義は私からすれば余計なお世話にしかなりません!!」
助け出す? 君は女の子なんだから? 奴隷から解放してあげる?
「私の幸せはノワール様の傍にいる事です!!」
それを邪魔するな。
『奴隷を有効活用するのは当然だろう』
そう告げて、私が私らしく生きれる場所を作ってくれたのはノワール様だ。
…………ハルシオン家の5番目の子供として私は生まれた。
私の両親はとても仲睦まじく、幸せな家庭だった。たった一つの問題が無ければ――。
『また、女の子か……』
子宝に恵まれた。だが、伯爵家の跡継ぎになる男子は生まれなかった。もちろん娘は全員可愛い。愛する妻によく似ていたから。そんな夫に愛人を勧める者は後を絶たない。
妻は気鬱になって5人目の子供を出産した。
その5人目の子供は夫によく似ていた。特に夫の家に代々受け継がれている青紫に目を持っていたから。
『この子を当主として育てよう』
夫は決断した。その子が女の子だという事実を見ないふりして、嫡男として厳しく。
5人目の子供は嫡男として誇り高く育った。姉たちの憐みのような見下す視線の意味を理解せずに15歳まで。だが、それも突然終わりを迎える。
妻が6人目の子供を産んだのだ。高齢出産で苦しんだが、必死に産んだ子供は青紫の目を持つ男の子だった。夫も妻も喜んだ。これで正統な跡取りが出来たと。
『今まで苦労を掛けたな。もう男として振舞わらなくていい』
5人目の子供はそう告げられて、今まで教わってきた教育をすべて奪われた。女の子として振舞えばいいと代わりに渡されたのは今まで必要ないと言われてきたドレス、装飾品。化粧。刺しゅう。お菓子など。
5人目の子供は混乱した。混乱してどうすればいいのか分からないのにそれを15歳の娘として当然のレベルまで学べと急に言われたのだ。
それが【女の子】の幸せだと――。
「貴方方には分かりますか。いきなり、名前をレオナルドからレオノーラに改名されて、今まで学んできたことを奪われて、それをこっそりやろうとすると女がすることではないと叱られて、刺しゅうも化粧も分からないとくすくす笑われる日々。父の手伝いとして領地経営ももうしなくていいとまで言われて」
いきなりすべてが逆になった。魚に水の無い場所で暮らせと言われて生きて行けるか。四本足で駆けていた狼に前足が手で後ろ足二本で暮らせと言われて暮らせるだろうか。
「ノワール様がいなかったら壊れていたでしょうね」
「き、君はそうかもしれないけど、他にも奴隷が……」
勇者の言葉を鼻で嗤いながら戦意喪失しているのを怒涛の勢いで攻め続ける。
「――皆。ノワール様がいなかったら生きていけなかった者たちです」
マリアンは家族に虐待されて、サディストの男に借金のかたで売られそうだったのを助けた。グリンダは、妾の子供として暮らしていたが、正妻の息子に性暴力を受けそうになって、正妻がそれを見つけ、男を誑し込んだと鞭打ちされていたのを拾い上げた。ダノンはとある貴族が犯罪を犯してその罪を擦り付けられた。
他にも毒を盛った犯人だと疑われて殺されかけた料理人。一家心中しかけて拾われた家族。没落した貴族などをすべて【奴隷】として保護してくれたのだ。
「綺麗ごとは助けてくれませんでした。だけど、悪徳貴族は助けてくれた」
男とか女とか関係ない。私が私らしく生きられるようにしてくれた。
「私の幸せはノワール様のために生きることだ」
洗脳だというのなら言えばいい。
「あの方が悪徳貴族なら私は悪徳従者と言われることを誇るだろう」
高らかに宣言すると階段の上から拍手が鳴り響く。
「僕の奴隷が勝手な事を言って申し訳なかったな」
拍手を贈るのはノワール様。
「勇者の前に立ち塞がる中ボスの役目をしてやりたいが、僕の右腕にここまで押されている輩を相手するほど暇ではないからな。さっさと帰って勇者ごっこは別のところでやるといい」
階段から降りて勇者を一瞥するとすぐに私の首に触れる。
「この奴隷に新しい首輪をつけないとな」
「また彼女を奴隷にするのか」
勇者の言葉にまだ私の気持ちを無視するのかとナイフを構えると、
「奴隷でも秘書でも執事でも構わないさ。こいつがこいつの生きたいように生きれる立場ならな」
目を細め、柔らかく微笑むノワール様を見て勇者はどこか呆けたように、
「…………それは恋愛感情じゃないのか。なら、彼女をきちんとした立場を与えた方がいいだろう」
理解できないという顔をしているのは勇者だけではなく勇者の仲間もだ。
「まあ、恋愛だろうな。だが、こいつが男でも女でも別に気にしない。こいつがレオという存在がレオらしくいられるならどう呼ばれようが気にならないからな」
型に当てはめる気にならない。だからこそ悪といわれるのも気にしない。そんなノワール様だからこそ。
「確かに恋愛かもしれませんが、だからといって女になりたいとも女らしさを身に付けたいと思いませんよ。私は私です。それは譲れない」
ノワール様の元でノワール様の所有物のままでいたいのだと宣言する。
「どうせ、レオが領地管理をしていたのにそれを辞めさせて、やっと生まれた嫡男と娘たちにお金を掛け過ぎて首が回らなくなっているから戻ってくる口実に利用しているんだろう。真実を見極めてから動くんだな」
ノワール様の言葉と共にノワール様の魔力で勇者たちは屋敷の外に強制退去される。
「さて、レオ」
「はい」
「勇者が来たと聞いて他の奴隷が自分たちも戦うと喧しいから対応しろ」
面倒だと告げるノワール様に、
「それはお役に立ちたいと心配しているのですね。分かりました」
顔を見せて安心させますと告げると、
「お前といい奴隷どもといい解釈が良過ぎるのを何とかしろ」
「何ともしません。だって、ノワール様の行いで救われたのは事実なのですから」
といつもと変わらない態度で答えるのだった。
狼に育てられた子供というのを本編で触れましたけど、男の子に育てられた女の子で元の女の子に戻ってめでたしめでたしというのは受け入れられない人もいると思うんですよね。
ちなみに狼に育てられた子供は嘘という説もありますけど、あってもおかしくないと思っています。