聖夜なので、私からあなたに愛を伝えましょう
いつも、あなたは私に愛していると言ってくれました。そんなあなたに、私は肯定的な返事を返したことなんて今までなかったけれど。
それでも、今日は聖なる夜。
今日くらいは、あなたに私の気持ちを伝えたいと思ってしまいました。
花束を片手に、私の前でいつものように愛の言葉を囁くあなた。
最初に会った時は、童顔に見えるわりに大きな胸を持つ私を好む変態さんの一人が、粉をかけてきたのだと思っていました。事実、そのような言い方をしていましたし。だから私は、常に素気無くあしらっていたのです。
後々、あなたが最終学年の高位貴族で、学園で有名な規格外の魔力を持つ天才魔術士と言われる人であったことを知りましたが、どの道男爵家の子女でしかない私は、自分からあなたに近づく気など全くなかったのです。
けれど、あなたの婚約者様には逆恨みされ、嫌がらせされた上に、最終的には階段から突き落とされたなんて皮肉ですよね。
本当に私は運がないのです。変態チックな人たちにばかり、良く絡まれていましたしね。私は平穏に平凡に生きたいだけだったのに。
そっと、私はあなたの背後へと立ちます。私の両手であなたの両目を塞いで、あなたにぴったりとくっついて「私も愛していますよ」と伝えました。私の胸も当たっているでしょう。あなたが気になっていた脂肪の塊ですけどね。
びくり、とあなたが固まるのがわかりました。
「……ユシリーヌ?」
目を塞がれたまま、ゆっくりと何かを確かめるように、静かにあなたが私に声を掛けます。
「えぇ、私です。ユシリーヌですよ。今日は聖夜ですからね。今日だけ特別に」
ぐるん、と音が聞こえるほど勢いよくあなたは振り返って、私を強く抱きしめました。
「ユシリーヌ! 会いたかった。二度と会えないかと思っていたんだ!」
そうでしょうね。私はあなたの婚約者様に逆恨みされて、階段から落ちて亡くなりましたもの。
でも、私が亡くなった後に、お墓に来てずっと私に謝り続けるあなたを見て、少なくともあなたに怒りは感じてないのですよ。
何よりあなたは、私のお墓の前では、愛しているという言葉だけではなく、私の内面や行動を称えてくれていました。実は私のことを良く見てくれていたのだと分かる内容に、私は嬉しくなったものです。
私の生前は、見目だけを気に入ったような言い方を、あなたは高位貴族らしい尊大さで話しておりましたからね。下位貴族の私を、妾として扱う気なのだとばかり思っていたので、お断りのお返事をしておりましたのに。
まさか、本気で私に惚れていたのだとは思いませんでした。
それに、あなたと婚約者は、親同士が友人の単なる口約束の婚約でしかなかったということも語ってくれましたね。あなたもあなたの親も、本当に好きな人が出来たら解消できるレベルの、いわゆる酒の席での戯言としか考えていなかったと。あなたの婚約者は、あなたのことを本気で愛していて、あなたの一家と縁を繋ぎたくて仕方が無かったらしいですが。
学園で私を見かけたあなたは、私に一目惚れして、口約束でしかなかった婚約の解消をきちんと自分の親と相手方に伝えたが、あなたの親御さんは問題なく了承したものの、相手方が納得せずに私の排除に動いてしまったのだと。それも私を殺そうとしたのではなく、少し脅すことであなたから離れてほしかっただけなのに、単に私の打ちどころが悪かっただけ、となるとなかなかに文句も言いづらいですよね。
彼女も私が亡くなったことにかなり動揺して、最終的には修道院に入って私の冥福を祈って下さっていましたし。
暇を見つけては、私のお墓の前に来て元婚約者の所業を謝り、そして私に愛の言葉を囁いていたあなた。そして、その手に持ってきてくださるのは、私が好きな花だけを綺麗にまとめた花束。絆されたのが死んでからというのは残念ですが、私もあなたを愛してしまいました。
だから、聖なる夜であるこの時、今まで私のお墓にお参りしてくださった人たちから捧げられた魔力を全部使って、あなたに会いに来たのです。
昔から、皆に慕われた人は、いつかその愛を糧に仮初めの命を与えられ、愛する人の最期を迎えに行くと言われていましたね。実際にはそんなことは滅多に起こっていませんでしたが。
亡くなって1年足らずの私が、何故そのような力を直ぐに得ることができたのか不思議ですが、お墓の中では誰かにこの力について聞くこともできませんでしたし、ただ誰かの最期の日まで待ち続けるのも嫌でしたし、それならばと今こうしてあなたの前に現れたのです。
あなたに、私を今まで愛してくれたことへの感謝と、私もあなたを愛していると伝えたくて。
それから、あなたに大事なお願いをしたくて。
「もう、私のお墓には来なくていいです。私は死者であなたは生者。本来は聖なる夜は愛する者と過ごす時間ですもの。これからは同じ時を生きる相手を見つけてくださいね」
「嫌だ。ユシリーヌ、愛しているんだ。君を一目見て、君こそが僕の相手だと思った。決して誰にも渡したくないと。なのに死神に掠め取られるなんて」
私を抱きしめ、泣きじゃくるあなた。この暖かさを、生きている時にお互いに感じ合えればよかった。でも、私の姿は仮初めなのです。この一時だけ、生者の姿を模しているだけ。それでも、私を抱きしめてくれるあなたの暖かさが、とても愛しいと思います。
この暖かさを胸に、私は再び眠りへとつくのです。
「駄目だよ、ユシリーヌ」
ぐっと抱きしめる力が更に強くなります。
「逃がさないからね」
あなたの言葉が、何故か空恐ろしく聞こえたのは何故でしょう。私は今更、生者に傷つけられることのない者へと変貌したというのに。
「ねぇ、どうしてユシリーヌは今日復活ができたのだと思う?」
「それは、今日が聖なる日だからではないのでしょうか。今まで捧げられていた魔力がより高まって……」
「そうだよね。今まで君のお墓に来るたびに僕の魔力をたっぷり捧げていたもの。きっと魔力の高まる聖夜ならば君が復活してくれると信じて」
抱きしめていた力が少し弱まって、あなたの胸の中から顔を出すことができました。私より頭一つ分背の高い、整ったあなたの顔を見上げます。
あなたは、それは嬉しそうに私を見つめています。けれど、その眼に狂気が宿っているように見えるのは気のせいでしょうか。
「君は律儀だからね。僕がいつもこうやって来ていることを、申し訳なく思うだろうと思っていたよ。だから姿を現せるようになったら、きっと僕の元へ来てくれると信じていた」
あなたは、私の性格を良くわかっていらっしゃる。ああ、そうでした。あなたは私の見目だけでなく、内面もしっかり見ていてくださったのでしたね。
「だから、君が復活するのをずっと待っていたんだ。復活さえしてくれれば、後は君の姿を固定させるだけでいいからね」
そう言って何某かの呪文を唱え始めるあなた。な、なにを?
「ユシリーヌも僕を愛してくれたのでしょう。ならば、僕と一緒にいるべきだよね? 大丈夫。しっかり姿は固定するから。僕が死ぬまで君はその姿のままでいられるよ。死神になんて渡しはしないから。魂に楔を入れるから、来世でも一緒にいられるからね」
そういえばあなたは天才魔術士でしたね。まさか、私を捕まえるために、小まめにお墓に来て魔力を捧げてくださっていたのですか。
どうしようもありません。確かに、先ほどまで仮初めであったはずの体が、何故かしっかりと命の息遣いが感じられます。死者でありながら、生者としての体を持ってしまったわけですね。さすがは天才魔術士です。
聖夜だからと浮かれて出てきた私が悪かったのでしょうか。でも、死者である私を捕まえるために新たに術を編み出すほどに、あなたは私を愛してくださったのでしょう?
そんな狂気を帯びたあなたのその眼すら、愛おしいと思ってしまう私も、大概なのかもしれませんね。
これは聖夜が見せてくれた、幸せな夢なのかもしれません。明日になれば、私は今まで通りに土の中で冷たい躯となって眠っているのかも。
それでも、あなたを愛しているのです。たとえ夢でも縋ってしまいたいほどに。だから、あなたが私を不要というまで、私はあなたにずっと憑いていきますね。
言い回しを一部修正しました。