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通勤ドラゴンと空の旅

作者: 相浦アキラ
掲載日:2021/02/19

「おはよう」


 声を掛けると、俺のドラゴン……ドラーンが円らな黒い瞳を開いた。


「おはよう、健司くん」


 巨体に見合わぬ、素っ頓狂な声が部屋に響く。

 縦長で猫のような瞳孔が、気だるそうに俺を見上げている。


 俺は冷蔵庫からキャベツを丸ごと取り出して放ってやった。


「ほら、飯だぞ」


 ドラーンは針山のように牙が生えた口を開け広げて受け止めた。

 バリボリと、豪快な音を立ててかみ砕いていく。


 そんな光景を尻目にシリアルの用意をし、牛乳を掛けて掻き込んだ。

 スーツに着替えて、緑の巨体とマンションの屋上に向かう。


 そしていつものようにざらついた鱗に掴まる。

 ベルトをたすき掛けにして、体を固定する。

 手綱を握って軽く引いた。


「よし、行くぞ」


「はーい」


 小さな薄い羽が上下する度、大きな風音が立つ。

 巨体が舞い上がって行く。

 身を乗り出して小さくなっていくマンションを、街並みを眺める。

 何度見てもいい景色だ。

 今から仕事でなければ、どんなに良かったか。


「……会社行きたくねぇ」


 思わず心の声が漏れ出てしまった。


「行きたくないなら、行かなければいいじゃん」


「そういう訳にもいかないんだよ」


「なんで?」


「働かないと、お金がもらえなくてお腹がすいちゃうだろ?」


「奪えばいいじゃん。なんなら僕が奪ってあげるよ」


 平然と言い放ちながら、ドラーンは太陽が昇る東の空へ流れるように飛んでいく。


「奪われる人が可哀そうだ。それに、そんな事したら警察のドラゴンに殺されちゃうぞ」


 風音に負けじと声を張った。


「僕は殺されないよ。最強だから」


「思い上がりはよせ」


「本当だよ。すごい火も吐けるし、魔法も使えるよ」


「魔法とかあるのか?」


「うん。この世界に来てずっと忘れてたけど、最近思い出したんだ」


「どんなの使えるんだ?」


「色々あるよ。例えば……」


 ドラーンの鼻先に、赤い魔法陣が現れて高速で回り出した。

 ……なんか、ものすごくヤバそうだ。


「――やめろ! やらなくていいから!」


「ええー。派手で面白いのに」


 10年前、別世界からやって来たドラゴンたちは、すっかり人々の生活に馴染んでいた。

 とはいえ、まだまだその生態は分かっていない事が多い。


 魔法が使えるなんて話は聞いた事が無かったが、ドラーンが使えるというのなら使えるのかもしれない。


「魔法は絶対に使うなよ」


「はーい」


 俺の言う事は結構素直に聞いてくれるんだがなあ。


「あ、会社見えて来たね。破壊しちゃう?」


「破壊するな!」


「はーい」


 やっぱり怖いな、こいつ。

 ドラゴンは本来温厚な種族な筈なんだが。


 そして、ドラーンがゆっくり羽ばたきながら会社の屋上にある駐竜場に降り立つ。

 岩がちな駐竜場には、既に他のドラゴンの姿がいくつか見られた。


「頑張ってきてねー」


「おう」


 ベルトと手綱を外して、階段を降りて事務所に向かっていく。


  ◇ ◇ ◆ ◇ ◇


「島津、今日もドラゴンで外回り行ってこい」


 朝礼が終わった途端、部長に言われた。


「……はい」


 またか……参ったなあ……営業は苦手なんだよなあ。

 俺は本来営業職では無いのに、勘弁してほしい。


 まあ、嘆いていても仕方ない。

 冷蔵庫から自腹で買っておいたキャベツを取り出し、再び屋上に向かう。

 ドラーンは俺の姿を認めるなり、大きな足でのそのそ近付いて来る。


「また外回り? 大変だねぇ」


「ドラーンこそ、空飛ぶの疲れないか?」


「全然疲れないよ。キャベツがあればだけどね」


 催促するような目線に、キャベツを放ってやる。

 ドラーンは顔を上下させながら噛み砕き、呑み込んで行く。


 手綱とベルトを掛けて、そっと跨った。


「とりあえず、北山の方まで頼む」


「はーい」


 街はすぐに小さくなっていく。

 澄み渡る青空に気分も少し晴れる。

 ……営業は嫌だが、仕事中にドラーンと空の旅ができるのはいいなあ。


「島津君!」


 横からの声に、思わず手綱を引いた。


「あ、黒岩さん」


 黒岩さんは中華風なドラゴンに跨って、黒いスーツをなびかせている。


「島津君も外回り?」


「はい。北山の方に。黒岩さんは?」


「私は海の方に行こうかな」


「お互い頑張りましょう」


「うん。行くよ、リューちゃん」


 黒岩さんはうねるドラゴンに跨りながら、そっと手を振ってくれた。


「あの女と交尾したいの?」


 いつもの素っ頓狂な声で、ドラーンが平然と尋ねてくる。


「……お前なあ」


「交尾したいんでしょ?」


 そりゃあ……まあ……


「……したいのはしたいけど」


「僕が催眠魔法掛ければ、すぐ交尾できるよ」


「余計な事はするんじゃない!」


「はーい」


 催眠魔法とかもあるのか。怖いな。


「あの看板がある駐竜場に降りてくれ」


「りょうかーい」


 屋上のコイン駐竜場に颯爽と舞い降りる。

 駐竜場にはたくさんのドラゴンが水を飲んだり、岩の上で日光浴したりしている。


「いい子にしてるんだぞ」


「僕はいつでもいい子だよ」


 ……どうだか。


  ◇ ◇ ◆ ◇ ◇


 大口の取引先を5件くらい周っていると、昼になった。

 雑居ビルの屋上の駐竜場にある無人販売所でキャベツを買う。

 300円もした……天候不順のせいか高い。


「ほら、キャベツだぞ」


「やったー!」


 相変わらず、豪快に食べるなあ。


「いつもありがとね、健司くん」


「どういたしまして。俺も感謝してるよ。ドラーンと飛ぶの楽しいし」


「健司くん」


 円らな黒い瞳で、じっと見上げてくる。


「なんだよ」


「大好きだよ」


「……照れるからやめろ」


 そういや、ドラーンはメスだった。

 顔もどこか色っぽい。

 いや、別に俺にそういう趣味はないんだが。


「悪いけど、女の子に変身する魔法とかはないよ」


「……そっか」


 ないのかあ。


「ガッカリした?」


「別にしてない」


 ゴツゴツした鱗を撫でてやる。

 ドラーンはトゲの付いた尻尾を振りながら、俺の胸に顔を寄せて来る。

 キャベツの匂いがする。


 そして、料金を精算してまた飛び立つ。

 北山を越えていく。

 山の合間を、川のように高速道路が流れている。


「健司くんと初めて会ったのも、この辺りだったよね」


「そうだなあ」


 懐かしい。

 あの頃はドラゴンが欲しくて、クーラーボックスにいつもキャベツを満載していたなあ。


「お腹がすいて死にそうだった時、健司くんがキャベツをくれて、嬉しかった」


「どういたしまして」


「健司くんが壊したい物があったら、いつでも言ってね。すぐにチリ一つ残さず破壊してあげるから」


「破壊はしなくていい」


「はーい」


 ドラーンと出会えてよかった。

 言う事がいちいちおっかないのが玉に瑕だが、ドラーンは俺の大事な相棒だ。


 山が途切れて。別の街が広がる。

 大口顧客の工場も見えて来る。


 工場の傍の駐竜場に舞い降りると。

 社長がドラゴンの口にキャベツを投げ込んでいた。

 全長10メートルはある、大きな赤いドラゴンだ。


 周りにいるドラゴンたちは、低頭してしまっている。

 どうやらこいつがボスドラゴンという事らしい。


 やがて、キャベツの段ボールを空にした社長は俺の姿に気づいたようだった。


「……えっと。どなたでしたかな?」


「こんにちは。栄竜商事の島津と申します。お世話になっております」


 名刺を交換しあう。


「おお、よろしくね。どうだい私のドラゴンは?」


「そりゃあもう……素晴らしくカッコよくて……」


 ドラーンがプイと顔をそむけてしまった。

 ……後で高級キャベツ買ってやろう。


「島津君はドラゴン持ってる?」


「はい。もう8年になります」


「それはちょうどいい。中で話をしよう」


 社長と共通の話題があるのは都合がいい。

 ここは下手に仕掛けず、ドラゴンの話を聞いてやればいい。

 そして気を良くしたタイミングで取って置きの新商品を紹介。

 あわよくば契約を手に入れてやろう。


  ◇ ◇ ◆ ◇ ◇


「失礼いたします」


「どうぞどうぞ、座ってくれたまえ」


 応接間の窓から、社長と駐竜場のドラゴン達を眺める。


「島津君……ドラゴンはいいね」


「はい。可愛くてカッコいいですし、一緒に空を飛ぶのも楽しいです」


「そういう事を言っているんじゃないんだよ」


「え?」



「素晴らしいビジネスチャンスだとは思わないかね?」


 怪訝そうにする俺を諭すように、社長は続けた。


「ドラゴンは、最初にキャベツをあげた人間にしか懐かない。もう野生のドラゴンは殆ど残っていない。だからビジネスにはならない。それが一般的な見解だ。……だが私は抜け穴に気づいた」


「抜け穴?」


「ドラゴンに卵を産ませればいいんだ!」


「ドラゴンは100年に一度しか卵を産まないと聞きますが」


「そこで我が社の強制発情キャベツだ! 開発に成功すれば、理論上は毎月ドラゴンに卵を産ませる事ができる! 素晴らしいビジネスになると思わんかね?」


「はぁ……」


 ……何か嫌だなあ。この人。


「君のドラゴン、メスだね」


「メスですけど」


「やはりか……! 素晴らしい! 貴重なメスドラゴンに巡り合えるとはまさに天啓だ! 是非実験に協力してくれ!」


 何なんだよ、こいつ。


「お断り致します」


「もちろん相応の対価は支払わせて貰うよ。君の会社にも、君自身にもね」


「ドラーンは私の相棒です。そんな風にドラーンを物扱いしたくありません」


 社長の口元は微笑んだままだったが、目はじっと俺を突き刺していた。


「……断るなら、栄竜商事との付き合いもこれっきりにさせて貰おう」


 ……こいつ……しつこい。


「お断り致します」


「……本当に断る気か?」


 俺の頭の中で、何かが切れた。


「断るに決まってんだろ!! この銭ゲバクソオヤジが!」


 社長がなんか叫んでいるが、どうでもいい。

 全てどうでも良くなって、全力で走っていく。

 駐竜場で待つドラーンの元へと駆けていく。


 ドラーンの傍で、社長の巨大赤ドラゴンが低頭していた。


「ごめん健司くん。こいつが無理やり交尾しようとしてくるから、ちょっと噛んじゃった」


「ドラーン……本当に強いんだな」


「うん。僕は最強だよ」


 ドラーンに跨り、ベルトを巻き付ける。

 手綱を握り、空を駆ける。


 それだけで、自由になれた気がした。


 部長から電話がかかって来た。怒鳴り声を聞き流し、通話を切った。


「健司くん。どうしたの?」


「クビだってさ」


「ごめん。もしかして僕のせい?」


「気にするな。どのみち辞めたかったし」


 ただひたすらに、俺はドラーンと空を駆けた。


「……全部破壊してあげよっか?」


 多分、ドラーンには出来るんだろう。

 しかし俺は小さく首を振った。


「破壊しなくていいよ。ドラーンに悪いドラゴンにはなって欲しくないし」


「はーい」


 やがて、空の青は、橙を挟んで藍に染まる。見知らぬ街が輝き出す。


「どこいこっか?」


「群馬の方に行こう。おいしいキャベツがいっぱいあるぞ」


「やったー!」


 俺とドラーンは「15の夜」の替え歌を口ずさみながら、眩い夜を流れるように駆けて行く。


「健司くん。ずっと一緒だよ」


「うん」


 ドラーンのざらついた鱗を、俺はそっと撫でる。

 白くぼやけていく街灯を背景に、鱗の奥が確かに脈打っていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ドラゴンに乗るワクワク感がリアルでVRゲーム以上の疑似体験が出来ました。そうやって見る景色がまた清々しい。 ラストも素晴らしいです。 [気になる点] ドラゴンが犬とかクルマみたいな扱いなと…
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