第6話 選ばれし若人たち
〜訓練場〜
「ふっ!はっ!やっ!………」
「呼吸を乱すな!体の軸を崩さず、適切な体勢で剣を振れ!」
太陽が照り続ける暑い日のこと、地面が土で形成された広いグラウンドのような訓練場で若き少年少女たちは1人の男の怒号を聞きながら、木造の剣を振るっていた。
「よし!素振りはそこまでだ!次は2人1組で剣を使った戦闘訓練だ!1対1で戦ってもらい、寸止めまで追いやった方の勝ちだ!」
「勝負は3回勝負!負けた方はランニング10周だ!くれぐれも手を抜いたりするんじゃないぞ」
「はい!」
教官が次の訓練の指示を出す。少年少女たちは、大きく返事をした。しかし、先程の訓練の疲労と暑さのせいもあってか、汗を大量に流しており、息を乱し苦しんでいる者や、今にも倒れそうな者がちらほらいる。それほど、この訓練校の訓練が厳しいということだろう。
「ウル!俺と一緒に組もうぜ!」
「ああ、最初からそのつもりだ。」
「へへっ、今日こそはてめーをケッチョンケッチョンにしてやるぜ。」
「またお前が調子に乗って、ヘマして負けるのがオチだな。」
「今日は調子に乗りませんー。ほらさっさとやろうぜ。」
「おう。」
バンがウルを誘い、ペアを組んで戦う。これが、いつものお決まりのパターンだ。この2人は毎日戦っており、お互い勝ったり負けたりを繰り返していて、どっちかが勝ち越したことはない。
2人ともお互いを最大のライバルとして認め合ってるため、引くに引けないのだろう。いつもギリギリで壮絶な戦いを繰り広げているため、この2人の戦いは見ていてとても迫力があり、面白いので、この訓練校において、1種の見せ物と化している。
「おっ、今日も始まったな。ウル対バンの一騎打ち。」
「毎日見てても飽きないから、すごいよねーあの2人。」
「今日の戦いはバンが勝つに賭けるぜ!」
「なら俺はウルに賭ける!」
ギャラリーが騒がしくなってきた。周りの人たちは自分たちの訓練は他所に、バンとウルの戦いを心待ちにし、始まるのを待っていた。
「おい!そこの貴様ら!今は1対1の戦闘訓練中だぞ!サボってないでさっさとペアを作って始めろ!」
教官に叱られ、少年少女たちは慌ててペアを作ろうと声をかけ始めた。
「さてと、私は誰と組もうかなー。」
イヴは誰とペアを組もうか迷い、うろちょろしていた。いつもウルとバンと一緒にいる彼女は、この訓練の時は1人になってしまうので毎回、適当に人を見つけ、ペアを作っていた。
「イヴ!」
「…なによ、ソフィー。」
イヴがのらりくらりと徘徊していると、後ろから呼び掛けられた。振り向くと、そこには高飛車で傲慢、彼女にとって、1番苦手で天敵ともいえる少女、ソフィーが立っていた。
「一緒にペアを組みましょ。今日はなんだかあなたを潰したい気分なの。」
「ずいぶんとストレートに言ってくるわね。その毒舌っぷりを見ると、あんた友達少ないでしょ。」
「素直って言ってくれないかしら?それにあなたも、私にだいぶ失礼なことを言ってくるじゃない?」
「あんたほどじゃないわよ。わがままソフィーちゃん?」
「…いつもウルとバンに引っ付いてるだけのくせに。生意気なのよあんた。」
「…なんだって?」
ソフィーに言いたい放題にされたイヴは表情を曇らせ、苛立っていた。
イヴとソフィーは本当に仲が悪い。訓練校に入って間もない頃、ウルとバンのそばにずっといるイヴが気に入らなかったのか、ソフィーはイヴを貶すように悪口を浴びせ始めた。
そこからどんどんと状況は、悪い方向にエスカレートしていき、今に至る。いつも言い争いをし、喧嘩してしまう2人はまさに犬猿の仲と言えるだろう。
「いいわ、私と一緒に組みましょ、ソフィー。なんだか私もあなたをぶっ潰したい気分になった。」
「ふん。潰されるのはあなたの方よ、イヴ。一瞬で片付けてあげるわ。」
2人は剣を構え、睨み合う。2人の気迫によって、その場の空気は一瞬で凍りつき、周りのペアが怖気付き、徐々に2人から離れていった。
その一方でウルとバンも剣を構え、お互いを見据えている。
「行くぜ!」
「来い!」
「ぶっ潰してあげる!」
「望むところよ!」
熱き闘志を持った若き少年少女たちの剣が交じり合う。
強い光を放ち、照り続ける太陽が今もなお、灼熱を生み、空から若人たちを見下ろしていた。
〜19:00 食堂〜
“ガヤガヤガヤ“
今日1日の訓練が終わり、夕飯の時間になった食堂には沢山の人が押し寄せ、食事をとりながら談笑していた。
「あれれー?そんなに落ち込んでどうかしたのかウル?あっ、もしかして今日俺に負けたのがそんなに辛かったのか〜。ごめんな〜、俺が強いばっかりに」
「うるさい、ちょっと黙れ」
「そんな怒るなって〜。次があるだろ次が。まあでも?次も俺が勝っちゃうんだろうけどなー。」
「クソッ…」
今日のウル対バンの一騎打ちはバンが勝利を収めた。3回勝負の内、1回目はウルが一瞬でバンとの間合いを詰め、バンの首に剣を寸止めさせたのだが、2回目はバンがウルの攻撃を避け続け、隙が生まれた時に、剣をウルの背中に寸止めさせた。
3回目は、お互い剣を激しく交え、なかなか攻撃が届かず、互角とも思われていたが、バンがウルの剣を弾き飛ばし、ウルの首に剣を寸止めさせ、勝負は決した。
「まったく。1回勝ったぐらいで調子に乗りすぎなのよあんたは。」
「そんなこと言ってー、イヴもランニング10周してたじゃねーか。お前も誰かに負けたってことだろ。一体誰に負けたんだよ。」
「それは…」
「私よ」
ウルはバンに負けたことを悔やみ、俯きながら黙々とパンを食べていた。イヴとバンが今日の訓練について話していると、ソフィーが割って入ってきた。
「あんなにでかい態度とっておいて、私に完封負けだったわね、イヴ。やっぱりあなたはその2人と比べて大したことないのかしら?」
「ちょ、ちょっとソフィー。あんまり言い過ぎちゃダメでしょ。みんな大事な仲間なんだから大切にしていかないと。」
「うるさいわよ、モニカ。あんまり口出ししてこないでよ。」
ソフィーがイヴを煽ると、彼女の幼馴染みで、小柄で気が弱そうな少女、モニカがソフィーの言動に不満を抱き、注意してきた。
「おい、あんまりイヴのこと悪く言うんじゃねーよソフィー。イヴは俺の大事な幼馴染みだ。これ以上なんか言ったら俺だって黙ってねーぞ。」
「単細胞バカは、黙ってご飯でも食べてたら?」
「あん?」
イヴが悪く言われたことに腹が立ち、バンは大きな音を立て、椅子から勢いよく立ち上がる。そのままソフィーに近づき、ソフィーに反抗する。2人は睨み合い、対峙する。
「落ち着け、2人とも。今は飯の時間だ。今喧嘩したら飯が不味くなって雰囲気悪くなるだろ。」
「ウル…」
「確かにウルの言う通りね。ごめんなさいね、ウル。あなたがそばでご飯を食べているのに騒がしくしちゃって。」
「わかればいいさ。」
「ありがとう。あなたのそういうところ私は好きよ。」
バンとソフィーの間にウルが入り、喧嘩を止めるために仲裁する。バンは少し不満そうだったが、ソフィーはすんなりと納得したようだ。
ソフィーの表情はさっきまでの冷たい表情とは裏腹に、とても穏やかなものになっていた。微笑みを浮かべ、ウルをじっと見ている。
「じゃあ私は失礼するわね。行きましょう、モニカ」
「う、うん。」
用事が済んだのか、ソフィーは長い髪をなびかせ、モニカを連れて元いた席に帰ろうとする。すると、
「ソフィー。」
「なに?」
先程まで、ずっと黙っていたイヴが口を開き、ソフィーを呼び止める。
その顔には何か信念があるように見えた。
「もう絶対にあなたに負けたりしないわ。あんたが言いたい放題できないようにもっと強くなって、ギャフンと言わせてやるんだから、覚悟しておきなさい。」
「…ふん。そんなの無理に決まってるだろうけど、少しは期待しておくわ。せいぜい頑張りなさい。」
イヴはソフィーの目をまっすぐ見つめ、威圧的に戦線布告をした。それを聞いたソフィーは皮肉を言いながら、去っていく。
「ごめんね、3人とも。ソフィーは思ってることとかすぐに言っちゃう子なの。口は悪いけど、本当はいい子だから。あんまり嫌わないであげて。」
モニカは泣きそうな目でソフィーの代わりに謝罪をし、大事な幼馴染みであるソフィーを心配して、誤解されないよう3人に訴えた。
「モニカが謝ることじゃないよ。そんなに気にしないで。」
「でも…」
「確かに俺もイヴが貶されたことに腹は立ったが、ソフィーから本物の悪意は感じなかった。だからソフィーが本当の悪人とは思ってないぞ。」
モニカを気遣い、イヴが謝ってくれた彼女を励ます。ウルは自分の思ったことを素直にモニカに打ち明ける。
「そっか。ありがとう、2人とも。じゃあ私もう行くね。」
自分の思いを理解してくれたことに満足したモニカは、2人に礼を言い、小さな足を踏み出し、駆け足でソフィーの元に帰って行った。
「納得できねえ。」
「そんなにイラつくんじゃないわよ。私が負けたから、ああなったのよ。」
「でもよ…」
「だからさっきも言った通り、もうソフィーに負けたりしないから安心しなさい。絶対あいつに勝って、ヘコませてやるんだから。」
「はっはっは。さっきまでとは違って、随分と威勢が良くなったな、イヴ。」
イヴがバンを制し、再び食事を取ろうとすると、大柄で逞しい身体を持った、男が話しかけてきた。
「クリス。もしかして今までずっと見てたの?」
「もちろんだ。何せ俺はいつも強気で凛としているイヴが好きだからな。自然とお前のことを見ちまうんだよ。」
「つまらない冗談はやめてよ。気持ち悪い。」
「え…俺そんなにキモいこと言ったか。」
「ああ、けっこうキモかったぞ、クリス。」
「相変わらずお前は俺に辛辣だな、ニック。」
クリスがイヴを冗談交じりに口説いていると、彼の親友であるニックが、クリスにとってきつい言葉を加え、話に混ざってきた。
「なんだか今日は乱入者が多いな。」
「おいおい、邪魔者みたいな言い方はやめてくれよ。俺はただお前らと話したいだけなんだぜ?」
「クリスは邪魔者と思われても仕方ないと思うけどな。」
「…そろそろ泣くぞ俺。」
ウルが独り言のように話すと、クリスとニックが反応し、ニックのクリスいじりが再び始まった。ニックの言葉は少々辛辣だが、クリスがそれにあまり不快感も見せずに話しているところから、2人の仲の良さが滲み出ている。
「そういえば、お前ら3人は入団試験についてのこと聞いたか?」
「入団試験のこと?」
「ああ。どうやら今年の入団試験は3日間に渡って行われるらしい。」
「3日間か。試験内容はもうわかっているのか?」
「いや、そこまでは詳しく知らない。」
「けどもう一つ、けっこうやばい情報があってな、」
「やばい情報?」
ニックは聞きつけてきた入団試験に関する情報を3人に話す。そして、やばい情報があると言い出すと、ウルとバンとイヴは、息を呑みどんだけやばい情報なんだと、早く聞きたくてうずうずしていた。
「どうやら、今回の入団試験の参加人数が…たった30人らしいんだ。」
「30人!?」
30人と聞き、バンは声を荒げた。ウルとイヴも驚いた顔でニックを見ている。
3人が驚く理由も、例年のことを考えると納得できる。例年だと入団試験の参加人数は50人となっていた。20人もの減少に3人は驚きを隠せない。
「去年より20人も少ないじゃない。一体何かあったの?」
「今年に入ってから、人狼による事件が多発してるだろ?それもあって狩狼騎士団のハンターの犠牲者の数が今までよりも遥かに多いらしいんだ。」
「だからこれ以上ハンターを減らさないように、ハンターたちの個々の質を上げるため、参加者人数を減らし、教官たちによって厳選された、本物の実力のある訓練生しか入団試験を受けさせないようにしたんだ。」
「だから30人ってわけか」
参加者人数の減少の経緯を聞き、3人は納得したようだ。
「こりゃあ、今年の入団試験はめちゃくちゃ厳しいそうだな。」
「確かにそうだよな〜。俺はサクサクっとハンターになりたかったんだけどな〜。」
「あんたはまず座学をどうにかしなさい。」
「うっ…」
「…まあでも30人になろうが試験が難しいだろうが俺には関係ないな。」
「俺は絶対合格する自信がある。」
各々が入団試験に対して意見を話すと、ウルは当然だろと言わんばかりに、透かした顔で試験への前向きな思いを口にする。
「ぷはっ」
「あははははははははは!!」
「…?」
ウルの言葉を聞き、4人は大声で笑う。
自分たちは何をそんなに悩んでいたのか?と疑問に思うほど、彼らは元気になっていた。
「それもそうだな〜。今更くよくよしたって変わんねーしな。」
「私もウルと同じで合格する自信しかないもんね。」
「まあ多分、この中で試験落ちるのはクリスだけだろ。」
「おい、俺を勝手に落とすんじゃねえ。」
「まあ、入団試験参加者発表は2ヶ月後だし、気長に待とうぜ。」
ウルはいつのまにか、4人を活気づけていたようだ。4人の表情が生き生きとなり、皆楽しそうにしている。
「よし!じゃあ試験に向けて乾杯でもしようぜ!」
「どんな理論だよ。ほんとクリスは変な奴だな。」
「意気込みみたいなもんだよ!別にいいだろ!」
「それいいわね!楽しそう!」
「ほらウル!早くコップ持てって。」
「わかったわかった。」
5人は席から立ち上がり、木造のコップを持ち、腕を掲げる。中身は水で味気ないものだがこれもこれで面白みがあっていいだろう。
「では!入団試験参加者の資格取得と試験合格に向けて、」
「かんぱーい!!!!」
クリスが乾杯の音頭を取り、5人は大声を上げ、コップをぶつけ合う。
ぶつけた衝撃でコップの水は、雫となって飛び上がり、さまざまな方向に飛び散る。
周りはなんだなんだと、彼らの奇行を目にし、困惑していた。そんなことはお構いなしに、5人は笑い合い、話に花を咲かせていた。
「(すごく…楽しいな…)」
ウルは密かにそう思ったが口には出さず、その日の食事を楽しんだ。
〜2ヶ月後〜
“ガヤガヤガヤガヤガヤ“
今日はより一層食堂が騒がしくなっている。それもそうだ。今日は狩狼騎士団入団試験参加者発表の日だ。緊張やドキドキが相まって、みんなの顔が色んな表情で染められ、参加者発表の時間までそわそわしながら待っていた。
「い、いよいよ参加者発表ね」
「ああ。今日までほんと長かったな。」
「そうだな〜。てかイヴ緊張しすぎだろ。」
「うるさいわね!ただの武者震いよ!」
「ふーん?」
「もうすぐ9時だ。参加者発表は訓練場で行われるから早く行こうぜ。」
3人は急いで訓練場に向かった。
〜9:00 訓練場〜
「えー、これより狩狼騎士団入団試験参加者発表を行う。呼ばれた者は大きな声で返事をし、前へ出てこい。」
「では参加者の名前を発表していく。」
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「ニック・フローゲル!」
「はい!」
「クリス・チャーチ!」
「はい!!!」
「ソフィー・シャルトル!」
「はい」
「モニカ・クルム!」
「は、はい!」
「ベン・カルシム!」
「はい!」
「ジェイ・スミス!」
「…はい」
「ルナ・ヴェール!」
「はい!」
「エマ・チェーニ!」
「はい」
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「イヴ・クローネ!」
「はい!」
「バン・オムニス!」
「はーい!」
「ウル・ヴォールグ!」
「はい!」
「以上!30名が入団試験参加者だ!君たちは私たちが選びに選び抜いた、優秀な訓練生だ!全員、試験に合格できるよう全力で取り組むように!」
「はい!」
「ではこれにて、狩狼騎士団入団試験の参加者発表を終了する!」
教官の終了の合図を聞き、緊張で固まっていた空気は一気に解放され、全員が動き始める。
「よっしゃー!これで試験受けられるぜ!」
「良かった…!本当に良かった!」
「ああ、これでハンターへの道が開かれたな」
3人は喜んだ。それと同時に周りからも歓喜の声や、嘆きの声が聞こえてくる。今この瞬間、訓練生の中で勝者と敗者が分かれた。喜びと悲しみが入り混じり、訓練場は騒然としていた。
「(これで…試験に合格すれば…人狼を殺せる。母さんとエルドおじさんと…アリサ姉ちゃんの仇を取れる!)」
「(絶対に合格してやる!)」
強き少年少女たちがそれぞれの目標を胸に、試験に臨もうとしている。
入団試験に向け、選ばれし若人たちが今、狩狼騎士団という名の大空に、羽ばたこうとしていた。