第4話 姉と弟
メリル村人狼襲撃編、最終話です。
更新が遅れた本当に申し訳ありませんでした。
今回はより一層力を入れて書いたのでぜひ最後までお楽しみにください。
「エルドおじさんっ…!」
ウルは悔やんでいた。また大事な人を救えなかった。
いつも誰かに守られている自分に嫌気が差していた。
「くよくよしてちゃダメよ、ウル。エルドおじさんのためにも、絶対ここから逃げるよ」
アリサはウルの気持ちを察し、励ました。
ウルとアリサは家や木などの物陰に隠れながら、着々と南の方角へ進んでいった。
それまで、何度も悲惨な光景を見た。
エルドのように武器を持って、人狼に抵抗しようとする男。
泣き喚きながら、小さな体で必死に逃げ回る、幼き少年少女。
まだ生まれたばかりであろう赤子を、大事そうに抱え、人狼から守ろうとする母の姿もあった。しかし、誰一人、人狼から逃れられた者はいなかった。ある人は体を引き裂かれ、ある人は噛み付かれ、体がバラバラにされている者もいた。全員が悲惨な死を迎えていた。
その光景を見るたび、ウルとアリサは何度も吐きそうになり、どんどんと顔色が悪くなっていった。
「もうすぐ南門に着くから!あともう少し頑張って!ウル!」
メリル村は丸太を地面に埋め込み、木の壁を作って村全体を囲んでいる。
北と南の方角には、門のような出入り口が作られており、夜中は、村の男たちが当番制で見張りをしていた。
「(なんか、やけに静かだな…)」
ウルは違和感を覚えた。
今までたくさんの悲鳴と断末魔を聞いてきたウルには、この静けさがとても不気味だった。
「あっ!門が見えてきた!ウル、ようやくここから逃げられっ!?」
先に門を見つけたアリサが、走るスピードを上げる。しかし、突然うわずった声を上げ、急ブレーキをかけた。
「アリサ姉ちゃん!どうし…」
「しっ!静かにして!」
ウルが止まった理由を聞こうとすると、アリサが小さな声でウルを制し、ウルの手を引っ張って、近くにあった木造の民家の裏に隠れる。
「ほんとにどうしたんだよ!アリサ姉ちゃん!門はすぐそこだってのに…!」
「…あれ見て」
アリサが門の方を指差す。ウルがその方向に目を向けると、2メートル以上はありそうな今までとは比にならないほどの巨大な人狼が、人を食べていた。おそらく食べているのは、見張りの男であろう。
「なに…あれ…」
あまりの大きさにウルは驚きを隠せないでいる。やっとここから出れると思っていたのに、最後にあんなラスボスのような人狼が出てくるとは、2人とも想定してなかった。
「どうする…?アリサ姉ちゃん?」
「一回様子を見てみましょう。食べ終わったらどこかへ行くかもしれないし…」
「わかった…そうしよう」
ウルはアリサの提案に乗り、2人は息を潜め人狼の様子を伺っていた。
15分は経っただろうか。巨大な人狼は人を食べ終わった後も、門の前から一歩も動かないで立っている。獲物を待つかのように、よだれを垂らしながらずっと北の方向を見つめている。
「(どうしよう…あいつ全然動かない。このままだと村から出れない。それに、ここにずっと居たら他の人狼が来ちゃうかもしれない…)」
アリサは戸惑う。ここから早く出ないと、自分とウルは人狼に食べられてしまう。
なんとか他に助かる方法を考えたが、一向に思いつかずアリサの心は疲弊していった。
「アリサ姉ちゃん、家の中にこれがあった」
ウルはアリサが人狼の様子を見ている間、民家の中に侵入し何か武器になるものがないか探していた。どうやら何か見つけたようだ。
「これは…剣?」
ウルが持ってきたのは刃渡り70センチほどの西洋剣だった。
柄に汚れが付いており、少し古そうな剣であったが、刃の部分はきれいに保たれていた。
「一応持ってきてみたけど、あんまり使い物にはなりそうにないね…この剣けっこう重いから、俺とアリサ姉ちゃんの力じゃ、うまく使いこなせない」
「そうだね…たぶん一回振るだけでも体力使うし、これであの人狼を斬れたとしても効かなそうだもんね…」
どんどんと助かる道が閉ざされていく。せっかくエルドが勇敢に人狼に立ち向かい、自分たちを逃してくれたというのに、このままじゃ何もかも水の泡になってしまう。
途方に暮れたウルはふと門の方を見る。巨大な人狼はまだ門の前にいる。門の両端に付いている松明の炎が、巨大な人狼を照らし続けている。
「(…炎?)」
ウルはふと松明を見る。
木でできているものなら簡単に燃やせそうなぐらいメラメラと燃えている。
「(そうか…これならあいつを倒して、ここから出られる!アリサ姉ちゃんも助けることができる!)」
「ウル…心配しなくても大丈夫だよ。絶対ここから出られる方法を見つけ出すから」
「アリサ姉ちゃん」
ウルは何か思いついたようだ。ここから出られる方法を。
「なに?」
「いい方法が思いついたんだ」
「いい方法って…ここから出られる方法のこと?」
「うん、そうだよ。あのね…」
ウルがアリサの耳元にそっと囁く。
「…ダメ!絶対ダメよ!そんな方法!」
「そんなこと言ったって、これ以外に助かる方法なんてないよ」
「でも…それでも、そんな無茶なことはさせたくない!失敗したらウルは死んじゃうじゃない!」
「アリサ姉ちゃん、お願い。今だけは俺の言うことを聞いてよ」
「俺はこれ以上誰かに守られながら生きるのは嫌だ。大事な人も、もう失いたくない。
次は俺が大事な人を守りたい。絶対成功させるから、俺のこと信じてよ」
「……わかったわよ、今だけは信じてあげる」
ウルの提案に猛反対していたアリサだったが、ようやく観念し承認してくれたようだ。
「そのかわり絶対失敗するんじゃないわよ…」
「わかってるよ」
ウルはニヤッと笑う。アリサはそれを見て少し呆れながらも、ウルに期待を寄せていた。
巨大な人狼はずっと門の前から動こうとしない。奴の周辺は血とよだれで塗れていた。
今もなお、巨大な人狼はよだれを垂らしながら立ち続けていると、物陰から飛び出してきた何かに視線を向ける。
「こっちだ!人狼!」
ウルは家の裏から飛び出し、人狼と少し離れたところから、人狼を挑発する。
それを見た人狼は、やっと獲物がやってきたと満面の笑みを浮かべ、ウルへ突進していく。
「ガァアアアアアア!!!」
「っ!」
ウルは全速力で走り民家の中へと入る。巨大な人狼もそれを追いかけ、民家に向かう。
その一方、アリサは密かに門の方へと走った。ウルに夢中な人狼はアリサに気づかず、ウルを全力で追いかけている。
そして、門についたアリサは松明を手に取り、ウルが入っていった民家に向かう。
「(念のため、剣はここに置いておこう…)」
アリサは先程ウルが見つけてきた剣を門のそばに置いた。
そして、アリサはウルが考えた作戦をもう一度思い返す。
(まず、俺があの人狼の前に現れて、挑発する。そして、俺は民家の中に逃げ込む。たぶんそれで人狼は俺のことを追いかけて、民家に入ってくると思う。)
(その時、あの人狼は俺に夢中で周りが見えなくなると思う。だからアリサ姉ちゃんは門に向かって、松明を取るんだ。)
(そしたら、俺が入った民家に走ってきて、松明で民家に火をつけて。火をつけようとするときは俺の名前を呼んで。そしたら俺は窓から脱出するから)
(そして、家ごと人狼を燃やしちゃえばいいんだ。いくらあんな巨大を持つ人狼でも火炙りにすれば倒せる。だから協力して、アリサ姉ちゃん)
我が義理の弟ながらぶっとんだ方法を思いつくもんだとアリサは感心した。そして、アリサは松明を持ち、民家へ向かう。
ウルは民家に逃げ込み、窓の近くにあるクローゼットに隠れていた。
「(なんとか隠れることはできた…あとはアリサ姉ちゃんがなんとかしてくれれば…」
「グルルルルル…」
巨大な人狼の大きな足音と、うめき声が聞こえてくる。頭を天井にぶつけているのだろうか。時々、ドンと何かをぶつけたような音が聞こえる。
「(まずい…どんどん俺が隠れている部屋に近づいてきてる。アリサ姉ちゃん…早く来てくれ!…)」
“バキッ!“
「(…‥…!)」
ウルの隠れている部屋の扉が壊される音がした。
それと同時に巨大な人狼の雄叫びが、部屋中に響き渡る。
「ガァアアアアア!!!」
「(アリサ姉ちゃん!早く…!)」
「ウル!!」
「(来た…!)」
アリサの呼び声を聞き、バンッ!とクローゼットの扉を開け、窓へ走る。
「ウガァアアアア!!!」
窓へ向かうウルを目で捉え、巨大な人狼は鋭い爪でウルの頭を引っ掻く。
「っが!!」
ウルは避けようとしたが、上手く避けきれず、額を引っ掻かれる。
掠る程度だったが、額から大量の血が流れ、ウルに苦痛を与える。
それでもウルは痛みを堪え、窓へ飛び込み民家から脱出する。
「クソッ…!痛ってえ…!」
「ウル!」
額から血を流し、窓から飛び出してきたウルにアリサは慌てて駆け寄る。
「ウル!その怪我…!」
「大丈夫…ちょっとかすっただけだよ…これぐらい平気…」
アリサは蹲っているウルの怪我を心配するが、ウルは平気だとアリサに心配させないように強がる。そして、何かが燃える音と熱を感じ取り、ウルはふと民家の方を見る。
家は見事に燃えていた。木造の家だったせいか、アリサが火をつけて間もないうちに炎は家全体に燃え渡っていた。
「ギャァアアアアアア!!!」
民家の中から、人狼の苦しむ声が聞こえる。ウルの目論見通り、巨大な人狼は燃え盛る炎に苦しんでいるようだった。
「とにかくここにいると危ないから、早く門まで走ろう!」
「…うん!」
アリサはウルに手を差し伸べ、2人は門へと走る。
「(あともう少し…あと少しでここから出られる…!)」
門との距離は30メートルほどしかなかった。
やっとこの地獄から解放されると思い、2人がスピードをあげようとしたその時
「………っ!?」
ウルの真横を燃えている木が飛んできた。2人は驚き、走るのをやめ、立ち止まってしまった。何事かと思い、2人は木が飛んできた方向に目を向ける。すると、
「ガァァァ…ガァァァ…」
燃え尽きて死んだと思われる巨大な人狼が体に炎を纏い、鋭い目つきで、2人を見つめていた。
「うそ…でしょ…あんなに…強い…炎だったのに…死んでないなんて…」
「…化物…!」
ウルとアリサは驚きの光景に目を疑う。作戦は完璧に上手くいったのに。ウルが怪我を負ってまで成功させたのに。倒せないなんておかしい。2人に絶望が降り注ぐ。
「ウガァアアアア!!!!」
「ウル!走って!」
2人は全速力で門へと向かう。あともう少しで逃げられる。門を抜けた先にある森に入れば、あの人狼をうまく撒けるかもしれない。そんな小さな希望を胸に2人は走る。
だが、希望は打ち砕かれた。
「ガァアアアアアア!!!!」
「早すぎる…!」
巨大な人狼がかつてないほどのスピードで近づいてきた。とうとう2人は追いつかれてしまった。
そして、巨大な人狼は腕を振り回し、爪でウルを引き裂こうとする。
「くっ…!」
ウルは地面に滑り込み、間一髪で避ける。
しかし、巨大な人狼はすぐさま反対の腕で、ウルを突き刺そうとする。
ウルは再び避けようと体勢を立て直した。だが、
「痛っつ…!」
引っ掻かれた額の部分に激痛が走る。痛みのせいで、ウルはまともに体を動かせない。
巨大な人狼の鋭い爪がウルに迫ってくる。
「ガァアアアアアア!!!!」
「ダメだ!避けきれなっ」
“グサッ!“
巨大な人狼がウルを突き刺そうとしたその瞬間、ウルは何かに押し倒され、体勢を崩し、そのまま門のそばまで転がり倒れる。
それと同時に何かを突き刺すような音がした。
「痛って…!」
倒れた衝撃の痛みがウルを襲う。何が起きたかわからないウルは、痛みに耐えながら、巨大な人狼の方へと目を向ける。
すると、その先にはウルにとって史上最悪とも言える光景が広がっていた。
「あ…がっ…」
アリサの腹に巨大な人狼の爪が、突き刺さっていた。貫通した部分から大量の血液が流れ落ちる。
「えっ…」
ウルは小さくか細い声で驚嘆の声を上げる。自分の身に何が起きたか、理解した。
アリサが自分を庇い、自分の体を押し除け、自ら刺さりにいったのだ。
“グチュッ!“
巨大な人狼は腕をアリサのの腹から引き抜く。腹を突き破られたアリサはその場で倒れる。
巨大な人狼が不敵な笑みを浮かべ、嬉しそうにウルを見つめている。
「……………」
再びウルの中でドス黒い何かが動き始めた。ウルはまだその正体に気づいていない。 ウルの脳内では、今までのアリサとの暮らしが走馬灯のように流れていた。
(ウル!一緒に遊ぼ!)
(ウル!また仕事サボって!夕飯抜きにするよ!)
(ウル!今日もよく頑張ったね!)
(ウル!)
(大好きだよ)
「ぁああああああああ!!!!」
ウルはもう額の痛みなどとっくに忘れていた。あいつを殺す。自分にとって一番大切な人を殺したあいつを許せない。巨大な人狼に対する憎しみと殺意しか頭になかった。
ウルは門のそばに置いてあった剣を持ち、巨大な人狼に突進する。
「てめえなんか、殺してやる!」
「ウガァアアアアアア!!!」
巨大な人狼は人狼は突進してくるウルを殺そうと腕を伸ばし、爪で刺そうとする。
しかし、ウルはそれを避け、剣を足元から上に振り上げ、人狼の腕ごと切り落とす。
「ギャァアアアアア!!!!」
腕を斬られた巨大な人狼は、呻き声を上げ、後ずさる。
ウルは重い剣を思いっきり振ったことで体勢を崩したものの、すぐに立て直し剣を構え、巨大な人狼に突進する。
「ガァアアアアアア!!!!」
巨大な人狼は斬られてない方の腕を振り回す。ウルは防御の形を取らず左胸部目掛けて、剣を突き刺す。
「グギャァアアアアア!!!!」
巨大な人狼の爪はウルの顔の真横まで来ていたが、届かなかった。剣が巨大な人狼の左胸部に突き刺さる。ウルは剣から手を離し、よろめきながら、後ずさる。
「ガァ…ァアア……」
剣を突き刺された巨大な人狼は、情けない声を上げ、倒れる。もう人狼の体はピクリとも動かない。完全に死んだのであろう。
「アリサ姉ちゃん…!」
ウルはフラフラと走り、アリサの元へと向かう。
「ウ…ル…」
「アリサ姉ちゃん…!どうして俺なんか庇ったんだよ…!」
「だって…約束…し…た…じゃ…ない。あん…たは…絶対…守るって…」
「だからって自分を犠牲にしてまで守ろうとするなんて…!」
大粒の涙を流しながらウルは、アリサの手を握る。
「あん…たに…は…生きてて…欲しい…の…よ…私に…とって…ウルは…ただ…1人の…家族…なんだから…」
「そんなの俺だって同じ気持ちだよ!俺の家族はもうアリサ姉ちゃんしかいない!アリサ姉ちゃんにはもっと生きて欲しかった。俺のそばにいて欲しかった!」
「ごめん…ね…ウル…それは…もう…叶わない…よ…もう私は…居なくなっちゃうから…」
「いやだ!そんなのやだよ!アリサ姉ちゃん!どこにも行かないで!死なないで!」
アリサはウルに握られている手を離すと、弱々しい手で首元のネックレスを外し、ウルに手渡した。
「これ…この…ネックレス…あげる…これを…私だと…思って…ずっと…持ってて…そう…すれ…ば…私はずっと…ウルのそばに…居れるから…」
「アリサ姉ちゃん…」
月光に照らされ、ネックレスの宝石が綺麗に翡翠色に輝く。
「ウル…今までありがとうね…ウルと…一緒に…暮らせた…毎日が…すっごく…幸せだった…」
「やだ!そんなこと言うなよ!アリサ姉ちゃん!お願いだから死なないで!」
「ウル…大好きだよ…」
「幸せに…なってね…」
アリサはゆっくりと目を閉じ、そこから何も言わなくなった。握っている手がどんどんと冷たくなっていく。
「うわぁああああああ!!!!」
ウルは叫ぶ。村中、いや世界中に響き渡るほどの大きな声で。また最愛の人を失ってしまった悲しみと助けられなかったこと、助けられたことを悔いながら、
“ドタドタドタドタドタ!!“
北の方角から大きな足音が聞こえてくる。
ウルの叫びを聞きつけ、やってきたのだろう。
人狼の群勢がウルに向かって走ってくる。
「(ああ…俺もここで死ぬのか…)」
目の前に迫ってくる死を受け入れ、ウルは地面に倒れ込む。
「(せめて、最後は、アリサ姉ちゃんと一緒に…)」
アリサの手を再び握りウルは、目を瞑る。
ウルの意識は遠のき、そのまま気絶してしまった。
「ウガァアアアアアア!!!!」
人狼たちがウルとアリサに迫ってくる。
その刹那、突如として、“赤ずきん“が現れ、人狼の群れに入り込んでいった。
「ギャァアアアアア!!!」
次々と人狼たちはなぎ倒される。20匹ほどいた人狼はみるみると減り、遂には全滅した。
“赤いずきん“の男が剣を鞘にしまい、ウルとアリサに近づいていく。
「(この2人が、あの巨大な人狼をやったのか?)」
左胸に剣が刺さったまま倒れている巨大な人狼と、2人で手を繋ぎながら倒れている姉弟を見て、赤ずきんの男はすべてを理解した。
「(こんなにも華奢な体で、こんなにも小さな体でよく頑張ったな…)」
“赤ずきん“の男は2人を称賛した。しばらくして、さまざまな色の頭巾を被った何者かが村にやってきた。
手をつなぎながら強い絆で結ばれた姉弟は月明かりに照らされる。
2人の空間だけが別世界のように幻想的だった。
ウルの掌の中でアリサのネックレスが、輝いた。