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029  作者: Nora_
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07

「――というやり取りをしたのよ、あなた達的には間違っていると思うかしら?」


 談笑していたふたりのところに行って気になったことを聞いてみた。

 考えても答えが出なかった場合は他人を頼るのが一番最善だからだ。


「それは水織さんが間違ってるね、気持ちは嬉しいけど僕がそんなこと言われても困っちゃうかな」

「私も深月ちゃんと同じ意見かな」

「そう、それなら私が間違っていたのね、聞けて良かったわ」


 席に戻りつつ溜め息をつく。

 ということはつまり私はお世話になったお礼もろくにできない女で、それだけならともかく困らせるようなことしか言えない駄目な人間だということを知ってしまったからだ。

 こういうことを気づいてしまうと引きずってしまうタイプであるのも痛いところだった。

 どんよりと沈んだ気分でその後を過ごしそれでもなんとか放課後まで乗り切って。


「筑波先生、少しいいですか?」

「おう、どうした?」


 放課後になると必ず教室に訪れるという先生の特性を利用させてもらう。


「お世話になった人になにも返せなくて困ってる?」

「はい、それは兄なんですが……」

「俺だったらそんな妹がいてくれれば嬉しいけどな、難しく考えすぎなんじゃないのか? それに水野の兄さんだってなにかをしてほしくて行動していたわけじゃないだろう?」

「そういうものでしょうか……」


 だからって返さなくて当然、みたいな考え方はしたくない。

 身近にいるからこそ、家族だからこそそこら辺をきちんとしなければならないと思うのだ。


「というかなんだよ水野、てっきり俺になにかを返したいのかと思ったぞ」

「なにをしてほしいですか? 自分にできる範囲で筑波先生にも返していきたいのですが」


 ずっと気にかけてくれたし筑波先生がいてくれたおかげであのふたりといられていると考えている。


「そうだなーその身体で払ってもらおうか」

「分かりました、脱げばいいんですよね?」


 上を脱ごうとしたら「ちげえよ……冗談を真に受けるなよ」と呆れたような顔で見られた。

 出るところは出ていないが一応手入れはきちんとしている、あまり見せられない身体ということもないと思うが。


「ま、ある意味同じだな、また仕事を手伝ってくれ」

「分かりました、いくらでもしますよ」


 仕事と言っても難しいことは頼まれない、精々仕分けたり壁にプリントを貼ったりなどその程度だ。


「これだ」

「知恵の輪、ですか?」


 真剣な顔で渡してきた割には物凄く私的な感じがすぎる。

 別に私は便利係というわけではない、学校での必要なことなら手伝うつもりだが流石にこういうものに関しては――いや、もしかしたらこれも学校で必要なことなのかもしれないと割り切って弄りはじめた。


「そうだ、これを解けないと今日の晩飯がなくなるんだよ……」

「分かりました、頑張ります」


 当然そんなことはなかった。

 筑波先生が他の仕事をやっている間にひとりだけ真剣に遊んでいた。

 教室には既に私達とあのふたりしかいない、どうして帰らないのだろうか?


「水織ちゃん、あんまり孝伸くんに騙されない方がいいよ?」

「騙される?」

「孝伸君はね、ただ水織ちゃんのことが気になるだけなの。だからいつも側にいさせようとしているんだよ。後ね、さっきみたいに服を脱ごうとなんてしちゃ駄目、孝伸君に襲われちゃうよ?」

「筑波先生はそんなことしないわよ、言っていいことと悪いことがあるわよ」

「いやいや、男の子は水織さんみたいな綺麗な子に弱いからね、本当に気をつけた方がいいよ」


 もし万が一があれば自衛できるから心配ない。

 筑波先生がそんなことをしないのは分かっているがもし悪評が流された場合でも家族に被害が及ばなければある程度は普通でいられる、家族にまで手が広がるようなら全部潰して最悪刑務所行きになったって構わない。

 まさかそれくらいの覚悟がなくて言っているわけではないでしょう? と妖艶に笑いながら囁いて――まあ、口先だけで終わればいいのだとにかく。


「あ、解けました」

「ありがとうな、いつも助かってるぜ水野」

「なんで頭を撫でるんですか?」

「ヒヨやミヅと違って可愛気があるからな」


 昔は父もよくこうしてくれていたのに……今ではすっかり――いや、余計に母への愛情が増えて娘達はどうでもいいとばかりに存在している。

 確かに分かる、だって母、お母さんは元気がいいし一緒にいるだけで楽しいのだ。

 おまけに守ってあげたくなる系でもあるため、家族になろうとした父が放っておけるはずもないことが。


「「えー酷い!」」

「冗談だ、俺は職員室に戻るからさっさと帰れよ」

「「はーい」」


 彼女達と過ごしはじめて最近分かったことがある。


「水織ちゃん、一緒に帰ろ」

「水織さん、一緒に帰ろ!」


 このふたりは仲がいいということと、深月を見る日和の目が拓篤のと似ているということに。

 ふたりが楽しそうに会話しつつ歩いていくのを少し後ろから眺めていた。


「別に一緒にいたくないというわけではないのよ」


 けれどふたりきりがいいだろうから辞退したまでのこと。

 ふたりが完全に見えなくなってから私もゆっくりと帰った。




「聞いてよ水織ちゃん!」

「はい」


 唐突に家にやって来た架純さんは少しハイテンション気味に私の肩を掴む。


「たっくんが他の女の子と仲良くしてたんだよ? 前までは私のことが好きだって言ってたくせに有りえなくない?」


 流石にそれは自分勝手ではないだろうか。

 拓篤に対してはっきりと無理だと言ったのだからその後の行動を縛ることは彼女であったとしてもできることではない。


「――って、分かってるんだけどね、なんか寂しくなっちゃってさー……なんかあれ以降避けられている感じがするし」

「それは違うと思います」


 大きいくせにモジモジ緊張して気持ちが悪いところもある兄だが決してそんなことはしないと思う。

 全て憶測の域は出ないにしろこれまでずっと兄を見てきた、決してでまかせを言っているわけではない。


「どういうこと?」

「兄はあなたに迷惑をかけないよう、そして気持ちを思い出さないよう距離を置いているんだと思います。嫌いだから、嫌だからというわけではないですよ絶対に」


 架純さんは母によく似ている、そしてそんな架純さんに、母に優しくできる兄はそんなことをしない。

 おまけにこの短期間で次を探そうとするような性格ではないと私は考えていた。


「それで、さ……ひとりになって考えてみたんだけど、私、結構たっくんといるのが好きだったかもしれない。さっきも言ったけど寂しいんだよ、あの大きく暖かい存在が近くにいてくれないと」

「はい」

「そこでね、相談なんだけど」

「どうぞ」


 自分より背が低いからか必然的にこちらを見上げる形になる、自分が拓篤なら余計にそれに拍車をかけることだろう。

 で、やはりというか守ってあげたくなるようなそんな存在だ――少なくとも初見ではそう思うはず。


「そ、そういうつもりでもう一度一緒に過ごしてみようかなって思っててさ、迷惑かな? 自分勝手かな?」

「そこは兄次第だと思います、兄がいいなら問題ないんじゃないですか? 兄がどう言うかは分かりませんが少しでも引っかかるのなら架純さんなりに動いた方がいいです」

「そ、そっか!」


 彼女の笑顔を見ているとこちらも自然と笑みが零れる。

 これくらいの癒やし能力があればさぞ沢山の人に好まれるのだろうなと無駄に考えてしまった。

 たらればだ、そんなのは。


「お。大森来てたのか」

「あ、たっくん! 今からお部屋に行ってもいい?」


 兄が訪れて架純さんが積極的に行動を開始。

 兄も了承しリビングから出ていこうとしたところで振り返って言った。


「水織、さっきお前の中学生時代の友達だってやつが来たぞ? ほら、これIDだってさ」

「分かったわ、ありがとう」


 受け取った紙を見て首を傾げる。

 残念ながら中学生時代も最近までの過ごし方をしていたため、友達と呼べる存在はいなかった。 

 だから当然私の知らない人か、関わったけれど去っていった人ということになる。

 兎にも角にも登録してみると、その人の名前は『宇津見茉里奈』というもので、ついなんとも書く時に面倒くさそうだなと考えてしまう。


『よろしくお願いします』

『久しぶり』


 私が送ってくるのを待っていたかのような早さだった。


『今から会える? 近くのファミレスに来て』

『分かりました』


 同級生であろう人に敬語を使っているのは不思議な感覚だがそんなことは気にせずファミレスへと移動。


「よっす、水野委員長」

「えっと、いつ会ったかしら」


 派手な金色の髪、ボサボサで整えられてない雑な感じ。

 中学生時代にこんな派手な人はいなかったので、高校に入ってから染めたのだろう。

 

「中学の時だよ、あたしのこと引っ叩いてくれたじゃん」

「なるほど、つまりあなたは私をボコボコにしたいということね?」

「そうだね、やられたことはやり返さないと我慢できないしあたしは」

「いいわ、やりなさい」

「はっ、どうなっても知らないからね、っと!」


 一度、二度、三度、彼女の手は止まらない、勢いが強いためどうにかそこに立っているのが精一杯だった。

 頬がジンジンと痛む、もう冬ということもあるかもしれない、感覚的にはなわとびの縄がぱちんと露出した肌に当たった感じだ。


「な、なにをやってるんですかっ」


 急に現れた女の子が間に立ったことによって宇津見さんの手が止まった。


「いいのよ日和、これは過去に私がしたことの罰だから」

「え? どういうこと?」

「私は忘れてしまったけれどこの宇津見さんは私に叩かれたと言うのよ、それなら叩く権利があるでしょう?」

「な、難癖かもしれないじゃん! 忘れたのなら受ける義務なんて……」

「邪魔すんじゃねぇ!」


 先程彼女が庇ってくれたように今度はこちらが彼女を庇う形になった。

 しかしそれは当然のことだ、だって日和はなにも悪くない、この場に出くわさなければなにも被害に遭うことなく終われたのだから。


「ごめんなさい日和」

「ご、ごめんっ、私のせいで」

「ふふ、日和は悪くないわ、だからそんな顔をしないの」


 彼女の頭を撫でて宇津見さんに向き直る。


「この子はなにも悪くないわ、やるなら私にやりなさい」

「ならそいつをどこかに行かせろ」

「ええ。日和、そういうことだから」

「い、嫌だっ、水織ちゃんに酷い目に遭ってほしくないもん」

「あなたは深月とだけ仲良くしていればいいのよ」


 別に殺されるわけでもない、ただ彼女が満足するまで物理攻撃を受け耐えるだけだ。

 日和を反対方向に優しく押して私は宇津見さんに近づく。

 流石にファミレス前でやるのは他の人に見られる可能性が高くなることや、迷惑をかけてしまうという不安があったのかもしれなかった。

 私が押したことが影響したのか日和が付いてきてしまうということもなく、自分と宇津見さんだけになる。

 選ばれた場所は公園の全然人が来ないところだった。


「なんだよ、中学生時代はひとりだったのに今は友達がいるのかよ?」

「そうね、こんな私ともいてくれるのだからお人好しよねあの子は」

「あいつのことが好きなのか?」


 随分口調が変わったものねと内心で苦笑する。

 

「ええ、好きよ? だからこそ巻き込みたくなかったのよ、それにあなたのそれは全然痛くないしね」

「んだとこのっ!」


 今度は頬ではなくみぞおちが選ばれた。

 黙っていてもやられる、喋っても面白がってやられる、私はどうしたらいいのだろうか。


「苦しいならなんとか言ったら?」

「覚えていないけれど……ごめんなさい」

「はっ、無様だな! 委員長様がよぉ!」


 うっ……キャラがよく分からないし覚えてないから対応しづらい。

 それに叩いたとしてもそこまで強くはしないはずだ、そもそも興味を失くした人間には話しかけることもしないのだから。

 が、このまま好きにさせておくと流石に苦しいしお腹に穴があいてしまう、それだけは絶対に避けたいところ。


「拓篤さん急いで!」

「ま、待て本田……この大きさだとそんなに速くは――おい、どういう状況だこれは」


 現れた日和と兄の存在によってなんとも気が抜けてしまった。


「おい、そこのお前」

「はぁ? なに?」

「俺の妹になにをした?」

「なにって、中学生時代に叩かれたからその仕返し――」

「ふっざけんなぁ! お前のことは知ってるぞっ、しょうもないことで妹に絡んでいたやつだろ? しかもお前が他の子を苛めていたからだろうが!」


 そういえばそんなことがあった気がする、結局私の努力も虚しくその子は転校してしまったのだ。

 だから忘れようとしていたのかもしれない。


「あ、あんたあの時の……」

「そうだ、その時平手打ちしたのは俺だぞ? 俺ならいくらでもしていい、だから水織にやるのはやめてやれ」

「ちっ……しょうがねえから許してやるよ」


 あぁ……兄にまた借りができてしまった。

 返す手段だって思いついていないのにこんな感じでいいのだろうか。

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