06
「ねえ深月ちゃん」
「ん~?」
ベッドに寝転び足をぱたぱたしながら本を呼んでいる親友に問いかける。
「どうして私の部屋でのんびりしてるの?」
いきなりやって来たと思ったら「暇だから部屋でのんびりしていい?」だもんなぁ。こっちにだって用事がある、深月ちゃんにばかり構っていられないというのに。
「だって暇なんだもん、しょうがなくない?」
「水野さんと遊んでくればいいじゃん」
足を動かすのをやめ、本を読むのをやめ、こちらにギギギと振り返る。
「休日に誘ったら迷惑かも、だし」
「私には迷惑かけていいってこと?」
「日和は一緒にいる年数が違うから」
長くいると自覚しているのなら迷惑をかけてはいけないとは考えないのだろうか。
「私は孝伸君のところに行きたいの」
本当は約束なんかしていない。おまけに今日も仕事があるだろうしゆっくりできることもないだろう。
しかしあれだ、消去法で選ばれるのは複雑なのだ。
「待ってるから連れてきてよ」
「帰ってっ」
「なにをそんなに必死になってるの? もしかして孝くんのことが好きだとか?」
「そういうのじゃないよ、けど深月ちゃんがいる理由もないでしょ!」
私が好きなのは女の子だ、深月ちゃんみたいなちょっと格好いい子が好み、かもしれない。
「はぁ……最近付き合いが悪くなったよね日和って」
「逆でしょっ、深月ちゃんの方が水野さんとばかりいるんじゃん!」
水野さんも彼女のことはもう信用しているようだしこのままだと一緒にいられる時間が壊滅的に減ってしまう。
だというのに自分から追い出そうとしているんだからおかしな話だ。
これはあれ、水野さんにあんな酷く自分勝手なことを言ってしまったのと同じ心理だった。
「あれ、もしかして寂しかったりする?」
「あ、当たり前でしょ……私達は親友なんだから」
「もー大丈夫だよ」
言葉だけでは信じられない、大体、大丈夫だとなんで言える?
いまだって本当なら水野さんと出かけたいと思っているのに迷惑かもしれないからってことで遠慮して私を利用している形となる。
もちろん頼ってくれるのは普通に嬉しい、が、先程も言ったが本命とは無理だから私と~なんて許せるわけがないのだ。
「ここにいたいのなら抱きしめて、水野さんが深月ちゃんにしてくれたようにさ」
結局平日になったら本命へと近づくことだろう、しかしいまこの時だけは彼女のことを独占したい。
昔なら当たり前にできたことであるのが残念だが。
「別にいいけど? はい、ぎゅー」
「ん……」
「それで日和は孝くんのことが好きなの?」
「違うよ、孝伸君は確かにいい人だけどね」
「そっか」
あの涙の理由は水野さんが孝伸君の頭を抱いたからだ、そしてそれで泣くということは水野さんのことを特別視している証明でもある。
それってなんか凄く悔しい、私の方がずっと一緒にいたのに、私の方が深月ちゃんのことを色々知ってるのに、彼女さえいなければなんて考えて頭を振る。
自分が選ばれる可能性が極端に下がったからって誰かのせいにするなど最低なことだ。
「ねえ、深月ちゃんは水野さんのことが好きなの?」
「えっ、そういうのじゃないけどそうして?」
「じゃあ……」
「あ、僕があんな反応をしているからそんなんだと思ったの? 違うよ、だから安心してね」
これは隠してる? けれどこの笑顔は純粋なものであるとも思う。
笑顔の種類だって長年一緒にいることである程度は分かっているつもりだ、これは紛れもなく自然な笑顔、嘘をついているようにはとても思えない。
「僕が水織さんといるのはね――」
私のお母さんに呼ばれて深月ちゃんは部屋から出ていってしまった。
なんだろうあの笑みは、凄く悪そうな顔をしていたけど。
「えへへ、クッキー貰っちゃった」
「ね、ねえ、水野さんといるのはどうして?」
「あー」
私のベッドの端に座って言った。
「面白いからだよ」
その時の笑顔はいままでで一度も見たことがないようなそんな笑みだった。
私はずっと水野さんも見てきた。
基本的にひとりでいて誘われても断る、だから冷たい人、というのが周囲の評価だと思う。
だが、ずっと見ていると分かるのだ、冷たさなんて微塵もないことを。
まず誰かがやらなければならない仕事を率先して引き受け行動している。
なのに「私がやったのよ」なんて偉ぶることもしない、まるで当然みたいな感じでやっていくのだから格好いい話だ。
そして目の前で困った人がいたら放っておけない性格で、自分の時間がなくなっても、仮に汚れたりすることになっても「気にしなくていいのよ」と言って支えてあげることのできる人だった。
そういう人だったからこそ近づいた、申し訳ないが嫌がれたのだとしてもしつこく真っ直ぐに。
だっていざという時に味方がいなかったら潰れてしまうから。
「ふぅ、これで終わりね」
「水野さん」
「まだ残っていたの? 早く帰らないと暗くなってしまうわよ? 危ないから送っていってあげましょうか?」
あのことを言うべきだろうか、深月ちゃんが純粋な気持ちであなたといるわけではないのだと言うべきか?
彼女はもう深月ちゃんのことを信じてしまっている、今日だって柔らかい雰囲気で接していた、それは私にだって同じだったがだからこそ本当のことが明かされた時に逆戻りしないか心配なのだ。
面白いから一緒にいるって失礼な話ではないだろうか、彼女はこんなにいい人で、格好良くて、綺麗で、素敵で、魅力的で、しかも押し付けがましくないときた。
それとも考えすぎ? 単純に一緒にいて楽しいからってこと? 自分が悪く捉えすぎているだけという可能性ももちろんゼロではない。
「日和? 帰りましょう?」
「水野――水織ちゃん」
「ええ、どうしたの?」
「あのね、深月ちゃんがあなたといる理由なんだけど」
全てを説明する。
単純に一緒にいて楽しいからということならあんな悪そうな笑みを浮かべる必要はない。
親友だからってなんでもかんでも擁護すればいいというわけでもない。
駄目なことを駄目と、いいことをしたら褒めてという適切な対応が必要だ。
「別に構わないわよ?」
「え……だけどそれじゃあ……」
「例えそれが計算でも悪意があったとしても構わないわ、来る者拒まずって言ったでしょう?」
「おかしいよ……だって酷い目に遭うかもしれないんだよ!? そうしたら水織ちゃんはまたひとりに戻っちゃう……」
彼女がいなければと考えたり彼女を心配したり忙しい話である。
彼女や深月ちゃん的にはよっぽど私の方が信用できないだろう。
「じゃああなたがいてくれればいいじゃない」
「え……?」
「絶望しそうになった時でも誰かがいてくれれば変わるでしょう? それにあなたは私があれだけ拒んでいてもずっと一緒にいてくれたわ。いい? 深月のあれが演技でも日和のそれが演技でもいいの、私が信じたいと思っている限りは信じるつもりよ。逆はまあ、そういうものだって割り切るだけだけれどね」
「私のこれが演技だったら……」
「別に責めないわ、去るのも自由だし残ったっていい。一緒にいてくれる限り私はあなた達のことを信じ続ける、それだけよ」
確かに分かる、深月ちゃんが驚いていた理由が分かる。
これが本当にあの水織ちゃんか? って考えてしまうくらいには変わりすぎていた。
他人に興味がない、メリットがない、面倒くさいだけなんて言っていたくらいなのに。
「ごめんなさい、こんなこと言ったら去る者追わずではなくなってしまうわよね。教えてくれてありがとう。でも無理はしなくていいわ。あなた達次第よ全てね」
教室から出ていってしまったため慌てて追う。
「い、一緒に帰ってもいい?」
「ふふ、いいわよ」
「ありがとっ」
深月ちゃんさえいてくれればいいと考えていた自分だが水織ちゃんに悪さをするのなら絶対に止めてみせると思った私なのだった。
「大森さん、改めてこの前はすみませんでした」
「いいっていいって、私もあんなことしちゃったんだからさ」
外では寒いため今日は家に来てもらった。
「あと、架純って呼んでね」
「はい。それと兄といてくれてありがとうございます」
「あははっ、まさかそんなことを言われるとは思わなかったなぁ」
兄ではどうせどもったり恥ずかしがったりして言えないだろうからちょうど良かったのだ。
恐らく他の妹、弟、兄、姉であってしても「○○といてくれてありがとう」と言うと思う。
「それでですね架純さん」
「うんうん、なにかな?」
「率直に言って、兄のことをどう思っていますか?」
仲直りしてからというもの、ずっと「大森ともっと仲良くなりたいんだ!」とうるさ――積極的なのでたまには妹なりに動いてあげたかったためだ。
「前にも言わなかったっけ? そういうのはないって」
「そうですか……すみません、何度も聞いてしまって」
「うーん、水織ちゃん的にはたっくんとくっついてほしいってこと?」
「兄には普段お世話になっていますから私もたまには兄のために動きたくなっただけです。けれどそれとこれとは話が別ですよね、すみません」
兄に幸せになってほしいがだからといって架純さんに迷惑をかけていいということでもない。
「おかえり水織」
「ただいま」
「大森か、飯でも食っていくか? 母さんは今家にいないから俺が作ろうとしたところだったんけどさ」
「うん、食べさせてもらおうかなー」
虚しいけれど仕方のない話ではある。
お互いの同意がなければ付き合うことなどできない、恋人云々だけではなく友好関係を築くのだって一方的ではできないのだ。
「たっくんはいい子だけどねー」
「誰か好きな人でもいるんですか?」
「いないっ、これまで一度も恋人さんがいたことすらないよ?」
「ふふ、私もですよ」
ひとりでいるのが当たり前だった、そして近づいて来るのを直接拒むようなこともしていなかった。
しかし、近づいて来た者は必ず去っていき、去っていくだけならともかく悪口を言う人が沢山いて余計に人が嫌いになった? ということになる。
それでも困った人を見かければ見て見ぬ振りはできなかった、誰かがやらなければならないことだから仕事も積極的にやった。
それすらも偽善だとか媚を売ってるだとか悪く言われたことすらあるが全部気にならなかった。
他人からの意見はどうでも良かったのだ、決して分かり合えないそんな存在として割り切ることができていたから。
最初に何度も言ったようにひとりで困るなんてこともなかったため、私はこれまで普通に生きてこられた。
「そういえば深月ちゃん達とは仲良くしてる?」
「そうですね、一般的な友達レベルではあれているかと」
深月がどんな気持ちで近づいて来ているのかなんてそんなことはどうでもいい。
日和も同じで、ただ去られるまではこのままでいられればいい。
「水織ちゃんはどうなの? あのふたりのどちらかを好きだとかそういうむふふな感じのネタはないの?」
「ありません、ふたりと一緒にいるのは好きですけどね」
全部計画的だったとしても大丈夫だ。
日和に言った、一緒にいてくれる限りは信じると、いい意味で言ったことは守りたいと思う。
「おぉ! 水織ちゃんの口からそんな言葉が聞けるなんて! お姉さんなんか嬉しいなぁ、私も好きだって言ってもらいたいなぁ」
「架純さんのことは好きですよ、こうしてよく相談に乗ってくれるじゃないですか。『ぶっ飛ばす』なんて言った人間にここまでしてくれるなんて凄くありがたいです」
私の基準はいい人=好きということになるが悪いことではないのだから満足してほしい。
「お姉さん嬉しいっ、ちょっと抱きしめてもいいかな?」
「いいですよ」
「ありがとっ、ぎゅー!」
しかしどうやって兄に説明すればいいだろうか?
このまま真っ直ぐに伝えるのはなんとなく可哀想な気がするしかといって隠し続けておくのもそれはそれで聞いた時に大ダメージを受ける可能性がある。
「できたぞ、オムライスだ」
「美味しそー! いっただきます!」
「いただきます」
あぁ、こういうスキルが高いだけに……。
「大森、俺のことは好きになれないんだな?」
「うん、もぐもぐもぐ、ごめんね、もぐもぐもぐ」
せめてきちんと向き合ってあげてほしい。
「そうか、なら仕方がないな。あー俺の作ったオムライス美味え」
「だ、ダークマス」
「もうそれはやめたんだ。それでどうした?」
「気を落とさなくても大丈夫よ、自分好みの人が恋人になってもらえる可能性はほとんどないのだから心配しなくてもいいの」
「フォローじゃねえぞそれ……」
なにしろ兄だってこれまで恋人がいたことのない人だ、今すぐに誰かと~なんて上手くいくはずもない。
だから気にする必要はない、これを糧に努力すればきっと響いてくれる人だって出てくることだろう。
「ガツガツガツッ――ふぅ、ごちそうさん、終わったら持ってきてくれ、全部洗っちまうからさ」
「ええ。それと美味しいわ」
「おう」
……目の前で困っているのに兄のためになにもできないというのはなんとも歯がゆい。
「これならもう兄の恋人になるしかないわね」
「「はい?」」
「好きな人に振り向いてもらえなくて悲しいでしょう? けれど他の人には迷惑をかけられない――となれば、私が拓篤の恋人になってあげれば解決よ」
兄にはお世話になった、当然、兄妹で付き合うのはおかしいということも分かっている。
けれどその悲しさをなくすには上書きするしかないわけだ。
兄は「はぁ……どうしてここまで常識のない妹に育ってしまったのか……」と言い呆れたような顔でこちらを見ていたが妹なりの気持ちだと受け取ってほしい。
「あなたが好きになれるよう努力するわ、それでも駄目なの?」
「駄目だ、兄妹で付き合えるわけがないだろうが。それに俺だってお前に迷惑をかけたくねえよ、しかもはっきり言ってもらえた分気が楽だしな」
「そう? ならいいのだけれど」
「そうだよ水織ちゃんっ、自分のことを大切にした方がいいよもっと」
これまでずっと自分の気持ちを優先して動いてきたからそう言われても困ってしまう、が、その対象である兄が困っているような感じなら逆効果だということだ。
だからこれ以上言うのはやめようと決めたのだった。