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029  作者: Nora_
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04

「はぁ……そろそろ離しなさい」


 現在位置はもう私の家の目の前。

 なのに彼女は当たり前のように付いてきたうえにずっと私の手を掴んだままだ。

 先程とは違って掴む場所が下に移動していた。


「やだ……」

「そう、ならこのまま家に連れて行く――いえ、走るのに付き合いなさい」


 家に帰れば確実に兄と遭遇する、母に文句を言われる、外でのゴタゴタを内側に持ち込みたくない。

 自分の方から誰かを誘うなど初めてだ、これも手を掴まれているという強制力があってのことだが誘ったことには変わらない。

 シューズにだけは履き替えて走り出す、今日はペースなどどうでもいい、どちらにしてもこれだけの重りが付いていたら安定を保つなど不可能だから。


「ま、待って、速いっ」

「なら手を離したらどう? これでも加減しているのよ?」

「えぇ!? ……だけど離さない、一緒にいたいと思ったのは本当のことだから!」


 嘘をついているようには思えなかった、が、最初こそ彼女の方が速かったが段々とペースが下がり、下がり、下がり下がり下がり……気づけば牛歩! といった感じになってしまっていた。


「……そろそろ休憩にしましょうか」

「う、うんっ、ありがとう……」


 とりあえず彼女を近くのベンチに座らせ、買ってあげたジュースを手渡す。


「にしても……日和があんなことを言うなんて思わなかったなぁ」

「そう? あの子はナチュラルに危険な子だし、損得を考えて行動するタイプだと思ったけれど」

「ぼ、僕に任せてよ! 僕が説得してみせるから!」


 先程まで疲れていたくせにやけに元気良く立ち上がる、これはもっと走りたいという表れだろうか? そういうことなら延々と付き合ってあげたいところではあった。


「別にいいわ、それにあなたのこともまだ認めたわけではないのだし」


 が、それとこれとは話が別、依然として私の考え方を変えるつもりはない。

 当然のように彼女は「うぇ!? 誘ってくれたから認めてくれたんじゃないの……」と複雑そうだった。


「ねえ、どうして深月はそこまで私にこだわるの?」

「どうしてって、優しい子と友達でいたいと思うのはおかしいことかな?」

「おかしいことよ、だって優しくなんてないもの。あなたはただただ自分勝手な人間と一緒にいようとしているのよ?」


 自分の考え方が少数的で大多数と一緒なんて考えていない。

 私は自分の在り方というのをよく理解していたしその結果として相容れないことは分かっていた、だからひとりでいた。

 羨ましいと思ったことは一度もない。だってこれが私のとっての当たり前だったから。

 ちなみに彼女のような子は結構いた、近づいて来た理由は見た目がいいとか優しいとかはっきり言えて格好いいとかそういうの。

 だけれど決まっていつかは去っていく、そして去られる度に私の考えていることが正しいのだと深く信じるようになった。


「悪いことは言わないからやめておきなさい、日和みたいに上手く生きるのよ、自分にとって不必要な存在は切り捨てるの」


 まだまだ走りたい気分だったし、拘束からも逃れられているためひとりで走り出した、面倒くさいから嫌われたい気分だった。

 現在位置はいつもなら折り返しているところだったが今日はその先を目指して走っていく、先程全然走れなかったのを取り戻すかのように真剣に。


「ストーップッ!」


 いきなり飛び出してきた人を既のところで避けて前へ――が、首根っこを掴まれ思わず「ぐぅぇ」と変な声を漏らしてしまう。


「ストップって言ったよね!?」

「……だからって走っている人間の襟首を掴むのは危険だと思いますが」


 変な声を出してしまって恥ずかしい、キョロキョロと確認してみても私達以外には人がいなかったから幸いではあったが。


「まあまあ、手加減したから大丈夫っ。どうしてこんな方まで来てるの? ランニングコースじゃないよね?」

「今日は走りたい気分だったからです、それと家に帰りたくなかったので」

「たっくん?」

「有り体に言えばそうですね」


 深月に絡まれたうえに家に帰ってから兄に絡まれるのなんて最悪だ、だったら夜遅くまで外で時間をつぶして帰った方が気が楽だろう。


「ちょっとファミレスに行かない?」

「お金を持っていないので」

「奢ってあげるから行こうよー」

「そういうのは良くないと思います」


 後で法外な値段を請求されるかもしれない、ほとんど喋ったこともない人からお金を借りることなんてできるわけがないのだ。

 友達同士であっても気軽に奢ったり奢られたりをするべきではないのは普通のことである。


「水織ちゃんってちょっと面倒くさいなぁ……」

「それでは失礼します」

「待ってってば!」


 大学生のくせに私より小さくて私より力が強い、可愛くふわふわしている感じがするのになんだろうかこの強さは。


「お姉さんに付き合ってよぉ」

「メリットがありませんので」

「君はこの先、なにをするにしてもメリットとかデメリットとか考えるの?」

「はぁ、当然ですが」


 デメリットしかないことを人間が進んでやるか? どんなに聖人であったとしても少しは考えるはずだろう、そういうことは。


「合わないと思うのなら放っておけばいいじゃないですか、勝手に絡んでおいて面倒くさいとかって言う人間は大嫌いなんですよ」

「うーむ困ったなあ、そんなんじゃ深月ちゃんにも嫌われちゃうよ?」

「別に構いませんが」


 そもそも好かれてなどいないだろう、見方によらなくても放置してひとりでこっちまで来たのだから。


「もーばかー!」

「そうですね、大学生よりは馬鹿ですね。それで終わりですか?」


 そこまで自惚れてはいない。

 ちなみに大学に行く気かなんかはサラサラないため、これから一生大森さんよりは馬鹿者だということだが別に恥ずかしくもない、馬鹿なりに一生懸命働いてかかった費用などを両親に返していくつもりだ。


「もう暗いんだよ? これ以上走ったら危ないよ」

「自分の身くらい自分で守れます、流石にそこまで馬鹿じゃないので」

「あー言えばこー言うんだからぁ!」


 いい加減面倒くさい、何故律儀に付き合ってなどいるのだろう。


「いい加減にしてください、邪魔なのでぶっ飛ばしますよ?」

「へえ、やってみたら?」


 後ろに回ってあの男みたいに腕をひねあげれば――と思っていたのに、


「ぐっ……」

「痛いでしょ? あんまり舐めないほうがいいよ?」


 逆に自分がやられてうめき声が漏れる。

 別に喉を圧迫されたというわけでもないのに上手く呼吸ができなくて苦しくて、けれど自らギブアップすることもしなかった。

 一応それなりのプライドがある、このまま骨を折られても大森さんに費用を負担させるだけだ。


「あれぇ、痛いはずなのにギブアップしない?」


 よく考えたら苦しいが片腕は自由にできるわけで、私は肘で彼女の腹めがけて躊躇なく突いた。

 流石に痛かったらしく拘束が緩くなったのでその隙に距離を作る。


「うぅっ……手加減なしって……」

「……はぁ……もういいですか?」

「分かった分かった、もういいよ、これ以上やってると本気で殺されそうだし」

「流石にそこまで馬鹿ではありませんので、失礼します」


 走りながら腕を確認するが痛みは残っているものの動かせないというレベルではなかった。

 私の初心者なりの抵抗策と違ってしっかりと考えられている行動のような気がする。


「全く……質が悪すぎよ」


 その鬱憤を晴らすかのように距離を増やし隣町までやって来た、隣町と言ってもたかだか十キロ程度なのでほとんど話にならないが。


「え、日和……?」


 知らない男の人と歩いているのは紛れもなく彼女だった、制服を着ているし特徴的な珊瑚色の髪。


「関係ないわ、お兄さんと出かけているだけでしょう」


 流石に折り返して来た道を引き返していく。

 関係ないと片付けたはずなのにいつまでも脳内の片隅に残ったままだった。




「あれ、いま水野さんがいた気がする」

「水野がいたのか?」

「うん、あ、孝伸たかのぶ君がサングラスをかけてて怖かったからじゃないかな」

「孝伸君って言うな。一応、教師と生徒だぞ俺らは」


 水野さんからすれば私が知らない男の人といるように見えただろうけど男の人の正体は筑波先生だ。


「あとなんかその話を持ち出すと危ういから言っておくが、親戚だからな」

「だねっ、水野さんに誤解されたらどうする?」

「その場合は互いの家まで連れて行って親戚だということを証明するぞ、あいつに疑われたくないんだ」

「へえ、それはどうして?」


 水野さんにばかり構っているから好きなのだろうか。

 同じようにしていたからあまり人のことは言えないがやめておいた方がいいと思う、ああいうタイプには踏み込もうとするだけ無駄だ。


「そうでなくてもあいつは人が信じられない状態だ、他人に対して余計に興味を失くしてほしくない」

「別に孝伸君が嫌われても深月ちゃんがなんとかするよ、あの子はまだ諦めていないようだったし」

「お前は違うのか? 最近まで付きまとっていたのはヒヨだろう?」

「だから言ったじゃん、冷めたんだって」

「へえ、そうか、まあ合わないとかってこともあるからな。でも、俺はいくら拒まれてもあいつにはお前らと友達でいてほしいと説得するつもりだぞ」

「物好きだねぇ……」


 利用されるのはゴメンだった。

 別に私が利用する側――なんて言うつもりもない。

 私が嫌なのは友達じゃないのに友達と言われることでしかない。


「あ、電話だ――もしもし?」

「日和、頑張って水野さんを説得しよう」

「は? え、ということは失敗したの?」

「やっぱり駄目なんだよ僕だけじゃ。筑波先生にもお願いしてさ、三人で仲良くしようよ! それに三人で仲良くしよって言っていたのは日和だよ?」


 それは純粋な意味で友達になってほしいと言ってくれているんだって思ったからだ。

 なのに実際は違った、たかだか黒糖プリンに釣られて無理やり求められていただけだったんだ。


「貸せ。あー、ミヅか? そうそう俺だよ、で、だな、頑張って水野のあの意固地さをなんとかしてみようぜ、おう、頼んだぞ、それじゃあな――ふぅ、後はヒヨが協力してくれれば助かるんだがなぁ……」

「私は冷めたって言ってるでしょ」

「あー、頑張ってくれたら抹茶ケーキ――」

「ほんと!? あ、でもそれをしたら水野さんと同じことをすることになっちゃうよね? どうせなら本当の意味で友達になりたいんだけど」


 別に水野さんが嫌いというわけではない、それに途中で帰ったのだって分からなくもない。

 大森さん曰く仲良し会ということだったのにネチネチと絡まれたら例えそれが兄でも嫌気が差す。

 一番大きかったのはメリットがないと言ってくれたことだ、自分が無価値と言われたのとなんら変わらない、だから私も売り言葉に買い言葉みたいにあんなことを言っていた。


「じゃあ普通に友達になればいいだろ、ついでにヒヨが友達の良さを叩き込んでやれ水野に。俺も不満がないわけではないんだよな、いつものらりくらりと躱されてさ」

「はぁ……まあどうせ深月ちゃんがしつこく言ってくるだろうしいいけどさ。あ、ケーキとかは別にいいからね。私はあの子と違ってメリットとか考えずに動く、今度こそあの子を振り向かせてみせるよ」

「そうか、頼んだぞ」

「今日はもう遅いし孝伸君の用事を済まそうよ」


 ただ百円ショップに用があっただけ。寒いし暗いし怖いしお腹すいたしで大変のため早く帰りたかった。




「さあ水野、今日は絶対に帰さねえぞ」

「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」

「おう、いいぞ?」


 昨日から引っかかっていたことを聞いた。

 別に危ない人でなければ一切問題はないのだが……。


「どうして水野は話しかけなかったんだ?」

「だって私はあの子に否定されましたしプライベートで同級生に話しかけられたくはないでしょう?」


 単純に関係ない、お兄さんだと決めて帰ってしまった。

 あの子がどんな目に遭ったとしても私には関係がないと。


「私は他人に興味がありません」

「じゃあなんで引っかかる? 本田を心配しているからこそ悩んでいたんだろ? 担任である俺に聞いたんだろ?」

「それは……同級生が知らない男の人といたら心配になりますよ」


 夜なのにサングラスをかけてガラが悪そうだったし大森さんと違って日和が強いようにも思えないし。


「えー、他人に興味がないのにかぁ?」

「むっ……筑波先生はそれでいいんですか? 私は目の前で起こったことに関しては干渉します。もし危険な目に遭っている、これから遭いそうだということならその男の人をぶっ飛ばします。日和に危ない目に遭ってほしくないですから」


 自分だけで無理なのなら謝って大森さんにも頼む、しかし決してあの人にだけ任せたりなんかはしない。

 必ず自分の手でも彼女の平和な生活を取り戻してみるつもりだ。


「はははっ、他人に興味がない者の言うことじゃないな!」

「いいじゃないですか……それで、心当たりとかありませんか? 相談とかされていないですか? 護衛した方がいいですかね?」


 あの子だって私にしたのだし常に付きまとったっていい、そればかりは時間の無駄だとは一切思わない。

 関わった誰かが被害に遭うなら自分がやられた方がマシだ。


「その必要はないんだ」

「どうしてですか!」

「それはね水野さん」

「あ、日和……」


 筑波先生も日和も余裕すぎる、日和の方はもっともっと慌てていなければならないというのにこれだ。


「あれは孝伸君なんだ」

「たか……のぶ君?」

「あ、筑波先生のことね」

「嘘……」


 あんな真面目で意固地な私にも愛想を尽かさず歩み寄ってくれていた筑波先生がそんなことをするなんて。


「誤解するなよ水野、俺らは親戚なんだよ」

「え? 親戚?」

「そうだ、そうじゃなければ夜遅くに一緒に行動したりしない。それにこいつが『私も百円ショップに用がある!』って勝手に付いてきたんだよ」

「……嘘を言っているようには見ませんね、なんだ……良かったです」


 確かにこれで安心するなんて他人に興味のない人間がすることではない。

 矛盾しているのは分かっている、けれど気になってしまったのだから仕方がない。


「それでは失礼します」

「って、帰さないと言っただろう?」

「なにをしたらいいですか? 土下座ですか?」

「そんなのはいらない、久保と友達になってやってくれないか?」

「深月が求めたんですか?」


 流石に日和とそうなれとは言わなくなったようだ。

 日和はスマホをいじって時々笑ったりしている、少しだけ興味を抱いてしまったのは内緒にしてほしい。

 ちなみに筑波先生は「あぁ……あれからしつこくてな……」と複雑そうな顔をしていた。


「筑波先生、どうして深月はあそこまでこだわるんでしょうか。そんなに必死になるようなことでも相手でもないと思いますけれど……」

「しょうがないだろ、水野のことが気に入っちまったんだから。ミヅは諦めない女だからな、水野が認めるまで――つまり死ぬまでずっと言い続けるぞ」

「……昨日兄と仲直りするついでに考えました、どんな形であれ求めてくれている子のことを拒む必要があるのかということを」


 押しが強いというのは単純にある、面倒くさいのも実際にそうだ、けれどあれだけ拒んでもはっきり言っても彼女は来てくれた。

 あの子にしてあげられたのはたった保健室に連れて行った、ということだけなのにあそこまで。


「それで? 答えは?」

「……あまり変わりませんでしたが、来る者拒まず去る者追わずのスタンスで当面の間はやっていこうかと……」

「なるほどな、あ! なんか知らねえがここに黒糖プリンと抹茶ケーキがあったわ! 俺はちょっと仕事があるから職員室に戻る! だから後はゆっくりな」


 白々しい反応、そんな物を教壇から出さないでほしい。


「え、あの……貰えないです」

「しょうがねえだろ、一回食べただけでもういいかなと思っちまったんだからよ。だが母さんが勘違いして買っちまってきててなぁ……このままだと勿体ないだろ?」

「……日和が食べなさい、私はもう帰る――」

「食べようよ、一緒に」


 日和の表情が少し堅い。

 筑波先生のいる手前、一応でも良好っぽい感じを見せておきたいということなの?


「でも……あなたは私のこと……」

「そんなのいいから食べよ? 私はね、抹茶ケーキが大好きなんだ!」

「わ、私は黒糖プリンが好きなのよ」

「ん? どうしてそんなにぎこちないの?」

「あ、あなたこそ……」


 あぁ、こういう時に深月がいてくれれば……。


「おぉ、このプリンも抹茶ケーキも美味しい!」

「「え」」

「あれ? ふたりとも食べないなら全部食べちゃうよ?」


 結局ぼけっとしている間にほとんどを食されてしまった。


「あっ、私の黒糖プリンっ!」

「私の抹茶ケーキも!」

「早く食べないふたりが悪いんだよー」

「深月ぃ!」「深月ちゃんぅ!」

「あはははは!」


 私は左頬を、日和は右頬を掴んで、


「いふぁいいふぁいいふぁいぃ!」


 手加減なしで責め続けたのだった。

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