02
「水野は遅刻か――」
「すみません、遅れました」
珍しく寝坊をして教室に着いたのはHRが始まったところだった。
「紙はあるか? 本当なら許してやりたいところだが贔屓は良くないからな」
「ここにあります」
「おう。なら席に着け」
席に着き、鞄の中から教科書類を取り出していると昨日ダークマスから借りた漫画が何故か入っており手に持ち固まってしまった。
「水野、漫画は駄目だぞ」
「すみません、教科書類を慌てて鞄に入れた際に間違って持ってきたようで」
鞄の中に戻して鞄本体は横に引っ掛ける。
しかし不思議だ、興味もない物のはずなのに手が止まらなくて一巻から一気に最終巻まで読んでいた、そのため夜ふかしをしてしまい朝起きるのが遅くなってしまったのだ。
ちなみに母は専業主婦なのもあってぐーぐーと寝ていた。
「おはよっ」
「?」
HRが終わってじっとしていると久保さんがやって来た。
彼女はどうして話しかけてきたのだろうか? 「昨日は世話になったのう」ということならお礼はいちいちいらないが。
「久保深月だよ! 忘れないで……」
「? 忘れてなどいないけれど」
「じゃあなんで不思議そうな顔でこっちを見つめてきたの?」
「昨日だけの限定でしょう? 私に二日連続で話しかけてくる人間なんていないもの」
本田さんみたいに無自覚にやばい系はノーカウントとしている。
「そ、それにしても意外だね、水野さんが漫画を読むなんて」
「大して好きではないわ。その時間を走ることにでも充てた方がいいもの」
「にしし、でも遅刻しちゃうくらいには読んじゃってたんでしょ?」
びくりとした。
が、
「だからなに? それであなたに迷惑をかけたの? もしそうということならごめんなさい、もう二度としないわ」
それをいちいち指摘してくる理由が分からなくて――って、どうして私は普通に会話をしているのだろうか。
無視をすればいいのにまるで友人みたいに返事をしていて馬鹿みたいだ。
「べ、別にそんなのじゃないってば! ただ意外と漫画とかが好きなんだということが知れて嬉しいだけ!」
「なんでそれで嬉しいの? あ、弱みを握ったということ?」
「もー……なんでそういう考え方になるのさ」
「どうしたの?」
「あ、聞いてよ日和! 水野さんがさ――」
私の前でピーチクパーチク話をする久保さん、それを聞いて本田さんも「そうなんだよ、水野さんはいつもこうなんだから」と同意をする。
別になにを言われても気にならないのでいつもみたいに突っ伏して寝て――からすぐ、両耳に温かい吐息を感じて飛び起きた。
「ひゃぅ!? あ……」
「ふふふ、可愛い声ー」
「そこは女の子らしくて可愛いねー」
なにをされても構わないが不意打ちを狙うのは卑怯だ。
だから私は久保さんと本田さんの頬を握って無理やり引っ張る、「いふぁいいふぁい!」と叫ぶふたりだが一切手加減せずに引っ張り続けた。
「「うぅ……ぐすっ、ひっぐっ……」」
「される覚悟がないのならやらないことね。私は手加減とかそういうことは一切しないの、自分が満足するまでずっとやり続けるわ」
「「肝に銘じておきます……」」
また下らないことで時間を消費してしまった。
そもそも学校に行く事自体が無駄な気がする。
大抵は自習でなんとか済む、いちいち学校に来て騒がしい集団に混ざって勉強など非効率だ。
昼休みや放課後を使って筑波先生に話をしてみようと決めたのだった。
「だーかーらー! そんなこと言ってもこれが普通だからな?」
「それなら一対一での授業をお願いします」
「そういうことはできねえんだって! なんで頭がいいのにそういうことも分からないんだよ水野は……」
昼休みと放課後を使って相談してみたのだが、結局無駄な時間になってしまったようだ。
「筑波先生は校長先生というわけでもないですもんね、すみませんでした、無理なことを言ってしまって」
「いや、俺が例え校長先生でも無理だからな?」
「あ、なら筑波先生でも恐らくできるであろうことを頼みますね」
「言い方に悪意があるが……なんだ?」
これはもうそういう強制力に頼るしかない、教師から言われたのであればあのふたりだって対応せざるをえないだろう。
「同じクラスの久保さんと本田さんっていますよね?」
「ああ、今日は一緒にいたよな、仲良くなったんだろ?」
「距離を置くように言ってくれませんか?」
「おう! そうだよな……って、なんでだよ!」
ん? どうしてツッコまれるのかが分からない。
「筑波先生、なんでもかんでも大きな声を出せばいいと思っているのならやめた方がいいかと」
「だから俺のことはいいんだよ! なんで近づいて来てくれてる友達を拒むんだお前は!」
「水野水織です、担任の教師なんですから生徒の名前くらいは覚えておくべきかと」
「知ってるわそんなことは! 朝だってきちんと名前を呼んだだろうが! はぁ、はぁ……水野と話をしていると疲れるわ……」
私と話すと疲れる、いると疲れる、そんなことはこれまで何度も言われたことがある、が、それならそれで関わってこなければいい、本当にどうしても必要な時だけ関わればいいんだ。
「それで無理なんですか?」
「できるわけがないだろうそんなこと。つかさ、どうして水野はひとりを好むんだ?」
「他人に興味がないからです。それと、これまでひとりでいましたが困ったことはありませんから」
「班活動とかはどうしてたんだよ? 修学旅行とかどうやって切り抜けたんだ?」
「? 普通に過ごしていましたが。自由行動の時は入り口で留まっていました、ホテルで待っていることは不可能だったので」
強制力がある場合は一緒に過ごすしかない。
こんな私でも協調性がないというわけではないしそんなことで時間を無駄にするくらいならさっさと強力して行動する。
筑波先生も「当たり前だろ……」と言っていることから間違ったことはしていないし言っていない。
「要は強制されたら従うってことだろ? じゃあ久保や本田と関われ」
「そんな権利は筑波先生にもないかと」
「ああ言えばこう言う……」
双方にとってメリットがないだろう。
なのに固執する理由はなに? どうして他の人といることが正しいみたいな認識になっている?
本当に協力しなければならない時は私だってそうする、が、それ以外でも行動を共にする理由などなにがあるのだろうか。
「じゃあこうしよう、久保や本田と友達になったらお前の好きな黒糖プリンを三日に一度買ってやる、それでいいだろ?」
「生徒の好物を把握しているのは素直に気持ちが悪いです、私がいつそれを言いましたか?」
母が友人から貰ってきたものの食べられないから代わりに食べたのが好きになったきっかけだった。
最初は普通にプリンの方がいいと考えていた私ではあったがすぐに舌があの甘さを求めはじめ、買っては食べを繰り返した結果今がある。
「あんな美味そうに食ってれば誰だって分かるだろ、初めて見た日なんかは思わず俺もコンビニで買ったくらいだぞ」
「コンビニエンスストアの黒糖プリンは割高です、どうせ買うならスーパーマーケットで購入する方がいいかと」
「値段の話はいいんだ。それでどうだ?」
「贔屓するのは良くない、そう言ったのは筑波先生ですが?」
頻繁に買ってしまっているせいでお金は確かにない、問題なのはそれを問題だと考えられないことだ。
これくらいはいいだろうと甘い物だけに己に甘くなってしまう、他のは冷徹に切り捨てられるのにこれだけは不可能だった。
「筑波先生――と、あ、ここにいたんだ水野さん!」
「筑波先生、先程のこと約束をきちんと守ってくださいね。それではこれで失礼します」
「おうっ、水野もちゃんと約束を守れよー!」
やけに絡むようになってきた久保さんの腕を掴んで職員室から退出。
「い、いきなりどうしたの?」
「久保さん、私と友達になりさない」
「えっ、いいの!? なるなる! 寧ろなってください!」
これも全ては黒糖プリンのため。
そのためならどんなことでもやってみせようと決めたのだった。
「妹よ」
「なに?」
「今度我のフレンドが来る、その間は家を空けておいてくれないか?」
こっちはこっちで訳の分からないことを言う。
どうして誰かのためにわざわざ外で時間をつぶすようなことをしなければならないのだろうか、何度も言うが強制力がなければ私は協力なんてしない。
「どうしてよ、というかその喋り方やめなさい」
「……だって恥ずかしいだろ? なんか水織を見せたら『君とは全然似てないね、妹はこんな美人なのに』とか言われそうじゃないか」
体は大きいくせになんかやけに頼りない発言が兄の口から飛び出した、いつもの痛い感じよりは幾ばくかはマシであるのが残念なところではある。
それでも付き合ってあげているのは母が気に入っているからだ、ダークマス(笑)とか言って盛り上がっているのを見ていると思わず目を逸したいくらいではあるが。
「私は美人なんかではないし、拓篤にだっていいところはあるわよ、堂々と自信を持ってその人を迎え入れなさい」
「しかも女の子なんだよなぁ……」
「なら尚更私がいたって問題ないじゃない」
「す、好きな子なんだ……似てないとか言われたら悲しいだろ?」
兄妹だからってなにもかもが似ているわけでもないだろう。
寧ろ私が兄に似ていたら男っぽいということになる、それは周りからの評価に興味がない私でも少し引っかかるところではあった。
一応胸がないとはいえ女だから。
「それにもしかしたら水織の方を気にいるかも――」
「走ってくるわ」
「俺も行く」
「好きにしなさい」
ランニングシューズを履いて外へ。
今日もえっほえっほと無心で走る。
拓篤が情けなく「は、速い……ま、待ってくれぇ……」なんて言っているのは聞こえてきたが自分のペースを守りたいので無視して走り続けた。
しかし、なんだかんだ言っても気になってしまうのが私の弱いところ、前を見たり後ろを見たりと忙しくなってやがて、
「いたっ!?」
ドンと誰かにぶつかってしまい私もその人も尻もちをついてしまう。
「すみませんでした」
「い、いや……大丈夫だよ……って、もしかして水織ちゃん?」
「はい、水野水織です。あの、今は持ち合わせがないので家まで来ていただければお金で払いますが」
怪我をしているようならこのまま病院に連れて行くのがベストだろう。
「いいよいいよ! あ、たっくんだ!」
「たっくん……あ、拓篤のことでしょうか?」
「うんっ、私は大森架純、たっくんの同級生なんだ!」
となるとこの人が拓篤の友達、そして好きな人ということになるのかしら。
ちょっとふわふわしてそうだけどしっかりしている感じもする、あとは少し守ってあげたくなるような女の人、拓篤が惹かれる気持ちも分かるような分からないような曖昧な気持ちだった。
「ごほんっ、ま、マイフレンドよ、今日はどうしたのだ?」
「ぷっ、あはははは! なにその話し方ー!」
「うぐっ……ど、どうした大森」
大きいくせに男らしくない、モジモジしていて若干どころかかなり気持ちが悪い、どうしてかいつもみたいに自信を持って接することができないようだ。
「あのね? たっくんの家がここら辺にあるって前に言ってたでしょ? だから探してたんだけどずっとぐるぐるするだけで分からなくて」
「う、うむ、それなら付いてくるがいい、我が自ら案内してやろう」
「はーい! あ、水織ちゃん後で連絡先交換しよ?」
「あの、意味がないかと、私はあなたの友達ではありませんので」
おまけに私は彼女とぶつかってしまったような存在だ――あ、後に請求するための提案なのだろうか? わざわざ回りくどい言い方をしたのはこの場は拓篤がいる手間、角が立たないように対応したのかもしれない。
それなら申し訳ないことをしてしまったと思う。
「あ――ふふ、友達になってくれたら黒糖ケーキを買ってあげるよ?」
「別に連絡先交換くらい大丈夫ですよ、それでもこれで失礼します」
今日はズタズタだ。まだまだ己の意思が弱いのだと分かった日だ。
「ふぅ……日記に書きたくないわね」
決めた距離を走り抜き、休憩している時に思わず独り言を吐いてしまった。
「なにを書きたくないの?」
一度壊滅的に結果が悪くなるとやる気がなくなるのも悪いところかもしれない。
「もうっ、水野さん!」
「? そんなに叫ばなくても気づいているけれど」
「じゃあ反応してよ!」
気づいても気づかなかったフリをしたい時だってあるのだ。
「本田さん、私の友達になってくれるかしら」
「やだーだって無視するもん」
「そう、なら別にいいわ、それなら近づいて来るのはやめてちょうだい」
「やだー」
彼女といると頭が痛くなる。
久保さんはもっと対応しやすかったというのに。
「私と友達になってほしいのならー名前で呼んで?」
「なるほど、黒糖プリンのためならなんでもするわ、土下座でもあなたの足を舐めたっていい」
自分で考えている以上にやばい人間だった。
なんでもするってことは処女すら捧げるということだ。
とはいえ、別に彼女や久保さんになら構わないわけだし、変な男に散らされるくらいなら失くしておいた方が吉か?
「黒糖プリン?」
「こっちの話よ。えっと、日和さんって呼べばいいのよね?」
「呼び捨てでいいよ」
「それじゃあ私のことは水織――」
「それはいいよ、私のことを名前で呼んでくれればそれで十分」
「そう」
彼女も彼女で他人に興味がないのかもしれない。
それとも彼女にとっては一方的なのが友達という認識?
案外似ているのかもしれなかった。
「ね、深月ちゃんとも友達になった?」
「ええ、先程ね」
「それじゃあこれから三人で仲良くしようね!」
「仲良くってどうやればいいの? ずっとひとりでいたからよく分からないわ」
それに強制力、目的があったから利用させてもらったにすぎない。
久保さんを保健室に連れて行ったのだって見ていられなかったからだ。
本田さんとこうして会話しているのは無視をしたところで強引な手段で近づいてくるから。
つまり対等な友達なんかではない、こんなのは恐らく私の思い描く友情とはまるで違う。
「そんなの一緒にいればいいんだよ。休み時間に集まったり、お昼休みは一緒にごはんを食べたり、放課後になったら一緒に帰ったり、休日なんかは一緒に遊んだりしてね」
「あまり期待しないでちょうだいね、あと不快と感じたのならいつでも去っていいわ」
「大丈夫! それより私達が不快な存在にならないように気をつけるよ」
「ええ、よろしくね」
当たり前のように一緒に帰って、家では拓篤の友達である大森さんと連絡先交換をした。
「なんで登録されているのかしら」
そのついでに確認したら『本田日和』及び『久保深月』のアカウントも登録されており、ふたりから当然のようにメッセージが送られてきていたため返信をする。
「み、水織、大森を取らないでくれよ?」
「私達は同性よ?」
「そんなの分からないじゃないか」
相変わらず訳の分からないことを言う兄であった。