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029  作者: Nora_
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01

 水野水織わたしには友達がいない。

 何故? なんていちいち考えるまでもない。

 簡単に言えば周りに興味がないからだ。


「水野さん、一緒に帰ろー」


 例えばこの場合、普通の少女なら「うん、帰ろう」と返すだろう。

 ちょっとコミュニケーション障害があったり、人見知りだとか恥ずがしがりやだったとしても「う、うん、か、帰ろう」とどもりながら返すはずだ。

 しかし私は、


「今日は予定があるの、だから無理よ」


 と返して颯爽と眼の前から去るというのが常だ。

 だが、ここで退く子ばかりではないということに最近気づいた。


「尾行してみたけど、水野さんはただ家に帰っているだけだよね?」


 例えばこういう無自覚にやばいことをしている子とか。

 その場合は、


「図書室に寄っていくから無理よ」


 こう、いくらでも対応ができる。

 が、それでも躱せない場合は、無視し自分の本能に従って行動するのが常。


「水野さん本好きじゃないよね? だって休み時間は基本的に寝て過ごしているし」


 これでも無理な場合は――もう諦めるしかない。


「はぁ……なにが目的なの? どうして私に絡んでくるの? メリットは? 無駄なことになるってデメリットのことを考えてみたりとかしなかったの?」

「メリットとかデメリットとかどうでもいいじゃん、私が水野さんと一緒に帰りたいだけ」

「はぁ……もう勝手にしなさい」

「わーい、許可を得た」


 押しに弱いのかこの場合の逃れ方が分からない。

 それに彼女の笑顔は特別嫌いというわけでもないのも問題だ。


「らんららーん」

「そんなに楽しいの?」

「うん、みんなとお友達になるのが夢なんだ」

「そう、私はその中のひとりでしかないというわけね。それなら友達にってあげるから近づいて来るのはやめてくれないかしら」

「やだ」


 やっぱり無視が正しいのではと思えてくる。

 こんな面白みもない人間といて彼女――本田日和(ひより)さんになんのメリットがあると言うのだろう。


「あ、水野、帰る前に一仕事頼んでいいか」

「はい、構いません。そういうわけだからあなたは先に帰ってちょうだい」

「うーん、分かった、それじゃあまた明日ね」


 先生に付いていくと移動先は空き教室だった。


「さて、仕事というものはないんだ、俺がここに水野を呼び出した理由が分かるか?」


 この状況となれば誰だって分かるだろう。

 ずばり、


「教師が生徒にいかがわしいことをするのは良くないかと」


 これしかない。

 なにかを口実にして生徒と近づく機会を作り、こうしてあまり人が小なさそうな場所に連れて行くなどこれしか考えられない。

 情報源は兄の本だ。なにがいいのかは分からないが、とにかく女の子が可愛く描かれすぎていたのを思い出す。

 あんなのは非現実、あんなのは理想の表れ、そういう内容の物を読む毎に虚しくなったりしないのだろうか。

 私だったら継続的に読むことすらしない、そういう自信があった。


「ちげえよ! すまん、大きな声を出して――」

「私が以前読んだ本の中の教師は大きな声で恫喝してか弱き少女を自由に弄んでいましたが?」

「違う……水野、どうしてお前は他の生徒と一緒にいない? ひとりで難しいなら俺がサポートしてやるぞ?」


 どうして余計な気遣いをするのだろう。

 私が求めていそうなか弱き少女ということならともかくとして、一切そういうのを望んだことはない。

 なんでもかんでも口出しすればいいというわけではない、大人なんだからもう少しは学んでいてほしいものだが。


「先程、本田さんといるところを見ていたと思いますが? 分からなかったということなら先生こそ眼科に行くことをおすすめします」

「俺のことはいいんだよ! それに本田のは勝手に絡んだだけだろうが!」

「なんでも叫べばいいと思うのは非効率かと。聞く耳を持たれなかったら全て無意味です。それに仮に先生が生徒だった場合、声を大きくすることでしか生徒と話せない教師に当たりたいですか?」


 ここまで言えばさしもの先生でも口出しはできない。


「ふっ、私はまた勝ってしまいました」

「勝ってねえよ! お前のは負けてるんだよ!」

「はぁ……私のことが好きなんですか?」

「なんでそうなる!? 俺はただ教師として担任としてだな……」


 私は分かっている、教師だから、担任だから、そういう効力がなければ動かないことを。

 おまけに、誰だって見返りがなければ行動なんてしない、それに私は求めていない。


「余計な気遣いは結構です。この感じでも今まで苦労したことがないので。それでは失礼します。あ、予定もないのに『仕事を頼む』なんて言わない方がいいと思いますよ。嘘をつく人は特に女性に嫌われます」

「はぁ……分かったよ、けど困ったらいつでも言え」

「先生こそ困ったら言ってください。話し相手くらいにはなってあげますから」


 またつまらないことで時間を無駄にしてしまった。

 急いで学校から出て帰路に就く。


「にゃ~」

「あら、猫ちゃん」


 足にこすりこすり、体を擦り付けてくる猫を抱いて持ち上げる。


「毛が付くからやめてちょうだい、それじゃあね」


 流石に捨てるような真似はしないが優しく地面に下ろして続きを歩く。


「おい、妹よ」

「なにかしら?」


 やって来たのはやらたムキムキマッチョな大体185センチくらいの大きさの自分にとっては大男だった。 


「どうして猫を逃した、連れ帰ればいいだろう?」

「駄目よ、家では飼えないもの。野良は色々と費用がかかるしなによりね」

「仕方がない、我が借りてる家の方に持ち帰ろう。あそこにはダークマスジュニアがいるからな」

「好きにしなさい。早く帰ってくるのよ、そうしないと母に怒られてしまうからね」

「了解だ」


 自宅に着いたら自室へ直行。

 制服を脱いでジャージに着替え一階に戻る。


「ただいま」

「おかえりー」

「なにをやっているの?」


 首から下をこたつの中に収納して顔だけこちらを見てくる母親。

 流石にもう少しくらいはしゃきっと生活した方がいいと思う、恥ずかしい。


拓篤たくま君――あ、ダークマス君は?」

「あっちの家に行ってるわ」

「そっか。あ、水織ちゃんも入る?」

「いいわ、少し外を走ってくるから」

「えぇ……こんなに寒いのに」


 冬ということもあってしっかりと準備体操をしてから走り出した。

 えっほえっほと走っていくと、偶然なのか必然なのか本田さんに出会った。

 彼女は満面の笑みで「私も一緒に走っていい?」と聞いてきたため、スルーして走り出す。

 もうこうなったら彼女が来たかったら来ていいというスタンスにしたのだ。

 当然のように彼女は付いてきた。

 それどころか張り合うかのようにして私の前に出たり下がったり。


「い、いつ……いつまで走る……の?」

「あと十五キロメートルくらいかしら」

「ひぇぇ」


 私は強制なんてしていない。

 やめたかったらいつでもやめればいい。

 その内、ダークマスまで加わって3人でのランニングとなって。

 ペースを崩さないように一定のペースでえっほえっほ。


「ふぅ、帰りましょう――あら?」


 気づいたらふたりがいなくて私ひとりだけになっていた。

 情けない、陸上選手並のスピードで走ったわけでもないというのに。


「い、妹よ」

「どうしたのよダークマス」

「我を置いて行くなど有りえないだろう?」

「知らないわよ、勝手に参加しておいて文句を言わないでちょうだい」


 とはいえ、心がないわけではない。

 そのため拓篤の腕を掴んで家まで走った。


「あ、水野さーん」

「あなた……そんな適当でいいの?」

「冬場にあんなスピードで走ったら心臓が止まっちゃうよ! さてと、水野さんが来たことだし私は帰るね」

「ええ、気をつけて帰るのよ」


 高身長、年長、男だというのにだらしない拓篤の世話をしなければならないから当然送ることなどしない。


「ただいま帰った」

「ただいま」

「おかえりー!」


 相変わらずこたつから生えている母は放っておいて自室へ。

 部屋着に着替えて日記を書く。

 走った距離、大体のペース、どこら辺がきつかったか――などなど。


「明日は体育があるわよね、しかも持久走」


 走るのだけは誰にも負けたくない。

 そこまで考えて一応周りとかを気にするのねと驚いた私なのだった。




「よーいスタート」


 一斉に走り始め私は中盤くらいの位置にいた。

 こういうのは序盤に頑張りすぎたって意味がない。

 それこそ中盤辺りでスタミナが減ってきて皆の順位が上がったり下がったりだ。

 結果は的中、順調だった。

 あくまでマイペースで走り抜けばいい。

 走るのだけは負けたくないが、一番を取れるなんて自惚れてもいない。

 しかし、途中で問題が起こる。


「きゃっ――」


 二十メートルくらい前の人が急に転んですぐに立ち上がれなかったのだ。

 このまま見捨てるのは簡単、本人だって別に誰かの手を借りたいなど思わないだろう。

 だが私はこういう時の辛さを一応知っていたため、足を止めて彼女に手を差し伸べた。


「大丈夫?」

「水野……さん?」

「ええ、水野水織よ。足が痛いなら支えてあげるわ」

「けどっ、ちゃんと走りきらないと罰が……」

「私が全て引き受けるわ。あなたをこのまま見捨てる方ができないのよ」


 彼女の肩を支えて担当教師に説明、保健室に行っていいと許可ができた。

 途中で面倒くさくなってお姫様抱っこ状態に移行し、保健室まで一気に運んでしまう。


「先生、後はよろしくお願いします」

「分かったわ」

「み、水野さん、ありがとう」

「お礼なんていらないわ、恐らく人として当然のことをしただけよ」


 私はグラウンドに戻って担当教師に話をする。


「先生、あの子の代わりに走りますので何キロ走ればいいでしょうか?」


 先生も甘くプラス一周でいいということになった。

 別に十周とかでも二十周とかでも全然平気で走るつもりだった。

 昼休みや放課後を使ったって良かった。

 なのにプラス一周じゃ不完全燃焼状態で終わってしまう。


「ふぅ……あの子は大丈夫かしら」


 私、水野水織には友達がいない。

 何故ならやはり周りに興味がないからだ。

 私の近くで起きたことでなければ基本的に干渉しない。

 悪口を言われても構わない、嫌われたってもっと構わない。

 それでも困った子が近くにいたのならできる限り支えていきたいと思う。

 見て見ぬ振りをするのは楽だが、それをすると苦しくなるから。


「水野さん、さっきは格好良かったね!」

「なにもしていないわ」


 でも、褒められることやお礼を言われる理由は分からないけれど。

 教室に戻ると先程の子も教室に戻ってきていた。


「あ、あの」

「なにかしら?」

「さっきはありがとう!」

「お礼を言われるようなことはしていないわ」


 お弁当箱を開封し、ダークマザー(拓篤命名)が作ってくれた中身をちびちびと食べていく。


「一緒に食べよっ」

「ぼ、僕もっ」


 何故か昼食時のメンバーがふたりに増えていた。

 興味がなかったため箸で口に運んでは噛み、運んでは噛み。

 食べ終えたらしっかりと「ごちそうさまでした」と口にしてから片付けて教室を出る。

 特に用があるわけではないが、こうして昼食後にゆっくりと歩くのが好きだった。


「おいお前」

「お前という名前ではないわ、水野水織よ」

「お前、空き教室ここに入って来いよ」

「だからお前ではないと……はぁ、それでなによ?」

「ふっ、かかったなアホ女が。これでもう逃げられねえよ」


 驚いた、まさか学校で兄が持っているような本みたいな行為をしようとするなんて。


「私なんて胸も大きくないのよ? それでいいの?」

「女なら誰でもいいんだよっ」


 血走った目、荒い鼻息、流石の私でも恐怖をいだ――くようなことにはならず。

 冷静に後ろに回って腕を捻り上げる。男は「いでででで!?」と言うが骨折させんばかりの勢いで私は続けた。


「こらっ、なにをやってる!」

「こ、この女が――」

「お前がまた問題を起こしたんだろ! 職員室に来い!」

「ちっ……クソアマが!」

「失礼な男ね、うん○は付いていないわよ」

「「そういうことじゃねえよ!」」


 それにしてもどうしてこの人――筑波先生はすぐに現れるのかしら。

 まさか本当に私のことが好きなの? 教師と生徒は相容れない関係だと分からないのかしら。


「水野、危険だから先程のようなことはやめろ」


 場所は変わって教室内。

 他の生徒はわいわいと食後の時間をまったりと楽しんでいる中、何故か私は説教をされていた。


「正当防衛ですがなにか?」

「もし力で敵わなかったらどうしたんだ?」

「そうしたら耳でも噛みちぎってましたね。体に触れられるくらいなら死んだ方がマシです」

「そうだろう? だからああいう場合は逃げろ、いいな?」


 なんでもかんでも自分の力だけで済むなんて思っていない。

 本当に無理そうな相手や生理的に無理な相手ならすぐに逃げている。

 仮に本田さんと一緒にいたとしても彼女を置いて逃げていることだろう。


「それより、はは、人に優しくできるんじゃないか」

「腕を捻り上げることが優しく、ですか? 筑波先生の基準ってやばいですね」

「そうじゃねえよ! 久保を助けただろ?」

「久保深月みづきさんのことですか? 助けていませんが」


 たかだが保健室に連れて行ったくらいで持ち上げ過ぎだ。

 世の中にはもっと人のために自然に動けている人が沢山いる、私なんてまだまだひよっこ。


「い、いや、保健室に連れてってやったんだろ?」

「それはしましたが助けたことにはカウントされません。命の危険から救ったとかでなければその評価は大仰かと」

「め、面倒くさいやつだなあ……」

「もういいですか?」

「お、おう……」


 時間をとらせて悪い、時間を使わせてもらってありがとう、お礼や謝罪ができないとこの先詰みますよ、なんて言うのも面倒くさくて席に戻った。


「水野さんって格好いいね!」

「はい? 私が?」

「うん、だってあんなことが自然にできるんだからね、僕じゃ難しいからさ」

「別に強制はしていないわ」

「う、うん、分かっているんだけどね」


 そんなの好きにすればいい。

 私は気になるからああいうことをしただけだ。

 やはり他人の気持ちが一切分からないと気づいた私なのだった。

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