第八話:転生先で貴族令嬢として国家の危機に立ち向かう:中篇
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龍族襲来の情報は私に逃げろと指示を受けた翌日、つまり襲来の3日前に4大貴族及び教皇の判断により全軍配備を敷いた後に発表された。
余りに突然過ぎる龍族襲来、つまり死の宣告、恐慌状態になり無秩序状態になるかと思った公国上層部の懸念はいい意味外れることになった。
龍族襲来が公開された後の、国民の行動は冷静だったのだ。
無論国外の伝手を伝って避難する人物もいたが、逃げてもしょうがないとばかりに運命と悟り残る人物も多かった。
その中で私は、父親の指示の内容はともかく、1日早くこの情報を仕入れたのはアドバンテージになると思い、それを活かすために早速動き出した。
この龍族襲来、公国だけではなく世界的に注目される龍族の動向に一番核となる人物、それはもちろん勇者ナオドであり、まず話を通さなければならないが……。
「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル」←ナオド
なんか、碇シンジが空手を習うと殺し屋イチになるとかあったな。
うん、情報公開された後で知らせるとパニくるかと思ったから今伝えたけど、どの道コイツがいなければ話にならない。
「おいナオド」
「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル」←ナオド
「おいナオド」
「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル」←ナオド
バシーン!!
「アイダァ!!」
「アイダァじゃない、今言ったとおりよ、龍が攻めてくるの」
「どどどどどどうすればばば!!」
「落ち着きなさい、どうするも何も、もしこの国が襲われれば戦って勝つしかないでしょ?」
「ウルウル」
「ウルウルじゃない、ナオド、今から私の言うことをよく聞きなさい。今回の龍族襲来について、うまく通り過ぎてくれればそれに越したことはないけど、戦う準備をする必要があるのは分かるよね、その為にアンタには役に立ってもらうわ」
「でも」
「でもじゃない、いい? アンタの長所はハッタリがうてるところだと思う」
「ハ、ハッタリって」
「あら馬鹿にする? ハッタリってのは大事よ、実は隙だらけなのに相手にその隙があるように思わせない、そして自分の思い通りに事を運べる、私はこれで何回も困難な局面を乗り切ってきたわ」
「…………」
「アンタの勇者としての評判はかなり良い、もちろん勇者という色眼鏡があるにしても、これは貴方の「ハッタリの功績」と判断してもいいと私は思っている」
「でも、僕、魔物ですら」
「だから心底ビビっていた魔物に飲まれてもその姿を見せなかったわけでしょ? その姿を見て周りは貴方を「心」まで無敵だと思うのよ、それがハッタリなの」
「……なら、どうすれば、いいんですか?」
「この世界においての神が遣わし者が勇者」
「え?」
「これを最大限に利用させてもらう、段取りは私が組むから、貴方はとにかく逃げなければいいわ」
「は、はい」
「あと一つ、頼みたいことがあるの、これは絶対に明日中には何とかしてほしいこと、貴方の担当天使に頼んでね、報告もちゃんとすること」
「は、はい! 分かりました!」
よし、この手間のかかるイケメンは何とかなった。
これで第一段階は無事終了、次は第二段階、もう1人のイケメンを何とかしなければならない。
ナオドに指示を終えた私は、その人物の元へと向かった。
いるのは多分、あそこだ。
――ラニンキア伯爵邸
「はっきり言えば、怖いよ、どうしようもない脅威、厄災、不可測までと言われる、絶対強者である龍族、だけど……」
「やっぱり、それで尻尾を巻いて逃げるってのは、俺の性に合わない」
「俺はここで皆を守る! 危険な目には合わせない!!」
「「「「「レザ様!!」」」」」
と取り巻き相手に熱弁していた、
(こいつはこいつでナオドとは逆でよく口が回る、要は女を守る大義で最後までここにいるってことね、逃げてもしょうがないってことは分かっている訳だから、一番安全な所を選んだわけか)
当然龍族襲来の情報を聞いて上流である貴族たちもまたそれぞれの動きを見せている。流石に4大貴族は公国と運命を共にすることを選ぶ他ないが、大義名分を作り国外退避をしたり、今のレザのように戦いを避けたりしている人物もいる。
「あ! キョウコ嬢!!」
ちっ、ラニンキア伯爵邸を訪れたのだ、当然だが性格ブスに発見される。ここにいるという情報を仕入れて、1人でいればなぁと思ったがしょうがない、こっちも火急の用件があるのだ。
「ユリス嬢、ごめん、ちょっと火急の用件があるの、レザを少しだけ貸して」
という私の言葉に真剣さを感じ取ったのか渋々了承した。
●
レザへの頼みごとを伝えるため、人気のないところに連れてきたと思ったら……。
ふわりと自然に壁ドンされる。
「不安なんだろ? そうだよな、不可測の襲来、国家の危機だものな」
(また……)
「そうだよな、俺だって不安だよ、だが俺はお前を守る、って何もできないかもしれない、だがフゴォ!」←ペンで鼻に突っ込む
「何もできないかもしれないから何もしないんでしょ? それは駄目だねぇ」
「そ、そ、それは! そんなことは!」
「だから、貴方にしてほしいことがあるの、アンタ確か、例の性格ブスの系列よね? アンタの親父さんは確か、性格ブスの親父の秘書よね?」
「……親父……」
ここでレザは憂いの表情を帯び、遠くを見るような切ない表情を浮かべる。
「俺は、親父の言いなりにはならない、自分の道をフゴォ!」←以下略
「国家の危機よ、繰り返すわ、国家の危機なの、危機は乗り越えなければならない。アンタの親父は一流の政治家であり政治屋でもある。私の言葉を一つだけ伝えて、ただそれだけでいいの」
「…………」
真剣な表情にやっと話す体制が整うレザ。
「ただ一つ、今回の龍族襲来についての結果は、この私、タダクス公爵の娘キョウコと勇者ナオドが段取りを組んでいると私が言っていた、その話だけをして欲しいの、あくまで綿祖が話していたことを聞いた体でね」
「…………」
「…………」
「それ、だけ?」
「そうよ、それだけ」
「…………」
もっと重要なことを伝えろと言われると思ったのが呆然としているレザ。
そう、お気づきの方もいるだろうが、私は「忖度」をしろと言っているのだ。
忖度。
本来の意味は他人の心情を推し量ること、また、推し量って相手に配慮することであること。
だが現在では、立身出世や自己保身等の心理から、上司等、立場が上の人間の心情を汲み取り、ここに本人が自己の行為に「公正さ」を欠いていることを自覚して行動することを指す。
流行語にもなり問題となった言葉。
だけど私は問題になった時は笑ってしまった、社会人として生きていく上で、忖度をしないなんてことはありえない。
例えば私の同期で一番に管理職になった奴は、忖度に社会人人生を捧げてるといっていい程の動きを毎日行っていた、それこそこのレザの父親のように。
つまり社会的立場に高い人物である人物は「一流の忖度人」という意味でもあるのだ。
ちなみにレザのさっきの表情のとおり放蕩息子であるレザは半分勘当状態で家を追い出されている、だから国家の危機に自宅ではなくここにいることは知っていた。
そんな勘当状態であるからこそ、それを利用させてもらう、ここで父親と会って公爵令嬢の肩書を使って具体的な指示をすると借りを作りかねないから「私が言っていた」とだけ言えばいいのだ。
それを自分の息子が知っており且つ勇者が私の召使となっている事実があるのだから、後は「上手く」やってくれるだろう。
「ちなみに、親父さんに伝われば、あとは自由でいいわ、性格ブス達をちゃんと守るなりで、好きにすればいいわ」
ここでレザは「分かった、親父に伝える」というと涼し気に笑う。
「ふっ、もう一つ分かった」
「は?」
「妬いているんだろ、可愛いところあるじゃないか、それにしても、俺をパシリに使うなんてな、気が強い女は」
スッ←ペンを再び持つ
「じゃあ俺はこれで!!」
ササッと立ち去った。
よし、あのイケメンは女の言う事は聞くから言われたことはやるだろう、これで段取りの第二段階が終了した。
あ、そうそう、ちなみに自分の父親には本当のことを言うと絶対に泣くと思ったから「貴族として逃げることはしない、なんていったけど強がっていたから部屋で怯えている」というか弱いキャラで通したらあっさりと信じてくれた。
さて、リズエル達に当日の動きについての指揮をしなければいけないが……。
(私の動向については、逐一チェックしている筈、何もリアクションが無いとは思えない、だから……)
【橘さん】
とタイミングを計った、実際に計っていたであろうロルカムの声が木霊した。
――「待ってたよ、ロルカム」
――3日後
そしてその時は来た。
古来より人に厄災しかもたらさない龍族。
その龍はの移動手段はゆっくりと翼をはためかせ空を飛ぶ。
その姿が見える前半日前から、シンと静まり返るルカンティナ公国。
龍族に対応する方法はどの国でも一緒、戦わずして見逃してくれるのを期待するしかない、軍が悲壮感を感じての全体配備をしているが、国民たちだけではなく軍人ですら何一つ音を立てない。
今回出現した龍は被害を一切出すことはなく、そのまま各国を通り過ぎている。
故に、今回も見逃してくれるのではないか、そうあって欲しい。
それを祈る、全国民。
だが祈り届かず、龍は公国の正門前に舞い降りた。
この時点で国は滅ぶと断言しても過言ではない。
だが軍人たちや国民たちの目からは希望が失われていない、このルカンティナ公国には切り札があるからだ。
神が遣わし者、救国の英雄。
それが勇者。
龍族にただ一つ対抗できる存在。
『…………』
舞い降りた龍は気配を感じて、振り向き。
「…………」
全身に聖なる鎧と兜と盾に身を包み、聖剣を携えた勇者が立っていた。
――ルカンティナ軍・本部
軍本部の最高幹部たちが集まる部屋、そのトップである元帥は本部から龍の姿をとらえていた。
「舞い降りてしまったか」
軍トップ元帥の傍に控えるは参謀長が答える。
「この危機が本当に運、というより気まぐれであることは痛恨の極みです、元帥閣下、あれほどの戦力差に、厳しい訓練と先人たちの結晶である戦略も戦術は無意味ですからな」
「うむ、軍の役割は、自分の命を賭して民を守ること、我々将校の役割は部下を全員生還させること、だが今回、それを成しえるのは我ら将官ではなく、勇者殿だけか、だが参謀長よ」
「はっ」
「だが私は、ホッとしている、軍人としては腰抜けも良いところだな」
「元帥閣下……」
「我々はただ、見守るのみだ、頼むぞ勇者殿」
――ラニンキア伯爵邸
「レザ様……」
「この時ほど自分の無力を嘆いたことはないよ、確かに勇者殿は救国の英雄ではある、だけど」
「俺は君たちの英雄だ!!!」
「「「「「「レザ様!!!」」」」」」
――ルカンティナ公国宮殿
宮殿、教皇の住まいであり公国の最高意思を決定する部署でもある。
4大貴族と教皇は、宮殿のテラスで、絶対に引かないという意思の元、並んで状況を見守っていた。
正門からは遠い場所であるが、龍は遠目にでもはっきり見える、龍が何かに気が付き、振り返った素振りを見せたということは、勇者殿は宣言通り、龍と戦う姿勢を見せてくれたのだろう。
そのことに内心安堵する。
だがまだ油断はできない。
何故なら龍の攻撃ひとつで、国の三分の一が消し飛ぶのだ。
(ルイネよ)
こんな時、いや、こんな時だからこそ、屋敷に残してきた娘を思う。
逃げろと指示をしたことについては、怒られてしまった、統治一族がそれでどうするのだと。
だがそれは明らかな強がりだ、侍女達によれば、昨日から怖くなってしまい、自室にこもっているのだという。
こっそりと、宮殿を半円形で囲む、眼下に見える自邸を見るタダクス。
そんなラト公爵家のキョウコのヲタク部屋。
そのヲタク部屋の一室で。
「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル」
と震えているナオドがいる。
その私室のテラスに出ているのは、3人の侍女達。
宮殿より一段低い場所からでも十分に眼前に広がる龍。
「お嬢様……」
と泣きそうな顔をするリズエル。
そう、龍の目前に立っているのは、ナオドではない。
「はー! 凄い迫力! 銀色の龍! リオレウス希少種! んー、でも神話では100メートルとか言っていたけど、これだと半分ぐらいよね、それでも十分に大きい!! 凄い!! ドラゴン!! まさに異世界ファンタジーね!!」
そう、私が立っていたのだった。
次回は1週間以内に投稿します。