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第七話:転生先で貴族令嬢として国家の危機に立ち向かう:前篇


――某国



 軍隊は国家の有事に対しての武力行使の為に存在する。


 戦争は外交手段の一つではあり、国力の増強にもなるがその分非常に金がかり、実際にその手段を使うと、多数の死者が出る。


 敗戦となると多額の賠償金を支払う羽目になり積極的に採りたい策ではないが、強固な軍はそれだけで他国への牽制となるから各国ともに力を入れている。


 そしてこの世界において脅威は何も他国の軍に限らない、魔物の存在だって無視はできない。


 特に第一等級魔物は全軍をあげて討伐しなければならない脅威だ、この国でも過去何度かその脅威に晒されて討伐した歴史を持っている。戦いは熾烈を極め当然全員が無傷という訳にはいかないし、多数の死者が出た。


 だけど軍人たちは日々、その有事の際に国民の盾になるため、矛になるために厳しい訓練を重ねており、士気も高い。



 だがそれは相手が対応可能な脅威であるからこそだ。



 現在、その国では軍を上げての全体配備が敷かれている、だが軍人全員の顔に生気はなく、顔面蒼白状態でそれぞれの持ち回りの配備についている。


 もう間もなく「それ」は近づいてくる。


「ちくしょう、どうして、どうして、この時代なんだよ」


 誰かが漏らした悲痛な言葉に全員が黙る。


「来たぞ、左舷方向!」


 その存在は、ゆっくりとゆっくりと空を飛びながらこちらに向かってくる。


「…………」


 気が付けば誰もが、いや、国家全体が静まり返っていた、


 少しでも音を立ててしまえば、その存在に不興を買ってしまうかもしれない、そんなことを本気で考えてしまう、そんな存在。


 全員が祈った。


 頼む、そのまま通り過ぎてくれと。


 その存在は……。





 そのまま国の上空を通り過ぎた





「…………」


 全員がそれを認識しているが、分からない。


 結局それは姿が見えなくなるまで飛び……。


 全体配備が解かれたのは1週間後。



 その日は、国中で自分たちの無事であるという幸運を祝ったのだった。




――同日・ラト公爵邸・敷地内




 綺麗な青空が広がっており、鳥の鳴き声が何処からか聞こえてくる平和な昼下がり。


 その庭先で、召使ナオドと所従ロルカムが並んで座っていた。


 ロルカムは中性的美男子、ナオドはミステリアス系の美男子、その2人が並んで座っていて、何やら会話をしている、それだけで絵になる光景だ。


「平和っていいですね~」


「そうですね~」


「ちょっと前は、常に緊張を強いられるというか、そんな感じだったんですよ」


「ああ~私もそうだったんです! なんでこんな緊張を強いられなければならないんだって思ってました!」


「そうですよね! 必要なのはわかるんですけど、やりたくないのならやらなくてもいいと思うんですよ!」


「そのとおり、そういう意味では今の環境はベストと言えますね」


「確かに、こうやって何もしなくても給料が支払われるって、いい」


「あ、分かりますよ、なんだかんだで周りの目が厳しいですからね」


「僕にそんな期待をされてもしょうがないのに」


「そうですよ、そこをちゃんと理解した上での対応をお願いしたいですよね~」



(こいつらよくこんな冴えない会話ができるよね)



 ぱっと見、美男子2人であり絵になるだけにがっかり感が半端ない。


 ちなみにどっちかどっちの発言なのかは、どっちでもいいから想像にお任せするとして、ロルカムとナオドは意気投合したのか、こうやって一緒に遊ぶようになったそうな。


 ヲタク趣味も合うから、ナオドの部屋にも男性向け漫画や雑誌やらラノベやらが転送されているとのこと。


 ちなみにナオドはハーレムのスキルをオフにしており不必要にモテる必要もなくなり「もうハーレムはこりごりだ~」とのこと、うん、イラッと来たけど他人に迷惑が及ばないのなら何よりだ。


 周りの女性の召使たちは「遠目で耳を塞いで鑑賞する」と決めているらしく、不自然に離れた距離で眺めながら脳内補完をしている様子だ。


 さて、そんなどうでもいい現状はさておき、そんな我が私室にはリズエルに続いてラニとトオシアも招くことになった。


「このカップリングの2人は左がこの人で右がこの人で王道だそうなんですが、私的にはリバで誘い受け方が砂を吐きますよねラニさん!」


「ルカンティナ語でお願いします」


 と興奮気味に勧めているせいで若干引き気味のラニ。


「まあまあリズエル、こういったものは「気が付いたら好きになっていた」というものよ、それと私の見立てては、この続きが読みたいでしょ?」


 スッと有名恋愛漫画の2巻を差し出す。


 この漫画のストーリーラインは、ごく普通の女子がクラス一の美男子に一目惚れされて困りながらも徐々に相思相愛になっていくという王道ものだ。


「…………」


「へっへっへ、意外とは言わないわ、この作品は私も好きよ。美男子の癖にちょっと情けないところがグッとくるよね、ああそうそう、これは説明のとおり遺産の複製品だから読み切れなかったら貸してあげるわ」


「……ありがとうございます」


 ちょっと恥ずかし気なラニが可愛い、一方でトオシアなのだが、性格からすると前にも述べたとおり推理物とか頭脳戦が好きかと思いきや。


「少年バトル物とはね」


 彼女が読んでいるのは有名な国民的格闘漫画なのである。


「はい、余計な駆け引きはなく、強さこそ正義というのがシンプルで潔くて好きですね」


「なるほどね~、確かに女子でも人気があるよね、私も好きだし」


 とこんな感じですっかりと日本の漫画に慣れ親しんだ様子、侍女3人組は地頭は良いので、ロルカムに小学生低学年用の日本語問題集を取り寄せると中学年用まであっという間にマスターしたのだ。


 よきよき、あの2人ではないが平和な日々に結構結構。


 ってちょっと待った、なんかこの生活って楽しいけど、男の気配がますますなくなっていくような。


 いや待て、チェス盤をひっくり返して見ようか、私の状況は見方を変えれば。



(イケメンを袖にしている美少女ではないか!?)



 まあ袖にしているイケメンのレベルは考えない様にすれば、男とはこういう「男っ気のない美少女」を「清楚」というかのたまう生き物の筈、つまり。


――「なんて可憐なんだ、こんなに美少女なのに身持ちも硬く美男子も袖にする、是非私と恋人に!」BY中身も誠実な独身ダンディ、イケメン貴族でも可。


 という男が現れるに違いない、うん、分かっている、繰り返すが異論は聞く気はない。


「さてと、そろそろ社交の時間ね」


 社交、ちょっと面倒に思う時もあるけど、責任が無いとは何回も述べたとおり、社交の「花」としての役割さえはたしていればなんてことはないのだ。


 その時だった、室内の呼び鈴が鳴る、応答すると別の女性召使だった。


「どうしたの?」


〈キョウコお嬢様、今日の社交は急遽中止になったとのことです〉


「中止? 今日はお父様主催の司法関係者の懇談会よね? 中止になった理由は?」


〈存じません、それとしばらく家を離れると、お兄様達も併せて不在にするとのことです〉


「……その理由は?」


〈それについても存じません、聞けるような雰囲気ではありませんでした〉


「分かったわ」


〈それと、ラニ・ストラドス侍女はおられますか?〉


「ラニ? いるけど」


「原隊から一時的な出頭要請が来ています。何をおいても優先して欲しいとのことですか、私の方で「お嬢様の判断による」と回答してあります」


「……分かった、ラニを出頭させます、軍にはそう伝えておいて」


〈分かりました〉


「だそうだけど、ラニ、貴方の権限は軍ではどれぐらい使えるの?」


「今の情報の調査ですか?」


「そうよ、どの程度出来る?」


「正直、将校といっても私は下っ端です、機密情報を得る手段と考えているのなら、お嬢様の肩書を使うべきと思います」


「分かった、ラニは出頭して指示を仰いでね、トオシアとリズエルは、通常業務を通じての私のサポートをお願いね」


「分かりました、キョウコお嬢様」


 ここで全員が顔を見合わせ代表する形でリズエルが問いかけてくる。


「あの、キョウコお嬢様は何が気になっているのですか?」


「……ラニの報告次第よ、何もなければそれでいいものね」




――ルカンティナ公国・軍本部




 突然の出頭要請、ひょっとしたら軍は大騒ぎになっているのかと思ったラニの予想は外れ、いつものとおり静かなものだった。


 呼び出しの状況から大騒ぎしているのかと思ったが、なるほど、自分の主が気にしていたのは、まだ公になっていないと思ったから、肩書を使えるかと聞いたのか。


 軍本部、威厳のある建物であるが、士官学校を出たとはいえ勤務場所が本部では無ければ、特段に縁がある場所ではない。


 まあ士官学校で優秀な成績を修めれば話は別だが、まあ落ちこぼれだった自分には縁のない話。


 ラニは侍女ではあるが出向扱いとなっているため軍籍はちゃんとあり、少尉という階級はそのまま存在する。


 んで今回は自分を呼び出したのは、軍本部の参謀長、階級は中将。


 士官学校卒業しているとはいえ、ラニは新米将校、おいそれと話しかけることができる存在ではないし、そもそも直接は呼び出されることはない。


 面倒だなぁと思いながらも参謀長室のドアをノックし、中に入る。


「ラニ・ストラドス少尉! お呼びにより参りました!」


 申告するラニに応対するのは、白髪頭の中将の階級章をつけた男だ。


「出頭ご苦労、ラニ・ストラドス少尉。さて、時間が無い、いきなり用件に入るが、今回の用件については極秘とする、口頭でのみ伝える」


「伺います」



「タダクス当主との話はついている、キョウコ嬢と共に国外に逃げたまえ、彼女の身の安全は君の命をもって守りたまえ」



「…………」


 いきなりの命令に無言で応じるラニ。


「ことは一刻を争うんだ、伝説よりも早すぎる、早急に任務を遂行したまえ」


 伝説、この司令官の表情からすると……。


「「不可測」が、来るのですか?」


 ラニの言葉に苦渋に顔を歪める参謀長。


「そうだ、我々ルカンティナ軍全員は覚悟を決めなければならないだろう」


「司令、逃げろと言っても、具体的にはどうすれば?」


「それはキョウコ嬢と相談し決めたまえ、君の任務はあくまでもキョウコ嬢の護衛だ」


「国民はどうするんですか?」


「野暮なことを聞くなラニ少尉、君も軍人なら分かるだろう?」


「……失礼しました、それで不可測はいつ来るのですか?」


 ラニの質問にここで司令は考えた後告げる。



「4日後だ」




――キョウコ・自室




「なるほどねぇ~」


 報告を受けた私は、私室で足を組んでその報告を聞いている。


「はい、勇者が現れたことで、その日は近いとは思っていたのですが、とはいえ4日前とは軍上層部も行動が遅いですね」


「いいえ違うわ、情報は今日入ったのよ」


「え?」


「お父様の動きといい、わざわざ出頭命令をかけておいて、その内容が余りに杜撰な内容といい間違いないわ、ふむ、まさに「不可測」の名に相応しいってところね」


 私の言葉に感心したように頷くラニ。


 もちろん今言った理由に嘘はないけど……。


(ロルカムも休暇を取って姿を消しているのよね)


 ラニが出頭した少し後に、珍しくロルカムから「何日か休みます」と報告があった。普段はそんな報告なんてしない癖にと思っていたし、タイミングがいいなといいなとは思っていたが、これで確定した。


(多分リストさんの指示だな、如才ないね)


 私の傍に置いておくと余計なことをするだろうからだ。


 まあいい多分このまま何もしないということはない、リストさんからが別に何らかの指示がある筈、そうしたら向こうから接触してくるだろう。


「どう、するんですか、お嬢様」


と聞いてきたのはリズエル。


 私たちが不可測と呼ぶ存在。


 その存在こそが、気まぐれでスイッチを押せる存在。


 それは、そう、ファンタジーの脅威としては余りにベタな存在、それは。



――龍族



 つまり、ドラゴンだ。


 体長は最大で100メートルになると言われる巨大な世界最強生物、種族の総数も分からないが100頭もいないと言われる超希少種。長命で、何物も通さない皮膚をもち、口からは閃光を放ち、その閃光は山を消し飛ばす程の威力を持っている。


 それぐらいしか分かっていない、何故なら龍族と人とのかかわりは厄災としてのみ記録されているからだ。


 それが「龍族の不可測」と呼ばれる。


 何百年も全く姿を見せない時期が続いたと思えば、姿を見せるも何もしないまま目撃だけされて、また何百年も大人しい時期が続き、かと思えば1頭の龍族が数十か国も滅ぼした悪夢の「神話」も残っている。


 対処する手法は存在しない、現にその数十か国を滅ぼした時は当時の世界文明レベルが後退するほどの被害があったそうだ。


 その状況を憂いた神が遣わしたのが勇者という存在である。


 この勇者のおかげで、龍族にとって初めての脅威となり、結果大きく被害を減らすことに成功した。


 だが、減ったというだけで国家の危機であることに変わりはない、何故なら、勇者は龍族を討伐できる存在かもしれないが「龍族が襲った国にたまたま勇者がいた」という偶然に頼らなければ討伐できないのだ。


 しかも勇者がいたからと言って、討伐や撃退するまでに国に大きな被害を被ったという記録も残っている。


 だが滅びを免れることには代わりはない、だからこそ勇者が何処の国にいるのかは世界にとっての一大関心事だ。


 そして現在勇者はルカンティナ公国にいる、これは大きなアドバンテージになる、ロルカムのあの時の言葉はそう言う意味を含んでおり、だからこそ召使として雇うと決めたのだ。


 まあ無敵のチート能力を勇者と呼称するのだから正確には私も含めて2人いるけど、私は公にすることは出来ないから、数字としてカウントすることは出来ないけど。


「ラニ、仮に逃げるとなった場合、何処に逃げればいいのよ」


「さあ? 具体的な指示は「相談して決めろ」とのことでした」


「だろうね」


「まあこれでも軍事訓練を受けていますので、何処かの山の中にテントを張ったり、簡単な防空壕の様なものぐらいだったら作れますし、前にも言ったとおり狩猟民族なので、ここにいる皆さんの食料や水の確保は出来ますよ」


「あら素敵! そういえばキャンプってやったことないわね!!」


「それでどうします? 逃げますか? 当主様も了承済みだという話ですけど」


「まっぴら御免の介」


「そうおっしゃると思いました」


「それにしても、父様は本当にもう、まあ情報公開云々はともかく、私に避難指示を出すのは下策よ。有力者だけ逃げ出すというのは確かに「物語」としてはテンプレだけど、回復不可能の信用の失墜を招くのに」


「ですが、親としては当たり前の事かと思いますが」


「国民はそう見ないわ、結局それが全てになってくるの、それに……」




「だってルカンティナ公国はこれからも続くでしょ? いざという時に逃げ出した私を誰が信用するというの?」




 はっきりとした私の決意に息を飲む侍女達。


「ただこれは私のわがまま、貴方達には便宜を図りたいけど」


「必要ありませんね、侍女ではありますが、軍人ですから逃げるというのはそれこそ回復不能な信用失墜を招きます」


 と即答したのはラニだ。


「私も逃げません、多分お嬢様の傍にいるのが一番安全だと思いますし、何より折角得た居心地のいい居場所を失いたくありませんから」


 軽口を交えながら答えるのはトオシアだ。


「もちろん私もです! キョウコお嬢様には恩がありますから!」


 とはリズエルだ、相変わらず頼もしい侍女達だ。


「ありがとう、私は仲間に恵まれたわ、ラニは私を守れと言われたみたいだけど、その逆、私についてきてくれるのなら、私が貴方達を守るわ。さて、これから色々と動かないとね、龍族を何とかして、その後は乗馬とか猟銃とか大会にも出てみたいし、やりたいことは沢山あるからね!!」


と意気揚々と歩きだす。



「我らのキョウコお嬢様は大したお方ですね」


 とのリズエルの言葉に頷く2人であった。



次回は1週間以内に投稿します。

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