第参話:転生先で貴族令嬢として生活を満喫する:後篇
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ラト公爵家。
司法王と言われる当主タダクスが率いる法の番人。
繰り返すが、私は4番目の末っ子、唯一の女の子であるが跡継ぎを生まなければいけないとか、政略結婚の必要はない。
結婚しろともいわれないこの居心地の良さよ、まあいずれは言われるのだろうが、その問題は先送りとしておこう、だってほら、ベタな異世界転生ものだとさ。
――「契約結婚でいいですよ、だから子供を産んでもらう必要もないですし、家事とかそう言うのは一切合切やらずにいいです、好きなように過ごしてください」byイケメンダンディ
というキャラが現れるに違いない、ああそうだ、文句は言わせない。
まあそれはさておき、私が所属する上流階級の世界にもまぁこんな感じで色々言われる。
一見して華やかであり憧れの場所でもある上流の社交界。国力は高水準にあるルカンティナ公国、貴族が豊かなのは間違いないが、それはそう「見せている」のも事実だ。
つまり醜聞がないということは同じ意味ではないということ。
その上流の一門であるラニンキア伯爵家。
かの家は立法の頂点カイル公爵家に連なる貴族。
その当主の娘であるユリス嬢。
彼女は6人兄妹の4番目の次女だ。彼女の父親である当主は簡単に言えば「国会の一大派閥の長」と解釈してよい。
そんなユリスに従う侍女達は、その伯爵家に従属する家柄や利害関係者で固めており、合計30人近く抱えている、その中で彼女は侍女の中で序列をつけて、上位5人を側近として仕えさせている。
そのユリスはある人物に絡んでいた。
「教えて欲しいの、わかるよね? そう、どうして、貴方が侍女として採用されたのか、ということよ」
明らかな悪意を含んだ口調、意地悪く笑い、つられて笑う侍女達。
絡まれているのは……。
「は、はは」
力なく笑うリズエルだった。
「ほら、貴方は学院では落ちこぼれだったじゃない? ねえみんな?」
「はい、要領が悪いです、ユリスお嬢様」
「はい、鈍くさいです、ユリスお嬢様」
「はい、頭が悪いです、ユリスお嬢様」
「はい、運動神経が悪いです、ユリスお嬢様」
「つまり何をやらせてもダメ、ということです、ユリスお嬢様」
とニヤニヤ笑う取り巻き達を手で制するユリス。
「あら、それは言い過ぎ、相手に失礼よ、控えなさい貴方達」
「「「「「失礼いたしました、ユリスお嬢様」」」」」
「ごめんなさいね、躾のなっていない侍女達で、侍女の不始末は雇い主である私の不始末だものね」
「そ、そうなんです、か」
「そうよ、だからこそ侍女には高い資質が求められる、つまり貴方が侍女になっているということは、私の知らないところで努力したと思うの、その努力を聞きたいのよ、教えてリズエル」
「その、別に……」
「まあまあ謙遜しないでリズエル、ああ誤解させてしまったかしら、別に意地悪を言っているわけではないのよ、能力を謙虚に見つめ、欠点を自覚することが成長だもの。でも貴方って学院生時代で全然成長しなかったから自覚がないのなぁって心配していたの」
「でもね、自覚の有る無しは、今までは個人の自由ということで良かったけど今は違う。なんといっても貴方は4大貴族、ラト公爵家の当主タダクスの娘、キョウコ嬢の侍女長だもの、だから貴方の「無能」は我がルカンティナ公国上流全体の品格に関わるといっても過言ではないのだから」
「…………」
黙っているリズエル、ここで取り巻きの1人が進言する。
「ユリス嬢、申し上げます、リズエル嬢のお父様は落ち目の貴族ということをお忘れですか?」
「っ!」
父親を出されてビクッと震えるリズエルだったが、侍女はそれを知ってそのまま続ける。
「その折、タダクス公爵閣下の娘、キョウコ嬢が侍女を募集すると聞けば「あらゆる手」を使うかと存じます、むしろお父様の努力が実ったと、評価をするべきかと思いますわ」
「なるほど! 貴方の言うとおりね、そういう事だったの、リズエル、謝罪するわ、私の一方的な誤解と自身の狭量をね、貴方のお父様にも謝罪をしておいてね」
ユリスと共に取り巻き達が笑い。
「…………」
歯を食いしばり俯き、ぎゅっとスカートの裾を握るリズエル、その姿を見て満足気に薄く笑うユリス。
「ユリス嬢、更に申し上げます」
「あら、何かしら?」
と上機嫌にリズエルを見下しながら返答するユリス。
「流石ユリス嬢、自身の狭量を理解しての謝罪、ユリス嬢のお父様を考えれば、まさに血は争えぬといったところでしょう、その狭量と醜さを自覚しているからこその謹言、感服いたしましたわ」
「…………ぇ?」
「ラニンキア伯爵家は当主だけではない、妻と兄妹と家族一眼となって4大貴族の1人、カイル公爵閣下の公使を問わず尽くし終わらない奉仕を続けている。その結果が実り能力を超えた立場を与えた過分な評価を得ているから説得力が違いますわ」
「特に貴方のお母様はその為にカイル公爵閣下の、あらあら、これ以上は下世話な話、本当に羨ましく存じますわ、私には人としてできませんもの」
凍り付いた空気にようやく気付き、振り向いた先には。
「キョ、キョウコ嬢……」
私はすっとユリス嬢に対峙する。
「へえ、びっくりよね、確かに統治する部門は違うとはいえ、4大貴族はお互いに尊重し合わなければならない筈、その系列を組む幹部の娘であるアンタが、私の家に喧嘩を売るなんてね」
「け、喧嘩って?」
「だってそうじゃない? リズエルは私の侍女長、そして私は侍女3人の採用については私が全て段取りを組んで私の専権で採用したの、それがなに? リズエルのお父様の功績? どういうこと? ねえ、どういうこと? 何が言いたいの? となると私も関与しているよね? 教えてよ、私が具体的にどんな「リズエルの父親に便宜」を図ってリズエルを採用したのか?」
「そ、それは、その」
「あれ? ひょっとして憶測? まさか伯爵家令嬢がそんな品性下劣な真似をするわけが……、ああそうだった、失礼、私の家を侮辱したのは貴方ではなかったわね」
「え?」
「私の家を侮辱したのは、そこの」
私はユリスの侍女を睨む。
「ひっ!!」
「貴方、名前は何だったけ?」
「な、な、なまえ……」
「ええ、そうよ、ユリスの家柄をバックにリズエルとその家族を侮辱し、結果私と私の家を侮辱したあなた、名前を知らないで御免なさいね、ほら、あなたよ、あなた、私が見ているあなた、目の前で引きつっているあなた、ねえ、名前を教えてよ?」
「あの、その」
「ああそうそう、人に名を聞く時には自分から名乗らないとね、失礼したわ、私の名前はね、ルカンティナ公国統治一族の4大貴族の1つラト公爵家、その当主司法王タダクス公爵の娘、キョウコ・タチバナ・ルイネ・タダクス・レラーセ・ユト」
ガチンと額を合わせる。
「貴方は4大貴族を侮辱し! 私を侮辱しせせら笑った! これは上流では絶対に許されない! それだけではない! 私の家を侮辱し! 友人すらも侮辱した! 個人としても絶対に許さない! やるんだったら徹底してやるわ! さあ名乗りなさい! さあ!! 早く!!!」
ガタガタ震えて、侍女は自分の主であるユリス嬢に視線を向けるが。
「わ、私は知らないわ! じじ、自分で判断なさい!」
「そそ、そんな!」
と慟哭に近い叫びが木霊した時だった。
「キョウコお嬢様!! おやめください!!!」
リズエルの言葉でシンと静まり返った。
「…………」
「キョウコお嬢様、ありがとうございます、私のために怒ってくださって、スカっとしました、私の名誉を守っていただいて、嬉しく思います」
「……優しい子ね、貴方は私のそういうのなら貴方の顔を立てましょう、侍女の貴女も良かったわね、この子は私の大事な友人、彼女が許すのなら許しましょう、けど……」
今度は視線をユリスに移す。
「それじゃあユリス嬢、主である貴方がおさまらないと思うのよ」
「え?」
「ちゃんと、頭を下げてリズエルに正式に謝罪をなさい、ならばこれを「個人間の揉め事」としてその場で終わりにしてあげる、私もちょっと感情的になって大人げなかったものね」
「どど! どうして私がコイツに頭を下げないといけないのよ!! あなたを侮辱したのは侍女でしょう!? 私ではないわ!!」
「あら? どうしても何も、侍女の不始末は私たち令嬢の不始末じゃなかったの?」
「ぐっ!!」
「ああ、誤解しないで意地悪で言ったわけじゃないの、何故なら」
ここでじっとユリスの目を見つめながら言い放った。
「ほら、貴方は学院では落ちこぼれだったじゃない? 何をやらせてもダメ、ということは、私の知らないところで努力したと思うの、その努力を聞きたいのよ、誤解しないで、別に意地悪を言っているわけではないのよ、能力を謙虚に見つめて、それでいて適任化ということをちゃんと自覚すること、欠点を自覚することが成長だもの」
「でも貴方って、全然成長していないから、自覚がないのかなぁって心配していたの、だけどそれはもう貴方だけの問題ではない、なんといっても、ラニンキア伯爵家の娘だものね?」
「ぎぎぎ!!」
彼女はリズエルを殺さんばかりに睨みつけるが。
「ご、ご、ごめんなさい、言い過ぎました、ゆゆ、許してください」
ギリギリと歯ぎしりをしながら、震えながら頭を下げる。
私はユリス嬢に優しく肩に手を置く。
「いいのよ、間違いは誰にでもある、私にだってあるもの、はい、それじゃこの場はこれで終わり、リズエル、行くわよ」
「は、はい!」
と離れた場所で待っていたトオシアとラニと合流して私たちはその場を後にした。
●
「あの女ぁああ!! よくもよくもよくもぉぉぁぁ!! おい!!!
「ひっ!」
ユリスは、キョウコ達が立ち去った後でその侍女の頬をバシーンとひっぱたき、その余りの強さに吹っ飛ばされて床に倒れ込み涙目になる。
「アンタが余計なことをいうからでしょ!! あんたみたいな貧乏人を侍女としてやとって側近にまでしてやった恩を仇で返す!! アンタは降格!! いえ!! 解雇よ!! 早速荷物をまとめて出ていきなさい!! 私の顔に泥を塗ったことは貴方の一生かけて償いなさい!!」
「そ、そんな、どうか、お許しを、ユリスお嬢様」
と見上げた時、すっと別方向から肩に優しく手を置かれる。
振り返ると優しい笑顔を送る他の侍女達の姿が目に入る、よかった、侍女仲間達が救いの手を差し伸べてくれる……。
「貴方は、お嬢様に恥をかかせたわ」
「貴方は、お嬢様を侮辱したわ」
「貴方は、お嬢様を傷つけたわ」
「お嬢様の最後の命令よ、潔さをもって、永遠にさようなら」
「あ、あ、あ、う、うわぁ~」
と無慈悲な言葉に涙を流すが、周りの側近たちが「さあ、早く荷物をまとめなさい」と促すがその傍らでユリス嬢はまだ怒りが収まらない。
「あの親の七光りがぁ!! 親の権力をかさに着る奴が一番嫌いなのよ!!」
とその時だった。
「その子を許してあげてくれませんか、ユリス嬢」
「え?」
ぎすぎすとした固い雰囲気からふわりと柔らかく変わる、その声を主を確かめるようにユリスはゆっくりと振り向く。
そこには洗練された雰囲気を持つ中性的な美男子が立っていた。
「ユリス嬢、確かに彼女がキョウコ嬢の侍女長、リズエルを貶めたのは悪かったかもしれません、けどこの子だって本心じゃないと思うんです」
「ま、まあ、そうのかしら?」
「はい、むしろ貴方に気に入って欲しくて言ったんだと思います。この子は庶民出身であるるから貴方の傍にいるために、上流のマナーを必死で勉強して、貴方に恥をかかせない様に優雅な立ち振る舞いを身に着けた健気で努力家だと思います」
「た、確かに、そうね、貴方の、言うとおりかも」
「それに、ユリス嬢の努力も理解していますよ」
「え?」
「言い方は少しきついと思いましたが、リズエルは確かに4大貴族の一族の当主の娘キョウコ嬢の侍女長、彼女の振る舞いは上流の品格に関わることも事実、厳しく言う事もまた情ですから」
「ま、まあ、そう、そのとおりよ! よく分かっていますわ!」
その美男子は爽やかな笑みを浮かべ侍女に話しかける。
「ユリス嬢もきつい言い方をしてしまったけど、それは君が嫌いだからじゃない、だからそれを理解してあげて、ね?」
「は、はい、レザ様、あ、ありがとうございます! ありがとうございます!!」
涙を流しながら礼を言う侍女に、自然に手を差し伸べて思わず手を取り、ハンカチを貸してあげて彼女は立ち上がると、ユリスもゴホンと咳払いをする。
「そうね、確かに私も少し感情的になりすぎていました。侍女の不始末は私の不始末、なれば私が頭を下げるのは当たり前のことだもの。ごめんなさいね、先ほどの解雇は取り消します、もちろん降格もね、これからも側近として私の為に尽くしてね」
「は、はい! ありがとうございます! ユリスお嬢様!」
涙を流して喜ぶ侍女に、そっとそのレザ様と呼ばれた男は耳打ちをする。
「じゃあ、後で連絡するから、その時に貸したハンカチを返してね?」
と誰にも聞こえない様に小声でささやき、真っ赤になる侍女。
「じゃあね、みんな、俺はやることがあるから」
と颯爽とその場を後にした。
「流石ルギル男爵家の次男のレザ様、伊達男との異名を取るだけあるわ」
「かっこいいわ」
「ええ、美男子よね」
「顔だけじゃない女性に優しいものね」
「流石ユリス嬢の恋人ですわね」
との言葉に気を良くするユリス。
「まあね、あれ程の殿方だもの、私の初めてのパートナーを最高のパートナーを得たいと思うのは自然なことだもの」
「「「「「流石です、ユリスお嬢様」」」」」
と後ろで騒ぐが……。
「キョウコ嬢か、顔もいいし、気が強くて中身も俺好み、ああいう女ってメロメロにさせて屈服させたくなるよね」
とレザは誰にも聞こえない小声でつぶやいたのであった。
――
「お嬢様、私は凄いと思いました、親の七光りを躊躇なく使うその姿勢、感覚がとても同世代だとは思えません」
「ラニ、アンタそれ褒めてるの?」
「もちろんです、噂を聞きこの人ならばと侍女に応募した甲斐がありました」
うんうんと頷くラニ、本気で褒めていてこれを言えるのがこの子の長所だと思う。
親の七光り、若しくは虎の威を借る狐、これを躊躇なく使うようになったこと、学歴と一緒で学生の時と社会人になってから変わった大きな変化の一つだ。
学生の時はそれこそ不潔と感じ軽蔑すらしていた。しかしそれは社会を知らない学生だからこそ通じる理屈、社会人として世間を渡り歩くうえで、虎の威の強さを嫌というほど痛感させられることになった。
私が転生前の中堅商社の社員とは述べたとおりであったが、仕事を進めていく上で誰もが知っている「一流商社の虎の威」で何度悔しい思いをしたか分からない。
だが自身の有利の状況を作れるための道具として使うにあたり、どこまで可能なのかを分析し、リスクをコントロールできるのなら積極的に使っていくべきなのだ。
そう考えればこの狐は一歩間違えれば自身の命が無くなる状況であり、そこを言葉を弄して虎の威を使って逃れるという妙策であったとも解釈できる。
「キョウコお嬢様、本当にありがとうございました」
「もういいの! そもそもあの性格ブスで気を取られること自体が無意味無駄無益! さて、行くわよリズエル! 皆もね!」
●
せっかく異世界転生したんだからやりたいことをやりたい放題やってみた。
さて今回の趣味は……。
「うはー! 乗馬って気持ちいい!」
そう乗馬である、草原を駆け巡る、スピード感が半端ない、凄い凄い! 高い高い!
乗馬、銃と違い日本では特に免許を必要するものではないが、遊ぶ場所が限られておりこれもまた金がかかる趣味なのである。入会金だけで数十万かかる上に、月謝も高い。金がかかる趣味というのは、始めるのも大変だが続けるのも大変なのだ。
それはルカンティナ公国でも同じ、というのは馬はここでも「飼えるだけの余裕」が無ければならないため、おのずと金持ちの趣味になる。
そんな乗馬を誰に教わっているのかというと……。
「キョウコお嬢様、流石です!」
そう、侍女長であるリズエル・ベールに教わっているのである。
彼女は上流の出身であり、乗馬には慣れ親しんだもので学院生時代は大会で賞も受賞しており、彼女が乗っている馬は長年の相棒で、採用した際にこの馬を連れてきたいと申し出たほど。
「トオシアさんも上手です!」
「ありがとう、まあ、嗜み程度だけど」
難なくこなしているのは流石トオシア、彼女は庶民とはいったが出身は中流階級なので上流をフィールドを見据えて上流の趣味は一通りこなせるのだ。
そんな中、ラニがリズエルにしがみついている。
「あの、ラニさん」
「話しかけないでください!!」
これが意外だった、運動神経抜群だけど、あんまり得意ではないみたい。というより何を考えているか分からない獣に体を預けるのが嫌なんだとか、やっぱり人間の好き嫌いって面白い。
今回は初の遠出、初心者講習を終えてリズエルの許可が下りて4人でピクニックをする予定で、その段取りはリズエルが全部組んでくれたのだ。
馬を走らせて2時間と少し、時折休憩を挟んでその場所に辿り着いた。
「うわあ~、凄いいい眺め、ルカンティナ公国が一望できる!」
小高い丘、自分が住んでいる国が中央の貴族の居住区を中心に大きい円が少し崩れた形だと分かるぐらいよく見える。
思えば子供のうちは大人の同伴なしには外出は認められなかった、大人になるというのは責任が伴うがこんな感じで自由に出来るのが素晴らしい。
感激したのは他の2人も同じようで景色に無言で見とれていて、その様子を笑顔で見るリズエル。
「私、ここが好きなんです、嫌なことがあるとこの子とここにきて、一緒に景色を眺めると嫌なことを全部忘れてしまうんですよ」
馬を撫でながら、そんなことを言うリズエル。
「……ありがとね、リズエル、とてもいい場所を案内してくれて」
「はい! キョウコお嬢様が気に入っていただけたようで何よりです! ってへ!?」
スッとリズエルを引き寄せてギュッと抱きしめる。
「え!? え!?」
「アンタ、さっきのこと、まだ気にしているでしょ?」
「そ! それは! その、あの……」
尻しぼみに小さくなってくるリズエルの言葉。
「だって、私、上流の学校じゃ、落ちこぼれで、ラニさんみたいに勉強も運動もできないし、トオシアさんみたいに視野が広くて機転が利くわけじゃないし、だから言い返せなくて、そんな自分が、情けなくて……」
「…………」
大人になった貴族令嬢が誰を侍女として採用するかもまた上流の関心事の一つだ。
私は母に言ったとおり段取りは全部自分で組んで公募をかけた。結果多数の応募者があった、それはそうだ自分の家から公爵家の側近が出るのだからみんな必死だった。
採用した3人の中で公募で採用したのはラニとトオシアの2人で、唯一スカウトという形で採用したのがリズエルだ。
そしてラニとトオシア2人は庶民出身だが、リズエルだけ男爵家の令嬢であり、彼女もまた貴族令嬢である。
貴族令嬢が侍女を勤めるのは珍しい例ではないが、確かにリズエルの実家は貴族ではあるが裕福な家ではない。
貴族と言えど自分の食い扶持は自分で稼がなければならず、金持ちを維持するだけでも金がかかる、その維持ができなくなった貴族は爵位だけだと呼ばれて見下される。
あの性格ブスが言った彼女が私にスカウトという形で採用され侍女長を務めているのは「父親の努力」といった悪口はそういう意味だ。
故にここで下手な慰めは逆効果、だったら。
「分かったわ、私がどうして貴方を採用して、侍女長に任命したのか、私の本心を包み隠さず全部教える」
「え?」
「みんなも聞いて、みんなはさ「出来る人間」と聞いてどういう人物を連想する?」
学生のうちなら勉強ができる、スポーツができる。そして社会人になれば仕事ができる等と色々あるが所謂「能力」に定義が集約される。
私も社会人になって5、6年ぐらいまでは出来る人間とはそういった能力で集約されるものだと思っていた。
だが社会人としてキャリアを重ね、後輩の面倒を見て、少しだけ出世して部下を抱えるようになって考え方が変わった。
それは能力なんてのは所詮「個人差」でしかないということだ、もっと言えば「理解できるまでの時間差」でしかないということ。
リズエルを見るとかつての部下を思い出す。
その部下は、なるほど、確かに要領が悪く理解するのにも時間がかかり、同じミスを繰り返すこともあった、故に「能力」は他人より劣っていたかもしれない。
だけど転生直前では部署で有数の仕事の速さを得るに至り自分のチームで欠かせない存在となった。
何故ならその部下は、結果が出ないことに腐らずどんな形でもいいから努力を続けたからだ、そして何より人柄がよかった。
人柄の良さを軽く見てはいけない、能力と違って磨くことができない、それこそ才能と評していい。その部下は上からの評判が悪かったが、下からの評判は良かった。能力が一段劣るからこそ、躓きどころが分かり、丁寧に指導できる。
だが人柄の良さを前に述べたとおり「努力をしてないくせに」と僻むあの性格ブスのような奴は同僚にもいて、その同僚は「使えない」という烙印を部下に押したところでスカウトしたのだ。
「これが私の包み隠さない貴方の評価よ、リズエル、貴方は「使える」のよ、3人のうちで貴方を侍女長に任命したのは家柄じゃない、ひたむきな努力と人柄があり、一番ふさわしいと思って任命したの」
「キョ、キョウコお嬢様、で、でも……」
それでも不安そうに他の2人を見るが。
「私はどう考えても向いていませんよ。運動も勉強もできると貴方は言いましたが、士官学校では落ちこぼれでしたし、その理由も自覚していますが、特段直す必要も無いと考えていますから余計に使えないと軍では言われたものです。上流のマナーもよくわかりませんし、こんな私が侍女長になったら、それこそキョウコお嬢様に恥をかかせるのは目に見えています」
ラニの言葉にトオシアも同調する。
「貴方は、頭がよくて機転が利くと言ったけど、私の性格と評判は知っているでしょ? 私が侍女長なんてなったら名を汚すことになるし面倒事が多くなる、それは本意ではない。さりとて自分に従う価値のない相手に従うのは人生の無駄遣い、だけど貴方はキョウコお嬢様以外で「この人の言う事なら従おう」と思った数少ない1人よ、だから貴方を助けようと思ったの」
2人のそれこそ剥き出しの言葉に嘘はないと分かるが、それでも「ど、どうして」と戸惑うリズエル。
「あのね、人間は立場に従うものだけど、そうじゃない場合もあるってことよ」
「???」
理解していない様子だが、トオシアもラニも一貫して「リズエルの言う事なら聞く」といったスタンスだ。裏表がなく普通にいい子で、色々な策謀が渦巻く上流で、それこそ「得難い能力」といっていい。
「はい、ありがとうございます」
と最後には涙をぬぐいながら笑顔で答えてくれたのであった。
さて、そんないい話で終わるかと思ったが……。
それは屋敷に戻った時だった、別の使用人がリズエルだけ何やら呼び出されたと思ったら、すぐに手に何かを持って戻ってきた。
「どうしたの?」
「いえ、「また」殿方からの恋文で」
「「「…………」」」←リズエル以外
「毎回困るんです、彼氏も心配してて、どうして私なんだろう?」
「イケメンだったの?」 ←私
「へ?」
「いや、だからさ、イケメンだったの?」
「は、はあ、ほら、あの、お屋敷に出入りする若い商家の方」
「「「…………」」」
ああ、あの若い実業家か、将来性抜群の精悍な感じのイケメンやね。
「チラッ」 ←トオシアとラニを見る
「「コクリ」」 ←2人同時に頷く
「ススッ」 ←近づく
「へっへっへ、ダンナ、こりゃあ、断るのはもったいない、浮気するつもりなら彼氏とやらへのアリバイ作りに協力しますぜ、なぁに、この公爵令嬢の肩書を使えばいとも簡単に」
「もう、本当にキョウコお嬢様は冗談が上手ですから」←穢れの無い笑み
「ぐああぁぁ!」←浄化されている@中身は干物女の30代女子
「ピクピク」←虫除けの指輪を買ったことがある@そもそも虫が寄ってこないラニ。
「ゴフゥ!」←不特定多数はいる@だが幸せを掴めないトオシア
そりゃそうだよな、顔もそこそこで愛嬌もあって身持ちも堅くて料理上手で家庭的、男が放っておくわけないっての。
散々能力云々と講釈垂れといてあれだが、女としての勝ち組は間違いなく彼女だった。
――後日・某所
その人物はリユス嬢の侍女のベッドに腰をかけて、窓から景色を眺めている。
「レザ様?」
と話しかけてきた彼女を優しく抱きしめるのは、件のレザだ。
「いや、公爵家の社交界に呼ばれているから、少し緊張してしまってさ、粗相があれば我が家名に傷がつきかねないからね、だから、こうしていると落ち着くよ」
レザの言葉に嬉しそうにすっと手を添える。
「大丈夫ですよ、私が付いていますから、今度は私が助けます」
「ありがとう」
そんな幸せそうに微笑む侍女ではあるが。
(さて、侍女たちはこれで完全制覇、次は、いよいよあのキョウコって女だな、公爵令嬢をものにすれば、これで全爵位の女を制覇、2冠ってか)
と歪に微笑むレザであった。
次回は、1週間以内に投稿します。