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第三十一話:転生先で貴族令嬢としてラブロマンスに挑戦する・十四の段


 イレタは、シン、ウルイの3人の幼馴染の中で一番の最年長は前国王の息子であり、当時の第一王位継承者であるイレタだった。


 能力自体ははっきり言えば平凡、しかし周りを従わせるカリスマ性のようなものを持っていた。


 その彼は、幼少のころ、難しいことは理解できなくても幼くして当時の王国の崩壊を理解し、ランツが軍事クーデターを成功させた時、彼はこういった。




――「貴方に忠誠を誓います、ランツ国王」




 その言葉で、ランツはイレタを生かすことを決めたのだという。


 その後、ランツが遅くにシンを授かってからは、イレタはシンを可愛がり、シンもまたイレタを「兄貴」として懐いていた。


 そして同じ年に生まれたのがウルイだった。


 彼は非凡な才能を持っていたが、父親が前国王の主治医であり最後まで忠誠を翻さなかったこともあって、肩身が狭い思いをして生きていたが、その能力をイレタに見込まれ、シンに守られて3人は固い絆で結ばれることになる。


 出会った時が良かったのだろう、彼らは自分の親が持つ因縁は関係ないとばかりに生きていき、ランツ国王もそれをよしとした。



 だが前国王ナルラ秘書長達率いる諸侯たちは面白くなかったのは言うまでもない。



 自分たちの利権を守るという思惑も当然にあるが、前国王ルブルカンは愚王であり暴君であるがカリスマ性だけは歴代で傑出したものを持っていることが不幸としか言いようがなく、ナルラたちは前国王の治世が本気で良いものと思い込んでおり、イレタを擁立し国王にすることが本気でアファド王国になるということを信じていた点だ。


 処刑されなかったとはいえナルラたちは元より国の有力者とあって、国力回復を第一に掲げた施策を取らざるをえなかった治世により、ナルラたちの力も回復することになった。


 そしてナルラたちは「ㇽブルカンの治世を戻す」という妄執に取りつかれ、本気でクーデターを画策するに至った点。


 それを知りつつも放置せざるを得ない程に力を回復させてしまった点。


 ランツ治世の世で唯一の失策は、その点であろう。


 動向把握は欠かさなかったが、表立った動きはなかったが……。


 条約改正の内々定の直後、ランツ国王が不治の病にかかり、余命幾ばくもないことに衝撃が走る。


 そしてナルラ秘書長達諸侯がクーデターを実行する情報を得る。


 そこで3人は一計を案じる。


 元よりイレタとウルイは父親を殺された身、その恨みがあり、シンを裏切るといった形で、ナルラ秘書長達に接触。


 そして実行直前で証拠を握ったとして近衛兵に命じて一網打尽にする計画だった。


 それをもって本当の膿を吐き出し、条約を締結する。


 だったのだが……。


「イレタ様、我々を裏切った理由、教えていただけませんか?」


「…………」


 縛られ転がされながらも、睨み返すイレタ。


「教える? それを本気で聞いているのかナルラよ、崩壊寸前だった国を救ったのは誰なのか、ルカンティナ公国に認められるまでに国力を高めたのは誰なのか、言ってみよ」


「イレタ様、誰がやっても同じことでありました。ㇽブルカン王ならば、どの道、今の国力を手に入れたに決まっております。むしろランツのクーデターこそ回り道、国家の裏切り者です」


「まだそんなことを!! どうしてわからないのか!! 父がやったのは治世ではない!! ただの悪行だ!! たくさんの民が飢えて死んだ!! その目でその惨状を見て!! それでもなお繰り返すつもりなのか!?」


「ㇽブルカン王の治世の復活すれば分かりましょう、イレタ様、まずは貴方が王となり世に広めましょう、さすれば私の言っていることが正しいとお分かりになるかと思います」


「ナルラ!」


 ここでシンが叫ぶ。


「今の言葉は国家反逆罪だ! これをもってお前の官位を剥奪する!」


「…………」


 叫ぶようなシンの言葉にため息をつくナルラ。


「バーセア公爵」


「……え?」


「話を通していたのは、お前だけではないという事だ」


「な、なんだと、がふっ!!」


 ナルラは思いっきり蹴とばすと醜悪に笑う。


「バーセア公爵はこういった」



「条約締結の日に、自分の目の前にいる人物をアファド王国の代表として、条約を締結すると!」



 シンは言葉が出なかった。




 アファド王国の「膿」をどうするのか。




 それはお互いの問題であったということだ。




 それにシンは気が付かなかった。


「シン王子、貴方は足元がまるで見えていない、だから民衆の支持は高くとも、有力者からの支持はまるでない」


「…………」


「もうやめよ! 時代は変わったのだ!!」


「イレタ様! 目を覚ましてください!!」


 イレタを遮るようにナルラが叫ぶ。


「外れた道を正し、アファド王国の再興を果たす! 我らが舵を取れば、よりよい方向へ導くことができるのです! さあイレタ様、アファド王国の憲法に則り、王位継承の儀を発動しましょう! おお、おおう! ㇽブルカン王! やっと、やっとこのナルラ、私が無能であるが故に、随分と時間をかけてしまいました。それがついに甦るのです!」


「…………」


 話が通じない、これは元より分かっていたこと。


 だが今の状況でこの「惨状」は……。


 


 アファド王国の新しい門出がどうしてこんなことになるのか。


 絶望感が3を支配した時だった。




「呆れ返るわね、そんなこと本当に言っているの?」




 突然旧王城の中で響く声は……。



「「「キョウコ嬢!!」」」



 窓縁に立ち、数十人を見下ろしていた。







「ど、ど、どうして!?」


 混乱する3人を余所に、私はスッと舞い降りる。


「ごめんあそばせ、後ですべて説明差し上げますわ、さて」


 私はナルラ秘書官と対峙する。


「ナルラ秘書官」


「な、なんだ!?」


「なんだではありませんわ、先ほどの「妄言」は本気で言っているのかと聞いていますわ」


「も、妄言だと!」


「はい、アファド王国は腐敗しきっていたルブルカン治世より見事に立ち直り、我が国が対等のビジネスパートナーになる立場を得た、それを全て無に帰す愚行、そう思います」


「戯言を! キョウコ嬢! ルブルカン王を愚王と罵るは、何も知らない衆愚の言葉! 偉大な王への暴言は許さぬ!!」


「……なるほど、民を飢えさせ、己の権力に腐心する愚王であり、側近たちも同じ穴のムジナであれど、そのカリスマ性は本物というわけですか。その忠誠心だけは素直に素晴らしいと思いますが、それがアファド王国には害にしかならない、確かに末期でしたのね」


「四大貴族の庇護下で平和に暮らしていたキョウコ嬢に何が分かる! それにここでのこの言葉! これは立派な内政干渉だ! 条約締結後、ルカンティナ公国に正式に抗議をさせていただく!」


「あらあら内政干渉にはあたりませんわ、何故なら私は今、自室に閉じこもっている筈ですもの、貴方の見張りもそう報告している筈です」


「っ!」


 そう、そのとおり、この時期、当然にキョウコ嬢の動向は逐一把握していた、実際、チンピラに絡まれたのが今になって堪えてしまい、震えているという報告を受けている。


 となれば……。


(どうして、いやどうやってここへ、そもそもどうして今ここに我々が……)


「どうして? それは簡単ですわ」


 自分の思考を読み取ったかのようなキョウコの言葉にハッとするナルラであったが。



「ヒロインをやりにきたのです」



「…………ぇ?」


 と間の抜けた顔のナルラに至って真剣に続ける。


「ですからヒロインですわ、物語の華、それがヒロインです」


「……ふざけているのか? キョウコ嬢」


「いいえ、大真面目です、だってヒロインは……」




「殿方に守ってもらう存在ですもの」




「!!!!」


 その言葉でナルラは後ろに控えている兵団の方に向く。


「兵隊!! 抜刀!!!」


 叫ぶようなナルラに全員が呆気にとられるが。


「救国の三騎士がくるぞおおお!!!」


 とナルラの言葉でようやく状況を理解した周りが抜刀し、見渡した時。


 数人の兵士が崩れ落ち。


 全員が集まる視線の先。



 そこにはナオドが立っていた。





「勇者ナオド! 何故お前がここに!!」


 ナオドはそれに答えず、失神させた兵隊を床に丁寧に寝かせる。


「シン王子」


「は、はい!」


 ナルラを気にかけずナオドはシンに話しかける。、


「微力ながら助太刀いたします。ですがここはアファド王国、今のは正当防衛、これ以上の武力行使は「次期国王」たる貴方の許可が必要ですよ」


 力強いナオドの言葉に王子は。


「全ての責任は私が取ります!! 勇者ナオド!! 私に、そしてアファド王国に力を貸してください!!」


 王子の覚悟の言葉にナオドは満足げに笑う。


「分かりました、シン王子とアファド王国の為にその力をふるいましょう」


 と睨みつけるナオドに後ずさるナルラたち。


「愚かなことは辞めよ! 勇者ナオド!!」


「愚か?」


「貴方は今ルカンティナ公国に身を寄せている身! シンの戯言に乗せられ真実を見失うことは、それこそ厄災となりかねない! それまでしてここにいる理由があるのか!」


「理由なんてありませんよ」


「な!!」


「私は私が正しいと思ったことをやる、ただそれだけです。ですが私は元々争いごとが好きな訳ではありません、ですがやむを得ない場合は武力をふるわなければなりません」


 静かなナオドの脅し。


 目の前の人物は、世界災厄の厄災である龍を討伐した人間。


 その人物が武力を使うという事、そして私がいるその意味。


「…………」


 言葉こそ発しないが、観念したようだった。


 それぞれが武器を落とし降参の意を示す。


「ナルラ秘書官」


 そう、忠誠心だけは凄い、だけど……。




「貴方はただの老害よ」




 老害。


 いつからそう呼ばれるようになるのだろう。


 そして老害の定義とは何だろう。


 その定義を考えた時、自分で言っておいてだが、私もチクリとささる言葉でもある。


 私は思い出す、後輩を指導したことで、一つの大きな後悔を。


 それは私が新入社員の時だった、仕事で分からないことがあって、先輩に質問した時、こう返された。



――「教えてくださいってやる気があるのか!? 仕事は見て覚えて奪ってやるんだ!!」



 今では考えられないかもしれないが、当時はこれが普通だった。


 当時、私は先輩のこの言葉が正しいと思った、何故なら苦労して覚えたことは忘れないし、自分の仕事は自分で見つけることが出来るようになったからだ。


 そして私にも後輩が出来て、指導を任された。


 初めての後輩、これも何かの縁、縁は大事にする主義、だからこそ後輩に私が苦労して学んだことを伝えたい、故に私はその正しい方法を実践して。




 結局、その後輩は何も出来なくなってしまった。




 凄く後悔した、やり方は人によって違う、言葉にすれば当たり前のことなのに、それが理解できなかったのだ。


 そして私は能力不足であるが故に柔軟にやり方を修正することもできなかったのだ。


 結果使えない烙印を押された、いや、私が押してしまったその後輩は異動して私の下を離れた。


 あの時ほど、自分の無能を呪ったことはなかった、更にその後輩は別の部署で私のことを「凄く面倒見のいい先輩だった」と言っていたのを聞いて、更に自己嫌悪に陥った。


 いっそのこと「橘はとんでもない奴だ」と言われた方が楽だった。


 そしてその後悔のとおり私の「正しい」は10年の月日を経て時代遅れとなり、指導能力のない人物の代名詞となった。


 そう、たった1年で私も老害になったのだ。


 私は幸いにも1年で我に返ったからよかった。


 そんなナルラと私の違い二つ。


 一つは我に返らなかった事、いや、我に返っては駄目だと思った事。


 そして二つ目が仕事ではなく立場に執着したことだ。


 ナルラ秘書官は、前国王の忖度に生涯を捧げ、周りに軽蔑されながら苦労して得た立場だということ、それは全員自分の言いなりになる自分の王国、前国王の秘書長という立場は、そうやって手に入れたものだ。


 人間はどうしようもなく欲に弱い生き物。


 それを手放せという方が無理だろう。


 ここまで来てしまえばナルラ秘書官に更生の余地は無い。


「……ルブルカン王、申し訳ありません」


 とシン王子の命令により招集した近衛兵により、国家反逆罪として全員が身柄を拘束された。


「キョウコ嬢」


 話しかけてきたのはシン王子だが。


「今は説明の時ではありません。早急に事態の鎮静化を、条約締結まで2日間までしかありません、バーセア公爵の方には私の方から話を通しておきますわ」


「…………分かりました、感謝します、貴方は?」


「あら? 私は今は怖くて部屋で震えているのです。まあ、条約締結の場には復活して健気に参加させていただきますけど」


「そうでしたね、イレタ、ウルイ!」


「分かっている、キョウコ嬢、全てが終われば、一席付き合ってください」


「はい、是非」







 ルカンティナ公国とアファド王国の条約の締結、それはルカンティナのバーセア公爵以下の有力者達、そしてアファド王国の有力者達、双方の立会の下、実施された。


 条約の締結はあくまでも「公式の代表事務」であるにすぎない。


 アファド王国は、本当の意味でこれからだ。


 交渉の席、現れたのは当然にシンではあるが。


「新国王誕生を喜ばしく思いますよ」


 バーゼア公爵の言葉。


「ありがとうございます、バーセア公爵」


 とお互いに固く握手し、万雷の拍手がそれを包む。


 ランツ国王の崩御が条約締結の前日、全国民に公表された。


 条約締結の前に国王就任の儀が行われることになった。


 バーセア公爵は、哀悼の意を示すと同時に就任の儀に参列の要請が行われ、光栄に思うと発言し、実現する運びとなった。


 当然にナルラ秘書官の「ゴタゴタ」は知っているが、それをおくびにも出さず、とても有意義な滞在であったと言い残して、ルカンティナ公国を出国した。


 その後始末に数日を要し。


 約束のとおり設けられた一席。


 参加者は、シン、ウルイ、イレタ。


 そして、私とリズエル、トオシア、ラニ。


 たった6人の小さな宴。




「さて、長くなりますわ、想像も多分に含みますが、聞いてくださいませ」




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