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第二十五話:転生先で貴族令嬢としてラブロマンスに挑戦する・八の段


 そこから始まった、宰相のガイドによるアファド王国の観光案内という名の視察。


「視察というと、意味なんてないという批判はついて回りますが、むしろ現場を知るためには必須なんです、執務室では現場の声は聞こえてきませんから」


 とその言葉のとおり、様々な場所に赴いては、その責任者から話を聞いて回るイレタ宰相、私達のことは「ルカンティナ外務省の若手女性職員」という方便で通している。


 そしてルカンティナという名前を聞いて、気合を入れた様子で案内してくれるそれぞれの担当職員。


 現在力を入れている畜産業では、魔物を畜産動物としての研究が進んでおり、先日9等級の魔物がやっとめどがついた宗田。


 そして昔からあるレアメタル、つまり魔石に加工できる石だが、これはアファド王国の主要な収入源になっている。


 そして王国賭場、つまりカジノ、そして殿方必須の花街。


 今は観光に力を入れており、その為の治安向上と環境整備に力を入れているという。


 ここで理解する、成程、シン王子にとっての「観光」は「国のことをよく知ってもらいたい」ということと「自分の親友を知ってほしい」ということだったのか。


 イレタは、礼を言ってその場を後にすると、馬車に乗り込む。


「さて、次で最後なんですが、気を付けてくださいね」


 とおもむろにそんなことを言い出した。


「気を付ける?」


「次に向かう先は……」



「スラム街です」





 スラム街、貧困の地。


 日本が世界でも際立った治安の良さがあるのは貧困がないからだ。


 世界の貧困を日本の尺度で計ってはいけない。それこそ日本人の目から見るのなら、凄惨を極めるといっても過言ではない状況が世界中にある。そしてその貧困の象徴たるスラムはどの国も存在する、そしてそれが日常であるのが世界の常識だ。


 私たちは馬車を降りると、スラムの大通りを歩く。


「大通りの治安はだいぶ良くなりましたが、一歩入ればまだまだ犯罪の温床になっています。識字率も低く、教育も行き届いていません。その一歩として孤児院の設立を考えているのですが、まだ実現に至っていません」


「それは、予算の問題なんですか?」


「……はっきり言ってしまえば、マフィア達に付け込まれてしまったのですよ」


「…………」


 マフィア、反社会勢力、日本にだって存在するが、私たちのような一般人にとっては噂程度の無縁の存在。


 転生前の仕事をする上では関わり合いになることはなかったし、特に障害になったことはないが、テレビやら週刊誌やらで虚々実々色々語られる存在でもある。


 イレタ宰相によるとクーデターが起こる前から国力は弱まった時に「自分達が守る」という方便を使われて、当時の荒くれ者をまとめ上げと言い出した、ここで承諾すると最終的にどうなるか分かっていたが、治安維持がままならなかったため、押し切られる形となり、付け込まれたのだそうだ。


「仕方なかったとはいえ、国力をつけていく程に奴らの力も増大し、排除をしようにもすることが出来ず、犯罪者に対して影響が強くなってしまったのです。結局ここら辺一帯は、マフィアがいないと成り立たなくなってしまいました」


「…………」


 よく聞く、反社会勢力が必要悪と言われる奴か。ただこればかりは、私は完全に管轄外だ、父タダクスは裁判官という立場で尽力していると聞いたけど。


「結果それが孤児院設立を妨げることになってしまっているのですよ、縄張りを主張されてね」


 そう締めるイレタ宰相、この立場になると色々とあるのだろう。


 そんな話を聞きながら歩きながら見る、スラム街の景色。


 とはいえスラム街というと、荒んだ雰囲気を思い浮かべていたが、実際にはそうではなく、長閑とまでは言い過ぎかもしれないけど、建物が古いというだけで思ったよりも普通だ。


 そしてイレタの額に石が当たった。


「………………」


 一瞬何が起こったかわからず呆然としていたが、彼は額を抑える様子もなく、そこから一筋の血が流れる。


「ぐあっ!」


 すぐに傍で悲鳴が上がったので、視線を移すとラニが男を制圧していた。


「申し訳ありませんお嬢様、攻撃の予備動作を起こしていた者が3名、2名は防ぎましたが、1名に攻撃を許しました」


「……いいえ、よくやりました、トオシア」


「はい、イレタ宰相、失礼します」


 と額に手をかざし、回復魔法をかける。


「亡霊が!!」


 制圧された男、スラム街の住民である男が叫ぶ。


 さて、面倒事が舞い込んできた、どう対処するかなと思った時だった。


「お手数をおかけして申し訳ありません、侍女ラニ、すぐにその男を開放してください」


「……よろしいのですか?」


「はい」


「…………」


 ラニは私に目配せする。


「宰相がそうしろとおっしゃるのなら、是非もありませんわ、ラニ」


「はい」


 とラニが開放すると、男は勢いよく立ち上がり悪態をつきながら、走ってその場を後にした。


「…………」


 私たちの様子を見て軽くため息をつくイレタ宰相。


「動じないその様子を見ると、分かっているようですね、まあ当たり前でしょうし、隠すつもりもないですが」


 さて、アファド王国は新興国であることは説明したとおりである。


 だが長い歴史を持つ国である。


 これが何の意味を指すのか。


 現在の王位継承は穏便に交代されたのではない。


 軍事クーデターによってなされたのだ。


 イレタ・キソティア。


彼はクーデターを起こして処刑された、前国王ルブルカンの息子だ。




――




 前国王ルブルカンの治世。


 当時アファド王国は王族、そして今は廃止された貴族を中心に栄えていた。


 だが権力集中により腐敗が洒落にならない状態で進んでおり、豪華絢爛なのは一部の上流階級の人物だけで権力闘争に明け暮れ、少し離れれば民が飢えに苦しむ、そのような光景が広がっていた。


 そんな王国が崩壊をかろうじて免れていたのは民を憂い、正しく導こうとした、当時の宰相であるランツ、つまり現国王がいたからであった。


 しかしその甲斐なく腐敗は回復不可能なほどにまで進み、無秩序状態になったそうだ。


 崩壊を悟った当時の宰相は軍事クーデターを起こし、当時の王族と上流貴族たち全員を国家反逆罪で身柄を拘束、そのほとんどを処刑した。


 そして国家の名前はそのままに、アファド王国の名を変えずランツは「初代国王」として名乗り上げた。


 それが30年前の話。


 現在初代国王は老境に差し掛かり、次の世代へとタスキを渡す時が来た。


 タスキを渡される者、それは子供に恵まれたなかった初代国王の遅くに出来た唯一の子供が、シン王子だ。


 これが「新生アファド王国」の歴史である。


「これでもよくなった方です、クーデターの直後は、私はこの身を秘匿されたほどですから……」


 と、それ以上語ろうとしないイレタ宰相。


「…………」


「前国王の悪政を考えれば、この程度の感情をぶつけられるぐらい何てことはありません。さてキョウコ嬢、視察ではありませんが、個人的に最後に案内したいところがあります、よろしいですか?」


「……付き合いますわ」



――



 イレタ宰相に連れてこられたのは、アファド王国の小高い丘にある2つの大きな、人工物の直方体の石がある場所だった。


 それ以外は何もない、人っ子一人いない寂しさすら感じる場所だ。


「古代、龍の厄災により文明レベルが後退するほどの破壊がもたらされました」


 その意志を見上げながらから始まる語られる宰相の話。


 この世界で生きるものなら誰もが知っている、世界最悪の厄災である龍。


 龍に対抗する唯一の手段は神の使いと称される勇者の存在。


 だが歴史上その勇者が存在しない時代の方が長い。


 勇者が現れる前はどうしていたのか。


 繰り返す、龍に対抗する唯一の手段は勇者のみ、つまり龍が飽きるまで待つしかない。


 その龍による厄災の規模も様々、上空から眺めるだけで終わる龍もいたが、宰相が語り始めた厄災は、歴史上最も悲惨な被害をもたらした龍の話だ。


 閃光で破壊の限りを尽くし、文明レベルが後退させるほどの破壊がもたらされた後、当然に無秩序の世界が広がった。


 その無秩序の世界で、すぐに今度は生き残った人間同士の覇権争いの戦争が起こった。


 様々な国が立ち上がり滅ぼされ、それを繰り返し、多くの人間が犠牲となり、共倒れ状態になったことで、やっと当時の強国たちが停戦協定を結び平和が訪れた。


 その停戦協定の音頭を取ったのが当時のアファド王国だった。


「その停戦協定を結んだのがこの場所だと言われています。これは歴史的価値だけではなく、当時の王たちの名前が彫られた平和の象徴なのです。そしてアファド王国の「初代国王の始まりの地」なのです。前国王わたしのちちがクーデターを起こされた時は腐敗しきっていたとはいえ、初代は賢王と呼ばれ、誰しもが永遠の繁栄を信じたそうですよ」


「…………浪漫ね」


「おや、女性が「浪漫」だなんて、初めて聞きましたよ」


「あらあら、殿方は浪漫とやらに女が入るのが嫌がりますよね」


「……そうですね、器が小さいと思われるかもしれませんが、男には男の聖域があるんです」


 ここで言葉を切ると少しだけ考えて言葉を紡ぐ。



「シンの父親、つまり現ランツ国王は実はこれを壊したがっていたのですが、シンが反対して、ここを国宝として残したんですよ」



「…………」


 誰もが繁栄を信じた、平和の象徴、アファド王国の始まりの地。


 それは長い時代を経て腐ってしまい、国名だけを引き継いだ。


 遺跡か。


 その事実を知ってから遺跡を見る目はなんだろう、郷愁を含んでいるような気がした。



――次の夜・アファド王国城・王子執務室



 あの後、王子の執務室で、2回目のデートに臨む。


「王子はとても明晰な頭脳をお持ちですね」


「まさか、私なんて凡才もいいところです」


「まあご謙遜を」


「本当ですよ、だから学生時代は一日8時間ぐらい勉強していました、流石ヴァフォルア大学、全員のレベルが高くて」


「まあ、そうなのですか、勉学だけではなく剣術大会でも名をはせたと」


「はい、あの時は一日三時間ぐらいしか寝れなくて、結局、ベスト8とまりだったのです、本当、一日の時間が3倍ぐらいあればいいのに」


「…………」


 シン王子は楽しそうに話している、この様子からすると、今日のことはイレタ宰相は報告していないのか……。


「キョウコ嬢?」


「ああ、ごめんなさい、少し、考え事をしていまして」


「あ、異国の地でお疲れですよね、当然ですね、失礼、私も気づかずに、時間も丁度いい具合ですね、失礼しました、一方的に話してしまって、また当分会えないと思うとつい」


「…………」


 当分会えない。


 そう、本来の行程ならば、私たちは明日、帰国となっている。


 私は考える。


 シン王子のこと、イレタ宰相のこと、アファド王国の事。


 あからさま過ぎだと思うし、その意図は色々に絡めて考えることもできるが……。


 そして今結論を出すことについて、はっきり言えば迷い、いや覚悟が必要になってくるのか……。


 いや、なれば、複雑に考える必要なし。


今までの私のスタンス、「したい」ことを優先する。


「シン王子、一つお願いがあるのですが」


「はい、なんでしょうか?」


「滞在期間を延ばすことはできますか?」


 私の言葉に王子は一瞬呆けていたが、パッと表情を明るくする。


「本当ですか!? あ、えっと、もちろんです! すぐに手配をします!」


「ありがとう存じます、それといくつかお願いがございますわ」


「もちろんです!」


「はい、そのお願い事ですが…………」



――デート終了後、宿屋



「さて、みんな聞いてくれる、大事な事」


 宿屋に戻った後、私はリズエル達に話しかける。


「まず、謝らなければいけないことがあるの、今後のことについて、相談なしに決めてしまったの、まずはそれを謝罪させて」


 と頭を下げる私に戸惑う様子の侍女達であったが、私は続ける。


「まず、本来であれば明日帰国する筈だったのだけど、延長するように申し入れたわ、そしてそれは受理される見通しよ」


私の言葉に静まりかえるが、ここでリズエルが手を上げる。


「お嬢様、それは、その、そういう意味なんですか?」


「あーー、ごめん、そういう意味じゃないの、色々とね」


 その色々という言葉に「顔を険しく」するリズエル達。


「さて、今回の件について、改めて最初からまとめていこうか」


 最初から、それはアファド王国のクーデターの政権交代に付随する話でもあるけど、それだけじゃない。


 それはもっとも最初の話。




 我がルカンティナ公国と「属国アファド王国」の関係の話をしなければならない。



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