第二十三話:転生先で貴族令嬢としてラブロマンスに挑戦する・陸の段
――キョウコ・自室
「…………」
じっと、我が侍女たち3人は私を見ている。
異世界転生し、生活を楽しむ。
子供から大人になることで広がる活動の場、その為に私自身が選んだ侍女たち。
不安はあった、だけど私の目に狂いはなかった、適材適所、上流を渡り歩く上でチームキョウコとして楽しい。
だからこそ、今私の考えをはっきりと、それが礼儀なのだから。
そう、それが礼儀、れいぎ……。
「「「…………」」」
(やばい!! いざ3人を目の前にすると緊張してきた!!)
どどどど、どうしよう、いや、どうしようじゃない! 女の甲斐性よ!! はっきりと!! 簡潔に!! 明瞭に!! 誠意をもって!!
「そそ、その、あの、みんな、聞いてほしいのね」
「ごほん! まあ、あれよ、そのー、あのー、よし! 臭いセリフを言おうかな!! 我が偉大なるニホン文明の言語にある漢字ね! その中で「人」という文字があってんだね! この文字はぁ、人と人がぁ! お互いを支えあうんだね!!」
「「「…………」」」
シーン。
(うわーん! 全然意味が繋がらなかった!! だからなんなのよ!!)
「その、あの、だから……」
と結局黙り込んでしまった私にポロポロとリズエルが泣く。
「グスッ、お嬢様、全然くさいセリフ言えてないですよ」
「うえ!? その、あの、私の、この縁談が、ね、もし、そのまま成就すれば、つまり今後の事なんだけど、だから、だから!」
「3人を失いたくないの! 一緒に来て欲しい! 皆の気持ちを聞かせて!!」
叫ぶような私の言葉に、リズエルはずっと泣き続ける。
「お嬢様、ぐすっ、私は、お嬢様について行きます」
「リズエル! で、でもいいの、貴方は、ベール男爵家の長女で! 彼氏とも遠距離恋愛に!」
「家の件は弟がいるから大丈夫です。あの子はしっかりしているから。彼氏の件ももう相談済みです。むしろ姫様直属のということで応援してくれました、でも月に2回ぐらいはデートをさせてくれると嬉しいです」
「ウルウル、あたりまえよぉぉ!! うわーん!!」
ヒシッ! とリズエルを抱きしめる。
チラッ
「あ、あの、トオシア」
「もちろんついて行きます、お嬢様」
「で、でもいいの? 貴方程の能力があるのならどこだって通用するし、人生を決めてしまう決断にもなりかねないし」
「だからですよ、妃直属の侍女、世界を見る目が変わりそうです。面白そうじゃないですか。その代わり、時々で故郷に帰るぐらいの休暇は下さいね、それこそ私でいいんですか? 私の男好きは治りませんよ」
「もちろんよおおぉぉ!! でもサークルクラッシャーはほどほどにしてね! うわーん!!」
ヒシッ! とトオシアを抱きしめる。
チラッ
「あの、ラニ……」
「私は元より故郷から離れて暮らしていますから問題ありません、トオシアではないですが、たまに故郷に帰れれば問題ありませんよ」
「で、でも、軍属のままでは」
「お嬢様がよろしければ、軍を辞めてついていきます、ご存じのとおり元より余り馴染める場所でもなかったので、というか、私もマイペースなのは治りませんよ? それでもいいんですか?」
「もちろんよおお!! ありがとおおぉぉ! うわーん!!」
とお互いに抱きあって泣く3人。
よかった、そう本当によかった。
「グスッ、それと最後に珍しく空気を読んでおとなしくしていたロイ」
「ふっ、そうだな、どうしてもと頭を下げるのなら考えてやっても」
「いや、アンタは私がいないとやらかすんだから、もしこの話が進んだら付いてきなさい、いいね? それとそれまでアンタはお留守番、ダメンズ達と一緒に遊んでなさい」
「む! 扱いが雑ではないか!?」
「よし! さて、色々心配させてごめんね! チームキョウコ! 再始動よ!」
「「「はい! お嬢様!!」」」
再始動したチームキョウコ。
「そんなわけで、今回の相手は例のイケメン太郎よ、まずはラニ!」
「はっ! アファド王国について説明します!」
アファド王国。
国としての歴史は浅く、現国王が初代国王にあたる新興国だ。
初代国王は臣民たちの期待に応え、国家を立て直し、地質調査に優れた技術者がいたことを利用し、鉱山を開発、魔石に使える最高品質のレアメタルの大量採掘が追い風になり国力を伸ばした。
そして国民からは中興の祖となると言われている現次期国王、シン王子。
「王族への支持も高く、治安もいいです。実際にルカンティナ外務省も種別Ⅰ類(安全な国)として認定しており、ルカンティナ公国民の観光受け入れもしていますし、近いという事もあり評判も上々です」
「ふむ……」
特段現段階で何かあるというわけではないけど……。
「改めて考えてみると何処で立ったのかしら、恋愛フラグ、確か1回しか話していないと思ったのだけど、トオシアどう、私が忘れているだけ?」
「いいえ、話したのは一回だけ、間違いないですね」
「うーーん」
ここで思い出してみる、名前だけは有名だから知っていたし、実際に話して見て「こりゃイケメンだわ」と思ったけど、普通に話して終わったんだよなぁ。
ここでリズエルが手を挙げる。
「でもお嬢様、私は何となく感じるものがありましたよ」
「そうなの?」
「まあ勘といった具合でしたので、報告書には書けませんでしたが」
「ま、いいか! リズエルがそう感じたのだからそうなんでしょう、向こうが私に惚れているのならば、無問題! しかし、此度の敵は強大、となれば早速! この方の出番です! 先生! トオシア先生! お願いします!!」
「はっ、このトオシアが、男心を教示して差し上げましょうぞ(ドヤァ)」
――トオシア先生による男心講座
「さて、まず今回のイケメン太郎についてですが、攻略法について特段ひねる必要はありません」
「へ? そうなの? だってライバルとかめっちゃ多そうじゃん」
「それについては向こうからのアプローチなので問題ありません。それよりも問題なのはその後ですね」
「その後?」
「まだ一度しか会っていないこととアプローチの理由、お嬢様の評判を聞いてアプローチしたと考えるのならば、シン王子の好みの基準である「自らを高める」という符号にも一致します。故にお嬢様がどう自分を高めてくれるのか、といった具合ですね」
「……うーーん、なんか難しいわね、高めると言っても」
「とはいえ、今回はその前段階、男は単純馬鹿、女は複雑馬鹿、つまり殿方には単純が一番です、よって今回の行程でお嬢様が目指すべきスタンスは」
「男が古来より圧倒的支持をする清楚系です」
「先生! 男どもはみんなそう言いますが! 清楚で売っている奴ほど素行が悪いと思う現実についてどうお考えですか!!」
「お嬢様、そういったプライドは捨てるようにお願いいたします」
「うーーーーん、でも清楚って言われてもなぁ」
「ですから、捻る必要はないのです。白を基調としたシンプルで露出の少ない服を着て髪はストレート、話すときは笑顔で聞き手に徹して、笑顔を絶やさずに」
「…………」
「…………」
「え? 終わり?」
「はい」
「そんなものでいいの?」
「そうですけど、シミューレーションは欠かさずに、初対面ですからね、ですからくれぐれも油断だけはしないようにお願いします」
「ううむ……わかったようなわからないような、ってトオシア、服の色は分かったけどデザインは?」
「シンプルが一番です。むしろ気合を入れ過ぎると男は引きます」
「そ、そうなの?」
「はい、そもそも殿方は色しか見ていませんよ。デザインなんて全然覚えていません、下着大好きなくせに恋人の下着すらも覚えていませんよ」
「先生! そうはいいますが! 白だけのシンプルとかになると、同性からダサいと言われ恐怖のズンドコに!」
「お嬢様、繰り返しますがプライドは捨ててくださいませ(ゴゴゴゴゴ!!!)」
「はい(・_・;)」
「とまあ基本戦略はこんなところですね」
とトオシア先生による講義はひとまず終了……。
「あ、補足をすれば、ぶりっ子すれば簡単にモテる、なんて考えると痛い目をみますよ。男どもは馬鹿ですけど、馬鹿なふりもするので、そもそもぶりっ子は男受け凄い悪いんです」
「ならどうして……」
「一部少数に圧倒的人気があるんです、後は甘え方ですね」
「すごいなぁ……」
そんなこんなでいつものチームキョウコに戻ったのでした。
●
「さて、行幸についてなのだけど、皆の知ってのとおり相手は新興国とはいえ、相手が一国の王子となれば、こちらから出向くのが礼儀、つまり向こうからの招待に応じる、という形になるわ」
「出発は1週間後、私たちはあくまで少し裕福な中流階級の友人同士という流れになるわ、ラニ」
「はい、馬車については手配しております、一見して普通と変わりありませんが、襲撃を食らっても、籠城できるほどに丈夫に出来ていますし、救援要請もできる優れものです」
「ラニは馬は大丈夫なの?」
「御者台がありますので直接乗るわけではありませんから、何かあればリズエルを頼ります、それよりもお嬢様、報告が一つ」
「ん? なに?」
「今回のことについて軍は私に対してスパイをして来いと命じています」
びっくりしてラニを見る。
「なるほど、向こう側からすれば人材を「貸してやってる」ってつもりなのか……」
「当然拒否しましたが」
「ラニ、それは誰に言われたの?」
「参謀総長です」
「さんぼうそうちょう、えっと、私は軍のことに詳しくなくて、どのレベルの人なのか説明してくれる?」
「ルカンティナ公国軍は、元帥を頂点に陸海空軍のトップである大将、その3軍を繋ぐ軍令部本部長兼参謀総長がおり階級は同じ大将。我が公国軍で大将の階級を叙されているのはその3人だけです」
「なるほど、つまり世界有数の軍の最高幹部ってことね」
さて、どうするか……。
「応じる必要はないと思いますよ」
「いいえ、それだと面白くないわ、ラニ、「父の名前」を使って参謀総長、参謀総長を元帥も含めて、私が公式に面会を求めていると文書を送ってもらえるかしら?」
「え?」
意図を計りかねているのか、首をかしげるラニ。
「大丈夫よ、向こうが断ることはありえないわ、そうでなければ、その地位には昇りつめられない」
私の言葉に今度はラニがびっくりする番だ。
「あら、なら聞くけど、例えばあなたの士官学校の同期で将官にまで出世できるのは何人ぐらいいるの?」
「……1人か2人ですね」
「でしょ? となればその優秀な軍人閣下のためにスパイをさせてあげようかなと、その代わり、向こうにも条件を飲んでもらう」
「条件?」
「つまり他の国に入るというのは、こっちにもパイプが必要ってことよ、軍は情報の塊だからね」
「パ、パイプって、そんな簡単に」
「難しく考える必要はないわ、お願いね」
と不敵に笑う。
とそんなキョウコを見て侍女3人は「よく異世界転生ものを例に出すけど、イケメンにちやほやされる主人公なんじゃなくて、策略を巡らせる悪役令嬢なんじゃ」と思ったが口に出さなかったのでありました。
――ルカンティナ公国軍・本部・元帥執務室
ラニに手紙を頼んだ翌日、すぐさま元帥閣下よりユト公爵家へ伺う旨の連絡がったがこれを謝辞、私はラニと共に本部へ向かった。
そして執務室に通されラニを立たせる形で対面に元帥、傍にラニが言っていたであろう参謀総長が立っている。
「思えば私は、文字通り命を懸けて我がルカンティナ公国を守っている皆様に対して感謝をするのを疎かにしていた、そう思い参じた次第です」
「…………」
「ラニ少尉は素晴らしい人材ですわ、人柄、能力、どれをとっても一流、そしてルカンティナ公国軍士官学校の教育練度の高さを肌で感じる日々、その人材を私の為だけに提供していただいている」
「故に、ラニ少尉を私の侍女として雇うことは、ルカンティナ公国軍の大きな損失である、そのことは理解しております、ラニ少尉があいた穴を埋めるのに、大変な苦労をされているのでしょう」
参謀総長は視線をそらす。
「とはいえ警護役はラニ少尉以外考えられなくなってしまいました、故に今後もラニ少尉は、我が侍女を続けていただきたく存じます、さらに言えば」
「ラニ少尉は、軍属のままの出向命令という形で私の侍女として採用されました。その任期権限を私に移譲させていただきたいのです」
「…………」
表情を動かさず、真意を探る2人。
「情報提供をしろとおっしゃるのですか?」
「そうはっきり言うものではありませんわ、あくまでも任意、誰が聞いているか分かりませんよ」
と参謀総長の笑顔で話しかけ、引きつった笑みで返される。
政治的な交渉。
実は「現場の軍人」には逆効果を通り越して逆鱗に触れる。
何故なら彼らは身体を張り、命を懸けて国を守っている自負があるためだ。
表面上は従うかもしれないが、裏では徹底的に馬鹿にされるし、ノーリスクで権力の上前をはねるという行為は激怒される、結果、方便を使われていいようにされるのがオチだ。
だが、今目の前にいる軍の頂点である元帥そして参謀総長といったクラスになると、軍人というよりも政治家と表現した方が適切だ。
つまり超一流の忖度人。
そしてこれだけの地位を手に入れた人間ならば、当然に更なる地位向上を目指す。
救国の3騎士に少し話を聞いたが、この元帥閣下は退官後、軍で培った政治力をもってルカンティナ公国の上流に食い込みたいと考え行動を起こしている。
その為に任期である2年を終えた後、軍を退職し、ルギル男爵家、つまりレザの父親の家令として採用される予定だという。
つまり4大公爵家の流れに入り込むのだ。
そしてこの参謀総長は、元帥の子飼いの男、まだ任期も少し残しており、次の元帥の地位を狙っていることも分かっている、彼が元帥が軍を離れてからの重要なパイプ役だ。
ちゃんと私が挨拶に来た意味を察して「上手くやる」のだ、余計なことは一切やらず、そういう意味において、「全幅の信頼」できる。
さて、突然話は変わるが私の同期の話をしよう。
その彼は、地元の偏差値も高くスポーツにも力を入れている文武両道の高校に進学した後、バスケ部に所属しスタメンを勝ち取り、県大会で優勝しインターハイに出場、勉学にも励み現役で国立大学に合格した。
その後、私の同期として入社、そこでの研修成績も1番で皆の前で表彰された。
部署に配属になった後も、バスケで培った体力と根性、国立大学に合格できる明晰な頭脳、研修成績で一番を取る社会性の高さを活かし、案件を次々とこなした。
現在は同期で一番に課長に出世し、将来の役員候補の1人としての地位を確立した。
管理職になってからも驕ることなく、パワハラ、セクハラといったことはもちろん、部下に気を使い、女性もちゃんと登用する、慕っている部下からは「神」なんて言われている。
プライベートでも結婚して子供を授かり、それでいて顔だってそこそこいい。
完全なる「出来る男」だ。
そんな彼と一緒に飲んだ時の一言がこれだ。
――「俺は、会社の犬だから」
社会人をやっていれば「俺は社畜だよ」とか「うちの会社はブラックだよ」なんて自虐ネタは「あるある」だ。
だが彼は本当に犬なのだ。
そう、彼は入社して以降ずっと上司の一挙手一投足を常に目の端に捉えて、無茶振りにも応じるのはもちろんのこと、飲み会やの段取りは常に自分がやり、その飲み会では出世コースに乗っている先輩や上司の隣に座り、ずっと膝に手を当ててお酌の相手をずっとしている。
部署では一番早く出社し、上司の呼び出しに即応できるように常に声の届く範囲内に座っており、どんなに疲れていても上司より先に帰ることはない、日が昇るより前に来て、日付が変わるころに帰る。
それを永遠に続ける、終わらない奉仕を永遠に続ける、何故なら出世がしたいから、出世させるのは上司だから、自分の評価は自分で決めるんじゃない、上司が決めるものだから、だから評価を得る為に上司へのゴマすりは絶対に欠かさない。
それは自分が上司になってからの部下への対応もそれに含まれる。
だからパワハラもセクハラもしない、いつも笑顔で部下を気遣う、何故なら出世がしたいから。
そして同期であり当時の部下でもあり女性である私を出世させ、登用し部下を持たせるのも、男女差別をしないとアピールのためだから。
他の部下は「神」なんていうけど、その彼を上司として仰ぎ、部下として仕事をして「部下を気遣うのは上司へのゴマすり」が凄いのはよくわかった、だから分かった、分かってしまった。
――いざという時は、出世の為に部下を捨てる、そしてこの彼は、頭がよく社会性も抜群だから、部下は見捨てられてることにも気づかせない
実際に見捨てられた私が言うのだから間違いない。
よく、テレビやドラマだけじゃない、何でコイツが出世するんだなんてのも社会人あるあるだけど、そもそも部下に慕われるのは上から見れば「部下に甘く管理が出来ていない」とみなされるのだ。
それすら気づかせない、私の同期は、壊れない限りは同じことを続けて、いずれ役員となり、多くの人間の上に立つことになるだろう。
目の前にいる数十万の配下を抱える2人のように……。
(これが組織で成り上がるための絶対条件、目の前の2人は出世に生涯を捧げて最高の結果を出した人物、であるのならば、私のこの「交渉」について便宜を図らないことはありえない、ラニが落ちこぼれと言われるのは、これが出来ないからだ)
ただ一緒に仕事をするとなると、先述したとおり気が許せないから、私のポジションである「伍長」を考えると致命的、無論だからこそラニは信用できると思って採用したのだけど。
私の問いかけに、熟考した後、元帥は口を開く。
「分かりました、最大限協力をさせていただきますよ、キョウコ嬢」
「ありがとうございます、その言葉が聞けただけで、満足ですわ」
――キョウコ・退室後・元帥執務室
「タダクス公爵が娘を溺愛しているのは上流では知られている話、だからこそ、箱入りの世間知らずと言われていて、実際に幼少のころはわがまま放題だったそうだ」
「ですが、どちらかと言えば、「叩き上げ」のイメージでしたが」
叩き上げ、出世には無縁だけど、現場で最大のコストパフォーマンス発揮する人材。
高い地位にありながらの現場指揮官の人材、そして自分自身の将来を照らし合わせ、つまり。
(「どちらに転んでも」いいという事、あの嬢はそう言う言い方をしていた、ならば)
「アファド王国のルカンティナ大使館駐在武官に伝達せよ「一個小隊を派遣する、貴官を頭に警戒任務にあたれ」とな、派遣の方便は「うまく」やれ」
「閣下、よろしいのですか? 付け入る隙を与えることになりかねませんか?」
「そんな愚かな女だったら、むしろ願ったりだったが「期待外れ」だよ。あの様子だと弁えている、付き合いが始まる、それだけでいい、ラニ少尉も「結果的には役に立った」か」
「はっ」
――キョウコ・帰路途中
「お嬢様、これで無条件で情報を提供してくれるとは思えないのですが」
帰り道の馬車の途中、ラニが話しかけてくる。
「もちろんよ、軍が持っている情報はそれこそ、現場の人間が苦労して収集したものだからね、それを公爵の権力で何の苦労もなく得ようなんて、向こうからすれば侮辱されたとしか思えないからね」
「え? で、でもお嬢様は」
「ラニ、今回の交渉において一番してはならないことは「勝つこと」なのよ」
「か、勝っては、駄目なんですか?」
「ここで勝つというのは相手のメンツを潰してしまうということ、潰してしまうと向こうに「大義」を与えてしまうことになる。だからこそ相手を最大限に立てて、その上で交渉を進めるのよ」
「つまりメンツとは、仮に軍がここで無条件に情報提供してしまえば、それは交渉の結果じゃなくて「公爵家に屈してしまう」ということになる、出世を考えると絶対にしては駄目だし、こっちも公爵の威光に関わるからお互いにマイナスしか生まない」
「でしたら、今の交渉の意味は?」
「ただ付き合いが始まる、それだけでいいわ、それで十分なの」
まあ実際は、ラニの立場向上も見込んでいる、ラニの話し方からすると多分参謀総長のメンツを潰して喧嘩を売ってしまったからだ、これでラニが窓口としての役割を向こうは見込むだろう。
「お嬢様は凄いですね」
「全然よ、勝ってはならないという私の言葉は「最初から勝っている」だからこそよ、淑女として振舞えば、こちらの負けはありえない、楽な交渉よ」
そう、公爵令嬢という最強の肩書。
前にも少し触れたが、転生前で商社勤務をしていた時、何回、誰もが知る「一流商社」の名前に負けたことか。
「ただラニ、相手は超一流の忖度人よ、だから軍の情報提供があった時は必ず私に報告してね、揚げ足は取りやすい所から取られるのだから」
「……お嬢様」
「なに?」
「ご迷惑をおかけしたようで申し訳ありませんでした」
「…………」
そんないきなりのラニの言葉に私は。
「もーう! 本当にラニは可愛いわ! とりゃとりゃ!!」
と抱きしめてクンカクンカするのであった、うんうん、やっぱり私の目に狂いはなかったようだ。
と、抱きしめられたラニはふと思う。
当主に溺愛された箱入りお嬢様。
そこから連想されるのは、わがまま放題の自己中女、そして噂に聞くと幼少のころは実際にそうだったそうだ。
だけど、今は違う、こう、貴族というよりも「現場指揮官」という感じ。
思えば謎の多い人だ。
その王子もそんなところに惹かれたのだろうか、とそんなことを考えたラニだった。
――
「さて、これで全ての段取りは整ったわ、リズエル!!」
「はい、我々は全て第二の身分証明書を使い、一緒に旅行に来た少し裕福な中流層の娘4人組、専門の馬車を借りて、旅行に来たという設定です」
「グッド! トオシア!」
「ルカンティナ公国外務省とアファド王国外務省及び王室との根回しは完了しております」
「グッド! ラニ!」
「アファド王国のルカンティナ大使館の駐在武官が何かあった時の窓口として応対するそうです」
「グッド! リズエル、来国してからの道程は?」
「アファド王国に到着予定時刻が、夕方になりますので、そのまま城に向かいます。そこでシン王子と会食予定です」
「グッド! キタキタキタ!!」
うんうん、この独特な高揚感、これは。
「チームキョウコ! 初の海外旅行ね!!」
「なんか、ワクワクしますね! お嬢様!」
「さあ! 敵には本能寺にあり!!」
とその夜、私は楽しみで眠れないといった小学生みたいなことをしたのだった。




