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第二十一話:転生先で貴族令嬢としてラブロマンスに挑戦する・肆の段



――ルカンティナ公国軍・本部




 アファド王国の王子の動きについては、レラーセ奥様よりルカンティナ公国軍に向けて最高機密扱いで通達された。


 そして今回の通達を受けてアファド王国の調査を依頼、結果、3日後に参謀総長が早速とばかりにラニを呼び出した。


 参謀総長、ルカンティナ公国軍ナンバー2、階級は大将。


 軍の頂点である元帥に次ぐたった4人しかいない大将の1人だ。


「ラニ・ストラドス少尉! お呼びにより参りました!!」


「ご苦労、かけたまえ」


 応接スペースに座り、対面に参謀総長が座る。


 机の上には既にアファド王国の資料が用意されていた。


「さて、早速説明する。目の前にあるこの資料についてだが、これは公爵閣下の命令による特例処置だということを肝に銘じろ。この文書の機密レベルは最高のレベル6ワーニングがかけられている、本来この場からも出すことはならない資料だ」


「この例外措置は公爵令嬢と一国の王子だからだ、成立すれば国を挙げての婚約となるが、まだ確定ではない。故に、この事実を知っているのは軍でも元帥閣下、陸海空軍総司令官、そして私、そして君の5名となる」


「はい、理解しております」


「その中で君は、キョウコ嬢の侍女として活躍している。そして君は同時に軍のエリートを養成する士官学校を卒業した現役将校でもある、となれば自分の責務については、重々承知はしているだろう?」


「…………」


「相手のアファド王国は新興国だ。誕生の経緯やシン王子の能力を考えると今後も我が国にとって色々と無視できない存在になるかもしれん。君の処遇についてはどうなるか分からないが、我々に良い方に転んだ場合、君の任務の重要性はより高まるだろう」


 何処となく言い含める、参謀総長。


「スパイをしろとおっしゃるのですか?」


「そうハッキリというものではないよ、あくまで任意だ、だからスパイという発言は辞めろ、誰が聞いているかわからないからな、いらぬ誤解を生む」


(任意という名の強制だろうに)


 これが慣れない。


 そう、上が何を望んでいるのかを言わずとも察知し、顔色を常にうかがい、気を利かせる、これが軍の「優秀な士官」の姿だ。


 目の前の「士官学校の大先輩」は、そういった卓越した世渡りに人生を捧げた。そしてその成果が実り数十万の軍人を従える地位を勝ち取ったのだ。


「無論成果に応じて、君の評定にも影響するのは言うまでもない。士官学校の成績は知っているが、挽回なんぞいくらでもきく。前回の異動で少将に昇任した人物は、私の後輩でな、士官学校時代の成績は下から数えた方が早いぐらいの成績だったよ」


 凄く分かりやすく出世のチャンスと言ってくれている、これも私だからだろう。


 そもそも士官学校の落ちこぼれが、公爵令嬢の侍女に採用されるだけで破格の出世、更に王国の妃の侍女となればだ。


 更に参謀総長は元帥の子飼いの男、そして参謀総長は昇任人事の最終決定権者だ。その人物からの直々の言葉。


 つまり、今の私は誰もが羨む出世コースに乗ったという事だ。


 そう、だから私は、公国軍人として、将校として……。



「閣下、私はスパイなどしません、何故ならキョウコ嬢が私の今の上司だからです」



「…………」


「キョウコ嬢を裏切ることはできません。でもそれで問題ないかと思います。任意とは参謀総長閣下の言葉、なれば私はやりません。そもそも現在私が与えられた任務は、今回の婚約について関係なしにキョウコ嬢の身を守ること、そして現在の私の最も大事な任務は、目の前にある資料を公爵家に持ち帰ることです」


 ラニのハッキリとした言葉に参謀総長は不愉快気に顔をゆがませる。


「ラニ少尉、君だけじゃない、私の給料もだが、国の税金で賄われているのは理解している筈だ。軍人としての責務を果たす、つまり国家の安全のために、安寧のために存在するのが我々だ」


「…………」


「それに言いたくはないが、君を侍女として出向させるにあたり、空いた枠の仕事は誰がしていると考えている?」


「出向は、元より人事調整の結果によるもの、それを前提に人事を組むものだと思いますが」


「ラニ少尉! まわりくどい言い方が好まないのならばはっきり言おう! 君はあくまで出向命令! 私はそれを取り消すことも可能なんだぞ!」


「それはなさらないですよね、参謀総長閣下」


「な、なんだと!?」


「軍が出向命令を一方的に取り消して私を戻すことがあれば、キョウコ嬢の顔に泥を塗り公爵家の不興を買いかねない、その程度のこと私でもわかります。そんなことをする人物が、大将という階級を与えられるはずがありませんから」


「っ!! っ!! お、お前は!! 士官学校の教官より報告を受けているが、落ちこぼれとは色々頷ける話だな!! 話は終わりだラニ少尉!! この資料を持っていきたまえ!!」


「はっ! ラニ・ストラドス少尉帰ります!」



「いいか!? キョウコ嬢がお前を解任すれば軍に戻ることになる!! 今の口を誰に叩いたのか!! お前は知ることになる!!」



 その言葉を無視する形で、部屋を後にする、その態度がますます気に食わないのだろう、これ以上ないほど激怒した表情をしていた。


 あーあ、やってしまった、これだから自分は落ちこぼれるのだ。


 適当にゴマをすればいいのに、それができない。


 自分のこの不器用な部分を、ラニは自覚していた。


 ラニはふと、軍を志した理由を思い出す。


 思えば、ノアロス族という狩猟民族に生まれ育ったことについては誇りに思っている。


 だけど男が前衛、女が後衛という風習に対して反発はあったのは事実だった。


 私の反発「女だって戦える」そう思った。それを何回も訴えた、だけど「戦いは男の仕事」とばかりに、あの父も、筋肉馬鹿の兄共は相手にしてくれなかった。


 もちろんいい兄貴たちなのは分かってる、妹として大事にしてくれているのも分かる、感謝だってしている、反対する理由だって分かっている、何故なら前衛は一歩間違えれば命を落とすからだし、実際に過去何人も死者が出ている、だから反対するのだ。


 でも納得できなかった。


 そんな中、私は幸いにも母のスパルタ教育のおかげで勉学は得意だった。そしていつしかその「女だって戦える」という反発は、自分のような田舎の民族でも差別されない場所は軍にあると思った。


 そして私は、どうせならば高みを目指そうと士官学校を目指す。


 士官学校は、採用について男性枠、女性枠は設けられていたものの、その枠内での差別は無く、田舎の何のコネもない私でも採用された。


 だが軍というのが周りに合わせて上手く動くことが善であり、こんなにも世渡りを必要とされるとは思わなかった。


 結局、馴染めず、成績もよくなく、半分意地で卒業したはいいものの、落ちこぼれの烙印を押され後方配置のための「方便」に使われた。


 方便、そう、あの参謀総長の自分の枠なんてただの事務職、実際に戦闘職に女性軍人は配置されない。


 そして戦闘職を希望する女性士官もいない現実、この世界でも私は異色だった。


 周りの女性士官達は「女は戦闘職を希望しない空気」をちゃんと読んで粛々と職務に励み出世を目指している、何故なら、出世について差別は無かったから。


 毎日同じことの繰り返しの日々、つまらないと思った時だった。



 公爵令嬢が侍女を公募するという情報がラニの耳に届く。



 本来ならば、公募なんてありえない、4大貴族の令嬢の侍女ともなれば、立場こそ使用人ではあるが、そこらの貴族令嬢よりも立場が上になり、それこそ活躍は世界が舞台になる。


 当然、軍は力を入れた、護衛役といえど実際の任務は戦闘能力より社交、つまり世渡りをちゃんとできるか否か、つまり「組織人として優秀な人材」とばかりに、公募であるにもかかわらず「士官学校を卒業した女性士官」という条件を勝手につけた。


 結果任意という名の嬌声の名のもとに若い女性の士官学校の卒業生はほぼ全員が手を上げた。


 無論、万が一にでも侍女として採用されれば軍の士官なんて目じゃないぐらいの立場手に入るし、名誉なことだ、故にそれぞれの直属の上司が、勤務評価に力を入れて推薦状をこれでもかとつけて、書類選考に応募したそうだ。


そんな中、私が応募したのは、本当の気まぐれだった。



「アンタが受かるわけないでしょ」



 同期にもそういわれた。そりゃそうだ、人間関係の努力もしてない癖にと言いたのだろう。事実、私のそう言った女性士官には推薦状がたっぷり付けた書類が送られたが、私は当然ペラペラの薄いものだった。



 そして結果、その優秀な数ある女性士官達が落とされて、私だけが書類選考を通過した。



 私自身が、信じられなかった。


 その事実が知るや否や、それこそ私の勤務評定をつけた高級将校が顔色を真っ青にしたし、口々に私に貴族の知り合いがいるのかなんてさんざん聞かれたし、否定しようにも信じようとせず、そしてお決まりのさっきの参謀総長よろしくの手のひら返しという名の重圧がかけられた。



「公爵令嬢の面接に双剣を持っていくのか!?」



 軍から4大貴族の侍女を誕生させるため、頼んでもいないのに面接練習をお前の為にするぞと一方的に告げられた当たり前のように休日返上で出頭命令がかかる。


その命令に応じて、私の姿を見て開口一番に叫んだのは、人事課長である大佐殿の言葉だ。


「はい、護衛という事ですので、これが一番コストパフォーマンスを発揮できるので」


「軍刀はどうした!?」


「肌に合いません、軍刀だと護衛としての能力が発揮できませんから」


「そういうことを言っているのではない! お前は公国軍の女性士官全員に恥をかかせるつもりか!」


「そんなつもりはありません、ですから、私の力量が」


「軍刀を持って行きたまえ! これは命令だ!!」


「わかりました!!」



 と元気よく返事して、双剣を携えて面接に臨んだ。



 どういわれようが知ったことではない、それで件の令嬢が私を低く評価したらどの道合わないということだし、それで怒られても今更私の評価なんてこれ以上下がりようがない。


 そして当然……。


「貴方が持っているそれ、軍刀ではないよね? どうして?」


 とびっくりした様子だった。


「私が応募したのはキョウコお嬢様の警護です。私の戦闘能力を最大限に発揮できる武器はこの双剣です、故に身に着ける必要があると判断しました」


「なるほど、でもよく軍は許可してくれたわね」


「まさか、恥をかかせるなと言われて、説明しても理解してもらえなかったので、面倒くさくなってしまって、分かりましたと適当に返事しました」


「ぷはは! なるほど、よくわかりました、その剣に思入れあるの?」


「これは父が作ったものなのです」


「貴方の、父親が?」


「はい、まあ武器造りでそこそこ、世界の7名匠とか言われているみたいですけど」


「へー! 凄いのね! 7名匠の名は聞いたことがあるわ! えっと、ごめんなさい、名前はまでは知らないけど、父親が作ってくれたのなのね、尊敬しているのね!」


「……タコ坊主ですけど」


 くすくすと笑うキョウコ嬢だったが。



「ひょっとして、軍に馴染めてない?」



「…………」


 まあいいか、嘘をついてもしょうがない。


「はい、馴染めていません」


「クスクス、正直ね」


「じゃあ答えて、軍としての立場と、侍女としての立場、どっちを優先させる?」


「えー、その時々でしょうか」


「ぷはは! 本当に正直! うん、ちょっと待っててね……」



「分かりました、貴方を採用します」



「…………」


「え!?」


 今度はこっちが驚かされる番だった。


「な、何故、私を? 私の評価は御存じの事でしょう?」


「評価を知っていたからこそ、そして今、そう返事をするからよ」


「キョウコお嬢様、私は、上流の流儀なんて知りませんし、正直覚えても上手くできる自信はないのですけど」


「ぷはは! 本当に正直よね、大丈夫よ、貴方の立ち振る舞いは洗練されている、軍の教練を徹底して訓練したおかげね、立ち姿が決まっているもの、それで十分よ」


「じゅ、十分なんですか?」


「十分よ、はっきり言うとね、軍で優秀と評される子や推薦状付きの子は最初から全部落とすつもりだったのよ」


「ええ!?」


「確かに軍から推されていた子は確かに素晴らしいわ、だけどね、それだけなのよ、いい?」



「優秀な人材なんて、掃いて捨てるほどいるのよ」



「…………」


「皆が評価する優秀というのは、覚えが早かったり、要領がよかったり、報連相をソツなくこなしたりする内容を指すの。あ、もちろん大事よ、必要、正しいわ。だけど私はね、単純にそういう子に興味はないの、何故なら信用できないからなの」


「そして私の勘が正しければ、貴方は「信用」できるかもしれない、私が大人としての生活を楽しむためにね」


「…………」


 最後は圧倒されっぱなしだったが、そう言われて、私は採用された。


 採用通知が軍に正式に通達され、私の侍女就任要請が入った後の軍は凄かった。


 私の所属する直属の上司である大尉、その上司の少佐が2人が主体となって、毎日軍のお偉方に再び繰り返し面接されてうんざりした、また色々出自について色々言われて聞かれて、最後は遠目でしか見たことが無い元帥閣下の面接を得て出向命令が下り、侍女に任命された。


 4大貴族の当主の娘、貴族令嬢の侍女、これから私の舞台は無縁を通り越して別世界ともいえる上流、自分で全然実感がなかったし、これで本当に戦闘には無縁になったと思ったけど……。


 魔物と戦ったり、龍討伐をしたり、大狩にも前衛として参加したり、ほんの少しだけの間だけど、実家を出てからの楽しい思い出は。



 全てキョウコお嬢様達と遊んだりした記憶ばかりだ。



 どう生活していくか……。


 もし、侍女を解任されて、軍に戻ることになったら。



――「いいか!? キョウコ嬢がお前を解任すればお前は軍に戻ることになる!! 今の口を誰に叩いたのか!! お前は知ることになる!!」



 ふむ。


「とっとと軍なんて辞めて、今度は狩猟の道を本格的に歩んでみようかな」


 そんなことを考えながら、ラニは歩を進めるのであった。



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