第二十話:転生先で貴族令嬢としてラブロマンスに挑戦する・弐の段
私は常々疑問に思っていた。
世界に誇るヲタク文化の発信地である日本、その国に生まれ育ち、ヲタク女子の1人としてアニメ、漫画やラノベは大好きだし、少年漫画だって読む。
その中で異世界転生や転移物も好きで、男性向けの作品もいくつか読んでいるし、もちろん異世界に転生する女性向け作品も大好きだ。
異世界で貴族令嬢に転生する。
異世界生活を楽しんだり、過酷な状況を打ち破ったりするが、外せない要素がある。
それはイケメンの存在。
もちろんイケメンでも暇さあればオッパイの話しかしないようなダメンズはアウトオブ眼中、そもそも貴族令嬢の異世界転生ものに出てくるイケメンはオッパイの話なんかしない、そんな基本すら押さえていない状況であった。
だがそれは全て伏線だったのだ。
「リズエル」
「はい、お嬢様」
「私に気があるという殿方、どんな人なのかもう一度言ってちょうだい」
「幼少のころからその端麗な容姿に魅せられた淑女は数知れず、容姿だけではなく音楽の才能も突出して認められるも、数多の一流音楽大学の推薦を蹴り、我がルカンティナ公国最高学府ヴォファルア大学政治経済学部に留学、アファド王国剣術では王国大会ベスト8までの剣術を持つスポーツ万能、更に実業家としての才能も認められて、学生時代に立ち上げた会社での社長に就任し業績を上げるも、今後の試金石とばかりに、経営を後輩に譲り、最終的に大学を第3席で卒業、在学時代は我が国との社交を通じて能力を認められ傑物とまで評された、アファド王国抱かれたい男5年連続第一位であり、帰国後は自分の本業である、アファド王国の次期国王です」
「ふっ、ふっふっふ、くっくっく……」
「あーっはっは!! これは愉快ねリズエル!! 世界!! 有数の!! イケメンが!! 私の事!! 好きだってよ!!」←中二病ポーズ
「お、おめでとうございます、お嬢様」
「まあこれは、あれよね、フラグって奴よね! まさにそう!」
ツカツカと窓際に立つと、つーっと指をなぞる。
「まあまあ! アファド王国の使用人は掃除一つロクに出来ないのかしら!!」
「お、落ち着いてくださいお嬢様、それで立つのは恋愛フラグではなく破滅フラグです」
「ロイ!」
「分かっている、皆まで言うな、つまり」
「此度の敵は強大という事だな!!」←ルルーシュポーズ
「分かっているわね! 舐められてはおしまいなの!」
「よかろう! 「地獄の業火に焼かれるが良い!!」 さあ一緒に!!」
「「地獄の業火に焼かれるが良い!!」」
「はっはっは、キョウコもやっとこの良さが分かってきたか!!」
「ええもちろんよ!! ロイ、貴方の中二病!! もっと教えて!!」
「よかろうぞ!!」
ここから始まる高笑いと中二病。
調子に乗ったロイは、自分のお気に入りのジョジョポーズを随所に取り入れて、キョウコとどのスタンドが強いとか弱いとかの話で大いに盛り上がった。
そんなノリに突っ込まず一緒に楽しむ侍女3人組。
無理もない、世界有数のイケメンに思いを寄せられているという夢のような現実。
その現実に対して嬉しいんじゃなくてテンパってることに。
さっきからずっと膝が嗤っていることに。
「おーう、ジャパニーズ、ムシャブルーイ」
「お嬢様(´;ω;`)ブワッ」
龍と対峙し、上流の食わせ共と渡り合う度胸がある割には、そこら辺は思いっきり小心者の主人にホロリと涙するのであった。
――翌日・キョウコ自室・侍女部屋
シン・シルラ・マイア・ヴィラル第一王子。
簡単な出自は述べたとおりであるが、彼はこちらの国でも有名人だった。
アファド王国の次期国王として現国王から英才教育を受け、その一環として、ヴァフォルア大学政治経済学部に留学、無論、ちゃんと一般の正規試験を受けて入学している。
その時と同じくして、ルカンティナ公国の社交界にデビューした。
美男子で洗練された振る舞いであるが故に、淑女たちの注目を集めていたし、それは大人になるのを控えた少女たちも同様で随分騒がれたものだ。
無論私、リズエルもその名前を知っているけど、当時は私も子供だったから大人への社交界参加は認められていなかったから面識はない。
ちなみに上流にだって惚れた腫れた付き合った別れたは普通にある。それはやり方を遵守すればいいし、そのやり方はいくらだってあるし、レザが上流で不誠実な浮名を流しても上流でいられるのはそのためだ。
シン王子は、レザとは違う意味で、たくさんの女性と交際経験はあるようだけど、不誠実な噂は聞かない、あくまで己を高める相手をという主義だったそうだ。
そして王子とキョウコお嬢様と社交での交流は実は前回が初めてだったりする。
実際に見てみて、確かに美男子で素敵な雰囲気を持った人で、周りの淑女たちの視線を集めるのも頷ける。
とはいえ特段何かあったわけではなく挨拶をした後、少しだけ雑談をして、それで終わったのだ。
とはいえピンとくるものはあった、ひょっとしてと思ったのは事実ではあったものの、明確はアプローチは無かったため、報告書には書かなかった。
念のためレラーセ奥様に確認したところ、そのままでも良いとのこと、尚キョウコお嬢様の「相手」に絡む手紙は当主には極秘にして自分に届くようにしていたそうだ、何故なら勝手にタダクス公爵が断りの返事を書くだからだそうだ、流石夫婦。
ただ今回の話は、その個人の関係で済むという訳では当然ない。
何故ならキョウコお嬢様は、世界で五指に入る強国の統治一族の中枢人物だし、相手も王国の次期国王の王子だ。
故にレラーセ奥様の判断で公国最高機密に指定。現在この事を知っているのは、公爵家でもタダクス公爵、レラーセ奥様、お嬢様方と私を含めた侍女の3人のみ、兄たちですら知らされていない。
「…………ふう」
私は自分の仕事場、キョウコお嬢様の自室の一つを改装して作られた侍女部屋で報告書を作成途中でペンを置く。
私、いや私たち侍女の仕事は自分が使える主によって完全に左右される、仕事の場所も内容も一律ではない。
例えばお嬢様と犬猿の仲であるラニンキア伯爵家ユリス嬢の侍女達は、完全な競争社会、侍女を数十人雇い、全員に序列をつけている。その侍女のうち上位5人のみ側近の侍女として社交界に連れて行きデビューさせている。
何故その方式を採用しているのかというと、社交界に参加する侍女は「使用人」ではなく「招待客」として扱われるからだ。
故により競争意識を高めるため、そして自分の「分け隔てなく平等に取り立てる」という建前の為に、庶民出身を必ず1人以上序列5位以内に名を連ねているようにしている。
だから全員、序列を上げる為に熾烈で苛烈、足の引っ張り合いは日常茶飯事、それは私自身も目にしたからよく分かる。
だけどお嬢様は違う、私達4人をチームと呼び、親友として仲間として大事にしてくれている。
不思議だ、あのお嬢様は時々人生経験を積んだ10以上の年上に見えることがある、それは苦労を重ねているというか、私たちの運用一つにしてもやはり変わっているし、以前にお嬢様は自分を軍隊で例えるならば「伍長」だなんて言っていたけど、つまり貴族っぽくないのだ。
貴族、私はベール男爵家の長女、一応これでも貴族令嬢だけどキョウコお嬢様のように侍女はいない。
侍女を雇えないわけではないが、私の生家もまた裁判官であり、父親の「裁判官に貴族社会としてのステータスは不要」という「異端な考え」を持つ家でもある。
だけどタダクス公爵が先述した通り「人柄」を重視する人だから私たちの家にも理解があり、むしろ自分の父親とタダクス公爵は仲が良く、一緒に遊んだりしている。
ふと思い出す、自分がキョウコお嬢様の侍女長としてスカウトされた時のことを……。
――
貴族の子息、令嬢にも大人になる準備段階として、子供だけの社交界があるのだけど、父親同士の仲が良いとはいえ、当時のキョウコお嬢様は私からすれば話しかけることすら叶わなかった。
常に上位貴族の令嬢に囲まれ、その全員が顔色をうかがい、その挙動に一喜一憂している。それを遠目から眺めるだけ、私みたいな下位貴族は末席、会話もほとんどしたことなかった。
何故ならルカンティナ公国において4大貴族は別格、その中で当主の家族は更に別格だからだ。
そんなキョウコお嬢様が大人になり、侍女を雇うというのは当然に上流の一大関心事だった。何故なら貴族令嬢が上位の爵位を持つ令嬢の侍女となるは珍しい例ではない、というよりも、それが通例だ。
故に別格の4大貴族の側近。
当主直属の家令、奥様直属の家政婦、男性家族直属の近侍、女性家族直属の侍女もそこらの上流よりも格上として扱われるのだ。
侍女の運営について、キョウコお嬢様は口を閉ざしていたけど、普段からのご機嫌取りはその為と、水面下で腹の探りが繰り広げたのは言うまでもない。
まあ私には無関係だと思っていていつものどおり過ごしていた時だった。
――「リズエル、貴方に私の侍女長をして欲しいの!」
これは本当に突然だった。
無事キョウコお嬢様の大人への壮行会が終わった後のことだ、帰り支度を整えて帰宅しようと私は呼び止められて、こんなことを言われたのだ。
最初何を言っているのかわからなかった。
状況が呑み込めていない私がかろうじて紡いだ「何故ですか」という問いかけるとこう答えた。
――「前からずっと頼もうと思っていたのよ! 私の勘が正しければ、貴方は得難い人材なの!」
とのことだった。
別格である4大貴族の当主の娘の侍女長。
これ以上ない名誉なのは当然に分かるけど……。
「か、か、考えさせてください!!」
と戸惑いの方が先に来てしまって思わずこう返してしまったのだ。
これは謙遜でもなんでもなく、あの取り巻き達の姿を見ているととても自分には務まらないと思っていたし、その周りがなんていうかも考えると余計にそう思った。
侍女の選考について、ギリギリまで発表しなかったのはそういった意味もあるのかと思ったが、更にキョウコお嬢様は、私以外の侍女について驚天動地な方策を打ち出す。
それは公募をかけたのだ。
こんなことはありえない、繰り返すが公爵家当主の令嬢の侍女となれば、貴族社会での序列はそこらの貴族令嬢よりも格が上になる。
しかも公募対象は上流にも限定しないそうだ。
最初は何の冗談かと思った、上流に限定しないのもユリス嬢が使ったような方便だろうと思ったけど、そんな人には見えないと思っていて、周りも私も混乱していた。
そんな混乱を余所に選考はどんどん進み、秘書と警護は、最終選考に庶民のみが選定されている状況になる。
つまり公募をかけるのも上流に限定しないのも「貴族のカッコつけ」でも何でもなく、本当に何のコネもない庶民出身の侍女が誕生するのは確実視されていたことで衝撃が走る。
しかも噂では最終選考に残っている中には、警護では士官学校出身とはいえ落ちこぼれの女性士官、そして秘書にはトオシアさんが残っているとのこと。
トオシアさんについては、魔法犯罪を扱う上の研修会で交流があった。
こう、色々と凄い人だった、はっきり言ってしまえば、悪い噂しか聞かなかった人だったけど。
でも、凄く有能で、度胸があって、そして……当時色々言われていた私を助けてくれた。
助けてくれた理由、人柄が良いなんてよくわからない。
自分が嫌な思いをいっぱいしたから、それを他人にはしない、私が気を付けているのはせいぜいそれぐらいだ。
そんなトオシアさんを見込んだということ、彼女の助けてくれた理由と言葉を聞いて、私は侍女長となった。
そして侍女長になってからの私の生活。
うん、楽しかったのだ、本当に、貴族令嬢としての仕事もやりつつ、楽しいことを精一杯楽しんで、トオシアさんとラニさんといった自分とは違うタイプの人と交流して、2人ともいい人たちで、とても居心地がよかった。
「どうしたのだ? リズエル」
と私の横からひょこっと顔を出すロイ君に頭を撫でてしまう。
「む、だから我を子ども扱いするでない」
「うん……」
「だからどうしたのだ? 落ち込んでいる様子だが」
「…………え?」
「? そうだぞ、今日はずっと浮かない顔をしているぞ」
「…………」
落ち込んでいる、そう、落ち込んでいるのだ私は。
「キョウコは何やらすごく良い男に見初められたと聞いたぞ、何故落ち込んでいるのだ? キョウコは友人でもあるのだろう?」
「……そうだよね、次期国王様だものね、凄いよね、キョウコお嬢様、お妃さまになるんだ、そう、本来ならば喜ぶべきことよね……」
「難儀なものだな」
「まあ、ロイ君も大人になれば分かるよ」
「……だから我を子ども扱いするな」
「はーい、そろそろお菓子出来るから座って待っててね」
「なあ、リズエル」
「ん? なーに?」
「相手は確かアファド王国の王子だと聞いたが、確かなのか?」
「そうだよ、知ってるの?」
「ここに来る前に眼下に見下ろしたと思ってな、ならば滅ぼさなくてよかったと言ったところか」
「よしよし、えらいえらい」
「なあリズエル」
「ん? どうしたの?」
「キョウコが妃になった場合は、我々もそのままついていくのだろう?」
「…………」
「リズエル?」
「それはね、分からないの」
「え?」
「私たちは向こう側からすれば外国人でしょ? しかも相手が次期国王ともなれば、これは外交にも絡んでくる、だから色々な思惑が飛び交うものなの」
「…………」
「それに何より、そこら辺をお嬢様がどう考えているかよ、今頃レラーセ奥様と色々と段取りを組んでいると思う」
「……だからトオシアとラニの姿がずっと見えないのか?」
「そうよ、今は、与えられたことをしようってことになったの、お嬢様のために、ね。私が担当しているのは、アファド王国へ送る外交文書を作成しているのよ」
「婚約とやらをするだけなのに、やはり難儀なものだな」
「ねえロイ君」
「なんだ?」
「私達が解散ってなったら、どうする?」
「……なるほど、それは、つまらんな、分かった、これ以上は聞かない」
何やら察することもあったのだろう、ロイは漫画を読み始めたのであった。




