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第十三話:転生先で貴族令嬢として侍女と盤上遊戯に興じる


 トオシア・パルスコフィン。


 頼りになる私の秘書でありサークルクラッシャー、そんな彼女であるが一番の趣味は意外にも……。


「詰みです」


と石を打ち宣言するトオシア、対戦相手は私だ。


 今クロラという盤上遊戯、日本でいう所の囲碁と将棋のポジションだ。


「…………」


 宣言したトオシアの後に、じっと盤面を見る、うん、なるほど。


「はい、負けました、というより中盤から大勢が決まっていた感じね、何とか逆転できないか思っていたけど」


「その粘り強さは打ち手として長所です、実力が拮抗すればするほど終盤での往生際の悪さがそのまま勝率に繋がってきますから」


「ありがと、というか……強くなってない?」


「ええ、以前にお嬢様が紹介してくれたニホン文明の盤上遊戯に「囲碁」がありましたよね、あれがクロラに凄く応用が利くんです、序盤の布石からの考えが非常にレベルが高いですね」


 クラロは、知的趣味としては庶民から貴族階級まで愛好家が多い盤上遊戯だ。んで今のトオシアの言葉のとおり、囲碁の指南書が役に立ったらしく、トオシアの方から「日本文明の囲碁の遺産が欲しい」と言ってきたので色々と渡している。


 初心者はあっという間にマスターしたらしく、今ではアマチュア4段クラスが勉強する内容を熱心にしている。


 まあ人は見かけに何とやらだ、トオシアはサークルクラッシャーと言われるだけあって美人さん、元からの素材だけではなく自分の容姿にはすごく気を使っているし、お洒落であり、男を手玉に取るが故に人間関係能力が高い。


 んで私も将棋と囲碁を嗜んでいるが、どっちかというとこの二つは自分の世界に没頭する種目だから、意外と思ったのは事実だ。


「そういえば、どうしてクロラを始めたの?」


「学院にクロラ部があって、そこに臨時監督として来たのが凄い美男子の凄腕棋士だったんです、顔は本気で滅茶苦茶タイプでした、それがきっかけです、あ、もちろん付き合いました」


「うん、ブレない人って好きよ」


 なのだそうだが、すぐにクロラの魅力にハマり、ずっと勉強していたそうだ。なるほど、もともと頭を使うのが好きなのね。


 んで学生時代は学生地方大会で優勝するほどの棋力にまで身に付けたそうだ。


「へぇ、んでその美男子の凄腕棋士さんとはどうなったの?」


「いざエッチをしようとした時に母親に報告している姿を見て別れましたね」


「ギャアアア!!!」


「顔は本当に好みだっただけに残念でした」


「壮絶なオチ過ぎてどっちに感心したらいいか分からなくなるわ!!」


「とはいえ顔で男を選ぶというのはそういうことですよ、お嬢様」


「凄い説得力!」


「まあそれは置いとくとして、いよいよ本番ですからね、お互いに頑張らないと」


 本番、そう私たちは今、クロラの大会に向けてずっと練習している。


 トオシア曰く、今の私はとにかく実戦を重ねるのが一番上達するそうだ。


「お嬢様の、序盤のこの一手は疑問手です。ここは受けに回った方がいいですよ」


 とこんな感じで、色々と教えてくれる。


 こんな感じで庶民から貴族まで嗜んでいるクロラ、大会も同好会レベルから格が与えられている公式の大会まである。


 私が出るのがトオシアが所属しているクロラ倶楽部から名前を借りてアマチュア地方大会に出場することになった。


 アマチュア大会と言えど格が与えられた公式戦。


 無級者と級位者は、午前中で予選トーナメント、午後に改めて決勝トーナメント方式で優勝者が決まる。


 有段者の部は午前中がトーナメント方式で上位6人を決めて、午後はその6人で決勝リーグで戦う。そこで3位内に入れば、方面大会に出場で来て、そこでも勝てば公国大会、そして優勝者には無条件でプロにまでなれるのだ。


 んでトオシアは有段者の部、私は無級者の部に出るのだ。


「お嬢様は本当に多趣味ですよね」


「まあね、興味があったものは何でもやるの、人生は一度きりだからね、それとも私みたいな「にわか」は嫌い?」


「まさか、私だって先ほど言ったとおり、美男子に釣られましたから」


「ふふっ、ねえトオシア、正直に言って、私の棋力だと、大会はどのあたりまで行くと思う?」


「予選トーナメント突破は無理だと思います、無級者の部といえど、トップはそこら辺の有段者を軽く凌ぐの力を持っていますから」


「ふーむ、出るからには一度は勝ちたいけど」


「ただ対戦相手に恵まれれば勝てると思います。たった1勝でも、すると凄い嬉しいですよ、さて、お嬢様」


「そうね! いよいよね! 明日だものね!」


「今日の夜はゆっくりと休みましょう」


 ここでコンコンとノックをすると、リズエルとラニが入ってきた。


「お嬢様、お望みの物がようやく全員分届きました!」


「しゃあ! 見せて見せて!!」


 とそれぞれに配られるカード。


「「「「おお~~」」」」


「これでクロラだけじゃない活動の場が広がるわね! おーっほっほっほ!!」



――翌日



 私とトオシアが参加するアマチュア地方大会の地方予選はその方面の一番大きな公民館を使って行われる。


 んで、参加するためには個人で出場ということは出来ず、登録した団体からエントリーをしなければならない。


 そしてその団体はトオシアが所属する団体からエントリーしたのだが……。


 私は公民館の受付係に話しかける。


「ヴァフォルア大学有志倶楽部から出場するナルナです。これが身分証明書」


「はい、伺います…………はい、ナルナさん、確かに確認しました」


 とのこと、


 そう! 大人になるということについて、自由にはなるが責任は自分で取らなければいけないということであり、これは日本でもルカンティナでも変わらない、


 とはいえ公爵令嬢ともなれば、公国だけではなく外国でも国賓待遇、だが当然に自由は相当に制限される、これも当たり前だ。


 その一環として「お忍び」つまり私的活動の為に必要なのが、この第二の身分証明書なのである。


 んで、皆、庶民用の身分証明書を作って私的活動をしている。その為にボディーガードは必須なのだ。


 4人組それぞれに第二の身分証明書を作ったが、トオシアは本名で出場している。まあこれも使い方次第だ。


 偽名を使い、身分を偽る、ふっ、悪くない響きだぜ。


 ちなみに当然、リズエルもラニも応援に来てくれた。


「お二人とも頑張ってくださいね、腕によりをかけてお弁当作りましたから、もちろん勝ち進むことを想定して、食べても眠くならないものを作りましたよ」


「ありがとね、頑張らないとね、私は目指せ1勝、トオシアは決勝リーグ進出ね!」


「最善を尽くします」


 と意気揚々と4人で会場入りした時だった。


「おいトオシア」


 と突然投げかけられた不躾な男の声、振り返るとその通りの嫌味な感じの風貌の男が立っていた。


「コアドじゃない、なに?」


「何ってことはないだろ? 同じ大学の卒業生、そして同じ有志クロラ倶楽部の同志として声をかけたんだよ「女性」棋士さんよ」


「…………」


「お前も物好きな奴だなと思っただけだよ、まあでも、もし地方大会レベルでも優勝すれば「女性初」になるからな、これは名誉なことだ」


「そうだね」


「知ってるだろ? アマチュア地方大会優勝者に限らず、プロのクロラのタイトルホルダーは全員が男だ、クロラだけじゃない、色々な盤上遊戯のトップは全員男、何故だか分かるか?」



「何故って、女が男より弱いからよ、知らないの?」



「ぐっ! あ、ああそうだよ! 女が男より弱いからだよ!! 覚えておけ!!」


と乱暴に肩をいからせながら中に入っていった。


「なーにあれ、何処にでもいるよねぇ、あれでカッコイイとか思っているのが痛いわ、誰アイツ?」


「コアドは、私の大学時代の同級生で同じクロラ倶楽部の部員だったんです。あれでラニンキア伯爵家の男性使用人の幹部候補生として採用されているんですよ」


「なるほど、性格ブスの類型か、まさに類は友を呼ぶのか、そこら辺は確かに美味くやりそう、あー、やだやだ」


「まあ本人は盤外戦術のつもりなんでしょうけど」


「盤外戦術?」


「はい、相手をカッカさせて、冷静な判断をさせないようにする、プロでもやる戦術ですよ、まあ、あんなお粗末なものではないでしょうけど……」


 ここで言葉を切って、少し考えた後、私を見る。


「お嬢様は、ルカンティナ公国は男性社会だと思いますか?」


 そう問いかけてきた。


 男性社会。


 前にした祖母の話ではないが、まだまだ女性の社会進出には色々な壁がある、法整備や常識もまだ定着しているとは言い難い、実際に日本の政財界を見ても、役員や全てほぼ男なのが現実だし、私自身、中堅商社で社会人として働いて色々あった。


「思うわ、トオシアは?」


「私も思いますよ」


「だけどさ、私はこうも思うんだよね」


「伺います」


「男性社会だけど、だから私は差別されている、なーんて被害者面するのは気に食わないのよね、それこそ負けを認めている感じでさ」


「同感です、ですけど知っていますか、クロラって、男女平等なんですよ、男だろうと女だろうと、ルールは一緒、強い方が偉いんです、つまり」



「タイトルホルダーが全員男なのは、男女差別ではなく男女平等の結果なんです、だから納得できるんです、ならば」



「四の五の言わず勝てばいい」



 と不敵に笑うトオシア。


 おおう「あれを倒してしまってもかまわんのだろう?」というトオシアのオーラが凄い、ちょっと怖い。


(盤外戦術とやらが、逆の意味で効いているのね)


「さあ! 私は私で頑張らないとね!」


 とそんなこんなで、大会はスタートしたのだった。





 そして始まった大会。


 参加者の関係上全て出場部門で午前中はトーナメントだったものの。


 つまり負けたらそれでおしまい。


 結果私は敗退したけど。


「~♪」


 私は2回戦負け、つまり1回戦は勝つことが出来たのだ!


 もうこれは本当に嬉しかった、会心の出来だった。


 お互いにミスはあったが、それでもトオシアのいう最後の粘りで、相手が降参したのだ。


 2回戦は、まあ、正直相手が強すぎてあっという間に負けてしまったけど、1回でも勝つと嬉しいというトオシアの言葉は本当だった、棋譜を取っておけばよかったと思うぐらいだ。


 とまあ、浮かれるのは、それぐらいにして……。


「…………」


 トオシアは集中力を高めている。


 それを見ている私達3人。


 トオシアはなんと予選トーナメントを突破、決勝リーグの6人に入ったのだ。


 本人も調子がいいと言っていたが、決勝ブロックでシードを破った時は会場にどよめきが起きたぐらい。


 昼食休憩を挟んで、間もなく決勝リーグ、女性はトオシア1人のみ、6人の総当たり戦。


 言葉はもういらないだろう。


「トオシア」


「はい」


「大会が終わったら、貴方の好きな物、何でも奢ってあげる」


「はい、ありがとうございます、楽しみにしています」


 と、言って控室を後にした。





 さて、本来だったら観客席に行きたいものであるが。


「実際、あのレベルの戦いになると、定石までは理解できても、そこからが全然わからなくなるのよね」


「定石っていうのは何なんですか?」


「定石というのは、まあ滅茶苦茶強い人が考えた「良手」という意味よ」


「じゃあそれを打てばいいんじゃないですか?」


「定石ばかりだったら、それこそ次に打ってくる手が分かるわけだから、対処もされちゃうのよ」


「へぇ、凄いんですね~」


「まあ私もヘボだから、よくわからないのだけどね、あのレベルの戦いになると、攻防が細かすぎて、私じゃわからない、でもね、決勝リーグだと、私たちみたいにわからない人が多いから興味がある人の、それぞれのプロがついて解説してくれるのよ、行きましょう」


 そう、この有段者の決勝リーグにだけ、3人のクロラのプロの人が来てくれてそれぞれの試合を解説をしてくれるのだ。


 私たちは、解説室に足を運び、席に着き、それとほぼ同時に、解説がスタートした。


「さて、いよいよ決勝リーグが始まります。ここでは決勝リーグに進出した紅一点であるトオシアさんと……」



「コアドさんとの試合です」



 そう、何の因縁か、あの痛い奴が相手なのだ。


「アマチュア地方大会と言えど、決勝リーグともなれば高レベルの戦いが繰り広げられます。聞けばお互いは何と最高学府のヴァフォルア大学のクロラ倶楽部出身で現在もお互いが貴族の上級使用人として活躍されています、ライバル同士という訳ですね」


「さあ、スタートです。先手はコアドさんから、どんなクロラを見せてくれるのか、一プロとして興味深いです」





(よし、順調だ)


 序盤の攻防は終始こちらの思惑通り、持ち時間が少ないアマチュアルールであるものの、時間はほとんど使っていない、終盤の寄せのために時間もたっぷり設けてある。


 コアドには野望があった。


 中流家庭に生を受けたコアドは、非凡な頭脳を持って生まれ、元より功名心の高く、社会的地位こそがステータスと考えた彼はいつしか上流の一員として認められることを人生の目標に設定した。


 上流。


 庶民の憧れの世界。


 その世界に庶民が仲間入りする方法はいくつかあるが、コアドが選んだのは貴族の使用人になることだ。


 たかが使用人と侮るなかれ、貴族子息の近侍、貴族令嬢の侍女は、社交では「招待客」として名を連ねる。


 その中でラニンキア伯爵家では、幹部候補生として採用されるというのはどういうことか。


 それは使用人の中で上級使用人であり家族の側近である男なら近侍、女なら侍女に採用されること。


 そして信任は必ず序列をつけらており、最下位からスタートする。


 ユリス嬢は、侍女を30人以上雇っており、その中で序列5位だけを連れて行き、社交界に参加させている。


 立場は使用人でも、ルカンティナ公国の上流の証、4大貴族が一堂に会する、聖公会で大講堂で開かれる社交に「参列者」として参加できる、庶民の憧れの場。


 世界で五指に入る国力を持つルカンティナ公国の上流の舞台はまさに世界だ、世界を股にかけて活躍できる。


 そのために自分は、自分の主であるラニンキアの家族がクロラが大好きという事で、取り入る手段として使ったし、ここで方面大会に出れば、更に序列の向上が見込める。


 プロは強くて当たり前だが、貴族らしいアマチュアリズムに酔うところがあるので、アマチュアの強豪を手下としているというのはステータスになる。


 そのために、倶楽部の先輩に頼んでプロの研究会に混ぜてもらい必死で訓練したのだ。


それだけじゃない、上流のたしなみである公国剣術、そして知的遊戯であるクロラに熱中した。


 最高学府の大学に進学した後も、剣術部と兼部する形でクロラ部に入った。



 そこで同級生となったのが、トオシアだった。



 トオシアは美人、それに加えて「色気」があるため、数々の男が手玉に取られていた。


 だけど、自分はどうしてもトオシアを魅力的とは思えなかった、それは初対面の時からずっとそうだった。


 とはいえトオシアのクロラでの対戦成績は、通算成績は勝率は7割、これは十分に勝ったといい戦績だし、相性もいいと判断できる。


(これで勝てば3位に入れば、方面大会に出場できる、仮に方面大会で敗退しても、それだけでアマチュアながら王国有数のアマチュア棋士だと認められる)


 そうすれば知的遊戯者のアマチュア強豪者として箔が付く。クロラは上流の知的遊戯でもあるから、これが強ければ、使用人としての箔が付く。


 自分はまだ近侍として採用されたばかり、序列は最下位だ。


 ラニンキア伯爵家では、序列5位に入れば社交に参加できる。


(聞けばかっこいい男につられて始めたんだよな! そんな奴に俺が負けるはずがない!!)


 と力強く石を打つのであった。



――解説室



「序盤の攻防は終わっていよいよ中盤戦に差し掛かってますが……」



 じっと盤面を見る解説役のプロ。



「序盤からずっとコアドさんにリードされっぱなしですね、旗色は悪いです」



 という言葉に私たちは自然と表情が厳しくなる。


 だが……。


「ですがトオシアさんも粘っていますね、一方的な展開にはなっていません、はっきり申し上げれば、これは一方的かなと思った時に何度が盛り返しているのですが……」


 ここで解説役は言葉を切って首をかしげる。


「その盛り返した手について、こう、何と表現したらいいのか……」



――



(打ち方が、変わってるのか? なんだこれ?)


 試合が始まってからずっと自分の優勢であることに変わりはない、これは一方的な展開にもできる、そう思っていたのだが、何度か盛り返されている。


 その手が、意味不明な打ち筋で……新手? いやいやいや、新手なんてそれこそ異次元の強さを誇るプロのタイトルホルダーやそれに準ずるトップ棋士達が、必死に考えて生み出すもの、とてもじゃないが、俺達レベルでは無理だ。


 だがその新手が本来だったら詰んでもいい状況を、回避している、これが自分が「優勢」でとどまっている理由。


 なんだろう、トオシアの打ち筋はまるで、知らない異国の定石のような、いや、新手は異国でもあっという間に情報が広まる筈、自分が全く知らないなんてことがあるのか、この日の為にプロに指導を仰いだのに。


 パチンという音で我に返る。


 その時のトオシアに打たれた石。


 一瞬目を疑った。


 これは……。



――解説室



「こ、こ、この一手は、どういうことでしょう、その、あの」


 トオシアの一手にしどろもどろになる解説役、それは無理もない。


(な、何をしているの、トオシア)


 そう、私ですらも分かる失着だ。


「あ、ありえません、こ、これで、逆転不可能です、で、ですが、トオシアさんの棋力はアマチュア4段クラス、この一手を打つこと自体が、ええ~?」


 混乱している解説役。


 な、何が起こっているの。



――



「…………」


 コアドは呆然と盤面に視線を落とす。


 なんだこれは、素人の打ち筋じゃないか。


 この局面での一手は勝負を投げたと解釈されてもおかしくない。


 投げる? この女が? ありえないだろう。


 正気かと思って、自然とその意志を確かめるように顔を上げた先。



 トオシアのほほえみを見て背筋が凍る。



 コアドは大学時代を思い出す。



 男を手玉に取る。


 美人でありお洒落で色気があって男受けをする顔や振る舞いで手玉に取る。


 ここでいう手玉に取るというのはどういうことなのか。


 そう、大学時代トオシアは。



 倶楽部の男3人の3股かけていて、その3股をやりとおしたのだ。



 ここでいうやり通したとはどういうことなのか。



 今でもこの3人は、それに気付いていないことだ。



 その3人は、こう言っていた。



――「トオシアみたいな可愛くて良い子と付き合えだけで幸せだったよ」



 という台詞を本当に幸せそうに言っていた3人の言葉を聞いてコアドはこう思った。


 多分自分が3股をかけられたと知っても、この3人は納得するのだと。


 綺麗に「清算」したトオシアに対し、義憤なのか自分でもよくわからない感情に動かされたまま、それを咎めた時のトオシアの顔の。



(あの時の笑みと同じ!!)



 思えばそうだったじゃないか。


 コイツはただ者じゃない。


 コイツの主、キョウコ嬢。


 四大貴族のユト公爵家当主の令嬢が大人になるというのは上流の一大関心事だった。これは政治的な意味も含むが、新たな侍女が誰に選ばれるのかも含まれる。


 虎視眈々と狙う人物が多い中、彼女は全部1人で段取りを組む、スカウトで1人、後はなんと公募をかけた。


 その結果……。


 侍女長に侍女を雇える金がない落ち目の貴族令嬢。


 警護に士官学校の落ちこぼれの新米将校。


 そして秘書として、目の前にいる女の世界では蛇蝎の如く嫌われている人間関係崩壊を楽しむ女というキワモノ揃いの3人で周りを驚かせた。


 元々変わり者として噂されている令嬢ではあったが……。



 そのキョウコ嬢は、龍討伐に深く関わっているという。



 そう彼女は龍という世界最悪の厄災を対峙し、勝利した勇者ナオドを召使、御使いと噂されるロルカムを所従として配下にしている。


 あの気に食わない伊達男なんて呼ばれているレザも彼女に心酔し、その3人はプライベートでも仲が良く、救国の3騎士なんて呼ばれていている。その3人ともキョウコ嬢を守る騎士として名乗りを上げている。


 ならば、その人物が見込んだ侍女達もただ者ではない。



 そうだ、そうだよ、コイツはタダ者じゃない。



 そもそも男達を顔色一つ変えず手玉に取る女なんて、いくら美人でも男だって願い下げだ。


 だが彼女は最後まで好かれていた、何故なら気遣いも欠かさないから、優しいから。



 そしてそれは、常に攻撃的だった俺に対しても優しかった。



 ああ、そうだ、あの時の義憤か分からない自分の感情。


 それは男を3股かけたとかそういう軽蔑の意味ではなくて。



 それは、トオシアが怖いからだ。



 その得体のしれない笑みの裏の考えが、全く分からなかったから。



 つまり、この手、新手と言えるほどの打ち方を考えれば、これは敗着と考えるのではなく、会心の一手、だから淀みなく打ったのだ。


 となれば、回避が最善、そう応手をすればよい。


 そう判断し、石を打つコアド


 だが、彼は気づかない。


 その応手の根拠がクロラという競技を根拠としていないことに。


 回避ではなく、それは逃避であることに。



 それは次の手でトオシアの手の敗着ともいえる手を更なる敗着の手で返してしまったことに気付いた時は既に手遅れだった。



――


「…………」


 解説役として呼ばれたプロが言葉を失っているこの盤面。


 それは私達も、他の打ち手たちも一緒。


「ぐ、ぎぎぎ」


 とコアドの歯ぎしりの音がここまで聞こえるようだった。


「ま、ま、負けました」


 絞り出すような声で敗北を宣言して、そのまま立ち上がって、ズンズンと立ち去る。


 誰もが分からない、トオシアの勝利、どよめきを受けて彼女は、悠然と立ち上がり、その場を後にした。





 そして大会終了、トオシアを含めた6人で行われた決勝リーグ、その結果は……。


 トオシアは6人中5位だった、勝ったのはコアドから挙げた1勝だけで、後は全敗だったのだ。


 そしてそのコアドは他の棋士から勝ち星を挙げるもトオシアの敗北が響いて4位、トオシアに勝っていれば3以内に入り文句なく進出していた。


 とはいえ決勝リーグに選出された6位まではちゃんと表彰される。


「残念だったね、でも決勝リーグに進出できるだけでも凄いよね!」


 トオシアは表彰式が終わり小さなトロフィーを持って私たちと合流する


「ま、1勝したとはいえ、それで精も根も尽き果てるようでは、私もまだまだ未熟ということです、それにしても全員が半端なく強かったですよ、プロを目指す人もいますから」


「でもあの嫌な奴に相手に勝てたじゃない」


「でも棋力という意味では、向こうの方が上ですよ、実際学生時代よりも強くなっていてかなり焦りました。何回か盛り返しましたけど、終始向こうのリードされていたんですよ」


「…………」


 当然その言葉で思い出すのは、あの一手、解説役のプロは「2人が何を考えているのか分からない」と結論づけるほかなかった。


「トオシア、あの一手のことなんだけど……」


「あの一手、ああ、アレですか」


「うん、プロの人が「これはやらかした」というぐらいのことを言っていて、逆転不可能になるとか言っていたんだけど、コアドの応手がもっとやらかしたらしくて、絶句していたわ」


「んー」


 と顎に指を当てて少し考えた後、彼女はクスリと笑ってこう言った。



「番外戦術ですかね」



:おしまい:



完結してありますが続きます。

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