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ニュクスの星にて  作者: 御御
《天秤》編
35/39

《天秤》の右手④

「前回のあらすじ」

 襲い来る竜の攻撃をかいくぐり、ロット・ワンは列車の後方へと走る。

 無謀かもしれない、賭け。

 しかしそれに勝った彼は、その手に掴んだ無数の武器を手に、再び柑子色の一つ目へと向かい合うのだった。

 《星の竜》に対して、通常の兵器はまったくの無力である。

 その異質すぎる身体構造と、地上の法則からかけ離れた奇怪な生命力の前では、どんな破壊的な手段をもってしても、それに「死」を与えることは決してできない。


 『人は、決して竜には届かない』


 ロット・ワンは、そんな古錆びた言葉を思い出しながら、弾倉が空になったガトリング砲をふっと放り捨てる。腰に巻いたベルトに素早く両手を突っ込み、そして、だらりと引っ掛けられた擲弾銃グレネードを二丁、同時に引き抜く。

 間髪入れず、引き金を引いた。吹くような低い発射音。ぐんと腕を引く反動とともに、二つの弾丸が空を裂いて真っ直ぐに飛んでゆく。小太りの四連装リボルバーがカチリと音を立て、抜け落ちた薬莢が、雨の跡がついた列車の屋根の上に小気味良い足音を刻む。

 初めの一発は、やはり外れであった。ガトリング砲による攻撃は、思ったよりも効果を成さなかったようだ。人体であれば、もう何十人もバラバラにしてしまえるような弾丸のシャワーに引き裂かれてなお、それは中空を滑るように駆け回っていた。

 霧のように溶け、そして再び胴体へと収束する竜の肉片。彼は、まるで煙が命を得たかのようなその存在を前に、効果が無いと知りつつも、それでも二発、三発と一心不乱に引き金を引く。

 レギオンでなければ、きっと反動で体がどうにかなっていただろう。彼は、四発目にしてようやく爆ぜる轟音を耳にして、ふっと息を吐きながら両手の擲弾銃を放り捨てた。


 「()()にとっては、きっと今日は厄日だろうね」


 赤々と色づく空に、バベルが苦笑いを響かせる。

 それでも、彼はまったく手を緩めなかった。今度は腰のベルトポーチから拳大の「筒」を取り出すと、それを空いた左手に握り締め、残る右手でベルトからアサルトライフルを引き抜く。


 「来るぞ」


 危険を知らせる声。彼は、反射的に床へ伏せる。

 その直後、煙をなぎ払い、凄まじい勢いとともに「首」が突っ込んでくる。柑子色の一つ目に、並々ならぬ輝きを宿したそれは、煙のように尾を引く蒼々とした湿り気のある鮮血とともに、彼の頭上を、半ば落ちるような角度で砲弾のように通り抜ける。

 幸い、それはかすりとてしなかった。しかし、その一瞬に感じた身を焦がすような凄まじい視線は、明らかに、それの()()が遊びでなくなったことを示していた。


 「バベル、《オレオール》は?」

 「無理だね、的が小さすぎる。それに、やっぱり巻き込んじゃうよ」


 バベルの答えに、彼は一息とともに振り返る。

 アサルトライフルの引き金を引き、「首」が落ちた地べたに向かって、執拗なまでの弾丸の追撃を容赦なく叩き込む。

 やはり、手応えは感じられなかった。ずるずると土煙を上げながら滑るように蛇行する「首」は、その後頭部に無数の穴を生じつつも、追ってくる蒼い鮮血色の煙を吸収して、みるみるうちに元の形へと再生し始めていた。

 胴が生え、足が生え、そして七色の薄翼みぎてを取り戻したそれは、薙ぐようなひと振りの風とともに、再び中空へと軽やかに舞い上がる。


 「くそっ……」

 

 悪態とともに、彼はアサルトライフルを放り捨てる。

 かつて、人類は、突如として現れた《星の竜》に、自らの生み出したあらゆる兵器でもって対抗した。銃に戦車、戦闘機、軍艦、そして核――。数え切れないほどの暴力、抑えきれないほどのエネルギー、それが、皮肉にも、「生存」というただ一つの目的のために振るわれた。

 自らの地球ほしさえも巻き込んだ、文明最後の戦い。それは、紛れもなく、人類のすべてが注がれた、最大の総力戦であった。

 しかし、それでも人類は敗れた。圧倒的な驚異を退けるために、圧倒的な破壊の力を志向した彼らの抵抗は、虚しくも、滅びの運命の前に為すすべもなく終わりを迎えることとなった。

 彼は、再び思い出す。


 『人は、決して竜には届かない』


 歴史の終わりに結ばれた、最後の言葉。

 果たして、彼らの抵抗に価値はあったのだろうか。多くの犠牲と、多くの苦しみを生んで、最後に滅んだ彼らの戦いは、本当に、ただ悪戯に悲劇を積み上げただけでしかなかったのか。

 生き残った者たちの目は、厳しい。

 しかし、彼はそうは思わなかった。

 たとえどんな絶望の中でも、どんな苦しみの中でも、立ち続ける理由があるなら、人は立つ。名誉のため、あるいは守るべきもののため、人類は、どんな時代も多くの犠牲を払ってきたのだ。

 違いなど、何もない。彼らは、彼らの使()()のために殉じた。それだけのことだ。何も変わらない、人類の営み。その繰り返しの線上に、人類の延長線(レギオン)が一体何を言えるというのか。

 彼は知っていた。歴史を、いや運命を変えてしまうような「幸運」は、時に、そのような理解の外の泥沼にこそ転がっているのだということを。


 「バベル、警告だ! 全員耳を塞げ!」


 惰弱を振り払い、彼は叫ぶ。

 《天使》は、それを受けて速やかに警告の信号シグナルを発した。《ダーガー》を通さない、荒削りなそのノイズがかった波長は、周辺にある《王国》の創造物すべてに、胸を騒がせるような不協和音を響かせ、そこに一つの命令を強制的に伝播させる。

 デリンジャー、マルカ、大隊長、そして列車のVivian(ヴィヴィアン)たち。彼らは、自らの身につけた機器が一斉に音を、あるいは文字を浮かび上がらせるのを耳目にして、咄嗟にその両耳を塞ぐ。

 左手を離れる、小さな筒。それが、放物線を描いて、上昇する竜のもとへと静かに昇っていった。


 そうして、すべての感覚が置き去りになった。


 方向さえわからなくなるほどの破壊的な轟音、それが、太陽のような光とともに世界をなぎ払った。

 スタングレネード。それは、人類が生み出した兵器の中において、珍しく殺傷力を持たないもの。耳をつんざくような爆発音と、ただ凄まじいばかりの閃光をそのすべてとするそれは、投げつけた相手を、あろうことか殺さぬように造られた奇特な兵器であった。

 ロット・ワンは、聴覚を落としてなお尾を引く耳鳴りをこらえながら、崩れた両足をゆっくりと持ち上げる。


 「いやぁ、寝起きの悪い。これだから骨董品は嫌だね」

 「どうせ聞いてなかったくせに」

 「まあまあ……ってそんなことよりさ、あれを見なよ。()()()だ」


 バベルの声に、彼は地上へと墜落する小さな光を見た。

 それは、全身の肉をぴくぴくとヒクつかせながら、まるで死んだ蚊のように身を固めたまま、力なく、一直線に頭から落ちてゆく。そこに、もはや燃えるような柑子色の輝きはない。

 とさりと、軽い音が響いた。それを受けて、列車が、まるで勝利を宣言するかのような汽笛を上げ、猛スピードで回転する車輪が、風のようにその余韻を連れ去ってゆく。

 やったのか――。頭をよぎる感触を、直感が速やかに否定する。

 《星の竜》は、あの程度では死なない。あれはせいぜい、頭に血が上ったところを、真後ろから叩かれてふらついているだけだ。見れば、現に倒れ伏したその肉体には、なおも再生を示す蒼い煙が蠢いていた。

 しかし、それでもそいつはもう追ってこれないだろう。

 予想以上の効果に、彼ははたと座り込み、そして解ける緊張のあまり大きなため息をこぼした。


 文明は、その最期に一つの「幸運」を得た。


 《星の竜》は、確かに通常の兵器では殺すことはできない。

 しかし、数多の死を築いた人類の抵抗は、その果てに、一つの「弱点」を掴み取っていた。


 竜の弱点、それは「音」――。


 銃の音、爆弾の音、航空機の音、サイレンの音、そして音楽シグナル

 様々な音が、《星の竜》に対して、()()()()を示すことが確認されたのは、口惜しくも、それとの戦いがいよいよ終わりを迎えようとしている時であった。

 しかし、生き残った人類は、残された知恵を無駄にはしなかった。そうして生まれたのが、《パイル》であり、レギオンであった。

 ゆえに、考えることは何一つ難しくない。《パイル》の「音」が効かないのならば、別の「音」を探せば良いのだ。そいつが嫌がるような、そいつが恐れるような、そんな当たり(ビンゴ)を引き当てるまで、撃って射って打ちまくる。

 最も古い、《星の竜》への対抗法。《王国》ではとうに廃れた、運任せの撃退法である。

 幕切れに、彼はすっくと立ち上がった。


 「やってみるもの、だな……」


 呆れ気味なその言葉は、ほかならぬ彼自身へと向けられた言葉であった。

 それ以降、あの竜が追ってくることはついになかった。

 そうして、彼は暗がりの向こうを凝視する。

 そこには、さながら下弦の月を思わせる、抉られたような黒々とした大山――《星見台》の輪郭が、ぽつぽつと灯る都市の明かりに照らされて、まるで怪物のように物々しく聳え立っていた。

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