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ニュクスの星にて  作者: 御御
《双子》編
19/39

《双子》の子供たち⑦

「前回のあらすじ」

 Vivienの少女、《マルカ》は重苦しい装甲に身を固め、小さく息をつく。

 かつての主を失った荒野は、いまや静けさに包まれ、その彼方で、蒼白いラインの輝きが瞬いていた。

 密かに道を行く、彼女の戦友たち。作戦は順調なはずだった。

 しかしながら、「目」である彼女が最後に見た光景は、誰もが予想だにしない、一つの恐怖の瞬間であった。

 こうなっては、もう誰が死んでも関係ないな。

 悲鳴のような駆動音、天地を覆う絶叫、そして星々の狂喜。

 ジャン・ジャルジャックは、目まぐるしく移り変わる光景に小さく笑みをこぼしつつ、ゆっくりとその右肩に触れる。

 車中には、Vivian(ヴィヴィアン)たちの泣き出しそうな声が、狂騒曲カプリッチオのように響いている。車長席に設けられたモニターには、かつてどんな悪夢にさえ現れることのなかったような光景が、文字通り、命の生々しさ得て映し出され、わけもなく跳ね上がる履帯は、時折、その足元に「ぱきり」と不快な音を立てた。

 戦場は、すでにその形を完全に失っている。押し寄せてくる《子供たち》の数は、いまや百を超え、亜人サバイバーたちの集団は、それに完全に包囲される格好となった。武器一つ持たない彼らは、その輝ける死の群れを前に、一人、また一人と泥の中に消え、まだ生きている者たちも、もはや自らの生存を絶望し始めていた。

 ジャン・ジャルジャックは、数少ない十両の戦車すべてを機動させ、どうにか状況の立て直しを図る。ぬかるみにも関わらず、全力で突進してくる戦車は、《子供たち》の群れに穴を空け、そして回頭とともにその背中に反撃の砲火を浴びせる。


 フィィィィィィッ!


 ふと、戦場に甲高い音色が鳴り響いた。

 大隊長の号令である。星々の輝きの中に、警告を示す無数の黄色のランプが灯ると、半狂乱の亜人サバイバーたちが、前方へと一斉に叫びながら疾走してゆく。

 道ができた。戦車の体勢が整うのを確認すると、彼は左腕を振り上げ、速やかに再突撃を命ずる。両の履帯が苦しげな唸りを上げ、獲物を追いかける《子供たち》を轢き潰しながら、亜人サバイバーたちの三つの集団の隙間を縫うように駆け抜ける。

 そして再びの砲撃。今度は多数が密集していたため、幸か不幸か、付近の亜人サバイバーたちの頭上には真っ白な粘液が雨のように降り注ぐこととなった。

 幸い、彼が囮となってくれたおかげで、貴重な二十一台のトラックは離脱させることができた。これにより、守るべき「後方」が消滅した戦場は、より大胆で、そしてより過酷なる姿へと変貌を遂げることとなる。


 「立ち止まるな、走り続けろ」


 マイクを手に、ジャン・ジャルジャックは命ずる。

 《子供たち》との戦闘において、止まらないことは何よりの鉄則である。「数」を最大の脅威とするそれらの前で、動きを止めるということは、そのまま絶望的な包囲――すなわち死へと直結する。そうなっては、もはやレギオンであろうが、亜人サバイバーであろうが、成すすべはない。もとより、《星の竜》の尊大な生命力を前にしては、地球の生命はあまりにも微力なのだ。

 ゆえに、彼が選んだのは、《星の夜》以前の旧世界において、()()()()とされた軽戦車であった。その速度は、全力においては、不整地でさえ時速70キロメートル以上を叩き出すことができ、同時に、現在確認されているどんな《星の竜》をも振り切ることができた。

 このことは、彼とその仲間たちに、「情報」と「経験」という巨大な果実をもたらした。これまで非常に危険とされていた《子供たち》との戦いは、機動による選択肢の拡大によって大きくそのリスクを減じ、結果、彼らはテンティウムの「最高戦力」へと至ったのである。


 「こんな()()()、一体どうやって使うっていうんだ?」


 不意に蘇る、懐かしい声。

 かつて、《星の竜》に対する兵器といえば、それはほかならぬ《レギオン(彼ら)》自身であった。事実、彼らはそのために生み出されたのであり、《星の竜》と戦うことは、すなわち彼らの存在理由そのものであった。

 しかし、どんなものにも、例外はある。「隻腕」のジャン・ジャルジャック。彼は、レギオンでありながら、竜と戦うための武器――それを掲げるための「腕」を持たなかった。空虚にはためくコートの袖は、まさしく、彼自身が()()()()()という烙印であり、ゆえに、彼の名は、《王国》では久しく嘲りの忌み名であり続けた。

 だが、だからこそ、彼は笑う。こんな夜にも、「戦場」は()()あるのだと。

 しかし、それは皮肉にも、レギオンたちの栄光の終わり――数多の()()たちの死によってこそもたらされたものであった。


 「()()、か。まったくその通りだよ、大隊長」


 彼は、胸の内側でうるさくわめきたてる、一つの高揚感を無視できずにいた。

 ぎらぎらと瞬く、車長席のモニター。そこには、全身から黄金の炎を吹き上げながら《子供たち》の群れへと突進する、一匹の()()の姿があった。


 「だが、あなたは一つ勘違いをしている」


 撫でるように吹き抜ける、生暖かい風。

 その胸を騒がせるざわめきは、戦いの熱波の中にあってなお、彼の確信を捕らえて離さなかった。


 「()()は、《生命いのち》などではない」


 その瞬間、車中のスピーカーに、耳をつんざくような轟音が響いた。

 少年少女たちの、甲高い絶叫。モニターを見れば、そこには何もないはずの場所で無残に砕け、横転した一両の戦車があった。


 「ジャン様! ジャン様! あああああああっ……!」


 瓶の中の獲物を貪る蛸ように、ハッチをこじ開け、中へと侵入してゆく《子供たち》。

 乗員の運命については、もはや語るまでもないだろう。動けなくなっては、戦車といえど、もはやただの鉄の棺桶に過ぎない。

 代替的人的資源ヴィヴィアンか――。最期の悲鳴を耳に、彼は静かにハッチへと登る。

 戦場には、徐々に霧が立ち込め始めていた。彼は、天上を覆い尽くす夜の雲を睨み、そしてその雷光の合間に、かすかに赤い光が瞬くのを目にする。


 「――あと少しだ。()()()()()()()、ロット・ワン」


 その呟きを、耳にした者はいない。

2019.5.1 一部の誤表現を修正。

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