《双子》の子供たち⑦
「前回のあらすじ」
Vivienの少女、《マルカ》は重苦しい装甲に身を固め、小さく息をつく。
かつての主を失った荒野は、いまや静けさに包まれ、その彼方で、蒼白いラインの輝きが瞬いていた。
密かに道を行く、彼女の戦友たち。作戦は順調なはずだった。
しかしながら、「目」である彼女が最後に見た光景は、誰もが予想だにしない、一つの恐怖の瞬間であった。
こうなっては、もう誰が死んでも関係ないな。
悲鳴のような駆動音、天地を覆う絶叫、そして星々の狂喜。
ジャン・ジャルジャックは、目まぐるしく移り変わる光景に小さく笑みをこぼしつつ、ゆっくりとその右肩に触れる。
車中には、Vivianたちの泣き出しそうな声が、狂騒曲のように響いている。車長席に設けられたモニターには、かつてどんな悪夢にさえ現れることのなかったような光景が、文字通り、命の生々しさ得て映し出され、わけもなく跳ね上がる履帯は、時折、その足元に「ぱきり」と不快な音を立てた。
戦場は、すでにその形を完全に失っている。押し寄せてくる《子供たち》の数は、いまや百を超え、亜人たちの集団は、それに完全に包囲される格好となった。武器一つ持たない彼らは、その輝ける死の群れを前に、一人、また一人と泥の中に消え、まだ生きている者たちも、もはや自らの生存を絶望し始めていた。
ジャン・ジャルジャックは、数少ない十両の戦車すべてを機動させ、どうにか状況の立て直しを図る。ぬかるみにも関わらず、全力で突進してくる戦車は、《子供たち》の群れに穴を空け、そして回頭とともにその背中に反撃の砲火を浴びせる。
フィィィィィィッ!
ふと、戦場に甲高い音色が鳴り響いた。
大隊長の号令である。星々の輝きの中に、警告を示す無数の黄色のランプが灯ると、半狂乱の亜人たちが、前方へと一斉に叫びながら疾走してゆく。
道ができた。戦車の体勢が整うのを確認すると、彼は左腕を振り上げ、速やかに再突撃を命ずる。両の履帯が苦しげな唸りを上げ、獲物を追いかける《子供たち》を轢き潰しながら、亜人たちの三つの集団の隙間を縫うように駆け抜ける。
そして再びの砲撃。今度は多数が密集していたため、幸か不幸か、付近の亜人たちの頭上には真っ白な粘液が雨のように降り注ぐこととなった。
幸い、彼が囮となってくれたおかげで、貴重な二十一台のトラックは離脱させることができた。これにより、守るべき「後方」が消滅した戦場は、より大胆で、そしてより過酷なる姿へと変貌を遂げることとなる。
「立ち止まるな、走り続けろ」
マイクを手に、ジャン・ジャルジャックは命ずる。
《子供たち》との戦闘において、止まらないことは何よりの鉄則である。「数」を最大の脅威とするそれらの前で、動きを止めるということは、そのまま絶望的な包囲――すなわち死へと直結する。そうなっては、もはやレギオンであろうが、亜人であろうが、成すすべはない。もとより、《星の竜》の尊大な生命力を前にしては、地球の生命はあまりにも微力なのだ。
ゆえに、彼が選んだのは、《星の夜》以前の旧世界において、最も速いとされた軽戦車であった。その速度は、全力においては、不整地でさえ時速70キロメートル以上を叩き出すことができ、同時に、現在確認されているどんな《星の竜》をも振り切ることができた。
このことは、彼とその仲間たちに、「情報」と「経験」という巨大な果実をもたらした。これまで非常に危険とされていた《子供たち》との戦いは、機動による選択肢の拡大によって大きくそのリスクを減じ、結果、彼らはテンティウムの「最高戦力」へと至ったのである。
「こんな鉄くず、一体どうやって使うっていうんだ?」
不意に蘇る、懐かしい声。
かつて、《星の竜》に対する兵器といえば、それはほかならぬ《レギオン》自身であった。事実、彼らはそのために生み出されたのであり、《星の竜》と戦うことは、すなわち彼らの存在理由そのものであった。
しかし、どんなものにも、例外はある。「隻腕」のジャン・ジャルジャック。彼は、レギオンでありながら、竜と戦うための武器――それを掲げるための「腕」を持たなかった。空虚にはためくコートの袖は、まさしく、彼自身がそうなのだという烙印であり、ゆえに、彼の名は、《王国》では久しく嘲りの忌み名であり続けた。
だが、だからこそ、彼は笑う。こんな夜にも、「戦場」はまだあるのだと。
しかし、それは皮肉にも、レギオンたちの栄光の終わり――数多の仲間たちの死によってこそ齎されたものであった。
「魔物、か。まったくその通りだよ、大隊長」
彼は、胸の内側でうるさくわめきたてる、一つの高揚感を無視できずにいた。
ぎらぎらと瞬く、車長席のモニター。そこには、全身から黄金の炎を吹き上げながら《子供たち》の群れへと突進する、一匹の怪物の姿があった。
「だが、あなたは一つ勘違いをしている」
撫でるように吹き抜ける、生暖かい風。
その胸を騒がせるざわめきは、戦いの熱波の中にあってなお、彼の確信を捕らえて離さなかった。
「生贄は、《生命》などではない」
その瞬間、車中のスピーカーに、耳をつんざくような轟音が響いた。
少年少女たちの、甲高い絶叫。モニターを見れば、そこには何もないはずの場所で無残に砕け、横転した一両の戦車があった。
「ジャン様! ジャン様! あああああああっ……!」
瓶の中の獲物を貪る蛸ように、ハッチをこじ開け、中へと侵入してゆく《子供たち》。
乗員の運命については、もはや語るまでもないだろう。動けなくなっては、戦車といえど、もはやただの鉄の棺桶に過ぎない。
代替的人的資源か――。最期の悲鳴を耳に、彼は静かにハッチへと登る。
戦場には、徐々に霧が立ち込め始めていた。彼は、天上を覆い尽くす夜の雲を睨み、そしてその雷光の合間に、かすかに赤い光が瞬くのを目にする。
「――あと少しだ。しっかりやれよ、ロット・ワン」
その呟きを、耳にした者はいない。
2019.5.1 一部の誤表現を修正。




