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ニュクスの星にて  作者: 御御
《双子》編
18/39

《双子》の子供たち⑥

「前回のあらすじ」

 中央の死闘の傍らで、密かに進むいくつかの影があった。

 見上げるような長身のレギオン。彼は、与えられた《天使》とともに、エレレート・ラインを目指す。

 道中に広がる、かつての人類の廃都。

 そこで、彼は生まれて初めて《天使》への恐怖を知るのだった。

 鼻をくすぐる潮の香りに、かすかに硝煙の匂いが混じっていた。

 Vivien(ヴィヴィアン)の少女、《マルカ》は、地平線の輪郭に一つの影が沈むのを確認すると、その()()()()()()()右手を振り上げ、後方に向けて短く合図を送る。

 それを受けて、二十両の戦車の群れが一斉に前進を再開する。硝煙の匂いに、燃料の焦げる不快な匂いが加わって、茫漠たる夜の寒空に、かすかに黒い煙が舞い上がった。

 彼女は、どちゃりと音を立てる黒ずんだ大地を踏みしめ、ゆっくりとその両足を持ち上げる。見れば、その全身はレギオンさながらの真っ黒な重装甲に彩られ、その傍らには対戦車ライフルを思わせる長大な火器と、そして、そこから彼女の頭部へと伸びる無数の配線があった。


 「――三発。狙撃となると、やはり火力の問題は避けられませんね」


 自らの獲物を眺めながら、彼女は小さく息を吐く。

 レギオンにはない、雪のような真っ白な息。

 それは、彼女が確かに生きているという証であると同時に、その場所が、いまやずいぶんと冷え切ってしまったことを示している。

 《牡羊アリエス》――。かつて、そこを支配していた主は、少し前に、その存在のすべてを終えた。いつかの日、そこに近づいた時に感じた生暖かい風はどこにもなく、射抜かれるような鋭い気配も、大地に響く巨大な足音も、もうどこにも感じられない。

 いまや、そこにあるのはどこまでも続く平坦な荒野のみであり、命の気配はといえば、さっきのような《子供たち》の()()()が、気まぐれのようにちらほらと見えるばかりであった。

 

 「となると、砲身をもっと大口径に……そうなると《擬似外殻》の重量が……」

 「《リー》様、これ以上の重量化は不可能です」


 隣から発せられた悪いアイデアを、彼女はきっぱりと否定する。

 そこにいたのは、白いショールを羽織った、やや細身のレギオン。《リー》と呼ばれた彼女は、マルカの言葉にがっくりと肩を落とすと、ため息混じりに、両の腕でずっしりと腕を組んだ。


 「どっちにせよ、無茶な話よねえ。こんな位置から、《星の竜》を狙撃するなんて。そもそも、《弾丸》の構造を理解しているのかしら。こんなの、どう考えたって狙撃って向きじゃないわよ」


 悪態をつきながら、彼女は手のひらに握った、拳大の《弾丸》をまじまじと見つめる。

 それは、フルメタルジャケット弾を思わせる、細長い金属製の弾丸。その先端は槍のように鋭く、幾重にも重ねられたキャップ状の真鍮が、刃のそれに似た鈍い輝きを放っている。そして、その全身の至るところには、わずかに目視できるばかりの不規則な「あな」が穿たれ、その姿は、さながら小さな笛のようであった。

 

 「()()()()()なんて、本当にどういう生き物なのかしらね」


 リーは、所在無げにふらふらと歩いてみせる。

 そして、その脇を、知らぬとばかりに戦車の群れが通り過ぎてゆく。


 「それを解明するのも、君の使命だろう?」


 ふと、その声とともに、一台のトラックが二人の横に停車した。

 巨大なコンテナの側面が開き、そこから、渡し板のような重厚な鉄板が滑り降りてくる。

 そこから現れたのは、全身に灰色のローブをまとった、一人のレギオン。


 「さあ出発だ。マルカを収容したら、運転は代わってくれよ」

 「分かったわ。本当はもう少しデータが欲しいところだけど、的がいないんじゃあねえ」

 「それはご愁傷様。でも、迂回組としては安全なのは結構な話だね。というか、君たちも実験ばかりしていられないだろう」


 そう言って、その男――《ロックウェル》は、いかにも重そうなマルカの右手を持ち上げる。

 彼女は、うっかり足を外さないよう、彼の手を頼りに、一歩一歩前へと進んでゆく。そうして一分近くをかけてコンテナへと乗り移った彼女は、すぐさま、そこに用意された玉座のような大椅子に倒れるように座り込んだ。


 「それでは、これから《コクーン》の展開を始めます。トリガーはこちらに。各班は、敷設を終え次第、速やかに《王国》へと撤収してください」


 彼女の言葉に、無数のエンジン音が声のように唸りを上げる。

 見れば、先行した戦車とは別に、後方からさらに十両のトラックが、荒野のあちこちへとバラバラに走り出していた。


 「それで、あなたはこれからどうするの?」


 ふと、リーがロックウェルに問いかける。


 「先行して、《シェルター・ゲール》との接触を図るよ。ジャン・ジャルジャックからは、五両のみで向かうよう言われている。残りは、デリンジャーと合流した後、彼に任せることになっている」


 彼は、荒野の彼方で蒼白く輝く一本のラインを指差して、小さく頷いた。

 マルカは、そんな彼の言葉を聞きながら、しかし、五両という少数に、やや不安を覚えずにはいられなかった。


 「気をつけなさいよ。あっち側は、まだ何も確認できていないんだから」


 どうやら、リーも同じことを考えていたらしい。

 しばらくぶりのご挨拶、大人数はいただけないにしても、やはり未確認地域への進入には危険が伴う。

 やめたほうがいいのではないか――。思いはしても、自分はあくまでVivien(ヴィヴィアン)。主であるレギオンの決定に、異論を挟むような立場にはない。それに、幸運にも《シェルター・ゲール》から援軍を取り付けることができれば、作戦の成功率はぐんと高くなるだろう。

 どうなるにせよ、これは信頼の問題だ。だからこそ、リーも余計な口出しはしない。そして、ロックウェルも、当然そのことを理解している。


 「大丈夫だよ。今日は静かだし、《子供たち》の姿も少ない。作戦は順調だ。だから、君らもうっかりヘマをするなよ」


 そう言って、彼は遅れてやってきた一両の戦車に乗り込んだ。

 ハッチの締まる音。彼女は、その音が聞こえる瞬間だけは、無意識的に目を閉じる。

 戦友の背中が、遠ざかってゆく。ロックウェルを見送ったリーは、大椅子に座るマルカに近づき、その頭部の外殻に、新たな配線を取り付ける。それは、彼女の座る大椅子、そしてトラックの車体そのものから真っ直ぐに伸びていた。


 「始めるわ。()()()が成功したら、とりあえず状況を教えて頂戴」

 「かしこまりました」


 一つ深呼吸をして、彼女はすべての意識を頭の中に集中する。

 コンテナの中に配された無数の電子機器が音を立て、真っ暗なはずの彼女の視界が、まるで夢のようにゆっくりと揺らめき、一つの光景を形成してゆく。


 天上に、ガラスの砕け散る音が響いたのは、その時であった。


 そうして、彼女は幻視する。

 じわりと、滲むように現れたその光景は、まさしく、目の前で歓喜の声を上げる輝ける異形が、彼女の小さな頭を、ぐちゃりと音を立てながら貪り食う瞬間であった。

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