《双子》の子供たち⑤
「前回のあらすじ」
その戦いは、明らかに異様な気配に満ちていた。
亜人の大隊長は、肌を震わせる生暖かい風に、最悪の結末を予感する。
隣で笑う、真っ赤な両目の男。
残された時間が多くないことを悟った彼は、意を決して、自ら死地を呼び寄せるのだった。
「そういやさ、《双子》ってどんな竜なの?」
がらがらとした走行音に混じって、ノイズがかった声が響いた。
にわかに雨の滴る、迷路のような岩場。その切り立った無数の狭間の道の一つを、十両の戦車が、縫うように走っていた。
先頭で行き先を見据えるのは、見上げるような長身のレギオン。彼は、ハッチの外に広がるその荒れ果てた世界を前に、ふと小さなため息をつく。
「《双子》については、俺たちも知らない。いや、《王国》でも、知っている者の方が少ないだろう。《ダーガー》によれば、《双子》が最後に目撃されたのは、今から百年以上も前のことだ」
言いながら、彼は頭部の、およそ「耳」にあたる部分を軽く小突いた。
「それ以降、奴を見た者は誰もいない。ゆえに、現在判明していることは、奴が繁殖能力を持っているということだけだ」
鬱陶しいとは思わない。しかし、それでも少しばかり警戒がおろそかになるのは避けられないだろう。
彼は、外殻の集音機能が強化されたことを確認しながら、再びその岩場へと目を向ける。
空の半ばでぽっきりと折れた、巨人のような大岩。その傾いた幾何学模様の残骸が、森のようにどこまでも広がっている。彼方に立ち昇る蒼白い薄明かりは、そんな傷跡から覗くひしゃげた骨組みを背景に生々しい影を落とし、そのひっそりとした暗がりの下では、いつかの成れの果てたちが、今もなお、泥と雨の中で無言のまま横たわっていた。
「それじゃあ、これは別の奴の仕業ってわけだ」
バベルの声が、いやに低く聞こえた。
息をつき、彼は静かに視線を逸らす。
そこに転がっていたのは、青白い、苦悶に満ちた人類の死体。
そのありありとした恐怖の群れは、果てしない歳月を経てなお、朽ちることなく、当時の惨劇を文字通り彫像の永遠さでもって現在に残し続けている。
ポイントC-104――通称、《ヨロス》
かつて繁栄を誇ったはずの人類の「都市」は、いまや物言わぬ《銀の死者》たちの眠る、呪われた石の墓標と成り果てていた。
「少なくとも、《ダーガー》はそう判断している」
いくらかの間を置いて、彼は言った。
「そして、それが俺たちがここにいる理由だ。竜が竜を遠ざける――信じれば、確かにこれ以上の迂回路は無いだろう」
その声音には、かすかに不安の色が滲んでいた。
《ダーガー》の判断は、多くのレギオンにとって絶対的なものである。それは、このような「外征」に関しても例外ではなく、事前に立案された計画は、ほとんどそれが間違いないものとして実行される。
ゆえに、その道が安全だと判断されれば、当然、そこに払われる警戒はごく最低限なものとなる。実際、彼の後ろに続く九両の戦車は、見通しの悪い地形にも関わらず、いずれも目視による警戒は一切行っていなかった。
「なるほど。つまり君は、《ダーガー》を信じていないわけだ」
バベルの言葉に、彼は一瞬身を固める。
「俺は新参だ。機械の言うことを信じるというのは――」
言いかけて、彼はふと奇妙な違和感に気づいた。
思えば、今言葉を交わしている「相手」は、一体何者なのだろう。ふとした疑問が、彼の言葉を詰まらせる。
その直後、くすりとした微笑が、頭の中を駆け抜けた。
「どうかした?」
それは、彼が生まれて初めて感じる、《天使》への恐怖であった。
多くのレギオンが知らぬままに発する、その機械的な名前の響きは、まさに今、彼の中でどろりとした生々しいそれへと変わり始めていた。
闇の中から伸びる、真っ白な手。見えざるそれが、脳の内側を撫でるように掴み、あらゆる感覚の数々を、微笑みながら持ち去ってゆく。それに気づいた彼は、何もないはずの天上へ、わけもなく視線を注がずにはいられなかった。
夜の帳に、ガラスの砕け散る音が響き渡ったのは、それからすぐのことである。
それは、誰にも理解されることのない、初めての接触。すなわち、《天使》という存在の、初めての知覚にほかならなかった。




