《双子》の子供たち③
「前回のあらすじ」
砲撃の轟音が大地を震わせる。
《子供たち》と邂逅した彼らのもとに、ついに行進の笛の音が鳴った。
追い立てられるように、ただただ前へと進む亜人たち。
それは、彼らの《懲罰》の始まりであった。
頭が、いやに冴え渡っていた。
大気を潰す爆音、頭を刺す刺激臭、手足に触れる生命の温もり、そして闇を燃え立たせる炎。
すべてが、彼の中で一つとなっていた。
まるで枷から解かれたかのようなその感覚に、彼は一抹の戸惑いを覚えながらも、目の前で再び立ち上がる、その白い星々に静かに両目を注ぐ。
『人は、決して竜には届かない』
誰かの言葉が、頭の中を反芻する。
そして、それを残酷に肯定するかのように、星々の群れが、一斉にその頂に真っ赤な一等星を輝かせた。
《星の竜》に、通常の兵器はまったく無力である。要塞を突き崩す砲弾だあろうが、都市一つを丸ごと圧殺する爆弾であろうが、それらの尊大な生命の前には、ほんの一時の気休めにしかならない。
現に、今彼らの目の前では、焼かれ、潰され、引きちぎられたそれらの肉が、まるで意思を持つかのように寄り集まり、癒着し、元の異形の全身を再生しつつあった。
「あああああああああああっ!」
唐突に上がる、絹を裂くような絶叫。
見れば、無慈悲なパレードの先頭が、いち早く再生を終えた異形たちに絡め取られていた。輝ける触腕が、蛇のようにしなりながら首輪にかかり、絶叫を上げる大口に喜々として入り込む。そして、次の瞬間、それは哀れな彼の頭から突き抜けていた。
どちゃりと、ぬかるみに影が落ちる。賢明な彼らの仲間たちは、すでに反逆ぎりぎりの距離を稼ぎつつ、次の標的に自分がならないように背中を奪い合っていた。
しかしながら、それはあまり意味のない努力であった。一つの命を刈り取ったその白い異形は、次なる標的を選り好みせず、手近なものから速やかに処理しにかかる。その手際は見た目に似合わず鮮やかなもので、まるで熟練の職工か何かのように、一つ、また一つと最低限の動きで命を刈り取ってゆく。
やがて、その作業にそれの同胞たちが参戦すると、パレードの先頭はあっという間に恐慌状態に陥った。
「どけ! どけ! あ――」
あちこちで虫が潰れるような音が響く。
正気を失った者に待っているのは、首輪のもたらす容赦ない死のみであった。
星々は、さらに増える。彼らの悲鳴につられたのか、あるいは血の匂いがさらなる呼び水となったのかは定かでない。どちらにせよ、それはいまや亜人たちの左方集団に接触したものだけでも十匹を超え、後方にはさらに倍以上の輝きがちらつきつつあった。
砲火が吹き上がってから、まだ十分も経たない間の出来事。亜人たちの左方集団――数にして三百の兵員は、早くも三分の二近くまでその数を減らし、敵の増加も手伝って、すでに全滅、戦線の崩壊は時間の問題となっていた。
「第二射、撃て!」
しかし、その直前で、再び大地に爆音が響き渡る。
同時に無数の火柱が上がり、暴れまわっていた白い星々が、衝撃とともに引きちぎられる。
もちろん、意味のない一撃だ。それも、捕らわれた同胞まで巻き込んでいるのだから救いようがない。わずか一分足らずで、それらは再び再生を始めるのだ。
彼は、そんな凄惨な光景を向こうに、もう一度静かに数を数える。
一つ、二つ――現在、左方正面に食らいついているのは、全部で二十四匹。そのうち、さっきの砲撃で行動不能になっているのが十三匹。黒煙越しの前線は、見た目にはいくらかの隙ができているように見える。
しかし、それは「罠」なのだ。
レギオンは、断じて英雄ではない。
小さくとも、あの《星の竜》の大群に突撃すれば、あっという間に身動きが取れなくなり、呆気なく命を落とすことになるだろう。
まれに、レギオンを超人か何かと勘違いしている者がいるが、そういう奴は、大抵《王国》の外に出たことがない奴か、あるいは出たっきり戻ってこない奴のどちらかだ。
だから、レギオンたちは思考を巡らせる。あらゆる手段を駆使して、自分が不利にならないよう人間らしく立ち回る。そうして何とか生き残ってきた結果が、《王国》の今の平穏だ。
しかし、彼は「彼ら」とは違う。
数え終わると同時に、彼は小さく息を吐く。
そして、自らの左胸に、まるで突き刺すようにその右手を振り下ろすと、彼は一切の躊躇い無く、亜人たちの集団から飛び上がった。
「スラスター、30%解放」
呟くや否や、彼の背中に機械的な擦過音が走る。
その直後、そこにまるで翼のような炎が吹き上がり、彼の全身に、熱とともにふわりとした奇妙な浮遊感がもたらされる。
数メートル下で、亜人たちが驚愕の声を上げた。
それと同時に、彼の「翼」が、正面の星々に向けて真っ直ぐに跳躍する。飛んだわけではない。単に勢いよく放り投げられただけだ。
しかし、それでも狙いは正確であった。
放物線を描いて凄まじい速度で落下する彼の両足は、目の前で獲物を狩ろうとする竜の頭を、寸分たがわず真っ直ぐに押し潰す。
「逃げろ」
打ち捨てられた獲物に、彼は短く命令する。
見れば、そこにはぴくぴくと震える首なしの竜と、その純白の肉を絡めて鈍く輝く、人の腕ほどもある無骨な「杭」のシルエットがあった。
「いっぴきめ」
無貌の表情の下に、密かに悪意ある笑みが浮かぶ。
直後、その背中に無数の鈴の音を従えた教会の鐘の音が、その星に夜の終わりを告げるのだった。
「ちき、きちちち……」
突然の乱入に、周囲の竜たちが一斉に彼の方向を向く。
意思疎通をしているのか、あるいは単なる鳴き声なのか、それらは奇怪な音を発すると、彼らは自らの獲物を放り出し、まるで誘われるようにしずしずと彼の元に近寄ってくる。
彼が囲まれたのは、それからすぐのことだ。
足元の肉片には、もう何の輝きもない。《星の竜》にも、同胞愛のようなものはあるのだろうか。そんなことを考えながら、彼はもう一度数を数える。
十匹。一人で捌ききるには、あまりにも多すぎる数であった。
「――おめでとう。これでようやく、お前も騎士だ」
父の言葉が、頭をよぎる。
しかし、彼はそんな記憶とは裏腹に、目の前の現実に、どこか皮肉めいたものを感じていた。
「何も、変わらないよ」
独りごち、彼は杭を振り上げる。
竜たちは動かない。ただじっと、彼の挙動をその真っ赤な目で見つめ続けるだけだ。
そして、彼は跳び上がる。寒空のただ中、獣のように身をかがめ、杭の切っ先を大地に向けた彼は、重力の赴くまま、眼下の竜へと刃を突き下ろす。
鐘の音は、そのまま開戦の銅鑼となった。
真っ赤な一等星が、その輝きに燃え上がる怒りを現すと、無数の触腕が、槍のように突き出される。
それは、その一匹を斃したばかりの彼の全身に文字通り風穴を空け、茫洋と揺れる白光の中に、串刺しのオブジェを形作る。
呆然とする亜人たち。見れば、彼らの行進は、後方のVivianたちの停止に伴って、さながら立ちすくむように止まっていた。
「第三射、撃て」
一瞬の静寂、それを破ったのは、無数の砲撃の音であった。
狙われたのは、彼を取り囲むそれらではなく、先のダメージから立ち直った十三匹。よちよちと、再生を終えたばかりの触腕をぎこちなく動かすその集団は、死なずとはいえ、再び無慈悲な爆風の犠牲者となった。
そして、その黒煙の中に、黄金色の火花が吹き上がる。
同時に、そこら中に無数の鐘の音が響き渡り、黒い霞の向こうから、いよいよ「怪物」がその姿を現す。
その全身に、傷など一つも無かった。ただ、そのところどころに空いた円形の風穴からは、黄金色の火柱が燃え上がり、その中から、同じ色に輝くどろりとした体液が、まるでマグマのように溢れ出していた。
やがて、それは黒煙が晴れると同時に、周囲の外殻と癒着し、一体化する。
気がつけば、そこにあったはずの星々の輝きは、いまやどこにも見当たらなかった。
「じゅういち」
冥土から響くような声が、夜の大気を震わせる。
《好例》――。人類が目指したレギオンの結末は、呪わしくも、殺すべき《竜》たちにあまりにも近しい存在であった。




