表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ニュクスの星にて  作者: 御御
《双子》編
15/39

《双子》の子供たち③

「前回のあらすじ」

 砲撃の轟音が大地を震わせる。

 《子供たち》と邂逅した彼らのもとに、ついに行進の笛の音が鳴った。

 追い立てられるように、ただただ前へと進む亜人たち。

 それは、彼らの《懲罰》の始まりであった。

 頭が、いやに冴え渡っていた。

 大気を潰す爆音、頭を刺す刺激臭、手足に触れる生命の温もり、そして闇を燃え立たせる炎。

 すべてが、彼の中で一つとなっていた。

 まるで枷から解かれたかのようなその感覚に、彼は一抹の戸惑いを覚えながらも、目の前で再び立ち上がる、その白い星々に静かに両目を注ぐ。


 『人は、決して竜には届かない』


 誰かの言葉が、頭の中を反芻する。

 そして、それを残酷に肯定するかのように、星々の群れが、一斉にその頂に真っ赤な一等星を輝かせた。

 《星の竜》に、通常の兵器はまったく無力である。要塞を突き崩す砲弾だあろうが、都市一つを丸ごと圧殺する爆弾であろうが、それらの尊大な生命の前には、ほんの一時の気休めにしかならない。

 現に、今彼らの目の前では、焼かれ、潰され、引きちぎられたそれらの肉が、まるで意思を持つかのように寄り集まり、癒着し、元の異形の全身を再生しつつあった。


 「あああああああああああっ!」


 唐突に上がる、絹を裂くような絶叫。

 見れば、無慈悲なパレードの先頭が、いち早く再生を終えた異形たちに絡め取られていた。輝ける触腕が、蛇のようにしなりながら首輪にかかり、絶叫を上げる大口に喜々として入り込む。そして、次の瞬間、それは哀れな彼の頭から()()()()()いた。

 どちゃりと、ぬかるみに影が落ちる。賢明な彼らの仲間たちは、すでに反逆ぎりぎりの距離を稼ぎつつ、次の標的に自分がならないように背中を奪い合っていた。

 しかしながら、それはあまり意味のない努力であった。一つの命を刈り取ったその白い異形は、次なる標的を選り好みせず、手近なものから速やかに()()しにかかる。その手際は見た目に似合わず鮮やかなもので、まるで熟練の職工か何かのように、一つ、また一つと最低限の動きで命を刈り取ってゆく。

 やがて、その作業にそれの同胞たちが参戦すると、パレードの先頭はあっという間に恐慌状態に陥った。


 「どけ! どけ! あ――」


 あちこちで虫が潰れるような音が響く。

 正気を失った者に待っているのは、首輪のもたらす容赦ない死のみであった。

 星々は、さらに増える。彼らの悲鳴につられたのか、あるいは血の匂いがさらなる呼び水となったのかは定かでない。どちらにせよ、それはいまや亜人サバイバーたちの左方集団に接触したものだけでも十匹を超え、後方にはさらに倍以上の輝きがちらつきつつあった。

 砲火が吹き上がってから、まだ十分も経たない間の出来事。亜人サバイバーたちの左方集団――数にして三百の兵員は、早くも三分の二近くまでその数を減らし、敵の増加も手伝って、すでに全滅、戦線の崩壊は時間の問題となっていた。


 「第二射、撃て!」


 しかし、その直前で、再び大地に爆音が響き渡る。

 同時に無数の火柱が上がり、暴れまわっていた白い星々が、衝撃とともに引きちぎられる。

 もちろん、意味のない一撃だ。それも、捕らわれた()()まで巻き込んでいるのだから救いようがない。わずか一分足らずで、それらは再び再生を始めるのだ。

 彼は、そんな凄惨な光景を向こうに、もう一度静かに数を数える。

 一つ、二つ――現在、左方正面に食らいついているのは、全部で二十四匹。そのうち、さっきの砲撃で行動不能になっているのが十三匹。黒煙越しの前線は、見た目にはいくらかの隙ができているように見える。

 しかし、それは「罠」なのだ。


 レギオンは、断じて英雄ではない。


 小さくとも、あの《星の竜》の大群に突撃すれば、あっという間に身動きが取れなくなり、呆気なく命を落とすことになるだろう。

 まれに、レギオンを超人か何かと勘違いしている者がいるが、そういう奴は、大抵《王国》の外に出たことがない奴か、あるいは出たっきり戻ってこない奴のどちらかだ。

 だから、レギオンたちは思考を巡らせる。あらゆる手段を駆使して、自分が不利にならないよう()()()()()立ち回る。そうして何とか生き残ってきた結果が、《王国》の今の平穏だ。


 しかし、彼は「彼ら」とは違う。


 数え終わると同時に、彼は小さく息を吐く。

 そして、自らの左胸に、まるで()()()()ようにその右手を振り下ろすと、彼は一切の躊躇い無く、亜人サバイバーたちの集団から()()()()()()


 「スラスター、30%解放」


 呟くや否や、彼の背中に機械的な擦過音が走る。

 その直後、そこにまるで翼のような炎が吹き上がり、彼の全身に、熱とともにふわりとした奇妙な浮遊感がもたらされる。

 数メートル下で、亜人サバイバーたちが驚愕の声を上げた。

 それと同時に、彼の「翼」が、正面の星々に向けて真っ直ぐに()()する。飛んだわけではない。単に勢いよく放り投げられただけだ。

 しかし、それでも狙いは正確であった。

 放物線を描いて凄まじい速度で落下する彼の両足は、目の前で獲物を狩ろうとする竜の頭を、寸分たがわず真っ直ぐに押し潰す。


 「逃げろ」


 打ち捨てられた獲物サバイバーに、彼は短く命令する。

 見れば、そこにはぴくぴくと震える首なしの竜と、その純白の肉を絡めて鈍く輝く、人の腕ほどもある無骨な「杭」のシルエットがあった。


 「いっぴきめ」


 無貌の表情の下に、密かに悪意ある笑みが浮かぶ。

 直後、その背中に無数の鈴の音を従えた教会の鐘の音が、その星に夜の終わりを告げるのだった。


 「ちき、きちちち……」


 突然の乱入に、周囲の竜たちが一斉に彼の方向を向く。

 意思疎通をしているのか、あるいは単なる鳴き声なのか、それらは奇怪な音を発すると、彼らは自らの獲物を放り出し、まるで誘われるようにしずしずと彼の元に近寄ってくる。

 彼が囲まれたのは、それからすぐのことだ。

 足元の肉片には、もう何の輝きもない。《星の竜》にも、同胞愛のようなものはあるのだろうか。そんなことを考えながら、彼はもう一度数を数える。

 十匹。一人で捌ききるには、あまりにも多すぎる数であった。


 「――おめでとう。これでようやく、お前も()()だ」


 父の言葉が、頭をよぎる。

 しかし、彼はそんな記憶とは裏腹に、目の前の現実に、どこか皮肉めいたものを感じていた。


 「何も、変わらないよ」


 独りごち、彼は杭を振り上げる。

 竜たちは動かない。ただじっと、彼の挙動をその真っ赤な目で見つめ続けるだけだ。

 そして、彼は跳び上がる。寒空のただ中、獣のように身をかがめ、杭の切っ先を大地に向けた彼は、重力の赴くまま、眼下の竜へと刃を突き下ろす。


 鐘の音は、そのまま開戦の銅鑼となった。


 真っ赤な一等星が、その輝きに燃え上がる怒りを現すと、無数の触腕が、槍のように突き出される。

 それは、その一匹を斃したばかりの彼の全身に文字通り風穴を空け、茫洋と揺れる白光の中に、串刺しのオブジェを形作る。

 呆然とする亜人サバイバーたち。見れば、彼らの行進は、後方のVivian(ヴィヴィアン)たちの停止に伴って、さながら立ちすくむように止まっていた。


 「第三射、撃て」


 一瞬の静寂、それを破ったのは、無数の砲撃の音であった。

 狙われたのは、彼を取り囲むそれらではなく、先のダメージから立ち直った十三匹。よちよちと、再生を終えたばかりの触腕をぎこちなく動かすその集団は、死なずとはいえ、再び無慈悲な爆風の犠牲者となった。


 そして、その黒煙の中に、黄金色の火花が吹き上がる。


 同時に、そこら中に無数の鐘の音が響き渡り、黒い霞の向こうから、いよいよ「怪物」がその姿を現す。

 その全身に、傷など一つも無かった。ただ、そのところどころに空いた円形の風穴からは、黄金色の火柱が燃え上がり、その中から、同じ色に輝くどろりとした体液が、まるでマグマのように溢れ出していた。

 やがて、それは黒煙が晴れると同時に、周囲の外殻と癒着し、()()()する。

 気がつけば、そこにあったはずの星々の輝きは、いまやどこにも見当たらなかった。


 「じゅういち」


 冥土から響くような声が、夜の大気を震わせる。

 《好例ロット》――。人類が目指したレギオンの()()は、呪わしくも、殺すべき《竜》たちにあまりにも近しい存在であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ