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ニュクスの星にて  作者: 御御
《双子》編
13/39

《双子》の子供たち①

「前回のあらすじ」

 ロット・ワンは、ジャン・ジャルジャックの仲間たちと合流した。

 彼らの協力のもと、次の目標が《シェルター・ゲール》であることを確認し、《双子ジェミニ》の小竜群の掃討作戦を練る。

 しかし、作戦会議も終わろうという時、《ダーガー》が《バベル》の声を引き連れて現れる。

 そこで言い渡されたのは、彼から《バベル》を剥奪するという予想外の通告であった。

 泥の跳ねる音が、いやに高く聞こえた。

 静かだ。頬をすり抜けるかすかな風のさざめきに、彼はぼんやりとそう思う。

 真っ黒な雨雲は、いまや名残惜しげな雫とともに空の彼方へ還りつつあり、にわかに色づく地上の闇には、霞むような地平線の輪郭が薄らと浮かび始めていた。


 もうこんな時間か。

 

 どれだけの時間が経ったのか、彼はまるで覚えていない。

 右手で瞬く光の文字は、まもなく「AM 10:00」を指し示そうとしていたが、そこに至るまでの精神的な実感は、これまでにないくらい浅薄なものだった。

 ()()()()()というだけで、時間はここまで無価値となれるのか。

 頭の中にたゆたうそれに、彼は血を抜かれたような深い虚脱感を感じる。


 「正直、殺されると思ったよ」


 隣で、ジャン・ジャルジャックが言う。

 彼らを乗せた大型のトラックは、前後六つの車輪を慎重に回しながら、まるで歩くような足取りで直進を続けていた。その後方には、同様の車両が二十両追従し、さらに後方には、唸りを上げる無骨な戦車が十両、牽引されるようにとろとろと付き従っている。

 速度は、時速にしておよそ15キロメートル。大降りでなかったとはいえ、雨が降ったばかりの地表は、すでに十分過ぎるほどのぬかるみと化している。うっかり()()()ことを考えれば、それが現状における目一杯の速さであった。


 「だが、それだけは言い出せなかった。言い訳にもならないかもしれないが、実際、これは俺にとっても――いや、()にとっても、不本意な話だったんだ」


 その言葉に、返ってくる声はない。

 だが、それでもその男は、そこにいるであろう「誰か」に向けて、ぽつぽつと話を続ける。


 「《第二世代セカンド・ロット》。彼は――《デリンジャー》は、およそ百年ぶりに()()()()、新しいレギオンだ」


 ぼんやりとした人影が、頭の中に浮かび上がる。

 その男の声は、確かに彼の耳に届いていた。

 しかし、その意味については、彼の脳には一言たりとも届いてはいない。忘我、健忘、あるいは酩酊、そんな数々の言葉でもってさえ表現し得ないある種の「壁」によって、それは尽く神経の中に霧散していた。

 《抑制機ブロッカー》。ジャン・ジャルジャックは、ふと彼の首を締めつける、その真っ黒な「輪」に目を向ける。《ダーガー》によって与えられたそれは、()()()使途を飛び越えて、彼の精神そのものを脅かしつつあった。


 「俺は、()()されるのか?」

 

 独りごちるように、彼はつぶやく。

 うわ言だ。しかし、()()()()()言葉が発せられていることに、その男はいくらかの安堵を覚える。


 「――《ダーガー》は、何も言っていない。まあ、そうであったとしても、お前さんの前で言うなんてことはしないがね」


 その男は、あえて答えをぼかす。


 「ともあれ、《ダーガー》がお前さんの状態を懸念していたのは事実だ。城下の違法物資が、その体にたんまり埋められてることは、上の連中はみんな知ってる。だが、《好例ロット》は一人。《ダーガー》が、そこに()()()()()()を求めたとしても、わからない話じゃあないだろう」


 その男は、後方の車体に飛び石が跳ねる音を聞きながら、静かに左拳を握る。


 「だから、彼はゆり起こされた。記憶も無く、保護されるべき人類の柩から、ただ一人だ」


 それは、怒りではない。

 その男の拳を震わせていたのは、ただ純粋な「無意識」であった。


 「お前さんが死ねば、次が起こされるだろう。人類の存続さえ可能なら、《ダーガー》は迷いなく犠牲を選ぶ。ただ一人は、二人、三人となり、計画は永遠に修正され続ける」


 風が止み、雲が止まった。

 すべての車輪が一斉に速度を落とし、彼らのトラックの後方に合図を告げる赤灯が灯った。

 ジャン・ジャルジャックは、車輪が停止したことを確認すると、その左手をおもむろに彼の首へと向け、その首輪ごと、彼の体を車外の泥の上へと放り捨てる。


 「だから、俺は賭けることにしたのさ。《好例ロット》としてではなく、お前さんが人類の、いや、俺たちの仲間として相応しいのかをな!」


 その男はコートの中から拳銃レールガンを取り出すと、彼に向けて迷いなく引き金を引いた。

 鋭い破裂音が大気を震わせ、音速を超えた弾丸が、真っ黒な首輪を一撃のもとに弾き飛ばす。


 「《懲罰大隊》整列! 敵は近いぞ、死にたくなければ今すぐ並べ!」


 その号令の直後、すべてのトラックのコンテナが開放される。

 そこからは、武装した黒い軍服姿のVivian(ヴィヴィアン)たちとともに、数え切れないほどの亜人サバイバーたちがあぶくのように溢れ出す。武器一つ持たない彼らは、その状況にただ押し出されるがまま行進し、湿った荒野の上に、一塊の集団を形成する。

 首輪の呪縛から投げ出された彼は、まるで悪夢から覚めるようにはっと身を起こす。


 「おはよう。お前さんのおかげで、俺は今回()()()の反逆だ。まったく、とんだ外れくじだよ」


 見上げれば、そこには真っ赤な両目を喜々として輝かせる、ジャン・ジャルジャックの姿があった。


 「さあ、《子供たち(ガキども)》のお出ましだ」


 その男が、戦いの始まりを告げる。

 雨上がりの冷たい大地に、にわかに暖かい風が流れた。

 それは、鼻腔を曲がらせる鈍い悪臭とともに、じりじりと音を立てながら、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 見通しの悪い、砂漠のような丘陵の群れ。その波の如き輪郭を、いまだ見えぬエレレート・ラインの蒼白い汚染光が、まるでライトスクリーンのように映し出し、その頂上にまします一つの「星」を、さながら指輪の宝石のようにおぞましく映え立たせていた。

 彼は、すぐにそれを理解した。忌まわしく、しかしどこか懐かしいようなその感覚は、紛れもなく、彼が殺すべき《星の竜》を表していた。


 「うわああああああああああっ!」


 亜人サバイバーの一人が、悲鳴を上げる。

 そいつに、「胴体」と呼べるものは何ひとつなかった。

 まるで死体から抜け落ちた頭髪が、そのまま絡まって命を得たかのようなその恐るべき造形は、あるいは海洋生物か、はたまた顕微鏡の中の微生物のようにも見えた。

 しかし、それは決して、地球の生物種などではない。純白の輝きを放ち、痩せこけた触腕の群れでもって直立するそれは、その背中に蜉蝣のような「翼」を持ち、頭部に当たる頂点の膨らみには、《星の竜》の証たる輝く「一つ目」を頂いていた。


 《双子ジェミニの子供たち》


 その醜い星の分け身は、丘の下に自らの獲物が集まっていると知ると、一斉に「キリキリ」と金属を擦るような歓喜の奇声を上げる。

 すると、一つ、また一つ。丘の上に、純白の影が増えてゆく。それは、やがて指輪の輪郭を覆い尽くし、さながら丘の上に無数の太陽が昇っているような光景へと変じた。

 そして、その直後、そいつらのほっそりした触腕が、信じられない速さで躍動する。人の二倍ほどもある長躯の群れが、輝く濁流と化して、ついに彼らに向けて突進を開始した。

2019.5.25 一部の描写漏れを修正。

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