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ニュクスの星にて  作者: 御御
《双子》編
12/39

テンティウム⑤

「前回のあらすじ」

 黒煙にむせぶその広場に、もう一つの影が立つ。

 大隊長と呼ばれたその古い亜人は、自らの出自を皮肉に思いながら、ジャン・ジャルジャックと再開する。

 しかし、その男が連れてきたのは、竜をも殺す「《天使計画》の落とし子」であった。

 「《シェルター・ゲール》は、《王国》に最も近い友好都市の一つだ」


 幕下の暗がりに、一つの声が反響する。

 ジャン・ジャルジャックは、眼下で輝く大きな光の絵図に向かって、なぞるように一本の棒を突きつける。

 そこには、荒廃した大地の縮図が半ば立体的な形で示されていて、そのところどころに、淡く輝く金属製のピンが印のように立てられていた。

 彼は、そんなミニチュアのような()()を、一つまた一つとゆっくりと辿りながら、それに合わせた説明を、ごく淡々とした口ぶりで行ってゆく。

 その円卓を囲むのは、彼を含めた七人の仲間たち。ジャン・ジャルジャック、ロット・ワン、そして大隊長に、Vivien(ヴィヴィアン)の少女が一人と、他三人のレギオンという構成だった。


 「《牡羊アリエス》が死んだことで、《ポイント・エレレート》への道が開けた。したがって、当地域への橋頭堡として、《セントラル》との境界、すなわち《エレレート・ライン》に位置するこの都市は、なんとしても確保する必要がある」


 その棒が示す先には、大きな「川」のイメージが表示されていて、《エレレート・ライン》の文字と線は、それにぴったりと沿う形で浮かんでいた。

 旧世界の地名は、今となってはほとんど廃れている。それは、単に時間が経ったからという理由ではなく、地球が死の星となったその日、《夜の星》と呼ばれる蒼い彗星・・の衝突によって、地形そのものが大きく歪んでしまったからだ。それは、後に発生した様々な副次的な災害と合わさって、過去の地名による認識を、ほとんど無価値なものにしてしまった。

 ゆえに、現在は一般的に、《王国》によって整理されたいくつかの「ポイント」による呼称が用いられている。


 《セントラル》


 最初にして唯一の例外であるこの地名は、《王国》の都市を含む周辺地域一帯を示している。

 それは、およそ半径20キロメートルから成るやや歪な円形で、《王国》はその中央に位置している。


 《ポイント・エレレート》


 これは、今から三年前に名称された地名で、《セントラル》のすぐ南方に位置する。

 範囲は、先のそれよりも十倍近いおよそ半径200キロメートルの広大な地域であり、境界名であり、同時に河川名でもある《エレレート・ライン》が両地域の間を隔てている。

 そして、彼らの目指す《シェルター・ゲール》は、ちょうどその《セントラル》側の岸部に位置しているのだった。


 「しかし、《エレレート・ライン》周辺には、現在《双子ジェミニ》の小竜群が徘徊している状況であり、目標都市への接触は困難を極める。ゆえに、今回の作戦は、これを掃討することが目的となる」


 差し棒が動き、地図上に三本の凸記号が現れる。

 それは、《セントラル》と書かれた最も大きなピンから発し、地図上の南方へ、東西中央の三方向から抱き込むように移動してゆく。


 「まずは中央だが、これは俺のA中隊と、大隊長の《懲罰大隊》が担当する。展開距離は300メートルとし、先行して敵の引きつけと足止めを行う。東と西は、それぞれ《デリンジャー》のB中隊と《ロックウェル》C中隊とし、包囲の形成と新手への警戒を担当してもらう。《リー》と《マルカ》の支援中隊は、両隊に追従して《コクーン》の展開だ」


 そこまで言って、ジャン・ジャルジャックは差し棒を下ろす。


 「要するに、()()()()()()だ。《子供たち(ガキども)》を集めて囲んでミンチにする。なにも特別なことはない。もっとも――」


 彼は、その視線を静かに隣へと向ける。


 「――今回は、ある()()()に来てもらっている」


 言うまでもなく、その視線はロット・ワンに向けられたものだ。

 彼は、全員から注がれる視線に戸惑いながらも、十字を切るように右腕を胸元に寄せ、簡単な「敬礼」の姿勢を取る。


 「ロット・ワンだ。《ダーガー》の命令により、我々に同行する。まあ、同じ《赤綬位レッド・サッシュ》同士だ。仲良くやってくれ」


 ふふんと微笑しつつ、ジャン・ジャルジャックは差し棒を円卓に置く。

 すると、初めて見る四人の顔のうち、三人が円卓越しに彼の前へ右手を差し出した。


 「《ロックウェル》だ。C中隊の指揮をしている。君のことは、かねがね聞いていたよ。どうぞよろしく」


 最初にやってきたのは、《ロックウェル》と名乗る灰色のローブ姿の男であった。

 その表情は、レギオンの仮面のために見えるはずもないが、その柔和な声色には、どこか大人しそうな印象があった。


 「《リー》よ。ジャンの言ったとおり、小隊を預かっているわ。仕事は後方だけれど、支援が必要な時はいつでも言ってね」


 次は、白いオールを羽織った、やや細身の――言葉遣いからおそらく――女であった。

 彼女は、どこか浮ついた軽薄な調子で、彼の手を勢いよく取る。その声は、さっきの男と比べると、少々楽天的な印象を受けるものだった。


 「《マルカ》です。Vivien(ヴィヴィアン)ですが、《リー》様の副官おめつけやくをしております。ご安心を、寿命は調整されています。何なりとご相談ください」


 続いて、先の案内役によく似たVivien(ヴィヴィアン)の少女が言った。

 彼は、力が入らないようしずしずとその手を取る。

 Vivian(ヴィヴィアン)が戦力として使用されているというのは、どうやら本当だったらしい。困惑とともにゆっくりと手を離す彼であったが、そのわずかな時に映ったその手には、無数のタコ、あるいは痣のようなものができていた。


 「《デリンジャー》だ。そう呼ばれている」


 最後に少し遅れたタイミングで、腕を組んだままの「素体」の男が、つぶやくように言った。

 その見た目は、まるで岩のような長身の偉丈夫であり、声も、それに相応しい地鳴りを思わせる低いものであった。

 彼は、無意識的とも言える所作で、胸元の()()()()()をゆり動かす。よく見れば、それは彼の身からはあまりにも小さすぎる、銀色の「デリンジャー」であった。


 「彼はB中隊を指揮している。無口な男だが、別に機嫌が悪いってわけじゃない」


 ジャン・ジャルジャックが、苦笑い気味にそう付け加える。

 その場を、ひと時の笑声が包む。

 その男とは古くからの付き合いであったが、その仲間たちについては、これが初めての出会いだった。彼は、どこか懐かしい感覚を手のひらに感じながら、再び円卓の面々を見渡す。

 そこには、城下では一度たりとてなかった、人間・・の景色があった。


 「それで、()()()に一体何をさせようというのかな?」


 しかし、それをノイズがかった声が破る。

 ざわめき立つ円卓。姿なき声の乱入に、六つの影が一斉に身構える。

 天幕の布切れが小刻みに震え、不協和音の如きくぐもった微笑が、茫洋とした灯りの中に妖しいさざ波を立てる。


 「バベル」


 低い声が、責めるようにその名を呼ぶ。


 「随分とご機嫌だったじゃないか。忘れられたんじゃないかと、心配していたよ」


 皮肉げな声が、彼の耳をざらつかせる。

 ()()へと立ち戻った彼は、その言葉の裏に、確かな悪意の揺らめきがあるのを感じていた。


 「どうして、お前の声が()()()()?」


 彼は、短く問いかける。

 《天使バベル》の声は、普通の人間には聞こえない。それを知覚し、理解できるのは、それと結んだ彼だけである。

 しかし、今、その声はこの場にいる「全員」に聞こえている。それは、本来であれば決してあり得べからざることであり、異常と言っていい出来事だった。


 「答えよう。それは()()()から発せられている」


 どこからともなく、新たな声が割って入る。

 冷徹な、あるいは年老いた老人のようなその声は、じわりと胸の奥に響くような低い響きの中に、機械的な高い反響音を混じらせていた。


 「《ダーガー》!?」


 ローブ姿のレギオン――ロックウェルが叫ぶ。

 見れば、その男を含めた一同の混乱した目は、すべて「彼」の一点へと向けられていた。


 「まさか、本当に出てくるとは思わなかったよ」


 肩をすくめ、ジャン・ジャルジャックは言う。

 間違うはずもなかった。その声こそは、《王国》のすべてを統括する命無き支配者、《都市知能ブレイン》――《ダーガー》それに他ならなかった。

 地図の光が、砂嵐を纏って大きく歪む。そうして、改められた大地の上には、《都市知能ブレイン》の名に相応しい、象徴化された「脳」のイメージが浮かび上がっていた。

 彼は、思わず身を乗り出す。しかし、喉まで出かかったその言葉は、何よりも速く飛んでくるその信号・・によって、一言たりともその場に響くことはなかった。


 「ロット・ワン、君の音声回路は、現在()()によって共有されている」


 《ダーガー》が言った。


 「抗議は認められない。君には、ただ私の言葉を聴き留める義務がある」


 その声に、抑揚は一切無い。

 彼は、一人でに声を発する喉に手を伸ばし、どうにかその支配から逃れようとする。


 「それで、結局何をするのさ?」


 《ダーガー》に代わって、別の声が彼の喉を震わす。

 伸ばした手は、結局喉を掴むことはなかった。目の前でぴたりと静止したそれは、もはや彼の一部ではありえないことを残酷に表していた。 


 「――ジャン・ジャルジャック」


 《ダーガー》が、いやに低い声を発する。


 「君の行動は反逆的だ。しかし、《管理者》の判断により、本件による処罰は見送ることとする」


 猫が身を竦めるように、ジャン・ジャルジャックがわずかに後ろに下がる。

 仲間たちの視線が泳いだところから、どうやら彼らにとっても寝耳に水だったらしい。真っ赤な両目をぎろりと光らせながら、彼は再び地上の脳みそへと戻す。


 「ジャン・ジャルジャックに代わり、各員に告ぐ」


 だが、彼は見落としていた。

 動揺の広がるその円卓で、ただ一人、静かに次の言葉を待っていたのを。

 そして、《ダーガー》はそんなに満足するかのように、悠然たる響きでもってそれを告げるのだった。


 「ロット・ワンより、《天使バベル》への接触アクセス権を剥奪する。これに伴い、ロット・ワンは《懲罰大隊》へ編入、同権限は、すべて《デリンジャー》へ移譲する」


 《天使》の声は、もう聞こえない。

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