表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ニュクスの星にて  作者: 御御
《双子》編
10/39

テンティウム③

「前回のあらすじ」

 テンティウムの街を行くロット・ワンの耳に、不穏な声が届く。

 その先にいたのは、毛むくじゃらの人型生物「亜人サバイバー」たち。

 彼らの配給を巡る騒ぎを眺めていると、ふとそこに一台のトラックがやってくる。

 そこから出てきたのは、亜人たちを威圧するジャン・ジャルジャックの姿であった。

 ガラスの曇り空を、猛った駆動音が震わせていた。

 黒煙の立ち込める、テンティウムの街外れ。その一際開けた港のような区画を、一台のトラックが静かに駆け抜ける。コンテナからこぼれるのは、不安と興奮が入り混じった、獣のような低い声。その胸を騒がせるざわめきに、彼は、無意識のうちに運転席の影をなぞる。

 その席に、()()()はいない。ジャン・ジャルジャックは、独りでに回るハンドルを面白そうに眺めながら、虚空にふと愉快げな声をこぼした。

 

 「そろそろ、事情を説明してくれないか?」


 沈黙を守るその男に、彼はため息混じりに問いかける。

 事は、《亜人サバイバー》たちの食堂まで遡る。あの薄汚れた広場に、ジャン・ジャルジャックがやってきて最初に行ったことは、亜人サバイバーたちの()()であった。

 捕らえられたのは、列の先頭にいた三十匹。連行の理由は、テンティウムの「秩序」を乱したことであった。

 そのことについては、特に異論は無い。彼らは、多かれ少なかれ、あの広場での騒ぎに関わっていた者たちだ。当事者たちが、自らの行動の責任を要求されるというのは、ごく自然な流れのように思われる。

 しかし、彼はそれでも納得できずにいた。というのも、当の()()()()の中には、彼自身が含まれていたからである。

 むろん、それは彼が罪を犯したという意味ではない。彼の潔白については、同行していた《Vivien(ヴィヴィアン)》が証明するところであるし、実際、そのような宣告はされてはいなかった。

 しかし、それでも彼は捕えられた。いや、捕らえられたというよりは、()()を余儀なくされた。ジャン・ジャルジャックと出会ってすぐ、《ダーガー》から命令が届いたのである。


 「《Vivien(ヴィヴィアン)》の案内ナビゲートを即時中断し、ジャン・ジャルジャックの護送車に同乗せよ」


 それは、彼にとって衝撃的な出来事だった。

 《ダーガー》は頑なな支配者である。その命令は一度発せられれば、よほどのことがない限り修正は行われない。たとえ、そもそもの始まりが《サー・ローレンス》――つまり人間の言葉であったとしても、そこから《Vivien(ヴィヴィアン)》に案内ナビゲートの命令を下すのは、彼女らの管理者である《ダーガー》である。したがって、途中でその命令が撤回されたということは、《ダーガー》の計算に何らかの問題が生じたということにほかならない。

 《都市知能ブレイン》――《王国》のすべてを統括する命無き支配者の心変わりは、彼の胸に言い知れぬ不安を抱かせていた。


 「珍しいことではないんだ」


 いくらかの間を置いて、ジャン・ジャルジャックが答える。


 「城下は安定しているからな、知らないのも無理はない。驚くかもしれないが、テンティウムでは、もう《ダーガー》の計画が何度も狂わされている」

 「なんだって?」

 「今回のことも、その一つだ。どうやら、ダーガーはいよいよ亜人サバイバーどもを抑えきれなくなってきたらしい」


 その声には、どこか皮肉げな響きがある。

 彼は、視線をふと背後に向ける。狭いコンテナに、すし詰めのように押し込まれた彼らが、一体何をしたというのだろうか。


 「奴らは、よく増える。そして、長生きだ。()()()よりもな。だから、奴らの管理は、いつだって人手不足だ。言いたかないが――《天使計画》の悲劇が、まだ尾を引いているのさ」


 ジャン・ジャルジャックの言葉に、彼は思わず固まる。

 体中に不快な熱が走る。その言葉は、彼にとって、そしてすべてのレギオンたちにとって、何よりも最悪な心的外傷トラウマの一つであった。

 わずかに、静寂が流れる。そして、そこに続くジャン・ジャルジャックの言葉は、あえてそれを挟んだに相応しい、不穏に満ちたものだった。


 「お前さんの待ち人だが、死んだよ。《橙綬位オレンジ・サッシュ》の《ウォーラン・ウォーグレイヴ》。俺の飼い主だった男さ。殺したのは――亜人サバイバーだ」


 息が止まる。彼は、背後のコンテナを伺いながら、広場での光景を思い出す。

 彼の疑問は、最悪の形で答えを得た。「待ち人」がいなくなったのでは、《ダーガー》も命令を修正せざるをえない。

 しかしながら、それはもはやどうでもよいことだった。問題は、すでに命令が修正されたことよりも、その原因となった()()()()()()へと移り変わっていた。


 「《帰還論者リターナーズ》と言ってな。最近、《王国》のあちこちで厄介な事件を起こしてる。レギオンが襲われることも珍しくない。ちょうど、今回のようにな」


 その声には、どこか苦々しい響きがこもっていた。


 「まったく、うまく取り入ったつもりだったんだがな……。まあ、無事にお前さんと会えたのは幸いだった。調()()も上手くいったことだし、計画はなんとか実行できそうだ」


 かすかに皮肉げな笑みを浮かべ、その男は彼の目の前に指を走らせる。

 すると、何もない中空に光の文字が浮かび、同時に、その情報が飛び込むように頭の中に入ってくる。


 『ロット・ワンに命ずる。《エレレート・ライン》にて《双子ジェミニ》の小竜群を掃討し、《シェルター・ゲール》を調査せよ』


 それは、紛れもなく《ダーガー》からの命令であった。

 トラックが、静かにその音を止める。流れていた景色が静止し、彼の目に、眩い白光を放つ無数の照明と、その下に広がる煤まみれの地面が飛び込んでくる。


 「到着だ。ようこそ、我が機甲連隊へ。俺が、お前さんの待ち人だ」


 そこには、旧世界の姿があった。

 唸りを上げ、遥かな夜空へと砲身を伸ばす、鉄の獣たち。それが、行く手を閉ざす巨大な門に向けて津波のように押し寄せている。その黒々とした履帯あしは、煤まみれの地面に灰色の土煙を立て、にわかに歪んだ装甲は、照明の白光の中に群青の輪郭を浮かび上がらせていた。

 ジャン・ジャルジャックの「機甲連隊」。それこそは、合計40両の「軽戦車」から成る、テンティウムの最高戦力であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ