〈6〉
〈6〉
「『あなたと初めて出会ったときね、私とっさに思ったの。あなたとは何か縁があるってね…。気がついたときには、もう私の腕の中にグロリアがいたのよ』。赤坂典子はそう言いながら、醜いグロリアの頭をいとおしそうに撫でてたわ。あたしは彼女と出会ったあの冬の夜、突然熱を出して寝込んだことや、そのとき見た夢の話を彼女にした。彼女はときおり深く頷きながら、あたしの話を聞いてくれたの。彼女は何か考えてる表情をしながら『そんなことがあったのね…』ってぽつりと言ったあと、あたしにこんな話をしたわ…。
『あなたの見た夢と少し似た話があるの。中国の少数民族に伝わる民話なんだけどね…。
…あるとき、狩人が森を歩いていると、ふいにどこからか若い女の悲鳴が聞こえてきたの。狩人が声のほうへ駆けつけてみると、曲がりくねった太い松の木のような大きな蛇がいて、悲鳴をあげる女の体に巻き付いていたのよ。それを見た狩人はとっさに弓を引き、蛇の眼をみごとに射抜いたわ。すると力を失った蛇は女の体からするりとほどけ、よろよろしながら森の奥へ逃げていった…。
ここまではあなたの夢の話とほぼ同じね。でもこの話にはまだ続きがあるの…。
…狩人は助けてやった女を村へ連れて帰り、その女と結婚したの。やがて女は子供を身ごもったのだけれど、二人のなれそめを知ったある村人が、女の身ごもっている子供は蛇の子供ではないかという心ない噂を広めたの。噂を信じ込んだ村人たちは、しだいに女を白い目で見るようになり、狩人の夫婦は村八分にされてしまったわ。でも村人はそれでも飽き足らず、女が村にいるのは不吉だ、女を村から追い出せと村中の人たちが言い始めたの。するとあるとき、血気にはやった村人が松明を持って集まり、二人の住む小屋へ火を放ったの。村人の仕打ちを恐れた狩人と女は、逃げるように村を去ったわ。行くあてのない二人は、誰も来ない森の奥に隠れて子供を産むことにしたの。でも産まれてきた子供は、こともあろうか村人の噂どおり、蛇のように鋭い眼を持った異常な子供だったのよ。狩人は失望して子供を川に捨てようとしたわ。でも女は狩人の手から子供を奪い取り、その蛇の眼を持った我が子を抱いて狩人の元から去っていったのよ…。
その後、子供はすくすく成長し、蛇のようにずる賢く、執念深い人間になっていったわ。彼は人の多く住む都へ行き、めきめき頭角を現わして、ついには国の王にまで上りつめたの。彼はみごとに国を治め、多くの富を手に入れたわ。そんなあるとき、彼のもとに貧しい身なりをした男が現れ、自分こそが王の父であると言い出したの。その男とは、産まれたばりの彼を川に捨てようとしたあの狩人だったのよ。王となった彼は、恨み一つ言うことなく狩人を許し、一緒に城へ住まわせたの。するとその後、なぜか国は乱れ、やがて隣国の戦に巻き込まれて滅びていった…。
話はこれでおしまいよ』
彼女は話を終えると軽く呼吸を整え、ゆっくりお茶をすすってたわ。あたしはこの話を聞いて何かを考えようとしたんだけど…、考えようとすればするほど、その何かはどんどん逃げて行くような気がしたの。赤坂典子はそんなあたしの様子を察して、『このお話はあなたの夢の話とは関係ないのよ。もしかして、あなたに嫌な思いをさせちゃたかしら』ってあたしを気遣ってくれた。あたしは首をふって『そんなことありません』って言ったあと、『このお話の教訓はなんですか?』って彼女に訊いたの。すると彼女は優しく微笑みながら、『私にもわからないの』って答えたわ。