05 鍛錬の中で
厳しい鍛錬の中で、ギルガは新たな戦い方を見い出すが・・・
(どうしてこうなった?)
すっかり手に馴染んだ・・・と言うか、馴染まされた盾に、膝下から鼻までのほとんどを隠すようにして、ギルガは相手の攻撃を受け止める。
「くっ!」
容赦ない連撃は、しかし盾の表面をわずかに削るのみで、ほとんどダメージはない。
実際、ほんの一週間ほど前、初めてアルフを相手に鍛錬を始めた時には、ギルガは何度も死にかけた。
いや、もしかすると、一度ならず冥土の土を踏んでしまっていたのかもしれない。
だが、倒れる度に、リーリアの治癒魔法により、ギルガは蘇った。
夜明けから日没まで、食事以外は休憩なしの鍛錬だ。
最初の日、昼食のスープすら喉を通らないギルガの姿を見たリーリアが、
「こんなこと続けてたら、本当に死んじゃいますよ!」
すると、淡々と咀嚼を続けていたアルフ曰く、
「死なないためのリーリアさんです。
実際、危なかったのは、最初の一、二回だけですよね。」
そう言われて、ポンと、リーリアは自分の手のひらを拳で叩いた。
「あ、いや、確かにそうですけど、それは、わたしが魔法の行使に慣れてきたから・・・」
「う~ん、思ったよりも対応が早いか。
それじゃ、次の段階に進んでも大丈夫ですかね?」
穏やかに問いかけるアルフに、
「ありゃ?
やぶ蛇?」
盛大に自爆してみせたリーリアだが、魔法の腕は確かだった・・・いや、ほんの短期間で、確かな腕になったと言うべきか。
何しろ、ギルガに攻撃する合間に、アルフはリーリアに向けてナイフを投じているのだ。
もちろん、防御魔法を行使しているリーリアにその刃が届く事はないのだが、決して潤沢とは言えないリーリアの魔力は、簡単に臨界点を突破する。
最初の二、三日は、その都度リーリアのみ小休止をとっていたのだが、それも今や過去の話だ。
筋肉と同様、限界まで魔力を消費すると、魔力回復後は限界が一段上がる。
それに加え、魔法行使時の魔力効率が高まっていて、より少ない魔力で魔法が使えるようになってきている。
「さて、だいぶ武具の扱いには慣れてきたようですので、そろそろ本格的な鍛錬に移りましょうか。」
朝一番、爽やかな笑顔で放たれたアルフの言葉に、ギルガとリーリアの口からは、ため息ともうめき声ともつかない音が漏れた。
死に掛ける鍛錬が序の口と言うのなら、本格的な鍛錬とは、いったい・・・
「すでに気がついていると思いますが、ギルガさんは、相手の攻撃を見切る能力に優れています。
しかし、視えているということと、それに対応できるということは、同じではありません。
相手の攻撃を視て、その意図を掴み、適切な対処をする。
言葉にすると簡単ですが、実際にそれができるようになるには、どうしても時間がかかります。
駆け出し冒険者として、依頼をこなしながらの鍛錬では効率が悪すぎるので、短期集中型の鍛錬を実施しました。
その結果については、まぁ、ご本人が一番感じていることと思いますが。」
苦笑いを浮かべるギルガ。
「リーリアさんは、元々ある程度、高度な能力を持っていましたが、唯一欠けていたのは、実戦の経験です。
教会で治癒魔法を行使し続ければ、徐々に魔力は大きくなっていくとは思いますが、今後、冒険者として活動を続けていくのであれば、むしろ必要なのは持久力です。
また、防御魔法から治癒魔法に切り替えるのに要する時間は、もっと短縮していきたいですよね。」
リーリアはと言うと、存外神妙な顔つきで、年下のアルフの言うことを聞いている。
仕事の依頼主であるということはさておき、厳しいながらも恐ろしく真剣に指導してくれるアルフの態度には、自然に背筋を正してしまう二人だった。
「さて、ギルガさんには、こちらの盾に持ち替えていただきます。」
そう言って手渡されたのは、今まで使っていた盾より一回り小さい丸盾だった。
「今までのものは、数打ちの堅牢なだけの盾でしたが、これはギルガさんの体格と体力、そして魔力を考慮して調整を加えたものです。」
「魔力?
僕の?」
「恐らく、あまり自覚はしてなかったと思いますが、すべての生き物は魔力を持ちます。
剣技一筋の剣士であっても、その剣には必ず魔力が付加されています。
逆に言えば、上手に魔力で底上げしてやれば、剣の達人でなくても、上位の魔物にも十分渡り合えます。」
「なる程・・・」
「リーリアさんには、こちらの杖を渡しておきます。」
リーリアの杖も、一回り細く、若干短いものになっている。
「そちらもやはり、リーリアさんに合わせた専用仕様になってます。
魔法使いの場合、体力による底上げはありませんが、ある程度自分の身を守ることができれば、魔術を行使するために有利な場所を確保できやすくなりますし、護衛を必要としなければ、その分、味方の戦力が増えます。」
「確かに、そうね。」
「敢えて言ってしまいますけど、今のお二人だったら、最初の依頼の時も、味方の損害なく、山賊団を殲滅できたかもしれません。」
淡々としたアルフの言葉だったが、それを聞くギルガとリーリアの瞳は真剣だ。
「失ったものを取り返すことはできませんが、もしかすると、今後出会う誰かの命を救えるようになるかもしれません。」
ですから、もう少し、鍛錬に付き合ってくれませんか?というアルフの言葉に、ギルガとリーリアは大きく頷いた。
そのことに気がついたのは、丸盾を使うようになって三日目のことだった。
最初の盾を使っていた時には、自分の身を守ることで精一杯だった。
丸盾に変わった最初の日は、使い勝手の変化に対応するだけに費やされた。
二日目には、少し余裕ができた。
アルフの攻撃を見切りつつ、次の攻撃を予測する。
むやみに盾を振り回さず、自分が次にどんな動きをすればいいか、考えながらの鍛錬になった。
そして三日目・・・
(そうか、盾は必ずしも守るためのものではないんだ!)
相手の攻撃を誘い、いなし、そして剣だけでなく、盾も攻撃に使う。
以前の自分であれば、剣と盾と、両方を攻撃手段とすることはできなかっただろう。
手段が倍になったとしても、手数が倍増するとは限らない。
不慣れな攻撃のために消耗して、体力切れに陥るかもしれない。
何より、元から剣の腕は大したことはないのだから、二刀流もどきの戦法により、もっと剣が下手になるかもしれない。
だとすれば、盾を主体にすればいい。
短期間ながら、盾をかざして自分の身を守り続けた濃密な時間が、ギルガに仄かな自信を与えていた。
本格的な指導を受けたこともない剣技よりも、この一週間余り、体の一部のように付き合ってきた盾の方が、ギルガにとっては何より頼りになる相棒だ。
もっとも、そうは言っても、すぐにそれは表面に現れるものではなく、アルフの魔法の乗った剣戟をいなしつつ、ギルガはアルフの隙を探る。
(表情が変わったか・・・)
一方のアルフは、ギルガの顔つきの変化に気がついていた。
闇雲な懸命さは変わらぬが、何らかの意図を感じさせる顔つきだ。
(試してみるか・・・)
アルフの剣がやや大振りになり、切り返しに、若干の隙が生まれた。
すかさずギルガは盾を構えたまま、半身のアルフに突進する。
確かな手ごたえとともに、アルフの体が弾けとんだ。
「あっ!
アルフくん?」
思わず声をあげたギルガだが、アルフは事も無げに地面に降り立った。
特に、ダメージはないようだ。
「ギルガさんは体が大きいので、盾を押し出しての体当たりは有効ですね。
本当は、その後すぐに畳み掛けるように攻撃が出せるといいんですが。」
「なるほど。
大きな盾を使わないのは、やはり剣との連携を考えてのことか。」
ギルガの顔つきに、やる気が満ちている。
「リーリアさんも、次の段階を目指してもいいと思います。
と、言うわけで、これから森に向かいましょう。」
「森って、あの、魔の森と呼ばれている?」
リーリアの質問に、アルフは、
「護衛がつくので、問題ありませんよ。」
穏やかな笑みを浮かべるアルフに、ギルガとリーリアは、諦めにも似た感情で頷く他はなかった。
護衛として現れた者に、ギルガとリーリアは驚愕するが・・・