02 襲撃者
初めての依頼で、商人や中級冒険者たちとともに王都へ向かうギルガだったが・・・
冒険者の等級は、下から初級、中級、上級、特級、それ以上となっており、スライムやゴブリンなど、下級の魔物退治の依頼は等級の区別なく受けられるが、オークやコボルトなど、中級の魔物の場合は、中級以上のパーティでないと依頼を受けることができない。
さらに、スケルトンや上級オークなど、上級の魔物ともなると、たとえ上級であっても、単独パーティが依頼を受けることはない。
冒険者の昇級は、主に実績によって判断されるが、状況によっては特例昇級もありえるとのこと。
もっとも、初めての依頼を受けたばかりの駆け出し冒険者にしてみれば、目の前の仕事を確実にこなしてゆくことに集中する他はないのであるが。
「そうか、やっぱり農村の出か。」
同行している中級パーティの弓手の男が、納得したように頷いた。
「はい。
リンゴールから見て、北方の村から来ました。」
自虐げなギルガの口調に、
「冒険者の出自なんて、みな似たようなもんさ。
だいたい、恵まれた生活をしているやつが、こんなヤクザな稼業に手を染めたりはしねぇよな。」
そう言いつつ、焚き火に薪を追加する。
「あ、すいません。」
本来なら、焚き火の管理はギルガの分担だ。
だが、弓手は軽く手を振って、
「まぁまぁ、俺ら二人きりの時ぐらいは、そんなに気を使うなよ。」
そう言われて、納得顔とは言い切れない表情のギルガに、
「俺らも駆け出しの頃には、ベテランに面倒見てもらったものさ。
いつになるかは分からねぇが、お前が中級以上の冒険者になれた時に、こんな風に後輩たちに接してやってくれれば、それでいい。」
「はい。」
一人で街にやって来て、初めて依頼を引き受けて、明確な将来も見えないままここまで来て、村を出る時には期待感に満ちていた一方で、もしかすると悪い奴らに騙されて、身ぐるみ剥がされて野垂れ死にするなんてことも考えていたギルガだった。
それが、何とか冒険者登録を終え、初めての依頼も仲間に恵まれ、この依頼を完遂すれば、正規の冒険者になれることだろう。
バラ色の未来とまではいかないけれども、暗黒の未来が待っているわけではないらしい。
胸の中にゆっくりと広がってゆく温かみは、目前の焚き火だけが原因ではなさそうだ。
「そう言えば・・・」
弓手に語りかけようとしたギルガの側頭部を、不意に衝撃が襲った。
「な・・・」
思わず差し伸べた手の向こうで、弓手の頭部を矢が貫く。
唖然とした表情のまま崩れ落ちる弓手と、暗転する視界と。
何が起こったのか分からぬまま、ギルガの意思は、その主の支配から離れてゆく。
「はっ!」
気がついた次の瞬間には、酷い頭痛がギルガを襲っていた。
頭に手を当てると、大きなたんこぶができている。
「痛ててて・・・」
そこでようやく、ギルガは周囲に漂う濃い血の匂いに気がついた。
にわかに緊張を帯びて周囲の様子を探るギルガの背後から、
「おっと、そのまま動かないでいただけますかね。」
落ち着いた声音が、ギルガの振り向く衝動を押さえつけた。
地面を踏みしめる音が移動してきて、その声音の主が姿を現す。
年の頃は、十代半ばと言うところか。
ギルガより少し若く、少年然とした風体だ。
皮鎧を主体に、いかにも駆け出し冒険者然とした装備のギルガに対して、その少年はいわゆる旅装だが、腰に長剣を下げている。
取り回しに重さを感じさせないところを見ると、剣の扱いはそれなりに長けているのだろうと、ギルガは目算を付けた。
「君は?」
「俺はアルフです。
あなたは?」
「僕はギルガ。
見ての通り、冒険者です。
まだ、駆け出しですが。」
「初めての依頼で、災難でしたね。
いや、生き延びられたのなら、強運と言うべきなのかな?」
世間話のように語るアルフの言葉に、ようやくギルガは周囲を見渡す。
ここ数日、旅をしてきた仲間たちの物言わぬ姿が、そこにはあった。
ある者は頭に矢を食らい、ある者は剣で体を断ち割られている。
少なくとも、目に見えている範囲には、二人以外に息をしている者はいないようだ。
「そんな・・・」
「恐らく、リンゴールを発ってすぐに、目を付けられていたんだと思います。
先行した奴らと本隊、後詰も合わせると、全部で二十人程の山賊団だったようです。
中級冒険者の小パーティには、荷が勝ちすぎたようですね。」
そう言われてようやく、ギルガは先輩冒険者達を含む商隊の、最期を悟った。
「山賊団の奴らは?」
「向こうにまとめて捕まえてます。」
背後に視線を向けるアルフに、
「捕まえてるって、誰が?」
我ながら間抜けな質問だと思いつつ、それをせざるを得なかったギルガだった。
どう贔屓目に見ても、目前の少年が荒事を得意とする人物には見えなかった。
とはいえ、他に人間の姿は見えない。
それに、ギルガが何物かに襲われたことは事実であり、つまりそれはギルガにとっての敵がいることに間違いない。
そこまで考えて、今さらながらギルガは、目前の少年が敵である可能性を思いついて、わずかに表情を硬くした。
一方、少年の方はと言うと、ギルガの思考には無頓着に、
「おいで!
ウルガ!」
呼ばれて現れたものを見てギルガは、目を大きく見開いて固まった
見上げる体躯。
圧倒的な存在感。
ただそこに佇むだけで、敗北感を味合わせるもの。
「あ、あ、あ・・・」
言葉にならないギルガに、
「周囲に敵対する者はいないようだ。
小さくなっていてくれるかい?」
「うむ、よかろう。」
尊大な、しかし穏やかな物言いで返答をすると、巨大な魔狼の全身が、光に包まれた。
一瞬後、光が消え去った後に残っていたものは・・・
「くぅ~ん。」
中型犬程の大きさに変化したウルガの首の周りを、アルフが撫ぜる。
「それは・・・魔狼なのかい?」
ギルガの村の周辺にも魔狼たちは出没してはいたが、不思議と魔狼たちとは敵対関係にはなく、互いの存在を確認する程度に留まっていた。
「そういう呼び方をすると、お尻を齧られますよ。
ウルガって、呼んであげてください。」
「がうっ!」
かわいらしく吼える姿は、犬以外の何物でもない。
さっきの魔狼の姿は夢だったのかと思いつつ自分の手のひらを見下ろすと、見て分かる程に震えている。
「みんな死んで、僕だけが生き延びたのか・・・」
そう口にしたことで、色々な感情が込み上げてきた。
「う、くっ・・・」
涙が溢れてきて、止められない。
悲しみと口惜しみと、そしてやり場のない怒りがない交ぜになって、胸の奥にわだかまっている。
そんなギルガの想いを、アルフはどこまで分かってくれているのか、
「ウルガ、埋葬と護送のための人員を呼んできてくれないか?
デラに状況を話せば、適切に対応してくれるだろう。」
うむ・・・と、頷く仕草をすると、ウルガは街に向かって走り出す。
その背中をしばし見送ると、アルフは商隊の亡骸を一箇所に集め始めた。
泥や血液で汚れるのを気にする様子もなく、黙々と作業を進めるアルフの姿を、ギルガはしばし眺めていたが、
「あ、僕もやります。」
「無理はしなくてもいいですよ。」
淡々としたアルフの口調からは、彼がどんな気持ちで死体を運んでいるのかは分からなかった。
「商人が九人と、護衛が七人か。」
「あれ?」
不審げなギルガにアルフが反応した時、ガタンと、馬車の荷台から音がした。
無造作に馬車に歩み寄るアルフと、周囲の様子を窺がいつつ、慎重な足取りのギルガ。
「もう、外に出ても大丈夫ですよ。」
アルフが声をかけると、傾いでいた荷台の上に並んでいた樽の一つが、ゴロンと倒れた。
「いたたたた~!」
樽の蓋が外れて、中から這い出してきたのは、神官服の少女だった。
「リーリアさん!
無事だったんですか?」
「護衛の八人目・・・か。
これで辻褄は合ったな。」
納得顔のアルフだった。
生き延びたギルガに、新たな依頼が・・・