09 襲撃者、再び
一ヶ月ほど続いた鍛錬が終了する日がやってきたが・・・
踊る炎が、二人の少年の顔を、闇の中に浮かび上がらせていた。
一人は十代半ば、黒い短髪に黒い瞳。
年相応の体格だが、その物腰はあくまで落ち着いており、浮ついた気配は欠片もない。
半ば伏せられた瞳は闇の中に向けられていたが、何かを見ているようでもあり、何も見てはいないようだった。
今一人は、先の少年より少し年上のようだ。
こちらも短髪だが、クセの強い栗色の髪に、栗色の瞳。
大柄な体躯に、穏やかな気配をまとっている。
時おり焚き火の様子を窺がいつつ、火勢が衰えるとみるや、すかさず薪を補充している。
「!」
先の少年が、わずかに顔を上げ、視線を闇の中に向けた。
ほぼ遅滞なく、もう一人の少年も周囲の気配を探る。
ヒュッと、何かが空を切る音がしたが、それは後の少年の手のひらに受け取られ、音を消した。
ほぼ同時に放たれていた矢が、先の少年の手に掴み取られ、瞬時に射手に向かって返される。
いつの間にか、先の少年の手には剣が握られており、後の少年もまた、剣と盾を構えていた。
「防御術式、展開。」
囁くような詠唱とともに、二人の少年の全身に、防御結界の輝きが奔り抜ける。
「魔術師がいるぞ!」
どこからともなく声が発せられたが、その声は呻きに呑まれた。
先の少年が放った短刀が、月の光を反射して煌めく。
後の少年は、闇に沈みつつ、足を進めた。
投石器を構えた男は、標的を一瞬見失ったが、すぐに発見していた。
ただし、もはや標的は少年ではなく、男の方だった。
円形の盾の縁を胸元に喰らった男は、悶絶しつつ、その場に崩れ落ちた。
それから後は、一方的な闘いだった。
焚き火の光を目指す者たちは、闇に溶け込む標的を捉え切ることができず、次々と地に伏した。
半刻ほど後、すべての賊は、意識を失って倒れるか、あるいは永久に目覚めぬ眠りに落ちていた。
「おおかた、片付いたようですね。」
先の少年-アルフが、後の少年-ギルガに語りかけた時、うっすらと空が明るくなり始めていた。
「やり口が、前に襲ってきた山賊と似てますね。
元は一味だったかもしれません。」
初めての戦闘では何もできずに仲間を失った少年は、淡々と屍骸を検めつつ、周囲への気配りも忘れない。
「二人とも、お怪我はありませんよね?」
どこからともなく姿を現したリーリアが、ギルガに向かって歩み寄る。
と、不意に地に臥していた男の一人が起き上がると、リーリアの背後から襲い掛かる・・・が、
「えいっ!」
その場で素早く反転しての杖の一閃、男が手にした得物が叩き落され、さらに返す一閃が、顔面を強打する。
「あちゃ~、汚れちゃった~。」
意識を失って倒れた男の背中に、リーリアは杖についた血を擦り付ける。
「相手の力量を確認しないまま、夜襲をかけるとはな。」
まだ息をしている男たちを一箇所に集めつつ、マーバがぼやく。
アルフの依頼開始からほぼ一ヶ月が経過し、駆け出し冒険者だった二人の武具は、すっかり手に馴染んでいた。
ギルガ用に設えた三つの盾に、二つの剣、それに加えて、防具一式が揃えられている。
アルフは事も無げに、
「せっかく武具開発に協力してもらっているのに、怪我でもされたら損ですからね。」
などと言っていたが、見た目はありふれた皮鎧であるにも関わらず、準龍の鱗が裏打ちされていて、強度は鋼以上などという装備を、わざわざ用意する理由にはならないだろう。
一方、リーリアの方は四本目の杖になる。
アルフ自身、盾以上に杖の製作の経験が乏しく、三本目の杖も納得できる出来ではなかったらしい。
また、リーリアの方も、鋼蔓を編み込んだ帷子が提供されていて、物理防御も万全だ。
もっとも、帷子が効力を発揮するということは、リーリアの防御結界が破られた時ということになるのだが、結局、この一ヶ月の間に、その性能を確認する機会はなかった。
山賊たちの片付けが一段落つき、朝日がその姿を現した時、アルフが言った。
「俺からの依頼は、ひとまず完了のようですね。」
「ああ、そうだね。」
「長い間お付き合いいただいて、ありがとうございました。
おかげ様で、いろいろ勉強させていただきました。」
「こちらこそ、報酬以上に得るものがありました。
正直、冒険者を続けてよいものか、迷った時もありましたが、まだしばらくは続けていきたいと思っています。」
「リーリアさんは、どうします?」
「わたしは・・・もっともっと稼ぎたいわ。
だから、冒険者稼業は継続ね。」
「仮にも、神官位を持つ方の発言としては、いかがなものかと思いますが・・・」
「だって、お祈りばかりしても、ご飯はお腹いっぱい食べられないんだもの。」
「それはまぁ、確かに。」
「わたしの大事な弟や妹たちには、もう、ひもじい想いはさせたくないもの。
だから、もっとがんばる!」
力強く宣言するリーリアの願いは、果たして叶うのだろうか?
その後、ギルガとリーリアの二人は・・・