魔物の流入源
聖都のある湖へと魔物が流入している川。
そこには舟の1隻も見当たらなかった。川沿いの街道も、冒険者らしき一団がいるぐらいで、馬車などの姿はほとんどない。
最近の聖都の魔物騒ぎが、この辺りにまで影響を与えているのだろう。
「とりあえず、この川をふさげばいいんですね」
「ああ」
陸地に下りてから確認を取ると、ミィモさんがすぐに頷いた。
「君の装備を使えば、すぐに川をふさいだり戻したりできるんだろう?」
「まあ、そうですね」
「私たちは周囲を見回りしているから、どんどんやっちゃってくれたまえ」
「はぁ」
今から1つの川をふさごうとしているとは思えない軽いノリだが、まあいい。
困ったらすぐに川を元通りにすればいいだけだ。
聖都にいるマーズがどう動くかわからない以上、とにかく川をふさいで帰ることを最優先に動こう。
「というわけで……ミミちゃん、出番だよ」
「ごっぶぉ!」
可愛らしいお返事とともに、ミミちゃんが口をがばっと開いた。
そして、ごぼごぼごぼ……と、無数の岩を吐き出し始める。
これは以前、暴食鞄が暴走したときに呑み込んだ市壁や岩盤だ。ずっと鞄の中にしまいっぱなしになっていたが、こんなところで役立つとは思わなかった。
ぼっちゃん、ぼっちゃん……川から水柱が上がり、みるみるうちに川がふさがっていく。
「と……こんなものでいいか」
完全にふさげたわけじゃないが、魔物が通り抜けられなくなれば、とりあえずいいだろう。ダムにしてしまうと、いろいろ問題があるだろうし。
「ミミちゃん、ストップ」
「……げぶぅぅ」
ミミちゃんが頷き、満足げにゲップをする。
「って、様子を見に来てみれば……まさか、もう終わったのかい?」
ミィモさんが戻ってくるなり呆れたように言う。
「こんな感じで大丈夫ですか? 調整するなら簡単にできますが……あ、川の横に小舟が通れるぐらいの浅い水路を作っておきましょうか?」
「いや、このままでいいよ……そう、ほいほいと地図を変えられても困る」
「わかりました」
「それでは、撤収の準備……と言いたいところだが」
ミィモが視線を横にそらす。
「どうやら、客が来たようだね」
「……っ!」
突然――ぐぅぅ、と獣のうなり声が聞こえてきた。
続いて、羅針眼の針が反応する。
「魔物……!」
針の振れたほうを見ると――魔狼の群れがいた。
魔狼たちは体毛を黒光りさせながら、慌てて武器を構えた審問官たちの間を、稲妻のようにすり抜ける。
そして、僕たちを……いや、ラヴリアを包囲するように陣を作った。
『このワンコたちも姫狙いなの?』
「そのようだね」
「……?」
ミィモさんが、にやりと口角をつり上げていた。
まさか、この人……。
いや……それより、今は魔狼だ。
「……っ」
ラヴリアに迫る魔狼たちを斬り伏せていく。
敵はそれほど強くない。しかし、数が多すぎる。
「きゃっ!」
「ラヴリア!」
とっさにスライムシールドを展開して、ラヴリアに襲いかかっていた魔狼を弾いた。
魔狼たちは集団戦にも長けているようで、こちらの隙をうまくついてラヴリアを襲おうとしてくる。
「の、ノーくん、大丈夫?」
「……心配ない」
とは言うものの……僕1人では手数が足りないな。
血舐メ丸で魔狼を一掃するのも難しい。血舐メ丸は攻撃範囲こそ広いが、目を閉じたまま抜刀しないと暴走状態になってしまう。さすがに視界がきかない状態では、四方に散らばった敵には対応できないし、仲間を攻撃してしまうリスクのほうが大きい。
……こうなったら、最終手段だ。
「ミミちゃん! ラヴリアを収納してくれ」
「がぅ!」
暴食鞄がこくりと頷き。
「……え?」
きょとんとするラヴリアを、喰らった。
魔狼たちが一瞬、呆けたように立ちすくむが……。
すぐに、僕たちにうなり声を上げ始める。
「……大丈夫なのかい? 彼女をその鞄にしまって……?」
「短時間なら問題ありません」
ミィモさんに頷き返す。
「魔物の攻撃位置を絞るというアドバンテージはなくなりますが……今はラヴリアの身の安全を優先しました」
「そうだね……護衛としては正しい判断だ」
ミィモさんが目をそらすと、軽く手を挙げた。
「――戦闘できない者は、船へ避難を! 審問官たちは、船を守れ!」
「はっ!」
審問官たちは、訓練された動きですぐに布陣し直す。
「まったく……魔物相手は専門外なんだがね」
ミィモさんが、ぶかぶかの袖口から拳銃をのぞかせた。
「あまり時間がない。とっとと駆除しよう」
銃にキャンディーを装填し、引き金を引く。
銃口から放たれるのは、色とりどりのキャンディーの弾丸だ。連射された弾丸はカラフルな雨となり、動いている魔狼たちの頭を次々と撃ち抜いていく。
全てが一撃必殺とは……さすがは審問官の長といったところか。
僕も負けじと、魔狼を数匹ずつまとめて斬り捨てていく。
それから、しばらくの戦闘のあと。
魔狼たちは勝ち目がないと判断したのか、森のほうへ逃げていった。
「追ったほうがいいですか?」
「いや、あの狼たちは、めったに人を襲うことはない。放置しても大丈夫だろう」
「……そうですか」
ちらりとミィモさんを見てから、僕は頷いた。
「それにしても……乱戦に弱いですね、僕……」
「いや……あんな戦いぶりをしながら落ち込まれても、本気で反応に困るのだが」
とにかく、ここが僕の課題か。
これは、早急に解決策を見つける必要があるな。
ああいう乱戦のとき、血舐メ丸をうまく使えればいいんだけど……。
「あるじ……ラム、役に立ってない?」
と、僕が思考にふけっていたからか、ラムが不安そうに目をうるうるさせた。
「い、いや、そんなことはないよ。これは僕側の問題だから」
「……主様、ここは必殺技を考えるべきです」
「必殺技か……」
『そして、修行編に突入するのね!』
「しないよ」
肩をすくめる。まあ、難しく考えても仕方ないか。
「それより、ここでの目的は果たした。すぐに聖都へ戻るとしよう」
「わかりました」
なにはともあれ、魔物の流入源は潰し終えた。
となれば、今すべきことは聖都への迅速な帰還だ。
こうしている間にも、聖都のほうではマーズが暴れているかもしれない。
「ノロアくん、ラヴリアを出してくれ。帰りも行きと同じ作戦でいかせてもらうよ」
「はい」
そして、僕たちは帰路へとつく。
この先に、なにが待ち受けているのかも知らずに――。