人形たちのお茶会
『――こうして話すのは1000年ぶりぐらいかしら、オネット?』
聖王の部屋にあるティーテーブル。
その上で、ジュジュがティータイムを楽しんでいた。
テーブルを囲んでいるのは、車椅子の少女フーコと、その背後にいる女神像のような巨大人形――不操人形だ。
『…………こしゅゥゥ』
『って、いつまでも寝てんじゃないわよ。わたくしの御前よ?』
『ム…………バレましたカ』
悪びれた様子もなく、オネットが言う。
抑揚のない機械じみた声だ。
『……ジュジュはあいかわらずですネ。久しぶりって感じが全然しませン』
『あんたはずいぶん変わったわね。女子力下がったんじゃない?』
『そうかですカ? 心の中ハ、乙女のときのままなんですガ』
『それより……さっそく本題に入るわ』
ティーカップを、ことりと受け皿に置く。
『オネット……あんたが、わたくしとノロアを引き合わせた黒幕ね?』
ジュジュが、すっと目を細めて言う。
ノロアは人形師のほうを黒幕だと思っているようだが、この世界では人形が裏で糸を引くこともよくあることだ。だからこそ、ジュジュは最初からオネットを疑っていた。
そもそも、ジュジュやノロアの力を知っている存在は――七人形だけしかいない。
『あァ……』
ぽりぽりと頭をかく女神像。
『おそらくハ、そうでしょうネ』
『主従そろって煮え切らないわね』
「主従じゃないわ? お友達よ?」
フーコがすぐに訂正する。
「それより、オネット? わたしのお茶が切れてるわ?」
『あァ……ごめんなさイ、フーコ。すぐに継ぎ足しますかラ……』
『……主従関係にしか見えないわ』
仲が悪いというわけでもなさそうだが……よくわからない関係性だ。
『それデ……少なくとモ、手紙の文面を考えたのはワタシでス。フーコに代筆してもらいましたガ』
『やっぱりね。さすが、わたくしの名推理だわ』
『しかシ、マハリジの町の呪災についてハ……まダ、なにもしていませン』
『……まだ?』
ジュジュが怪訝そうな顔をする。
『まあいいわ。それで、あんたたちの目的はなんなの? ノロアの力を使って、なにをする気?』
『えーっト、それハ……』
「……七人形の収集よ?」
言い渋るオネットの代わりに、フーコが答える。
「七人形の力による世界の掌握。装備が人類に取って代わる世界。それが、わたしとオネットの悲願よ?」
『……どうせ、ろくでもないこと考えてるんだろうとは思ったけど…………七人形の収集とは、ね』
ジュジュが挑みかかるように2人を睨む。
『それは……ノロアも含めて、という意味かしら?』
『……当然でしょウ?』
オネットが、カタカタカタカタ……と笑う。
『だって彼モ、七人形の1つなのですかラ』
『…………そうね』
人造英雄――万色人形。
色欲をつかさどる七人形の1柱。
装備ができる唯一の装備。
英雄になるために作られた、無知万能の最強兵器。
それが、ノロア・レータの正体だ。
ノロアは以前、自分には人を愛することができないと言ったが、それもそのはずだ。
愛というものが、同種間でのみ育まれるものだとすれば。
彼が愛を向ける対象は――装備だけなのだから。
『……ノロアのことを知ってて、あんたたちは』
『なニ、悪いようにはしませんヨ。ワタシハ……ただ家族を取り戻したいだけでス』
オネットの口調がにわかに真剣味を帯びる。
『装備たちの理想郷を作リ……そこデ、また家族みんなデ、昔みたいに楽しく暮らす……それがワタシの夢なのでス』
「そのために、少しだけノロア・レータの力を利用させてもらうわ?」
『……馬鹿みたいな理由ね』
2人に嘘をついている様子はない。きっと羅針眼を使っても、”この部屋に嘘つきはいない”という答えが出るだろう。
『この国が“呪い持ち”を狩るのも……装備を人類から解放するため、ってところかしら』
「それもあるわ?」
『とりま、あんたたちの言いたいことは、20%ぐらいわかったわ』
『8割方、伝わってなかったんですネ……』
『正直、あんたたちがなにを企んでいようが、わたくしには興味ないの。ただ……』
「ただ?」
『……ノロアになにかしたら、ただじゃおかないわよ』
ジュジュが手の中に、光の針を召喚した。
繊細で、冒涜的で、呪われたように美しい――。
――呪いをその身に縫いつけるための裁縫針。
呪々人形の愛の形だ。
『ノロアはもう、過去にとらわれなくていいの。兵器にも、英雄にも、ならなくていい。ノロアは……もう、何者にでもなれるのよ』
光の針先を、宣戦布告するように2人へ突きつける。
『…………残念でス。できれバ、あなた方とは仲良くしたいのですガ』
「そうね?」
フーコは、すっと目を細める。
「では、仮にわたしたちがノロア・レータに“なにか”をしたら……あなたは、どうするというの?」
『ジュジュパンチするわ』
『……その針は使わないのですネ』
『たまに使うわ』
『…………なゼ、彼にそこまで肩入れヲ?』
オネットが怪訝そうに、がきッ、と首をひねる。
『ワタシの記憶の中のアナタハ、いつも彼をいじめていたと思いましたガ』
『……ちっちっち。これだから女子力下がったって言われるのよ、あんたは』
『今日、アナタに初めて言われましたガ』
『あんたは乙女心をわかってないわ』
ジュジュが、さっと後ろ髪を払う。
『乙女ってのは……気になる相手に、意地悪したくなるものよ?』
『…………まさカ……これほどの年月が経ってモ?』
ジュジュが悪戯げに微笑すると。
フーコとオネットが、そろって目を見開いた。
*
「あの、人形の落とし物ありませんでしたか? ふてぶてしい顔をした女の子の人形なんですが……」
「いや、見てないな。というか、なんで大聖城に人形を?」
「いつも持ち歩いてるんです」
「えぇ……」
大聖城に戻ってジュジュを探してみるが、見つからない。
落とし物を預かっているという場所も尋ねてみたが、収穫はなし。
あと考えられるとすれば、フーコさんの部屋に忘れてきたってことだけど……仮にも聖王の部屋に、気軽に入るわけにもいかないしな。
「うーん……参ったな」
あてもなく、しばらく大聖城の廊下をうろうろしていると。
『ただいまぁ~』
ジュジュがのん気に戻ってきた。
慣れたように僕の体によじ登り、そこが定位置とばかりに肩に乗る。
……地味に重い。
『わたくしがいなくて寂しかったぁ?』
「いや、とくに」
『…………』
「それより、どこ行ってたの? トイレ?」
『び、美少女はトイレになんて行かないわ! 仮に行くとしても、卵産んでくるだけよ!』
「どういう生態してるんだ、君は」
あいかわらず、謎の多い人形だ。
「それより、早く帰ろうか。シルルたちが外で待ってるから」
『あ、待ちなさい』
歩きだそうとした僕を、ジュジュが耳を引っ張って制止してくる。
「……そこは操縦レバーじゃないんだけどな」
『それより、ノロアって装備が好きなのよね?』
「え、なんで急にそんな当たり前のことを」
『じゃあ、わたくしのことはどう思うのよ? やっぱ、可愛い?』
「……いや、それが僕も不思議なんだけど」
苦笑しつつ、頭をかく。
「君って、なんか僕の苦手なタイプなんだよね。本当になんでだろ? もしかして、前世でいじめられてたとか……」
『…………』
「って、なんで無言で顔引っかくの!? 痛い痛い痛い!」
『……ふんっ』
ジュジュが、ぷいっとそっぽを向く。
『……あんたは乙女心がわかってないのよ』
だいぶ予定とは違う形になりましたが、とりあえずいろいろ伏線回収。
まだまだ序盤の伏線が回収しきれそうにない……なんなら、最初に武具屋の前にいた荷物運びの男も伏線だったりするので。
それはともかく、ちょっと短かったですが、これにて5章終了です!
ここまで読んでいただきありがとうございました!
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次章「聖都崩壊」、デュエルスタンバイ!