ジュジュ失踪
フーコさんの部屋を片付けているとき、1枚の写真になぜか目が吸い寄せられた。
どこかの施設の写真だろうか。
施設を背景に、数人の大人と――7人の子供たちが映っている。
ほとんどの顔はかすれて判別できないが……1人だけ顔がわかる。それも、ひどく見覚えがある顔だ。見間違えようもない。
その顔はまさしく――。
「…………ジュジュ?」
呟いた途端、ずきっと頭が痛んだ。
「う……」
頭の中で、得体の知れない感覚が、嵐のように吹き荒れる。意識が遠くなりそうな気持ちの悪さに、思わずうずくまった。
『なに見てるのよ? なんか面白いやつ?』
「あ……」
ジュジュが僕の手から写真をひったくる。
『ん、この写真……』
ジュジュはしばらく目を細めて、写真をじっと見つめ――。
『なにこれ……ぜんっぜん、面白くないじゃない! ぽいっ、だわ!』
「いや、なんで捨てるのさ……」
頭を押さえながら、写真を拾って本の中に戻す。
フーコさんといい、ジュジュといい、いちいち仕事を増やさないでほしい。
ただ気づけば、頭痛は治まっていた。
いったい、なんだったんだろう?
まあいいか。あまり人のアルバムをじろじろ見るものでもない。
僕はそれ以上気にすることもなく、片付けを続行する。
それから半日ほどかけ――。
「お、終わった……」
床と壁の雑巾がけも終わり、ぴかぴかになった部屋を見る。
なんだろう、達成感がすごい。今年一番の達成感かもしれない。
「スイ、やったね!」「……やりました」
スイとラムも感極まって抱き合ってるし、暴食鞄も「ぐぅぉおおおん!」と勝利の雄叫びを上げている。
『ふっ……ついにやったわね、わたくしたち』
「君は8割方、昼寝してたけどね」
『でも、夢の中ではドラゴンスレイヤーになってたわよ?』
「そこはせめて片付けしようよ」
まったく、この駄人形は……まあ、ジュジュがいたところで、たいした戦力にはならなかっただろうけど。
ともかく、片付けは終わった。
さて、フーコさんの評価は?
「今度こそどうですか?」
「…………」
フーコさんは無言で、部屋中を見わたすと。
ふいに窓枠を、すぅぅっと指でなぞった。
「まだ埃があるわ?」
「姑ですか」
「でも、今回のところは及第点をあげるわ? 感謝してもいいのよ?」
「……ありがたき幸せです」
「ま、どうせ明日にはまた散らかってるのだけど?」
「……知ってた」
「また、部屋片付けてね?」
「新感覚の拷問かな?」
溜息を1つ。
「それで、今度こそ用は済んだみたいなので、僕はここで……」
部屋から出ようとすると。
「待って? 本題はこれからだわ?」
「本題……?」
なら、今までの片付けはなんだったんだ。
ただの雑用……?
「頼みたいことがあるのよ?」
「依頼ですか?」
「今、ラヴリアの護衛をしてもらってるわね? でも、守っているだけではジリ貧になるだけだわ?」
「……でしょうね」
聖都にいる魔物の数は無尽蔵だ。
最初こそ『地道に魔物を倒していけば呪災も解決するだろう』と楽観視していたが……1週間近く経った今でも、魔物は減っている様子すら見せない。相当な数の魔物が、聖都周辺の湖に流入していると見るべきだろう。
魔物の駆除にあたっている審問官たちも疲弊している。
聖都へ入ってくる船も減ったため、物資も不足気味だ。
まだ犠牲者が出ていないことが救いだが、この均衡をいつまで保てるかわからない。
「そろそろ攻勢に出るべき、ということですね」
「想像にお任せするわ?」
否定はしないということは、肯定と受け取ってもいいだろう。
「魔物はどこから流れてきていると思う?」
「海からですよね」
聖都に出没している魔物は、海にいるものばかりだ。
それは、この辺りの湖が、海の近くにあるのが原因だろう。川をちょっと上れば、海から湖まではすぐだ。
「魔物の発生源を潰さない限り、魔物を倒してもキリがないかも?」
「発生源を潰す……一時的に川をふさぐ、ということですか」
「いえす、らぶりー?」
「どこで覚えてきたんですか、それ」
しかし、川をふさぐか……たぶん、できないこともない。
ふさぐといっても、魔物が入れるスペースをなくすぐらいでいいだろうし。
一時的とはいえ、川をふさげばいろいろな悪影響が出るだろうけど……聖王であるフーコさんがそう決断をくだしたということは、聖都に迫る脅威が、川をふさぐデメリットを上回ったということか。
それとも……。
「とりあえず、わかりました」
なにはともあれ、断る理由もないだろう。
「魔物の発生源を潰してきます」
*
フーコさんの部屋から出たあと。
大聖城を出ると、すでに日はだいぶ西に傾いていた。湖が夕日で赤く染まっているのを見て、なぜだか空虚な気分になってくる。
「まさか、片付けだけで1日が終わるとは……」
ほとんどなにもない1日だった。
そう、今日という日を締めくくっていると。
「ノロア様ぁ!」
「ん?」
「あ、シル姉だー」「……ラヴ姉様もいます」
シルルとラヴリアがやって来た。
ラヴリアの護衛としてか、ミィモさんもついている。
「どうやら陛下の用は済んだようだね」
「……ミィモさん、逃げましたね?」
「人聞きが悪いな。適材適所という言葉を知らないのかい?」
「逃げましたね?」
「……ごめん、逃げた」
やっぱり逃げてた。
「いったい、なんの用だったんですか、ノロア様?」
「片付けだ」
「片付け……?」
「ラム、いっぱいゴミを運んだよ!」「……スイの雑巾がけは神がかってました」
「そうなんですね……って、え? もしかして……1日中、片付けだけを?」
「うん、なんでだろうね。とても不思議だ」
思わず、肩を落とす。
「それより、もういい時間だし……今日はみんなでどっか食べに行くか」
「あ、いいですね!」
「みんな、行きたい店とかある? ちなみに、僕は装備とのふれあいコーナーがある喫茶店とかがいいと思うんだけど」
「あ、わたしはなんでも……」
「ラムはデザート美味しいとこ!」「……スイは珍味希望です」
「なるほど。じゃあ、ラヴリアは……」
「……え?」
ぼんやりしていたのだろうか、ラヴリアの反応が少し遅れる。
「な……なんの話だっけ? ラブリーな話?」
「今からどこか食べに行こうかって話なんだけど……」
「あ、そうだったね……ラヴは、どこでもいいかな……」
「……? そう?」
珍しいな。いつもなら、美味しい店をいろいろ紹介してくれるのに。
なんというか、朝から少しラヴリアの様子がおかしい気がする。
「ラヴリア、やっぱり……」
なにかあったのか、と聞こうとしたとき。
「……あれ?」
ふと、シルルが僕の肩を見ながら、首を傾げた。
「ノロア様……ジュジュさん、いなくないですか?」
「え……?」
そういえば、やけに静かだと思っていたけど……。
「……本当だ」
――気づけば、ジュジュがいなくなっていた。