動きだす黒幕
夜の湖面に、月明かりが揺らいでいた。
白い砂浜の上では、さざ波がほの青く光っている。
きっと、水精に愛されている地なのだろう。
ラヴリアが波打ち際に、ちゃぷ……と素足をつけると、そこから青い波紋が広がっていく。
独り占めするにはもったいない、幻想的な場所だ。
「……ふぅ」
夜気を胸いっぱいに吸い込み、ラヴリアは横笛に唇をつけた。
静かな憂いを帯びた音色が、寝静まった湖上に流れだす。
この砂浜で横笛を吹くのは、ラヴリアが聖都に入ってからの日課だった。
ラヴリアがさまざまな色の音を奏でるたび、湖面のほの青い光たちが踊るように、いくつもの波紋を咲かせていく。
永遠に続くかと思わせるような、美しい演奏会。
しかし、それは1つの無粋な声によって終わりを迎えた。
「……1人で出歩くとは不用心だな」
一瞬、ノロアが迎えに来たのかと思った。
しかし――声が、違う。
「……っ」
ラヴリアがばっと振り返ると、そこにはフードの男が立っていた。
その手の上には、仕掛け絵本のような本が開かれている。
――マーズ。
ノロアたちが探している“呪い持ち”の男だ。
「な、なに……」
思わず、ラヴリアが後ずさる。
一方、マーズは微動だにせず、ただその眼鏡に陰気な光を宿らせる。
「お前……あの護衛とはずいぶん仲がよさそうだな」
「……あなたには関係ないもん」
「いや、大いにあるさ。俺の計画の成否に関わるんだからな」
マーズは重い息を吐くと、咎めるようにラヴリアを睨んだ。
「まさかとは思うが、お前……“呪い持ち”の分際で、審問官に情を移したわけじゃないよな?」
「…………ぇ」
ラヴリアが言葉をつまらせる。
「……そんな、ことは」
「“呪い持ち”が妙な期待を抱くなよ。俺たちは世界の敵なんだ。お前がどれだけ愛されたがっていても……お前の正体を知れば、周りのやつらはどうするかな?」
「や、やめて」
いやいやするように首を振る。想像したくもなかった。
だけど、本当はわかっている。
自分が“呪い持ち”だと知られた瞬間、みんながラヴリアから離れていく、なんてことは。
自分を愛してくれるファンたちも、幼馴染のシルルも、みんなラヴリアを軽蔑するだろう。そして、審問官のノロアは……ラヴリアの首を狩りに来るだろう。
マーズは一瞬だけ、ラヴリアに憐れむような目を向ける。
「……傷つきたくなければ期待はするな。誰にも情を移さず、孤高を貫け。少なくとも、俺たちの計画が成就するまでは」
「……わかってるもん」
「なら、証明してみせろ」
「証明?」
「簡単なことだ」
マーズは淡々と告げる。
「――ノロア・レータを始末しろ」
「……えっ」
ラヴリアが目を見開く。
「やつはまともに敵に回すには……強すぎる。しかし、幸いなことに、やつはお前への警戒を解いている。今なら寝首をかくのも楽だろう」
「で、でも……ノーくんは悪い人じゃないし、同じ“呪い持ち”だよ? 話せばわかってくれる……と思う」
「だから、話してやっただろ。お前がそう言ったから、わざわざリスクをおかしてまでな……で、結果はどうだった?」
「…………」
「たしかに同志になれば心強いが、やつはもう聖王の犬だ。自分さえ優遇されていればいいと思ってるんだよ、あの裏切り者は」
違う、という言葉が喉元まで出かかったが。
ラヴリアには、なにも言えなかった。本当にノロアを信じていいのか、わからなかった。
「自由になるための必要な代償だと思え。できないのなら……お前が殺されるだけだ」
「…………」
「ノロア・レータを始末しろ、いいな?」
「…………うん」
ラヴリアが覚悟を決めたように、こくりと頷き。
そして、静かに夜がふけていく……。
ラヴリア=“呪い持ち”については、けっこうあからさまだったと思いますが……一応ラヴリア脱走のくだりなんかも、ラヴリアが逃げるふりをしながらノロアとマーズを接触させようとしていた感じだったりします。途中でラヴリアの予定が狂った形になってますが。魔物の襲撃についても、セインさんに助けられている部分もありましたが、わりと自力で解決していました。
とまあ、そんなわけで4章終了です!
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