聖都のパトロール
ラヴリアライブ(略称:ラヴライブ)のあと。
僕は審問官の白制服をまとい、ラヴリアと2人で街を歩いていた。
呪災調査のためのパトロールだ。ここのところ平和が続いたとはいえ、いつ何時、魔物に襲われるかわからない。
けっして、気を抜くわけにはいかな……。
「――ノーくんノーくん! 次はどこ行く? 1日観光大使のラヴちゃんが、いろんなラブリースポットに案内しちゃうよ♪ とりあえず、観光名所? それとも、無難にグルメツアー? ラブリーな穴場もけっこう知ってるけど……あっ、グルメなら聖都はお魚がラブリーかな! どのお店もラブリーだから迷っちゃうところではあるんだけど、でもそうやって迷うのも観光の醍醐味っていうかラブリーなところだし……」
「……そ、そうだね」
ダメだ、緊張感の欠片もない。一応、命を狙われている立場のはずなんだけどな、この子……。
『ちょっと、観光なんてしてる場合じゃないでしょ』
と、ラヴリアに抱きかかえられているジュジュが仕切りだす。一瞬、珍しくまっとうなことを言ったかと思ったけど。
『名所なんて見ても、お腹は膨れないわ! まずは片っ端からフィッシュ食べにいくわよ! フィッシュ!』
やっぱり平常運転だった。
「いや……一応、言っておくけど、仕事中だからね」
『えぇ~、知らないのぉ? パトロールって、“街ブラ”って意味なのよ?』
「ノーくん、遅れてるぅ~♪」
『ぷっくす!』
「2人がかりなら騙せると思ったのかな?」
『じゃあ、今からなにしろって言うのよ!』
「とにかく、聖都を見回りしてればいいんだよ」
『やっぱり、街ブラじゃない』
「あとは一応、パトロールの合間に、マーズの居場所を絞り込んでほしいとも頼まれてるね」
審問官たちはここ3日ほどマーズの捜索にあたっていたが、どうもマーズのほうが一枚上手のようだった。権限レベルなしという身分でありながら、うまく街の中に潜伏しているらしい。
僕としても羅針眼のタイムリミットがあるから、マーズを早く見つけたいという気持ちは同じだ。
それにマーズの仲間についても気になる。
「とにかく、なにか敵の手がかりが見つかるかもしれないし……今日は街を見回りして、不審な人がいないか確認しよう」
「不審な人っていうと、ああいう感じ?」
ラヴリアが指さすほうには、物陰でこそこそしている人影があった。僕が顔を向けると、人影はぎくっとしたように顔を引っ込める。
あ、うん……不審者だ、あれ。
『……いきなり見つかったわね』
「やった♪ ラヴが一番!」
「いや、喜ぶべきところじゃないから」
慌てて不審者を追いかけるが、ダメだ。見失ってしまった。
「無駄に足が速いな……」
おそらく装備で素早さを底上げしてるのだろう。
「そういえば、ラヴリア……前にストーカーが出るとか言ってたよね」
「イエス、ラブリー♪」
「全然ラブリーじゃないけど、そのストーカーについて教えてもらってもいいかな」
“呪い持ち”からターゲットにされているラヴリア。
そのラヴリアをただ尾行しているだけとは思えない。呪災に関するなにかしらの手がかりを得られるかもしれない。
「ストーカーさんのこと? それなら、ラヴもあんまり知らないよ? 後ろを見るといたりするんだけど、すぐに物陰に隠れちゃうから顔も見たことないし……」
「なるほど」
「最初は偶然かなって思ったけど、そういうのが毎日続いててね! そしたら、だんだん行く先々で見られてるような感じになったんだ♪」
「う、うん」
「あっ、たまにラヴT着てた気がするよ♪」
「ラヴT?」
「知らないの? “ラヴたん命”って書かれたTシャツのことだよ! デザインがラブリーなんだ♪」
『……やっぱり、ただのストーカーじゃないの?』
「僕もそう思ってきた」
腕を顔の前にかざしながら、空を仰ぐ。
目が染みるほどの青い空。さんさんと降り注ぐ陽光。
そう、今は夏。
「夏は変態がわく季節だからな……まったく、嫌になる」
『ノロア、ちょうど鏡あるけど見る?』
「なんで?」
ジュジュがよくわからないことを言いだす。
きっと、暑さで頭が……いや、いつものことか。
「とにかく、ストーカーは捕まえよう。呪災関係なく檻に入れたほうがよさそうだし」
「檻に入れて飼うんだね♪」
「飼いません」
「ラブリージョークだよ♪」
『あひゃひゃひゃひゃひゃっ! うひぃぃぃーっ! お腹苦じい、死ぬッ!』
ジュジュがツボってた。
「さて、それより、どうやってストーカーを探そうか」
『羅針眼で検索検索ぅ♪』
「いや……だから羅針眼って、街中だと不便なんだよ」
それに、下手に使って7日間見つけることができなければ、問答無用で死ぬのだ。
ストーカーのために死ぬなんて嫌すぎる。
「とりあえず、どうやってストーカーを探すかだけど……ここは、ラヴリアのいつもの行動パターンをなぞったほうがいいかな」
「残念でしたぁ! ラヴにいつもの行動パターンなんてありません!」
「知ってた」
「ラヴはラブリーセンサーの赴くままに生きてるの! あ、このラブリーセンサーっていうのはラヴ語なんだけど、こんな感じのラヴ語は全108種類あって、その全てを聞くことができた人は、真実のラブリーを得ることができるんだぁ♪」
「へぇ。とりあえず、君が前に泊まっていた宿の辺りに行こうか」
「は~い♪」
だんだんラヴリアの扱いに慣れてきた。
それから、ラヴリアとともに宿へと向かうが。
「きゃあ! ラヴたんだぁ!」「こっちに手振ってくれた!」「ラヴたんと同じ空気で呼吸してる!」「今日もライブやるんですか!?」「リンゴ食べるかい?」
「みんな、今日もラブリーだね♪」
「「「イエス、ラブリー!」」」
道中、ラヴリアファン(ラヴリストというらしい)から声をかけられまくる。
どこへ行っても、いちいち足を止められる。
全然、先に進めない。というか、さっきからファンの人たちに、めちゃくちゃ足踏まれるんだけど。なんかすごい睨まれるんだけど。
「……に、人気者だね」
「そんな、ジュジュちゃんには負けるよ……ジュジュちゃんは全国に100万のファンを持ってるっていうし」
『ま、わたくしは1つの都市に収まるような器じゃないわね』
「君の自信って、どこから出てくるの?」
それはそうと、ずいぶん目立ってしまったな。
できれば、もうちょっと隠密行動をしたかったんだけど……まあ、仕方ないか。
それから1時間ほどかけて、ようやくラヴリアの以前泊まっていた宿につく。
レベルFの区画にある、周囲のものと同じような白い建物だ。
「あれ、意外と普通のところに泊まってるんだね。王族というからにはVIP御用達みたいな宿に泊まってるものかと」
「ラヴは身近なラブリーアイドルを目指してるの!」
『あんたは新時代を築く逸材になるわね。わたくしがちゃんとプロデュースしてあげる』
「ラブリー♪」
まあ、聖都内ならどこもセキュリティしっかりしてるから、本来は安宿でも問題がないのか。
街中に結界が張り巡らされているうえに、対人戦のエキスパートである審問官がパトロールしているわけだし。
『この辺りで1回、羅針眼使ってみれば?』
「……まあ、狭い範囲でなら」
どうせ見つからないとは思うが、ダメ元でやってみる。
「“半径50メートル以内にいるラヴリアのストーカー”を示せ」
『え?』
予想外にも針が反応した。
左目の視界でぐるぐると回り、一点を指す。
針が指したのたのは……近くの建物の陰。
「あ」
普通にいた。ストーカーいた。
さっきと同じように、建物の陰でこそこそしている人影。
「いや……なんでいるんだよ」
学習能力ゼロなのか。ストーカーなら、もうちょっと忍ぼうよ。いや、そもそもストーキングしなければいいんだけど。
ストーカーは僕たちに見つかったことに気づいたからか、また慌てたように隠れる。
『……あれ、どうする?』
「とにかく追いかけよう」
「あ、ノーくん、待って……」
僕はストーカーのほうへ走りだす。
このとき、ストーカーに気を取られて失念していた。
ラヴリアに迫る脅威が、ストーカーだけではないことを……。
「――きゃっ!?」
背後から、ラヴリアの悲鳴。
とっさに振り返ると、ラヴリアの横の水路から、無数の魔物が現れていた。
「……!」
スライムのような粘体の魔物だ。体液で石畳をじゅわじゅわと溶かしながら、へたり込んでいるラヴリアへと接近していく。
まさか、ストーカーが呼び出した……?
いや、今はそれどころじゃない。慌ててラヴリアのもとへと戻る。
「ラム!」「らじゃ!」
腕輪形のスライムソードから、一気に刃を伸ばす。
そのまま、粘体の魔物たちを一気に斬り飛ばすが……ダメだ。粘体部分を斬ったところで、ひるませることもできない。
核を潰さないと倒せそうにないが、それより粘体がラヴリアを溶かすほうが早いだろう。
まずは、ラヴリアを魔物から遠ざけないと――。
「……っ!」
と――今度は背後から、人影が踊り出てきた。
さっきのストーカーだ。武器を手に持ち、ラヴリアへと迫る。
「まずい……!」
直接、ラヴリアに攻撃する気か……! そう思って身構えるが。
「はぁ!」
ストーカーがくり出した大槍は、魔物の1体を貫いた。
そのまま、魔物を水面へ叩きつける。
「――痺れろ、ランスボルト!」