ラヴライブ!
「――みっんなー! 今日もラブリーかなぁ?」
「「「うおおおおっ、ラブリィィィイイイ!」」」
ラヴリアの護衛を初めてから、数日後。
今日も僕はラヴリアの護衛……ではなく、舞台裏からライブの手伝いをしていた。
基本的には警備員みたいな扱いだが、たまに舞台装備を担当している人たちのサポートにも回る。
「いやぁ、やっぱり照明装備も、Cランクともなれば一味違いますね。抱きしめてもいいですか?」
「え、抱きしめるの……?」
「わっ、こっちの音響装備も可愛い! 抱きしめてもいいですか?」
「抱きしめるの好きなんだね、君……」
『ちょっと、ノロア! 装備にデレデレしてる暇あるなら、こっち手伝いなさいよ!』
「へ、ヘルプです……」
「ご、ごめん」
普段あまりお目にかかれない業界装備が多くて、つい興奮してしまった。
僕は慌ててジュジュたちのもとへ戻る。
しかし、それにしても……。
「……護衛って、なんだっけ」
気づけばここ2日は、舞台の設営をしたり、交通整理したり……と、なんか普通に雑用ばかりしている気がする。
『ずいぶん、パシリが板についてきたわね』
「あるじ、パシリなの?」「……パシられているのですか?」
「違う……と思う」
自信がなくなってきた。
「げ、元気出してください、ノロア様。パシられているノロア様も……その、趣深いですよ?」
「ありがとう、シルル。励まそうという気概は買うよ」
僕は肩を落としながら、観客席のほうを見る。
あまり聖都には娯楽がないからか、それとも呪災による暗い気分を吹き飛ばしたいのか……ラヴリアのライブ(略称ラヴライブ)には、大勢のファンがつめかけていた。
ラヴリアがなにか言うたびに、叫んで応える群衆。
改めて、ラヴリアの人気を思い知らされる。
「あ、あの、ノロア様……安全確認のほうは大丈夫ですか?」
「それなら大丈夫だよ」
先ほどから羅針眼でチェックをしているが……とりあえず、不審者も魔物もこの辺りにはいないようだ。護衛の出番はしばらくないだろう。
「平和だなぁ」
ここ2日ほどはマーズたちの動きもほとんどない。審問官の捜索が厳しくなったからだろうか。魔物のほうも週休2日制と言わんばかりに大人しくなっていた。
今回こうしてライブをやっているのも、敵の出方をうかがうという建前はあるものの、ほとんどラヴリアと市民の息抜きのためだ。
「……嵐の前の静けさ、じゃなければいいんだけど」
僕はぼんやりと裏方作業をしながら、舞台上のラヴリアのほうを見る。
桃色の髪をぴょんぴょん跳ねさせながら、生き生きと踊っている少女。
見ているだけで、なんだかこちらまで楽しくなってくる。
普段はちゃらんぽらんに見えるが、ラヴリアの歌や踊りはかなり本格的だ。本当に音楽が好きで、努力もしているのだろう。
僕はこういう娯楽に、あまり触れたことがなかったけど……。
「どうしましたか、ノロア様?」
「あ、いや……こういうのも、けっこう面白いかもって思って」
「えっ!?」『痛いっ!?』
シルルが持っていた工具を、ぽろりと落とした。
ちょうど下にいたジュジュの頭に当たったけど……まあ、いいか。
「ノロア様も、ラヴちゃんファンに……? ラヴリストの一員に……? はわわわわ、これは由々しき事態ですよ……いや、こういうときこそピンチをチャンスに変えるのです、私……!」
「どうしたの?」
「の、ノロア様!」
シルルが意を決したように顔を上げて。
「ら、らぶりー♪」
横ピースした。
「え……いきなり、なに?」
「…………今のは忘れてください」
「はぁ」
最近いろいろあったし、シルルも疲れてるのかもしれない。
そうこうしているうちに、ラヴリアが休憩に入ったようだ。
「みんな、お疲れー♪ ラブリー♪」
「ラヴリアもお疲れ」
水を差し出すと、ぐびっと一気に飲み干す。いい飲みっぷりだ。
「ふぅ、ラブリー……」
ぐったりと椅子にもたれるラヴリア。その顔にはだいぶ疲れがにじんでいた。
「ラヴちゃん、大丈夫ですか? まだまだライブは終わりじゃないですが……」
『さすがにオーバーワークじゃない? ほとんど休憩なしだし』
「んーん、大変だけどラブリーだから♪ 自由に生きてるって感じがしてねー」
ラヴリアが、にへへ、と笑う。
「あ、ラヴたんコールがかかってる♪ そろそろ舞台に戻らないと!」
ラヴリアがさまざまな楽器の入ったケースを両腕に抱えた。
「ああ、次は楽器演奏タイムだっけ」
「そうだよ♪ ラヴライブ恒例のね!」
ラヴリアがいろいろな楽器を演奏してみせる時間だ。
たぶん歌い疲れた喉を休ませる目的もあるんだろう。はたして休まるのかは謎だけど……。
「声が枯れたなら楽器をやればいいのだ♪」
「修行編にでも突入したのかな」
「ラブリーなことは全部やりたいんだよ♪ どれかを選べなんてラヴには無理だから♪」
そう言って、ぱたぱたと舞台上に戻っていく。
『忙しいわね』
「楽しそうではあるけどね」
舞台上のラヴリアは、本当に楽しそうだ。心の底から自由を謳歌しているように見える。できるなら、ずっとこんなふうに笑っていてもらいたいが……。
ふと、数日前のフーコさんの話を思い出す。
ラヴリアはマハリジの町付近で、イービルベアに襲われていたという。
それが起きたのは、もう3ヶ月ぐらい前のことだ。となると、少なくとも3ヶ月以上、ラヴリアは魔物に襲われ続ける生活を送っていることになる。
そして、フーコさんは、僕と別れる前にこう言った。
――あのとき、ラヴリア・フォルティは、あなたに助けを求めるはずだったわ? だけど、そうはならなかった……彼女はあなたに恐怖したのかも?
――そのせいで、彼女の物語は大きく狂いだしたわ?
「……ラヴリアが殺されそうになってるのは、僕にも原因があるんだろうね」
『考えすぎよ。あんたが責任感じることはないでしょ』
「そうかな」
とにかく……ラヴリアがずっと笑っていられるようにするためには、早く呪災を解決しなければならないだろう。
“呪い持ち”が動きだしてからでは、もう遅い。呪災の犯人である“呪い持ち”はすでに特定できているわけだし、問題はどうやってこの呪災を丸く収めるかだ。
その答えだけが、いまだに出ていなかった。
「ブ」じゃなくて「ヴ」だからセーフ……。