全知無能の少女
「――今回の呪災の黒幕は、あなたですか?」
「…………」
フーコさんは無言で、すっと目を細めると。
ティーカップに口をつけて――固まった。
無表情のまま、ちょっと涙目になる。たぶん、お茶が熱かったんだろう。
「ほうひへ、ふぁふぁふぃは……」
「落ち着いてからでいいですよ」
「ん……どうして、わたしが犯人だと?」
「犯人というより、裏で糸を引いている黒幕だと思ったんですが…………まず、あなたは“呪い持ち”ですよね。それも“魔物を操ることができる呪いの装備”を持っている」
以前、羅針眼で確認したことだ。
魔物を操ることできる呪いの装備を示せ、と。
そう羅針眼に検索をかけたとき、針は大聖城の最上階を指した。そして、フーコさんを見た途端、その針は消滅した。
「……どうなんですか?」
ふたたび尋ねる。
はたして、フーコさんの反応はというと。
「間違いではないわ? 魔物に限ったものではないけれど?」
「……っ」
予想外にあっさりと認められ、少しペースが崩される。
“呪い持ち”を断罪する神聖国のトップが――“呪い持ち”。
本来、隠し通さなければいけない国家機密だろう。
なぜ、“呪い持ち”が呪いの装備を断罪するのか……そう尋ねたくなるが、ここで確認しなければいけないのは、それじゃない。
「質問はもう1つあるのでしょう?」
「はい……」
僕は羅針眼の針を確認する。
「なぜ、あなたは……“呪い持ち”を聖都に招き寄せたんですか?」
ここに来る途中、羅針眼に指示を出したのだ。
“呪い持ち”を招き寄せている人物を示せ、と。
大聖城にいる権力者を疑って調べてみたわけだが、まさか針が聖王を示すとは思わなかった。
「決まってるでしょう?」
フーコさんが、くすくすと無邪気に笑う。
「そうしたほうが、楽しそうだからよ?」
「楽しそうって……本当にそんな理由で?」
「もちろんよ?」
『悪趣味ね』
そういえば、ミィモさんに最初に念を押されていたな。
聖王はゲームを好む、と。
この状況もフーコさんにとっては、ゲームにすぎないのか……?
というより、そもそも……。
「あなたはいったい、この呪災についてなにを知ってるんですか?」
「……それについては」
フーコさんは、しばらく口をぱくぱくさせてから。
やがて、あきらめたように溜息をついた。
「言えないかも?」
「え? どうして……」
「それが、代償だから」
フーコさんは珍しく断言口調で言うと。
ふいに、かっと目を見開いた。
虹色に揺らめく2つの瞳が、僕に向けられる。
「これは、選理眼。全知無能の目。この目がある限り、わたしは全てを知り、そして……なにもできない」
「なにも……?」
「あ、グレーゾーンをわたれば、できることもあるかも?」
『どっちなのよ』
「でも、今の質問に答えることはできないわ? 未来に直接干渉するような言葉は、口に出すことすらできないのよ?」
ふたたび、疑問口調に戻ってしまう。
「まあ、呪いの装備の代償なら仕方ないですね」
『“呪い持ち”あるあるね』
「ただ……最初の質問には答えることができるわ?」
「……! 本当ですか」
「わたしが呪災の黒幕であるかどうかについては……ノーよ?」
「…………“この部屋にいる嘘つき”を示せ」
念のため羅針眼で確認するが。
結果は――反応なし。
つまり、フーコさんは真実を言っている。
「……わかりました」
「わたしに面と向かって疑いをかけたのは、あなたが初めてよ? 本来なら極刑ものだわ?」
「う、すいません……」
「楽しかったから、いいのよ?」
『今の会話、楽しい要素あったの?』
「ええ、とても?」
ほとんど無表情で、あまり楽しそうには見えない。
「それに、あなたも満足したでしょう?」
「…………はい」
全知無能、か……どこまでのことを知っているのかわからないけど、こちらの思惑ぐらいはお見通しなのかもしれない。
「楽しかったから、面白いことを1つ教えてあげるわ?」
「面白いこと、ですか?」
『笑い所は満載なの?』
「爆笑必至よ?」
フーコさんがそう前置きしてから続ける。
「あなたに聖都までの案内人をつけるって、ミィモから聞いてるんでしょう?」
「え、まあ」
『森のクマさんの話だったかしら』
「違う」
たしか、マハリジの町を出たあと、すぐに案内人をつけるって話だったか。
だけど、どこかですれ違ったと聞いた。
「その案内人……ラヴリア・フォルティのことよ?」
「え……?」
突然の話に面食らう。
「案内人といっても、依頼したわけではないわ? ただ、彼女がいれば、もっとすんなり聖都まで来れたはずよ? これは本来……そういう物語だったのだから」
「……物語?」
いや、でも……たしかに、ラヴリアと一緒ならいろいろと楽だったのかもしれない。入市許可証だって、王族であるラヴリアと一緒にいれば、作りやすかったはずだ。
「でも……ラヴリアと会ったのは最近ですよ?」
「その前から会ってはいるわ?」
「……まさか」
そういえば昨日、ラヴリアが『マハリジの町』という言葉を呟いていた。
そして、僕たちがマハリジの町を出たあとに遭遇した、イービルベア。
あの地にいるはずもないAランクの魔物……。
「あのとき、イービルベアは……ラヴリアを襲おうとしていたってことですか?」
『あの場に、あの姫がいたってこと?』
「…………」
フーコさんは答えず、ただ……くすくす、と微笑するだけだった。