姫としてのお仕事
マーズからの接触があった、その翌日。
僕たちはラヴリアの安全のために、今日は寄生宮での待機を命じられていた。
そんな僕たちのもとへ、朝からお偉いさんたちが続々と挨拶にやって来る。
「王女殿下は、本日は麗しく……」
「ふふふ、お上手ですね」
「ぜひとも、王女殿下には我が息子と……」
「ええ、お父様に伝えておきますわ」
清楚な笑顔で、慣れたように来客対応するラヴリア。
普段見せる顔との違いで混乱するが……こういうところを見ると、本当に彼女は一国の姫なんだなと思い知らされる。
うん……そういえば、僕、ラヴリアにタメ口で話してたな。王族っぽさとかなかったせいで、つい気を抜いていたが……あとで不敬罪とか言われないよね?
「うーん、やっと終わったぁ!」
最後の来客を帰したあと、ラヴリアの顔からふにゃりと力が抜けた。
いつもの顔だ。やっぱり、こちらが素ではあるらしい。
といっても、わかりやすいぐらいご機嫌ななめで、ぷんぷんと頬を膨らめている。
「もう、貴族の人たちって話がラブリーじゃないんだよ! 今日はいい天気です、なんて言われなくてもわかってるのに! 言いたいことがあるなら、あらかじめ3行程度に要約して来てほしいよね! 結局なにを言いたいのかわからないし、すぐ話が脱線するし、ラブリーでもない薀蓄を語りだして知的アピールしてくるし、もう全然ラブリーじゃない! ちなみに、相手からラブリーだって思われるには、聞き上手になることが一番ラブリーだと言われていてね……」
「そうなんだ。ところで、“人のふり見て我がふり直せ”って言葉知ってる?」
「……? 初耳だよ?」
「だろうね」
「それより、疲れたー。ノーくん、足マッサージしてー」
「足疲れる要素あった?」
『ノロアー、オムレツパン買ってきてぇ』
「あ、ラヴのもお願い! ジュースもプリーズ♪」
「君たちは護衛をパシリだと勘違いしてないかな」
思わず溜息をつく。
一応、命を狙われている立場だというのに、のん気なものだ。
というか……。
「ノーくんノーくん!」
「なに?」
「呼んでみただけー♪」
「…………」
なんだろう、昨日よりラヴリアに懐かれているような気がする。
心なしか距離も近い。これは護衛として信頼されたと見るべきなのかな。
「そういえば、ラヴリアって……他に従者とかいないの?」
「えっ? い、一応、いるよ……?」
「そのわりに姿が見えないけど」
「うぐっ……」
「もしかして、家出中とかじゃないよね?」
「そ、そんなことないよー?」
「……怪しい」
『ちょっと乙女のプライバシーを暴こうとするなんて、ありえなくない?』
「だよねー?」
『ねー?』
「……はぁ」
なんだか、いろいろ面倒事を背負わされている気がしなくもない。
『それより、ノロア……怪しいやつはいたのかしら?』
「え? いや……」
羅針眼をふたたび確認するが、やはり反応はない。
「来客の中に、“呪い持ち”を招き寄せた人はいなかった」
『ふーん、あてが外れたわね』
「うん……聖都で呪災を起こそうとするなら、権力者が怪しいかなって思ったんだけど」
つまり、敵の動機がわからない以上、権力者が裏で糸を引いてるんじゃないかと考えたわけだ。権力者が関わっているなら、“呪い持ち”が複数いることも、あっさり聖都に侵入・潜伏されていることも納得できる。
そして、もし背後に黒幕がいるのなら、下っ端の“呪い持ち”をいくら捕まえたところで意味がない。またいくらでも送られてくるだけだ。
というわけで、来客1人1人に羅針眼でいろいろなチェックをかけてみたんだけど。
その結果は――全て外れ。
『もう、聖都全体で検索しなさいよ』
「……いや、こっちのほうが効率がいいんだよ」
羅針眼は街中だと、けっこう不便だ。
昨日、脱走ラヴリアを追いかけているときに、そのことを痛感した。
人や物があふれ返っている街中では、羅針眼で人探しは難しい。人混みに紛れられたら、誰を指しているのかわからなくなるし、建物にいるのか道にいるのか区別もつかない。
それに、羅針眼には7日で探し物を見つけなければ死ぬ、という代償もあるのだ。
使い所は選びたい。
「マーズのほうは、どうなってるんだろ……」
今頃、審問官がマーズを追っているはずだ。
羅針眼を使ってマーズの位置情報だけは知らせているけど……マーズのいる方向を示した針がまだ動き続けている辺り、殺すことはできていないようだ。
そのことに、少し安心してしまう。
「……やっほ」
と、天井をすり抜けて、ククがやって来た。
「あれ、どうしたの?」
「また、お客が来た。千客万来」
「あれ、約束してたのは、さっきの客で最後だったけど……」
「ノロアにお客。金髪でツンデレっぽい男が……」
『ツンデレゴールドね』
「セインさん? とにかく、通してもらってもいいかな」
「すでに通し済み」
「…………おい、ツンデレゴールドってなんだ?」
気づけば、部屋の入り口に金髪の青年審問官が立っていた。
会話を聞かれていたらしい。
というか……。
「セインさん?」
「なぜ疑問系なんだ。360度、まごうことなきセイン・アスターだろう」
「え、そうですか……?」
なぜか、髪型をびしっと決め、聖人君子みたいなニコニコ笑顔をしている。
昨日会ったときと雰囲気が違いすぎて、普通に怖い。
というか、ラヴリアのほうをすごいちらちら見てる。
「あー……そういえば俺って、装備枠5にして名門審問官学校を主席で卒業後、若くして審問官の副長までスピード出世を果たした、あのセイン・アスターだったなぁ」
「誰に対して言ってるんですか」
『なにこいつ、怖い……』
「それより、僕になにか用があるんですか?」
「ん、そうだった」
セインさんが気を取り直すように、ごほんと咳払いする。
「おい、の……ノロ……ノロマザル」
「喧嘩売ってるんですか?」
「聖王陛下が貴様をお呼びだ。可及的速やかに大聖城へと向かえ」
*
大聖城最上階、謁見の間。
そこで僕は、なぜか聖王のフーコさんとお茶を飲んでいた。
白い部屋の中には、なんとも言いがたい気だるげな沈黙が漂っている。
「あ、あの……」
「お茶のお代わり?」
『そうよ! マカロンもお代わり!』
「わかったわ?」
フーコさんが、ぱちんと指を鳴らすと、メイド人形たちがお茶とお菓子の継ぎ足しに来る。
人形を操る装備でも持っているんだろう。
「あ、どうも……って、そうじゃなくて」
『ちょっと、お茶が熱いんですけど! これは口の中、火傷したかもしれないわ! 慰・謝・料! 慰・謝・料!』
「君は少し黙ってようか」
ジュジュにお菓子をあげて大人しくさせてから、改めてフーコさんと向かい合う。
車椅子に腰かけた不思議な少女。その背後にたたずむ巨大な女神像のような人形が、じろりとこちらを睨んだ気がして、思わず気圧されそうになる。
「今日は……どうして僕を呼んだんですか?」
そう、僕はフーコさんに呼ばれたから来たはずだ。正直、ここに来る前はなにを言われるのかと警戒していたんだけど……それなのに、気づいたら優雅にティータイムとしゃれ込んでいた。
「……? あなたを呼ぶのに理由がいるの?」
「いると思います」
「わがままなのね?」
フーコさんはティーカップをことりと受け皿に置くと。
「強いて理由を言うなら、なんとなくよ? あなたが、わたしに質問したくなる頃だと思って?」
そう、微妙な答えを返してくれた。あいかわらず疑問系で話す人だ。
でも、質問か……。
「あるんでしょう、質問?」
「……はい」
なんでも、お見通しみたいだ。
僕は唾を飲み込み、フーコさんの目を覗き込む。
「――今回の呪災の黒幕は、あなたですか?」