対策会議
マーズとの接触のあと。
僕たちはミィモさんと合流し、寄生宮で話し合いをしていた。
「さて……」
ミィモさんが重々しい表情で、話を切り出す。
「……議題は、新入りのセクハラ問題だったかな」
「違います」
「そうです! この男は、あろうことか護衛対象にみだらな行為を……!」
セインさんがテーブルをばんっと叩いて力説する。
「ミルナス長官! 護衛の人選についてご再考を! この男よりも俺のほうが立派に護衛を務めてみせます!」
「落ち着きたまえ、セインくん。今話し合うべきは、そのことじゃないだろう」
「あなたが話を振ったんですけどね」
「それより、あまりゆっくりしている余裕はないよ。敵が動きだした以上、ここもいつ襲われるかわからないからね」
「そのわりに冗談を言う余裕はあったみたいですが」
「さて、先の“呪い持ち”襲撃の件だが……」
ミィモさんは僕を無視して、お茶請けのお菓子をぽいっと口に放り込む。
「まず報告しておくと、“マーズ”という名も、“メガネビーム”という名も、入市記録からは確認されなかったよ」
「メガネビームも調べたんですね」
「彼の呪いの装備の力については、未知数な部分がも多いが……おそらく“地図操作”といった類のものだろう。建物や道といった人工物をパズルのピースのように綺麗に切り取り、前後左右に配置し直すことができるようだ」
「……地図操作」
マーズと対峙したときのことを思い出す。
あっさりと街をめちゃくちゃにした呪いの装備。
そんな呪いの装備の力を、マーズは完全に使いこなしていた。
『だぶん、頭もかなり切れるわよ。眼鏡だし』
「眼鏡はともかく……これほどやっかいな敵は初めてだね」
“地図操作”――人工物を自由に動かす。
それは街中において、かなりのアドバンテージを持つ力だ。
とくに聖都は水上に浮かんでいる。足場をなくされれば、こちらは動くことすらままならない。無策のまま戦おうとしても、また先ほどの二の舞になるだけだろう。
それに……もしもマーズが自棄になれば、聖都そのものを沈めることもできるかもしれない。
なんなら、この寄生宮も……下手したら、今すぐにでも水路に落とされるかもしれない。
あまりにも、フィールドが悪すぎる。
「マーズは“地図操作”の力を使って、結界も動していたという話だった。となると、おそらくこの力で結界に隙間をあけて、聖都に侵入したのだろう」
「結界に隙間をあけるって……つまり、やつは結界の影響をまったく受けないということですか!?」
「いや、そうでもないよ、セインくん。彼はレベルGの権限さえ持っていないからね。街中を歩こうとするだけで、いちいち結界を動かさなければいけないが……そんな派手なことをすれば、私たちに居場所がバレてしまう。今まで隠れていたことから考えても、普段は聖都内で唯一結界が張られていない……船着き場か水路に潜んでいると思われる」
「なるほど……すぐに部下たちに、聖都内の船を調査させましょう」
「ただ、問題は……“魔物操作”の力だね」
ミィモさんが言いながら、飴玉をころんと口に放り込む。
というか、さっきからお菓子食べすぎじゃないだろうか。
「マーズの“地図操作”の力が、人工物だけでなく魔物を動かすことができるという感じなら、まだいいが……すでにマーズが侵入している以上、“呪い持ち”が何人入っていてもおかしくはない」
「そういえば、マーズが“俺たちの組織”という言葉を使っていた覚えも……」
『ぼろっぼろじゃない。難攻不落(笑)みたいになってるわね、この都市』
700年も聖都を守ってきた結界が、こうもあっさり突破されるとは。
呪いの装備が恐ろしいと言うべきか、敵が恐ろしいと言うべきか……。
「ただ……どうして敵は、ラヴリアくんを襲おうとするんだろうね」
ふと、ミィモさんがラヴリアのほうを見る。スライムの双子と元気に遊んでいる少女。
「わざわざ聖都に侵入してまで殺そうとするような人物とは、とても思えないんだが……」
「敵が複数人だというなら……マーズたちはあくまで駒にすぎず、背後で権力者が糸を引いているという可能性もありますね」
「……そうだね」
ミィモさんが物憂げに溜息をつく。
「ここにきて敵が増えるとは……まあ、考えても仕方がない。私たちがするべきことは、迅速に“呪い持ち”を殺すことだけだ」
「……殺す、ですか」
そうだ……この国では、“呪い持ち”は問答無用で殺されるんだった。
だけど、敵は本当に殺されるべき人間なんだろうか。少なくともマーズは話が通じたし、平和的な解決を望んでいるようでもあった。
「……どうかしたかね?」
ふと、ミィモさんがこちらを、じっと見ていた。
まるで品定めするような無機質な目線に、少しぞっとする。
「まさか……“呪い持ち”に情を移したわけではないよね?」
「……いえ」
僕は慌てて、首を横に振る。
どうも敵と実際に接触したせいで、迷いが生じてしまったようだ。
審問官が“呪い持ち”を殺す理由はわかるけど、僕は“呪い持ち”の気持ちも理解できてしまう。
審問官と“呪い持ち”が正面からぶつかったとき、僕はどちらの味方につけばいいんだろうか――。
そんなことを、ふと考えてしまうのだった。
これにて3章終了です!
お時間があれば、ポイント評価をしていただけると励みになります!