水中
「……ぼごっ」
水の中に沈んでいく。
勢いよく水に叩きつけられた衝撃で、肺の中の空気が泡となって出ていく。
すぐに地上に戻ろうとするが……ダメだ。水面がどんどんと影で覆われていく。なにかで蓋をされているのか。
まずい、息ができない。暗くてなにも見えない。苦しい。
迂闊だった。もっと警戒するべきだった。敵から近づいてくるんだから、なにかしらの対応策があると考えるべきだった。
そして、またしてもラヴリアを無防備な状況にしてしまった。
早く戻らないと……そう、焦燥感が膨れ上がるが。
そういえば、深い水に入るのは初めてだ。もちろん、泳いだこともない。まともに動くことすらできない。
というか、え……? 水の中って、自動的に浮くものじゃないの? 船とかすごい浮いてるじゃん。おかしいな、沈む一方なんだけど。
「……!」
さらに、悪いことは重なるものなのか。
黒い影のようなものが、こちらに迫ってくるのが見えた。シルエットだけでもわかる――あれはシーサーペントか?
まずい、水中ではまともに戦うことはできない。少しパニックになりかけていると。
『……ぼろろろっ! ……おろろろろろろろっ!』
ジュジュが僕の頬をぺちぺち叩いてきた。なぜか、上のほうを指差している。その指の先に視線を向けてみると。
「……っ」
――光。
水面の一部がきらきらと光っている……脱出口だ。
それを見て、少し冷静を取り戻せた。
僕はジュジュに向かって頷き、スライムシールドを膨らめて浮き輪代わりにする。それから魔物から逃げるように、急いで光のほうへと向かう。
はたして、脱出口はたしかにあった。
しかし。
「……っ……っ」
透明な障壁に阻まれて、脱出口までたどり着けない。
……これは、結界か?
目を凝らしてみると、うっすらと四角い氷のようなものが、いくつも積まれているのが見えた。
おそらく、聖都の土台に結界が使われているんだろう。
これが聖都が浮いている理由か。このタイミングじゃなければ、もっと感心していたと思うけど。
「……ぅぶっ」
ダメだ。結界の間にも隙間があるが、人が通り抜けられるほどのスペースがない。
試しにスライムソードで斬ってみるが、結界はびくともしない。
もう息が持たない。意識が遠のいていく。
そうこうしているうちにも、魔物がすぐ目の前まで迫ってくる。
牙だらけの口を大きく開けて、僕を飲み込もうとし――。
「……?」
ふと、そこで。
どこからか、不思議な笛の音色が響いてきた……。
*
マーズが去ったあと、ラヴリアは道の真ん中でへたり込んでいた。
ノロアが水路に落とされてから、もう数分は経っている。
この間に、彼を助けようといろいろ試してはみたが……どれもダメだった。
水路の上には建物や道がぴったりと敷きつめられ、完全に蓋をされている。わずかに空いた隙間も、人が通り抜けられるほどの広さもない。
どんな強者だろうと確実に殺すための罠だ。
「…………ああ」
自分なんかのせいで誰かを不幸にしてしまった。
自分なんかを守ろうとしなければ、こんなところで死ぬような人じゃなかった。
誰よりも強くて、みんなから愛されるような人だった。
「……どうして」
視界がぼやけていく。
どうして、いつもこうなってしまうのだろう。
「……ごめ……ごめんなさい……」
そう、謝罪の言葉を口にしたとき。
ふと……そのぼやけた視界の中、それを捉えた。
小さな影だ。突然、水路上の隙間から飛び出してきたそれは――牙だらけの口をがばっと開けて、ラヴリアへと踊りかかってくる。
「…………え」
――魔物の襲撃だ。
それに気づいても、ラヴリアの体は金縛りにあったように動かなかった。
完全に警戒を解いていた。
そして、突進してくる魔物になすすべもなく――。
「……え、あれ?」
ぽすり、と。
魔物がラヴリアの胸の中に収まる。
魔物は大きく口を開けると、そこから……。
「うわっ!?」
『ぷぎゅっ』
「んんん~~!?」
なぜか、ノロアとジュジュが飛び出してきた。