黒幕からの接触
「……ほぅ、見事だ。ノロア・レータ」
いつの間にか、人気のない路地の奥に、陰気な男が立っていた。
フードの影に隠れた顔には、片眼鏡のレンズの光だけが見て取れる。
手には1冊の本を開いて持ち、そのページ上には――仕掛け絵本のように浮かび上がる、街のパノラマ模型のようなもの……。
『な、なんて、怪しさMAXなやつなの!?』
「うん……申し訳ないけど、それ僕も思った」
不審者やるにしても、もうちょっと普通の格好したほうが目立たなくていいと思う。目立たないファッションのなんたるかを1からレクチャーしてあげたくなる。だけど、今はそんなことしている場合じゃないか。
僕はとっさにラヴリアを後ろにかばった。
「……あなたは誰ですか? ラヴリアに魔物をけしかけたのは、あなたですか?」
「……答える義理はない」
『はぁ? 初対面なんだから自己紹介するのが常識だと思うんですけど?』
「……お前たちに名乗る義理はない」
『じゃあ、“メガネビーム”って呼ぶわ』
「…………え?」
「なになに、ビーム出るの? なにそれ、ラブリー♪」
「…………え、いや」
『ほら、一発ビーム出してみなさいよ! ほら、ビーム! ビーム!』
「ビーム♪ ビーム♪」
「…………マーズだ」
すごい複雑そうな顔で名乗ってくれた。ちょっと申し訳ない気分になる。
「それで……僕たちになんの用ですか」
十中八九、このマーズという男は、呪災の犯人だ。
彼が手にしている本は、その可愛さを見るに呪いの装備で間違いないだろうし。
とすると、わざわざ自分から顔を出す理由がわからない。
「……ノロア・レータ……貴様が危険だと判断した」
マーズがぼそぼそと語りだす。
「……貴様の動きは見させてもらったが、他の審問官とは明らかに違う。魔物との戦闘に慣れているというのもそうだが、戦闘力がまず桁違いだ。それもそのはず、調べてみればSランク冒険者という話ではないか……」
『ちょっと、声が小さくて聞き取りづらいんですけど! なに、聴力検査なの!? 聴力を試されてるの、わたくしたち!?』
「しっ! 君の声でさらに聞こえなくなるから」
「つまり……貴様の存在が、俺の計画に支障をきたしかねないのだ……っ」
心なしか声が大きくなった。
気を遣わせてしまったみたいで本当に申し訳ない。
「計画に支障……というと、僕を排除する気ですか」
「……そう身構えるな。俺は話し合いに来ただけだ」
「……“この通りにいる、嘘つき”を示せ」
念のため確認してみるが、羅針眼は反応しない。
話し合いに来ただけ、というのは本当か。
ただ……マーズが手にしている本は、おそらく呪いの装備。こちらが下手に動けば、すぐにでも攻撃してくるはずだ。
背後にラヴリアがいる以上、まずは話を聞くしかないだろう。
「……俺の要求はただ1つ。お前には、この呪災から手を引いてもらいたい」
「ラヴリアを見捨てろと? そんなこと……」
「噂に聞くところでは、お前は装備に目がないらしいが……俺たちの組織は、限定装備でも、違法装備でも、呪いの装備でも、なんでも用意することができるぞ?」
「……!」
限定装備に、違法装備に、呪いの装備だと……?
くっ、なんて甘い誘惑なんだ。
たしかに、ラヴリアも僕が護衛するのを嫌がってるし、そもそも今回の呪災に首を突っ込んだ理由も、呪いの装備が欲しかったからというのも大きいわけで……。
いやでも、ラヴリアになにかがあれば寝覚めが悪い。
ラヴリアはシルルの友達だし、こうして知り合った人間を見殺しにはできない。
だから。
「残念だけど、僕はそんな誘惑には乗らないッ!」
『一見勇ましいけど、30秒は悩んでたわよね?』
「即答してくれたら、ラヴ的にもカッコいいかもって思ったのに……」
すごいジト目で見られる。
「……期待はしていなかったが、やはり交渉決裂か。できれば平和裏に解決したかったのだが」
マーズが疲れたように溜息をついた。
「では、せいぜい……その選択を悔いるがいい」
そう言い捨てて、くるりと踵を返す。
『あ、尻尾を巻いて逃げる気よ!』
「逃がすか!」
慌てて追いかける。
マーズの呪いの装備は、魔物を操る類のものだ。だが、羅針眼で確認してみるが、すぐ近くに魔物はいない。
これなら――短期決戦で終わらせられる。
「ジュジュ、針だ」
『久々の出番ね!』
僕の手の中に、光の針が現れる。
他人の呪いの装備を奪い取るための針だ。
僕はマーズに接近し、ジュジュの心臓にその針を突き刺そうとして――。
「――書き換え」
「…………え?」
彼がページ上の模型を指で動かすと、いきなり眼前の景色が変わった。
前にあったはずの道が――横へスライドする。
想定外の出来事に、とっさに対応できない。
足場がなくなり、がくっ、と浮遊感。
しまった、と思った頃には、もう遅く……。
「――ノーくん!?」
とっさに手を伸ばしてくるラヴリア。
しかし、その手が僕に触れることはなく。
気づけば、僕は水路の中へと落下していた。










