ランクアップと羅針眼の代償
※2019/03/06 改稿によって、ラストの展開だけ変えました。
羅針眼を手に入れて、ダンジョンの入り口に転移した僕を出迎えたのは、大量の冒険者たちだった。
ダンジョンの中にいたせいで時間間隔が狂っていたが、どうやらもう夜が明けていたらしい。日の出はとうに迎えて、冒険者たちが仕事を始める時間になっていたようだ。
冒険者たちが呆然としたように僕をガン見するなか、一人の冒険者がおそるおそる前に進み出てきた。どこかで見覚えがある人だけど……あ、そうだ。昨日、僕にからんできた人だ。
「お、おい、お前。ダンジョン、クリアしたのか?」
「えっと……」
『ええ! クリアしてやったわ!』
僕より先になぜかジュジュが答える。それも、自分の手柄だとでも言わんばかりに胸を張って。
「う、嘘だろ……Aランク冒険者が束になってもクリアできなかったダンジョンだぞ……どっかに抜け道でもあったのか?」
「いや、たぶんなかったですが」
「ボスはなんだった?」
「クイーンスパイダーでしたね」
「クイーンスパイダー!? バカ言うな! 普通にSランクモンスターじゃねぇか!?」
「そう言われましても」
倒したのだから仕方ない。
正直、倒した実感もクソもないけど。ボス部屋の外から衝撃波飛ばしただけだし、クイーンスパイダーと戦った感はゼロだ。というか、クイーンスパイダーを見た時間も5秒ぐらいだったと思う。もう顔も思い出せない。
「あ、そうだ。クイーンスパイダーの甲殻ならありますよ」
そういえば、換金用にクイーンスパイダーの素材を持ってきたんだった。といっても、クイーンスパイダーの体はほとんど消し飛んだため、得られた素材はごくわずかだ。唯一手に入れた甲殻もぐちゃぐちゃになってるし、まともに換金できないだろう。これも運=0の影響かもしれない。
「こ、この硬さは、本物……? いや、だが……ミスリルより硬い殻が、どうやったらこうなんだ……?」
「普通に斬りました」
「いや、斬ったというか、ひねり潰したみたいになってるが……」
おじさんが顔を引きつらせながら後ずさる。周囲の冒険者たちも、どこか怯えたように僕から距離を取る。
屈強な冒険者たちがGランク冒険者に怯えている様子は、なんだか喜劇めいていて面白かった。そんな怯えるほどの相手でもないのにね。
『ぷっは、ちょーウケるんですけど! こんなの今年一番笑うしかないわ!』
ジュジュなんて、お腹を抱えて爆笑している。
うん、そこまで面白くはないんだけど。
ともあれ、これで今後ちょっかいを出されることはなくなるだろう。悪目立ちするのは嫌だけど、平和のほうが大切だ。
「じゃあ、僕はもう行くので。えっと、探索頑張ってください」
「お、おぅ」
周囲の冒険者たちにぺこりと頭を下げて、僕はギーツの町へと帰ったのだった。
*
できればすぐに食事して寝たいところだったけど、まずはダンジョンの探索結果をギルドに報告することにした。
ダンジョンはこの町の資産であるため、勝手に資源を採取して帰るというわけにもいかない。ダンジョンでなにをしたのか報告する義務があるのだ。何層まで到達したかとか、なにを採取したかとか、どんな魔物を何体狩ったかとか……事細かに報告しないと罰金もある。まあ、罰金といっても報酬がちょっと減額されるぐらいだけど。
「あ、えーと……新入りさんでしたっけ?」
集会所の受付に行くと、受付嬢さんが手抜き感のある笑顔で出迎えてくれる。Gランクの小僧に向けてやるほど、100%の受付嬢スマイルは安くないのだろう。
「はい、昨日マハリジから来たノロアです」
『そして、わたくしが飼い主のジュジュよ!』
「うん、元気な自己紹介だね。でも、少し“待て”してようか」
「ノロア……ああ、たしかそんな名前でしたね。というか、どうしました? その左目?」
受付嬢さんがさっそく羅針眼に興味を示す。
まあ、人の左目がいきなり金色になったら不審にも思うだろう。しかも、瞳にはなんか羅針盤みたいな模様もついてるのだ。不審さも二倍になる。
だけど、正直にこれが呪いの装備だと話すのも避けたい。呪いの装備をつけてれば腫れ物扱いは避けられないし、そもそも呪いの装備を故意につけるのは違法だ。あまり追求されてうれしいポイントではない。
とりあえず、ごまかしておくか。
「えっと、昨日イメチェンしました」
「あれ、昨日はダンジョンに行ってたんじゃ?」
「ダンジョンでイメチェンしたんです」
「なぜ……?」
「やっぱり、イメチェンするにもスリルが欲しかったというか」
「な、なるほど」
受付嬢さんは笑顔を引きつらせながらも、それ以上の追求はしてこなかった。なんとか、はぐらかすことはできたらしい。
「なにはともあれ、生きて帰れたようでなによりです」
「ですね。それで、ダンジョンの報告をしたいんですが」
「報告ですか? ただ入り口をのぞいただけなら、報告もいりませんよ?」
「いや、それが……ダンジョンクリアしちゃいまして」
「……は?」
受付嬢さんが手抜き笑顔のままフリーズする。
「えっと……それは、あれですか? Gランクジョークみたいな?」
「いや、リアルクリアです」
「またまた。未踏破のSランクダンジョンですよ? Gランクでクリアできるわけないじゃないですか。それも一晩でなんてSランク冒険者でも不可能ですよ」
受付嬢さんは信じてもらえそうもない。困ったな、報告は正確にしないといけないのに。報告を信じてもらえなくて罰金とかごめんだぞ。
『ノロア、あれを見せておやり!』
「あれって?」
『さて、なんでしょうか。①賄賂、②セクシーポーズ、③……』
「いや、無理やりクイズ形式にしないでいいから」
『ノリ悪いわね』
「で、正解はなんなの?」
『魔石よ』
「ああ」
ジュジュにしては珍しくまともな提案だ。たしかに魔石は、魔物を倒した証明になるんだった。今まで魔物討伐とは無縁だから、すっかり忘れてたよ。
急いで布袋をあさり、換金用に持ち帰っていた魔石を受付台にどんっと置く。だいぶ欠けていたけど、そこはさすがのSランクモンスターの魔石といったところか、けっこうな大きさがあった。置いたときの音が予想外に大きく響いてしまう。
「えっと、これは?」
突然現れたビッグサイズの魔石に、受付嬢さんが目を白黒させる。
「クイーンスパイダーの魔石です」
「ク、クイーンスパイダー?」
「はい、ダンジョンのボスでした」
「え、嘘……? でも、この大きさは……本当に……?」
「とりあえず、鑑定してください」
「そ、そうですね」
受付嬢さんが慌てて奥へと引っ込んでいく。たぶん、集会所に魔石鑑定士が常駐してるんだろう。ちょうど朝ということもあり、鑑定は順番待ちもなくすぐに済んだらしい。受付嬢さんはとんぼ返りするように、わたわたと戻ってきた。
「も、申し訳ありません! 本物でした!」
慌てたように頭を下げる受付嬢さんに、集会所中の視線が集まる。ちょうど依頼ボードに集まっている冒険者も多い時間だったため、かなりの視線の量だ。一気に居心地が悪くなる。
「クイーンスパイダーの魔石が本物ということは……本当にダンジョンをクリアされたんですか?」
その言葉に冒険者たちがざわめいた。ダンジョン都市にとって、ダンジョンクリアほどの大事件はない。いつの間にか、僕の一挙手一投足に集会所中の注目が集まっていた。
「ま、まあ、なりゆきでクリアしちゃった、みたいな?」
「そんな軽く……というか、さっきダンジョンでイメチェンしてたと言ってましたが」
「あー、イメチェンついでにクリアしたんです」
「そっちが、“ついで”なんですか……」
『ま、9割方はわたくしがクリアしたようなものだけどね。ノロアはひたすらイメチェンしてただけよ』
「あ、これは嘘です」
「えっと、魔石だけ盗んだということはないですよね? いや、ダンジョンクリアできるほどの実力者から盗めるとも思えませんが……」
受付嬢さんはまだ疑っているようだ。とはいえ、僕がクリアしたという確実な証拠もない。参ったな、これはどうしたものか……。
「――そいつの言ってることは、嘘じゃないぜ」
と、そこに颯爽と現れたのは…………誰だこいつ。知らないおじさんだ。
『誰よ、あれ? あんたのお友達? ずいぶん脂ギッシュなフレンズね』
「そんなわけないでしょ。僕だって友達ぐらい選ぶよ」
って……あ、そうだ。昨日からんできた人か。というか、ついさっきも会ってたっけ。量産型みたいな顔してるから、すぐに忘れてしまう。
「あ、あなたは……! あー、えっと……新入りさんでしたっけ?」
受付嬢さんも忘れてたのか。これは気の毒だ。
「俺はBランクのマーセンだ!」
「へぇ。それより、嘘じゃないというのは?」
さらっと流したな、受付嬢さん。というか、このおじさんBランクだったんだ。
「俺は、見たんだよ。そいつが一人で転移魔法陣から出てくるとこをな」
「……っ! それは本当ですか!」
「ああ、見てたやつなら他にもいくらでもいるぜ」
おじさんの後ろにいる冒険者たちが一斉に頷いた。
「しかも、そいつは一人で出てきたんだ。しばらく経っても、そいつ以外は出てこなかった。そもそも、この町の冒険者じゃあ、最下層まで行けるやつもいねぇ」
「ということは……」
「未踏破のSランクダンジョンをソロクリアしたっつぅことだな」
「そ、そんな……前代未聞な……」
受付嬢さんが口を半開きにしたまま放心する。
たしかに、ダンジョンソロクリアというのは聞いたことがない。そもそも冒険者って基本的にパーティー組むしね。一人で仕事するメリットはほとんどない。
というか、なんでおじさんが僕に助け舟出したんだろう。今までと態度が違いすぎて気持ち悪い。何気なくおじさんのほうを見ると、なぜかおじさんは「ひっ」と後ずさった。
「な、なんだよ? 言っとくけど、昨日からんだのはこれでチャラだからな! だから、その……俺をひねり潰したりするなよ!」
「あ、はい」
なるほど、復讐を恐れての助け舟か。べつに復讐とかするつもりなかったけど、昨日からまれたことが巡り巡って役立つとは。人生って、本当になにが起こるかわからないね。
『ノロア、こいつまだタメ口よ? 一発、ひねっとく?』
「ひぃっ!? ひねらないでください!」
「ひねらないよ」
「と、ともかく」
受付嬢さんが手をぱんっと叩く。
「Sランクダンジョンをソロで初クリアとなれば、昇格もしないといけませんね。クイーンスパイダーをソロ討伐した時点で、Sランク確定だと思いますが……」
「え、Sランクですか?」
Gランクから一気にSランクというのは実感がわかなすぎる。とくにSランクなんて世界中にも数人しかいないレベルの強者だ。ぽっと出の若造に、そんなランクをあっさりあげていいんだろうか?
でも、そうか……冒険者ランクって、基本的に戦闘力基準だからな。たいていの場合は、“一人で倒せる魔物のランク”が冒険者ランクの基準になる。言ってみれば、冒険者ランクとは『一人で○ランクの魔物を倒せますよ』という証明みたいなものだ。魔物を一体でも倒せばもらえる肩書という辺り、勲章にも近いかもしれない。
「では、ダンジョンクリアを確認次第、すぐに王都に通信を送ってSランク昇格の手続きをしますね。おそらくカード更新に1週間はかかると思いますが」
「だ、大丈夫です」
Sランク昇格は、ほぼ決定事項らしい。
呪いの装備が欲しかっただけなのに、なんだか大事になったなぁ。
*
Sランクダンジョンをクリアした1週間後。
ギーツの町は、いまだに僕の話題でもちきりになっていた。まあ、ダンジョン都市でダンジョンクリアほどの大事件はないうえに、前代未聞の要素が多すぎたからね。未踏破のSランクダンジョンをソロクリアすることもそうだし、GランクからSランクへの昇格というのも史上初だ。そりゃ、しばらく話題にもなる。
「うーん……呪いの装備が欲しかっただけなんだけどなぁ」
朝食のスープを、ぼんやりと匙でかき混ぜる。臨時収入でいつもよりリッチな食事をとっているのに、あまり味がわからない。食堂内にある視線という視線を一身に受けながらリラックスできるほど、僕の神経は図太くできてないのだ。
なんだか大事になってしまったなと、他人事のように思う。そもそも、ついこの間までGランクだったのに、いきなりSランクなんて言われても実感がわくはずない。さすがに飛び級しすぎだと思うし。
「これからどうするかなぁ……」
『それより、フォークってなんか強そうよね!』
「あ、うん。そうだね」
『ちょっと今からフォークトルネードするわ! ちゃんと見てなさいよ!』
「うん」
『うおおおおっ! フォォォーークゥ、トルネェェェーーードッ!』
「うん、すごい」
ジュジュはこちらの悩みなどおかまいなしに、テーブルの上でフォークを振り回している。悩みがなさそうで、うらやましいなぁ。
「はぁ……」
『どうしたの? もしかして、フォークトルネード嫌いだった?』
「いや、べつにフォークトルネードに特別な感情は持ってないけど」
『じゃあ、なんなのよ。あんたの悩みなんてフォークトルネード以外ないでしょ?』
「なんでそう思ったのかわからないけど、もっとあるからね。平和に生きたいなとか、装備との結婚が認可されないかなとか……」
『つまり、フォークトルネードがらみでしょ?』
「そろそろフォークトルネードから離れようか」
話がまったく進まない。というか、フォークトルネードってなんだよ。
「とりあえず、ジュジュ。そろそろこの町から出ない? とくにこの町でやることもなくなったし」
ランク昇格手続きも終わったし、この町の武具屋はもう全部チェックした。もうこの町にいなければいけない理由もない。
なにより、早く新しい装備を手に入れたくて体がうずうずしてるのだ。そろそろ、なにかを装備しないと禁断症状も出そう。
『ま、そうね。この町のB級グルメも制覇したし、次の町に行きましょうか』
「話が早くて助かるよ」
『で、次はどの町に行くのかしら?』
「それなんだけど」
僕は左目に埋まった羅針眼を、とんとんと指さした。
「この羅針眼を使えば、呪いの装備のある方角もわかるんじゃないかな」
『それはそうだけど……大丈夫なの?』
たしかに、ジュジュの懸念はもっともだ。
この羅針眼は探し物の方角を教えてくれるけど、その代わりに『7日以内にその探し物を見つけ出せないと死ぬ』という代償がある。つまり、どの辺りにあるのか知らないものを羅針眼で探すのは避けなければならない。もしも探し物が遠い場所にあるなら、その時点で死ぬことが確定してしまう。
とはいっても、使い方を誤らなければ問題のない程度の代償だ。
「とりあえず、近場に範囲指定して使おうと思う」
『たしかに、それならリスクは少ないわね』
と、ジュジュのお墨付きも得たところで、さっそく羅針眼を使ってみることにする。
「〝半径一〇〇メートル以内にある未装備の呪いの装備〟を示せ」
まず〝半径一〇〇メートル〟のような小さい範囲から始めて、だんだん探索範囲を広げていく。範囲内になにもないなら羅針眼も反応しない。この方法なら安全性も高いし、呪いの装備がある方角だけでなく、だいたいの距離もわかる。
そうして、しばらく範囲を広げていくと、「〝ギーツの町にある未装備の呪いの装備〟を示せ」と言ったところで羅針眼が反応した。ふよんふよんと頼りなく動いていた磁針が、ぴたりと〝上〟を指したのだ。
「上……?」
この食堂の二階とか? いや、それならもっと早くに羅針眼が反応していたはずだ。
「いったい、なにが……」
とりあえず食堂から出てみると、なにやら通りが騒がしかった。
誰もが空を見上げ、指をさしながら叫んでいる。
僕もつられて空を仰ぎ……。
「なっ!?」
思わず、目を疑った。あまりにも突拍子もないものが見えたのだ。
一瞬、僕だけが幻覚を見ているかと思ったけど、そういうわけではないらしい。他の町民もしっかり〝それ〟を見ているのだから。
ということは、あれは本物の……。
「……ドラゴン?」
ギーツの町の上空を飛んでいるのは、まさにドラゴンだった。大きな翼を悠々と広げ、純白の鱗をきらめかせている。
しかし、ドラゴンがこの辺りに生息しているなんて聞いたことがない。もっと南の温かい地域に生息しているはずだ。
そして問題なのは、羅針眼の針がそのドラゴンをぴったり指していること。
一瞬、困惑したが、すぐに思い至る。
ドラゴンの一部には、宝を集める習性があるものもいる。金銀財宝のような〝美しいもの〟で巣を飾り立てて、メスに求愛するのだ。
つまり、羅針眼がドラゴンを指しているということは……。
ドラゴンが集めてきた宝の中に、呪いの装備が含まれているということ。
『ノロア、まずいわ! あのドラゴンが呪いの装備を持ってるなら……』
「……七日以内に、ドラゴンに追いつけないと死ぬ」
ドラゴンはそんなことを言ってる間にも、ぐんぐんと町から遠ざかっていく。この町に用があったとか、そういうわけではないようだ。
まさか、たまたま町の上空を通ったドラゴンに反応するとは。たしかに町の上空も、町の一部といえばそうなのかもしれないけど……この絶妙なタイミングの悪さも、運=0によるものなんだろうか。
たいしたことないと侮っていた代償に、ここまで追いつめられるとは。
「あー、もう!」
僕は頭をかきむしると、急いでドラゴンを追いかけ始めた。
※2019/03/06 ここから書籍版の展開に近づける形で改稿します。
主な変更点は、以下の通り。
・次章に書籍版ヒロインイベント挿入。
・旧5章(暴食鞄)のラストの展開変更(書籍版のものとは違います)
・旧6章(装備狩り)以降削除。