呪災調査
「くそ、俺は負けただなんて認めてませんよ! 誇り高き審問官が、“呪い持ち”なんかに屈することはないんです!」
訓練|(という名の殺し合い)が終わったあと。
僕たちは審問官とともに、さっそく呪災調査のため街へとくり出していた。
……のだが、同行していたセインさんは、いまだに訓練のときのことを根に持っているようで。
「おい、“呪い持ち”!」
「僕のことですか?」
「そうだ、お前たちのことだ!」
「あ……私も含まれるんですね」
「お前たち、あんな卑怯な戦い方で勝ってうれしいのか!」
『超うれしいわ! 勝ったあとのジュース、最高ぅ! ごくごくごくごく!』
「くそ、いい気になって……!」
「いや、あの……べつに、うれしくはないですから」
「俺たちに勝ったところで、なんとも思わないということか!? ずいぶんとナメられたものだな!」
「……もうどうしろと」
ずいぶんと目の敵にされているようだった。
さっきの訓練は親睦会もかねていたはずなのだが、余計に審問官たちとの溝を深めてしまった気もする。
セインさんはまだ反骨精神があるから話しかけてくるが、他の審問官たちは完全に僕に怯えていた。なぜか目が合うだけで、すっと財布を差し出されるし。
この状況の元凶であるミィモさんも、さすがに困ったように顔を引きつらせていた。
「そもそも、“呪い持ち”と一緒に行動することがおかしいんだ! 審問官はこの世界を救っている、誇り高き英雄なんだぞ!」
「……なんだか、すまないね」
ミィモさんが苦笑する。
「セインくんは優秀なんだが……審問官を英雄視してるところがあるんだ。それも人一倍、英雄願望が強いから、ノロアくんたちを受け入れることは難しいと思う」
「え、英雄に憧れて、なにが悪いんですか!」
「悪いとは言ってないさ。ただ、英雄的であろうとするあまり、正義に固執して融通がきかなくなってはダメだ。それでは、いざ実戦となったとき、さっきの訓練の二の舞になるだけだよ」
「くっ……自分なりに考えてみます」
セインさんが、ぐっと黙りこくる。どうやら、ミィモさんの言うことには逆らえないらしい。
『ねぇ、今どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち? アイス食べるぅ?』
「ぐぬぬ……!」
「君も、いちいち煽らなくていいんだよ?」
それにしても……英雄か。
きらびやかな装備に身を包み、世界を颯爽と救ってくれる英雄。
昔の戦争を終わらせた“救世の英雄”の話は、僕も昔から何度も聞いてきたし、今でもそんな英雄のようになりたいと思っているけど。
でも、最近は……“呪い持ち”になったこともあり、少しあきらめも入っていた。
セインさんのようにストレートに英雄願望を持ち続けられるのは、なんというか……うらやましさもある。
もしかしたら、セインさんとは通じるところもあるかもしれないな。
もっとも……。
「貴様のことは絶対に認めないからな、ノロなんとか!」
「ノロアです」
「ふんっ、貴様の名前など覚えるに値しないわ!」
「子供ですか」
……ここまで敵視されていると仲良くなるのは無理そうだけど。
なんだか、いきなり前途多難だ。これだから集団行動は苦手なのだ。
まあ、呪災解決のためには審問官の情報力は必要だし、今しばらくは我慢しよう。
「と……そんなことをしている間に、魔物のお出ましだね」
ふいに、先頭を歩いていたミィモさんが立ち止まる。
その視線の先、水路の中から姿を現していたのは――。
「シーサーペント……?」
海に生息するAランクの魔物だ。
さすがに小型の個体のようだが、それでも都市の水路の中から、ひょっこり顔を出しているなんて前代未聞だろう。
さらに他にも、半魚人や蛙のような魔物もいる。
すでに他の審問官が対応しているようだが……明らかに押されていた。
海で戦うよりは討伐難度が下がっているだろうけど、それでも水中から攻撃してくる魔物相手に攻めあぐねているようだ。
「少しまずいね。たしか、この近くの広場では、今……」
「……っ! くそ、助太刀する!」
真っ先に駆けだしたのはセインさんだった。
雷槍に稲妻をまとわせて、水路へと突き刺す。
「痺れろ、ランスボルト!」
水路が、かっと光った。大気を引き裂くような音が辺りに響きわたり、シーサーペントたちが水面にばたばたと倒れていく。
仕留めてはいないようだが、気絶はさせられたようだ。
「トドメは頼んだ!」
「はっ」
「ミルナス長官、数匹打ち漏らしました! すぐに追います!」
「そうか。頼むよ」
「はっ」
セインさんが慌ただしく、魔物を追って駆けていく。
「あのー……ずっと、こんな調子なんでしょうか?」
シルルが驚いたように目をぱちくりさせる。
「私が前に来たときは、全然こんなことは……」
「まあ、魔物の大量発生が始まってから、1か月も経っていないからね」
「そういえば、魔物の侵入を防ぐような設備とかないんですか?」
ふと、気になったので尋ねてみる。
普通の都市は、どこも魔物の侵入を防ぐために壁や柵で囲まれている。それに、いざ魔物が都市に入ってきても、すぐに対処できるような仕掛けがいろいろとあるものだが……。
「聖都には、そういうのはないんだよ」
「え、まったく?」
「ノロア様……この辺りには、もともと弱い魔物しかいなかったんです。それも巡礼のために魔物避けのお香も焚かれていたので、魔物なんていっさい見ることはありませんでした」
「そうだね。だから、人間を弾く結界さえあれば、壁を作る必要もなかったというわけだ」
「つまり……人間対策は世界一でも、魔物対策は世界最低の都市というわけですか」
「言ってしまえば、そうだね」
なんだか、この都市の歪さが見えてきた気がする。
「それにしても、運が悪いですね。よりにもよって、魔物を呼び寄せるような呪いの装備が聖都に入るなんて……」
シルルが落ち込んだように目を伏せるが。
『あんた、バカぁ?』
「な、なんですか、いきなり」
「……シルル、僕たちが一番わかってるだろ? “呪い持ち”がたまたま聖都に流れ着くなんてありえないんだ」
「あ……」
“呪い持ち”であれば、聖都入りするだけでも大変だ。
そのうえ、審問官の本拠地である聖都に近づくだけでもリスクが大きい。審問官から逃げるにしても、聖都内は複雑な結界に囲まれているし、外側は広大な湖に囲まれている。
確固たる意思がなければ、この地にやって来ることはできない。
「そうだね、ノロアくんの言う通りだ」
ミィモさんが頷く。
「この魔物の大量発生は――戦争だよ。ただの事故や災害ではない。敵は明らかに、この聖都に攻撃をしかけている」
「そんな……」
シルルがショックを受けたように口元を抑える。
彼女にとっては、ここは第二の故郷みたいなもの。なにも思うなというほうが無理があるだろう。
「でも、そうか……魔物を呼び寄せている呪いの装備を見つければいいのか」
ちょうど、探し物に最適な呪いの装備を持っていた。
――羅針眼。
探し物がある方向を教えてくれる義眼だ。7日以内に探し物を見つけないと死ぬという代償があるため、むやみに使うことはできないが。
この聖都に範囲指定して使えば、代償のリスクも抑えられるだろう。
「“聖都内にある、魔物を操ることができる呪いの装備“を示せ」
さっそく羅針眼に指示を出してみると。
「……え?」
針が指したのは――先ほどまでいた大聖城のほうだった。
“呪い持ち”が大聖城に……?
そう戸惑っていると、突然――。
――わああああああああっ!
「……!?」
どこからか悲鳴がとどろいてきた。かなり大勢の人の叫び声だ。
たしか、声が聞こえてきた方向にあるのは……広場だったか?
「の、ノロア様、さっき審問官の人たちが向かったのは」
「……広場とは逆方向だ」
ぞくり、と嫌な予感がした。
セインさんたちは広場にはいない。広場は今、手薄だ……。
「行こう、シルル!」
「はい!」
「あ、待つんだ、今のは……」
なぜかミィモさんが止めようとしてくるが、僕とシルルは構わず駆けだした。
悲鳴が聞こえてきた場所へと向かう。
道中、権限レベルの高い区画があったが、レベルSの権限で全ての結界を素通りして、最短ルートで広場へ。
そして、すぐに広場へとたどり着き――。
「な……」
僕たちはそこに広がっていた光景に、思わず絶句した。
「――みんなー、ラヴリアだよ♪ みんなは今日もラブリーかなぁ?」
「うおおおおおおっ、ラブリィィィィッ!」
ステージの上で、拡声装備を握っているフリフリ衣装の少女と。
その少女に向けて、雄叫びを上げている人々。
「じゃあ、さっそく歌うよぉ! ラブリー、ラブリー、ドレッシング♪」
「うおおおおおおッ! はいッ! はいッ! はいッ! はいッ!」
演奏が流れ出し、少女がノリノリで歌い出す。
その歌に合わせて、大声で合いの手を入れる群衆。
「……なに、これ?」
ちょっと理解が追いつかなかった。