着替えと顔合わせ
「おお、似合ってるじゃないか」
聖王から呪災解決の依頼を受けたあと。
大聖城内にあるミィモさんの執務室で、僕は審問官の白制服に袖を通していた。
以前、レイヴンヤードで見ていた審問官の制服の白バージョン。ミィモさんやセインさんが身に着けているのと同じ制服だ。
色違いとはいえ、少し前まで見るだけで憂鬱になっていた制服を、まさか自分で着る日が来るとは……人生、なにが起こるかわからない。
『ノロアが白い服着るの初めてみたわ。いつも真っ黒だし』
「真っ黒ではないよ。黒すぎると逆に目立つからね。ちゃんと暗闇に溶け込めるよう、黒さは抑えてる」
いかに目立たないかが服選びのポイントだ。
『つまり、陰キャ御用達ファッションってわけね』
「…………」
なにも言い返せなかった。
「あ、そうそう。ノロアくんの仲間もちょうど着替え終わったようだよ。ほら……」
ミィモさんにうながされて執務室に入ってきたのは、シルルだった。
「し、失礼します」
僕と同じように、審問官の白制服を着ている。着慣れない服だからか、恥ずかしそうにもじもじしていた。
「ど、どうですか、この服?」
「似合ってるんじゃないかな」
「…………」
シルルが無言でガッツポーズをする。
まあ、シルルは白系の服が似合うよね。ずっとそういう服着ていたから、目が慣れているというのもあるんだと思うけど。
「で、君が出した条件だけど……これで2つともクリアということでいいんだよね」
「はい」
僕が依頼を受けるにあたって出した条件は、2つ。
第一に、『審問官と一緒に行動させてもらう』ということ。
そして第二に、『シルルに危害をくわえない』ということだ。
これらの条件を出したのは、まだフーコさんや審問官たちを信用しきれてないというのが一番の理由だった。
自分の身の安全を保証するには、審問官の動きをチェックする必要がある。また、僕以外の“呪い持ち”であるシルルが、審問官のターゲットにならないとは限らなかった。
それに、呪災解決にあたって、審問官と一緒に行動したほうが効率的というのもある。レイヴンヤードで“略奪者”として活動できていたのも、審問官の集めた情報があったからこそだったし。
「まったく、“呪い持ち”が審問官と一緒に行動するなんて、神聖国始まって以来の珍事件だろうね」
「は、はは……なんか、すいません」
「陛下も陛下で、悪ノリして全部許可するし……まったく」
ミィモさんが疲れたようにキャンディーをがじがじする。
「でも、本当によかったんですかね。“呪い持ち”なのに見逃してもらうなんて」
「……この国ではね、聖王陛下のお言葉が、法よりも優先されるんだ」
なんでもありか、あの人。
「それに、これで呪災解決に近づくのなら、願ったり叶ったりだ。ぜひとも、頑張ってくれたまえ」
「はい」
ミィモさんと握手をする。
握った彼女の手は、なぜだかひどく冷たかった。
*
審問官の制服に着替えたあと。
僕とシルルは、ミィモさんに連れられて訓練場へと来ていた。
演劇や集会にも使われるという円形闘技場みたいな広場だ。ちょうど訓練場のあちこちでは、非番の審問官たち訓練している最中だった。
軽く見るだけでも、審問官たちの練度の高さがわかる。平和な聖都の審問官というから、戦闘より礼儀作法が専門の儀礼兵みたいなものだと思っていたけど、そういうわけでもないらしい。
「集合!」
ミィモさんがぱんぱんと手を叩くと、瞬く間に審問官たちが整列した。かなり訓練された動きだ。
審問官たちは『なんだこいつら』という目で、ちらちらと僕たちを見てくる。
「さて、今日は新しい仲間を紹介するよ」
ミィモさんが軽い調子で言う。
「まず……」
『わたくしはジュジュよ! トップアイドルを目指して修行中なの!』
「…………」
「すいません、うちの駄人形が目立ちたがり屋で」
「まあ、うん……」
ミィモさんが、ごほんと咳払いする。
「それじゃあ、気を取り直して、2人の紹介をしよう。彼は“呪い持ち”のノロアくん、その横にいる彼女は“呪い持ち”のシルルーラくんだ。今日からしばらくの間、私たちと一緒に仕事をしてもらうよ」
「「「……!?」」」
審問官たちの間に、目に見えて動揺が走る。
やっぱり“呪い持ち”が審問官に加わるというのは、かなり衝撃的な事件らしい。
「み、ミルナス長官!」
勢いよく挙手をしたのは、金髪の青年審問官。
先ほど僕たちと一緒にいたセインさんだ。
「なにかね、セインくん」
「なぜ、誇り高き審問官が、“呪い持ち”なんかと一緒に行動しなければならないのですか……!」
「審問官と行動をともにする――それが、ノロアくんが私たちと協力するにあたって出した条件だからだよ」
「な……!」
きっ、と睨まれる。
「俺は反対です! “呪い持ち”を内に招き入れるなど! “呪い持ち”は存在するだけで災いを起こすんですよ! たとえ、この者が悪人でなくても、呪いの装備までもが善良とは限らないでしょう!」
「うん、いかにもそうだね。“呪い持ち”を審問官にするなど言語道断。即刻、彼らの首をはねるべきだ」
「ならば」
「勘違いするなよ、セインくん」
ふいにミィモさんの声が、冷気を帯びる。
「これは聖王陛下のご指示だ。君は陛下のお言葉に異議を唱えようというのかね?」
「……! い、いえ……出過ぎた真似でした」
セインさんが口をつぐむ。
「それに、彼らへの態度も気をつけたほうがいい。新人で“呪い持ち”とはいえ、この2人の権限レベルは――Sだからね」
「S……? Aが最高レベルのはずでは……」
「レベルSは、陛下と同レベルの権限という意味だよ。陛下の居室を含め、この聖都の全ての区画に立ち入ることができる。つまり……レベルBの君よりも身分が上ということさ」
「……そんな、馬鹿な」
この聖都では身分制はない。一応、みんな平等というスタンスを取っている。
ただ、権限レベルによって、実質的に身分が決まっていた。
外から来た者はG。一般市民はF~E。
審問官や聖職者たちでD~B。
審問官の長官クラスになって、ようやく権限レベルA。
Sは例外で、聖王の権限レベルを意味する……らしい。
権限レベルが高い者ほど、身分が高い。
セインさんもそのことが身に染みているのか、それ以上はなにも言わなかった。ただ、納得がいかないというように僕を睨んでくる。他の審問官たちも不安そうに顔を見合わせながら、ひそひそ呟いている。
『歓迎ムードというわけじゃなさそうね』
「それは仕方ないよ」
これは普通に想定内だ。そもそも、彼らと仲良くなるのが目的でもない。
「うぅ……なんだか、皆様に申し訳ないです」」
シルルが所在なさげにうつむく。あまり悪意ある視線にさらされることに慣れていないんだろう。
『ノロア、見なさい。こういうあざとい女が、オタパーをクラッシュさせるのよ』
「あ、あざといってなんですか!」
『なによ、このキョロ充』
「なっ……! こ、この、ジュジュさんの……わんぱく4頭身!」
『残念でしたぁ! わたくしは5頭身ですぅ!』
「……元気がいいね、君たち」
この2人は、どこへ行ってもたくましく生きていけそうだ。
「さて、私からは以上だ。各自、訓練に戻ってくれ」
「はっ」
ミィモさんがぱんぱんと手を鳴らすと、審問官たちは弾かれたようにばらけていく。といっても、まだ僕たちのほうに、ちらちらと視線が送られてくるが。
『じゃ、わたくしたちは、さっそくB級グルメツアーに出発しましょ』
「呪災の調査に行くんだよ」
「あ……そうだ」
ふと、ミィモさんに引き止められる。
「――よければ、君たちも訓練に混ざってくれないかね?」